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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第084話 風雲急を告げる

 一週間が経過した。

 相変わらず西方混成兵団レオナとブラックモアを中心として、ギルドメンバーと王国軍軍人の間ではぴりぴりとした空気が流れている。

 両方に顔が利く上人当たりのいいピーター・ハルが間に入ってどうにか関係を修復しようとしてくれていたし、意外なことにゲルハルトも間に入ろうとしていたが、なかなか上手くはいかなかった。

 アーノルドも何度かブラックモアやリーガンと話し合っており、アーノルドが王立士官学校で教鞭をとっていた時の教え子であるリーガンはまだアーノルドの言うことを聞いてくれたが、ブラックモアは頑固だった。

 ギルドメンバーもアドリアンがレオナの肩を持ちつつもレオナをなだめていたが、レオナからしても自分の妖虎族の軍に対する権原を否定されたようなものであるからそう簡単に折れるわけにもいかないらしい。


 そんな中、ユートにはウェルズリー伯爵から呼び出しがかかった。


「何なんですかね?」


 もしかして西方混成兵団内でギルドメンバーと王国軍人が対立していることを注意されるのか、と少しばかり不安になる。


「いえ、先ほど早馬が来たようですから、そのことではないでしょうか?」


 アーノルドが事も無げに答える。

 いつ早馬が来たのかわからなかったが、アーノルドの情報だから恐らく確実だろう。


 ともかく、ユートがアーノルドを伴って北方軍の司令部天幕へと行くと、ウェルズリー伯爵が待ちかねたように人払いをする。

 ここにいるのはユートとアーノルド、そしてウェルズリー伯爵とウェルズリー伯爵の副官の軍人の四人だ。


「先ほど、メンザレの警備中隊長からの早馬が到着しました。敵軍見ゆ、です」


 メンザレは王国東部と王国西部を分ける苦難の川の河口にある境目の街である。

 その境目の街までゴードン王子派の軍勢がやってきた、ということは風雲急を告げている、といえた。


「そうですか……ちなみにクリフォード侯爵が出てきてるんですか?」

「いえ、今のところクリフォード侯爵の戦旗は見えないようです。戦旗から判断して南方軍の先遣部隊と思われる、とのことでした。人数は三千、といったところでしょうか」


 ユートが率いる西方混成兵団だけで四千人弱いるし、北方軍は一万を超えている。

 それを考えればたった三千、もし戦いになれば負けることはないと素人のユートですら思う。 だが、問題はメンザレだった。


「メンザレは降伏しますか?」

「いえ、十日もしないうちに我々が駆けつける手はずですから、ともかく門を閉ざして様子を見る、とのことです」

「なるほど。じゃあ急いだ方がいい、ということですか?」

「ええ、ただ戦列歩兵を急がせるのはいささか厳しい。まだ死の山越えの疲労が完全に回復しているわけではないのです」


 戦列歩兵は今回の戦いではほぼ北方軍しか持っていない。

 西方軍にも戦列歩兵はサマセット伯爵の直属部隊としているのだが、法兵ともどもアリス王女の護衛として使いたいという意向と、そもそも戦列を組んだ戦い方など知らないユートが戦列歩兵を率いても宝の持ち腐れであろうということで西方首府レビデムに残置してきている。


 ユートはアーノルドを見る。

 自分は素人と思っているし、素人であるがゆえにアーノルドの意見を尊重するしかない。


「ふむ、騎兵ならば私の腕の見せ場ですな」


 アーノルドは剽軽にそんなことを言った。

 もちろんその軽口は指揮官同士の会議の場でユートに恥をかかせないという配慮以外のなにものでもない。


「輜重段列と……混成歩兵大隊は残した方がいいですか?」

「ええ、兵団長閣下。混成歩兵大隊は一個中隊ですが戦列歩兵を含みます。無理をさせる局面でもありませんし、輜重段列を護衛させた方がよいでしょう――ああ、別に北方軍を信用していないわけではありませんぞ!」

