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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第086話 ウェルズリーとアーノルド

「ユート君、お疲れ様でした」


 ウェルズリー伯爵はメンザレに入城するなりユートのところへやってきて労ってくれた。

 ウェルズリー伯爵率いる北方軍はメンザレの街に収容しきれず、苦難の川より西側に野営しており、ウェルズリー伯爵も指揮の関係上そちらに宿舎を置くことにしていたと連絡が入ったが、ともかく何をさておいてもユートに会いに来てくれたらしい。


「君が敵軍を切り崩してくれていなかったら、上流渡河点を破られてメンザレが完全に包囲され、陥落していたかもしれません」

「いえ、アーノルドさんの指示に従っただけです」

「サイラスもご苦労様でした」

「いえ」


 アーノルドはそれだけ言うと、黙りこくった。

 普段ならば王立士官学校以来の同期生だが、ここでは王女派の先任軍司令官と軍司令官代理の家人という身分差があるのでそういう対応しか出来ないのだろう。


「敵将クリフォード侯爵も着いたようですね」


 ウェルズリー伯爵やユート自身はその様子を見たわけではないが、あちこちに派遣しているレオナの斥候小隊が敵陣の戦旗が増えている様子は報告してくれていた。

 その報告を聞いて、ユートは東門から橋を渡った先に築かれている小規模な橋頭堡が破られないよう、ハルの軽歩兵大隊に加えてゲルハルトの餓狼族大隊からも兵を出している。


「敵軍が到着した将校斥候を出しましょう」

「大丈夫ですかな? 戦旗は見えませんが、先立っての戦いで南方騎兵と手合わせしておりますし、なかなかの手練れでしたぞ」

「しかし、出さないわけにはいかないでしょう」


 将校斥候とは、正規の戦術教育を受けた士官を派遣して行う偵察のことであり、戦術教育を受けているがゆえに、相手の戦旗による部隊の判断のみならず、地形や布陣を考慮した偵察結果をもたらせる反面、貴重な士官を失う危険性も高いのでそう簡単に出すわけにはいかない斥候でもある。


「西方騎兵大隊は損耗していますからうちから出しておきますよ」


 ウェルズリー伯爵はそう請け負った。



 将校斥候はアーノルドの危惧通り、帰らなかった。

 恐らく敵に発見されて討死したのだろう、ということが推測された。

 そしてそれと相前後してメンザレより敵軍の斥候とおぼしき騎兵が発見され、すぐに騎兵たちが追撃したが逃げ切られてしまったという報告が入った。

 恐らく上流渡河点を渡ってこちら側に入ってきたのだろう。


「先手は、取られましたね」


 その報告を受けたウェルズリー伯爵は無表情に頷きながらそう言うだけだった。


「もう一度送りましょう」


 だが、二度目の将校斥候も帰らなかった。


「さすがは南方騎兵、これ以上の消耗は避けたいところですが……」

「何かいい手はありませんかね?」

「ユート君に頼みがあります。サイラスを貸してもらえませんか? 彼はかつては王国最高の騎兵指揮官と謳われた男です。こうした任務でも必ず遂行してくれると信じています」


 言われてユートは逡巡する。

 ユートにとって、アーノルドは軍における教師役あるいは右腕であり、もしこんなところで失ってしまっては今後の西方混成兵団の指揮が覚束なくなるのではないか、と不安になる。

 とはいえ、ウェルズリー伯爵に頼まれてそう簡単にノーとも言いづらい。


「兵団長閣下、ご安心下さい」


 アーノルドは胸を叩いた。


「確かに南方騎兵は手強い相手です。しかし、馬商人の家に生まれて、三歳から馬上で育った私ならば必ず戻れます」

「……わかりました。アーノルドさん、よろしくお願いします」


 ユートの言葉にアーノルドはにこりと笑った。



 軍を辞めてからはユートたちと行動を共にすることが多くなった関係で革の軽い鎧ばかりをつけていたが、久々に輸送用の木箱から金属製の胸甲(キュイラス)を取り出す。

 とはいえ、そこまで重装にはしない。

 先立っての戦いを見た限り、敵軍には驃騎兵がいるから重装にすればいくらアーノルドの愛馬といえども逃げ切れなくなる可能性が高い。


「ふむ、これでいいか」


 そう言いながらアーノルドはメンザレの庁舎内に与えられた私室から出た。

 そして愛馬に跨がるとメンザレの東門から出る。


「アーノルドさん、絶対帰ってきて下さい」


 ユートもはわざわざアーノルドを門まで見送っていた。


「もちろんです」


 そう言うと、手綱を引いた。

 アーノルドの愛馬は大きく嘶くと大きく駆け出した。



 アーノルドは東門から出ると、そのまま少し北に駆けた。

 真っ正直に敵陣に接近すると見つかる可能性は高くなるからだ。

 そしてほどよい頃合いまで駆けると、今度はたった一騎、東へ進む。


 しばらく東に駆けると細い川があった。

 恐らく苦難の川の支流であり、アーノルドが今いるところはちょうど川の中州、ということになるらしい。

 そのせいで灌木が少なく身を隠すところもないので、慎重になりながらその細い川に沿って南下していくとようやく敵陣が見えてきた。

 川を背に一部が布陣し、残りは川の対岸に布陣している。

 川のこちら側にいる部隊は騎兵中心で恐らく斥候や警戒を担当しており、川の向こう側にいる部隊が主力であることは想像はついた。


「川を渡ってみるか」


 アーノルドは独り言ちると、敵陣から少し距離を取って見えないあたりまで北上し、愛馬の腹を蹴って川の瀬に進ませる。

 川の深さはせいぜい馬の腹が完全につかっており、歩兵だと厳しいだろうし重装騎兵はまず無理、驃騎兵でどうにか渡れるくらいだろうということは歴戦のアーノルドにとっては簡単に渡った。


 そして川の対岸の敵陣を偵察する。

 予想通り、クリフォード侯爵の本命はこちらだったらしく、川を盾に戦うべく歩兵が並んでおり、小規模ながらも重装騎兵もいるようだった。


「ジャストらしい、手堅い用兵だな」


 アーノルドはその陣地を見てそう評する。

 アーノルドとクリフォード侯爵とは五十年近い長い付き合いだが、こと戦術的には良く言えば手堅く、悪く言えば教科書からはみ出さない平凡な男だ。

 今回も川の向こうに前進拠点を築きつつ敵の様子を探り、野戦ならば川を盾に、攻城戦ならば一気に騎兵を上流渡河点に回して背後をとるつもりなのだろうと当たりを付けるのは容易だった。


 見るべきものを見ると、再び北上し、歩兵でも渡れる渡河点を探す。

 クリフォード侯爵があそこに布陣している以上、あのあたりは歩兵でも渡れる深さであり、他の場所がなければ敵前で渡河しなければならずクリフォード侯爵が戦術的な優位を確保するが、他が見つかれば今度はウェルズリー伯爵が戦術的な自由度を得ることが出来る。


「ふむ、ここら辺は比較的浅そうですな」


 アーノルドは三度独り言ちると、瀬に馬をいれて深さを探る。

 馬の腹までもつかない程度であり、これならば戦列歩兵でもどうにか渡河出来るだろう。

 これで必要な情報は全て揃った、とアーノルドが思った時、不意に北側から馬蹄の音が聞こえた。

 慌てて川を渡りきると馬を下りて灌木の陰に隠れる。

 幸いなことにアーノルドは全く気付かれることなくやり過ごすことが出来たが、斥候の排除にクリフォード侯爵は並々ならぬ情熱を注いでいることもわかった。

 王立士官学校時代、そして卒業後の隊付、小隊長、中隊長と出世していく中で模擬戦をやってもクリフォード侯爵はウェルズリー伯爵にいつも勝てなかった記憶が蘇っているのだろう。

 もっともウェルズリー伯爵はウェルズリー伯爵でクリフォード侯爵に一度も個人の戦いでは勝てていないのだが。


 ともかく、必要な情報を得た。

 そう判断したアーノルドは、一路メンザレへ帰還した。




「さすがはサイラス」


 アーノルドが帰還したという連絡を受けてすぐにウェルズリー伯爵はメンザレへやってきた。

 軍司令官であり、王女派の事実上の総司令官がそんな腰の軽いことでいいのか、とユートは思わないでもない。

 だからユートから出向こうかとも思ったのだが、会議をするとなると大天幕しかないウェルズリー伯爵のところよりもメンザレの庁舎を利用できるユートのところのほうがよっぽど楽だ。