「わかってますよ。アーノルド殿」

「輜重段列は最低限だけ連れて行った方がいいかな?」


 輜重段列なしの強行軍だとせいぜい三日から一週間分の食糧と飼い葉を持つのが精一杯だろう。


「いえ、状況を考えれば私は輜重段列を持たない当初案に賛成ですな。メンザレが落ちていたら少々厄介ですが、ギルドの諸隊には狩人(ハンター)が多いでしょうから飢えることはないでしょう」


 現地調達というのはいくら輜重段列を持つようになっているとはいえ、決してこの時代の王国軍において全く用いられない手段ではない。

 街道が整備された国内ならばともかく、南方のローランド王国との戦いを見据えた時、馬車を主体とする輜重段列が通行できない可能性は高いし、それ以外にも泥濘や橋を切り落とされた時に備えて現地調達を含めた様々な補給方法は軍操典にも含まれている。


「ではウェルズリー伯爵、うちの輜重段列と混成歩兵大隊をお願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろんです。それとこれは戦術情報としてそちらに送ったはずですが、西方艦隊の一部が海兵を満載してレビデムよりメンザレに向かっています。彼らの指揮権も私に統一されていますが、これに対する指揮権もあなたに委譲しましょう」


 そう言いながらウェルズリー伯爵は副官から書類を受け取るとユートに渡す。

 ユートはそのままアーノルドに渡し、アーノルドが中身を確認して頷く。


「まあ海兵は当てに出来ないと思いますが……」


 あからさまに海兵への信用の無さを露わにしたウェルズリー伯爵だが、彼の言うのもわからないではない。

 海に魔物が満ちあふれているため、艦船は基本的に沿岸を航行するしかない。

 それでも魔物に襲われたら座礁覚悟で浅瀬に入り、土魔法で喫水線下を防御しつつ、水魔法と火魔法で叩く、というのが基本戦術だった。

 そして仮に魔物相手に勝利を収めても、離礁する必要があれば大きく到着が遅れる可能性もあり、なぜかポロロッカ以降、活発化している海の魔物のことを考えると確実に到着するとは到底、思えなかったのだ。


「ともかく、明日の朝一番で出発します。街道だけ空けておいてもらっていいですか?」

「もちろん、既に指示を出していますよ。ではユート君、よろしく頼みます」


 それで会議が終わりとなって司令部天幕を出ようとした時、ウェルズリー伯爵が立ち上がってユートの近くに来る。


「もし困ればサイラスを――アーノルドを頼りなさい。まあ心配はないと思いますが、彼は王国軍でも最良の騎兵大隊長と謳われた男です」


 ユートに恥を掻かさないよう、わざと小声で忠告してくれたらしい。

 ユートもまたそれに頷いて天幕を後にした。



 西方混成兵団の司令部天幕へ戻ると既に従兵たちが夕食の用意をしてくれていたので、それを食べている間に指揮官集合を掛ける。

 すぐにアドリアンはやってきて、羨ましそうにユートの食事を見ており、私室ともいうべき司令官天幕に勝手に入ってくる不作法さに従兵が困る、という一幕もあったが、ともかくそう遅くない時間に指揮官は全員集合することが出来た。