「なるほど、ここに細い川があるのですね」


 そう言いながら軍用地図にしっかりと川の位置を書き込んでいる。

 細い川があって対岸が中州となっていることは知られていたが、その細い川の位置は大雨の度に頻繁に流れが変わるせいで結構ずれていたらしい。


「で、ここら辺が渡れそうな浅瀬がある、と」

「ええ、そうですな。それより南は私が見た限り、驃騎兵しか渡れそうにありません」

「なるほどなるほど。つまり渡河点はやはり上流と下流の二箇所、ということですね」


 そう言うとウェルズリー伯爵はじっと黙り込んだ。

 サイラスが確認した戦旗だけで南方軍の主力がきているのは間違いない。

 南方軍は三万の兵力を誇る主力軍の一つであり、大森林の部族を相手にするだけの北方軍や魔物からの警備を担当する西方軍よりもよっぽど強力な軍だ。

 もちろん、その主任務である南のローランド王国に対する警戒があるので、全軍で来ているわけではないが、それでも二万は下るまい。

 ゆえに全軍あわせて一万五千もいない王女派に比べれば優勢となっているだろうことは明らかであり、ウェルズリー伯爵の頭の中では優勢な敵軍を打ち破る方策を練っているのだろう。


 ウェルズリー伯爵はしばらく沈黙した後、アーノルドの方を向き直った。


「……サイラス、あなたの考えを聞きたいのですが……敵の前進拠点である、中州に位置取った騎兵はもし私たちが仕掛ければ引きますか? それとも攻めますか? どう見えました?」

「多分引くでしょうな。ジャストは我々が仕掛ければ川を盾に戦うつもりと見えました」

「なるほど。ジャストらしい教科書通りですね。わかりました」


 ウェルズリー伯爵はそう言うと、今度はユートの方を向き直る。


「ユート君、冒険者は戦列に入らずに別働隊として戦って欲しいのですが、どうでしょうか?」


 それはつまりリーガンやブラックモア、ハルの部隊とは別に戦う、ということだろう。


「ええ、別の仕事をして欲しいのです」

「…………内容次第、でしょうか」


 別にユートとしては乗っても構わないと思わないこともない。

 少なくとも素人である自分よりはウェルズリー伯爵の作戦の方が確実であることは間違いない。

 しかし、事実上西方混成兵団を解体してしまうというのは部下の士気の観点からはどうなのか、と思うところでもある。

 今のところ北方軍と西方軍で意識や意見の対立はないが、北方軍司令官である総司令官が西方混成兵団を解体する決定をしてもそれが保たれるかはわからない。


「まず、私の率いる本隊は」


 そう言いながらウェルズリー伯爵は地図上の兵棋のうち、薔薇に雷光の紋章の入ったものを動かして中州に進める。


「こうやって敵と相対するところに進めます。そして、リーガンたちの別働隊は」


 今度は小さな、紋章の入っていない兵棋を細い川に沿わせて北上させる。


「こうやって北上してもらいます。すると、敵軍は上流渡河点の存在を知っていれば上流渡河を防ぐために部隊を分離するでしょう」


 そう言いながら敵軍を意味する赤色の兵棋を動かす。


「もし、動かなければどうするんですか?」

「その時はリーガンたちが上流渡河点を渡河して敵の側面を衝いてもらえばいいでしょう」

「なるほど、確かにそれはそうですな」


 アーノルドが納得しているので、ユートもそれ以上は言わない。


「そして、私は中州から下流渡河点を渡って攻勢をかけます。ジャストはこれ幸いと私の攻勢に応じるはずです。何せ敵は優勢なのですから」

「それで、僕は?」

「ユート君、君はメンザレから、こう動いてもらいます」


 メンザレに置かれていた小さな兵棋――ユートたちを表す兵棋をウェルズリー伯爵は陸上ではなく、海上へと押し出した。


「このように海上を機動してもらいます。ああ、もちろん泳いでいくわけじゃありませんよ。ちょうど西方艦隊の分遣戦隊がいますから、彼らに運んでもらいます。そして、こういう風に」


 そう言いながら、今度はメンザレの港を守るように存在している岬を大きく迂回させ、そしてクリフォード侯爵の本隊よりも更に東側にある街へと兵棋を進める。


「この街は王子派軍の後方拠点です。ここを抑えればジャストの軍は士気が大きく損なわれるでしょう。そして、占領後、ユート君はジャストの本陣を急襲して頂きたい。上流渡河点に部隊を割いて、更に私の全面攻勢を受けているならば、本陣は手薄のはずです」


 そこでウェルズリー伯爵はにこやかに笑う。


「どうでしょうか? 西方混成兵団は分割されますが、もしジャストが上流渡河点を無視すれば横撃によって勝利の立役者、応じればやはりユート君が後方を落として本陣を急襲する勝利の立役者、です」


 ウェルズリー伯爵の自信満々な態度に、ユートは何も言う言葉はなく頷いていた。


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