「と、いうわけだ」


 ユートがウェルズリー伯爵から命じられた内容を伝えると、リーガンがすぐに頷き、駆け出そうとする。


「リーガン殿、会議中だぞ!?」


 渋い顔でアーノルドが注意するとリーガンは笑って誤魔化しながら、出発の準備をするためか、いつ会議が終わるのかとうずうずしているようだった。


「私の部隊は残置ですか……」

「申し訳ないが、戦列歩兵は連れて行けないと思うしな。大隊を分割してもいいが、輜重段列を守ることを考えると、大隊は揃っていた方がいい」

「わかりました」


 少しばかり不満はあるようだったが、ブラックモアは頷く。


「あと、場合によっては騎兵大隊は急行してもらう可能性があります」

「ええ、わかってますよ。アーノルド教官」


 リーガンが不敵な笑みを浮かべる。

 もし途中で急を告げる早馬が入れば、その時点で歩兵と騎兵を分離して騎兵だけを更に先行させるというのも計画の一つだ。


「一週間分の飼い葉を駄載しておけばいいですかね?」

「そんなところだな。それと歩兵用の食糧も駄載してくれると助かる」

「大丈夫です。さすがアーノルド教官の鍛えられた部隊だけあって実力は確かです」


 騎兵の馬に飼い葉や食糧を持たせて、軽歩兵や冒険者たちは武器と防具だけで走らせるしかない。

 その為に騎兵は大量の飼い葉や食糧をもってバランスの悪い状態で動かねばならない為、乗り手の力量が問われることになるのだが、リーガンはあっさり頷いた。


「おい、兵団長閣下」


 ぞんざいな口で形だけの敬語をしゃべるのはもちろんアドリアンだ。


「えっと、天幕の類も置いて毛布だけでいいか?」


 本来ならば急行軍でも天幕だけは持っていくのだが、そうすると行軍速度が落ちる。

 だからアドリアンは毛布と焚き火という冒険者ならば誰しもがやったことのある露営で凌げばいい、と言っているのだ。


「それは、無茶ではないですかな……?」


 ハルが少しばかり驚いて、そんなことをしても大丈夫か、とちらりとアーノルドを見る。

 アーノルドが黙って頷いたのを見て、アドリアンが再び口を開く。


「大丈夫だ。死の山でも行きはそれで行けたんだから、ここらの平野なら絶対大丈夫だ」


 アドリアンの言葉に押し切られるようにして、極めて軽装での急行軍が決まった。



 翌朝からユートたちはメンザレへ急行することとなった。

 先頭を行くのはリーガンの騎兵。

 続いてレオナの斥候小隊とゲルハルトの餓狼族大隊、アドリアンが率いる冒険者大隊、殿はハルのサマセット伯爵領派遣大隊の順だ。

 これはほぼ装備の軽さ、身体能力の順であり、そうした差から行軍しているうちに段々と各部隊の間は開いていっていた。

 本来ならばこうした行軍は王国軍の軍操典において厳に戒められているものだ。

 当たり前だが、途中で敵軍と不期遭遇戦になった場合に、各部隊の連携は取れないまま撃破される危険性があるからだ。

 だからアーノルドは反対したのだが、現在のところ敵部隊が侵入したという報告もないし、何よりも遅れてメンザレが陥落すればその方が敵軍の追撃を受けながらウェルズリー伯爵の本体と合流しなければならず、しかも輜重段列を残置してきたので物資不足となり危険、とユートが説き伏せたのだ。




 そして、幸いなことに一週間の道のりをわずか三日で踏破してユートたちはメンザレに到着した。


 なかなか門は開かず、そのかわりに門の上に立つ兵士たちにはざわめきが広がっていく。

 よく考えればリーガンの西方軍騎兵第二大隊やハルのサマセット伯爵領派遣大隊の戦旗こそ西方ではよく知られているが、レオナとゲルハルトの部隊の戦旗は見覚えもないものであり、冒険者大隊に至っては戦旗すらない有様だ。

 しかも多数の獣人が入り交じる、となれば西方混成兵団はならず者か何かの集団と思われていてもおかしくない。


「貴殿はいずこの部隊か?」


 頭に布を巻き、ひげもじゃの男が、片手剣を手に城門の上に立った。

 どうやらこの門の指揮官らしい。


「西方混成兵団騎兵大隊長、正騎士ロビン・リーガンである。ウェルズリー伯爵の命により、メンザレ防衛のため先遣されたものであるので至急開門されたい。」


 名乗りを聞いてそのひげもじゃ男は引っ込んでいく。

 しばらくしてようやく城門が開けられた。


「いや、すまなかった。俺は海兵隊長エドゥアルド・イエロだ」


 門を通る時、リーガンにさっきのひげもじゃ男イエロがそう名乗った。


「ああ、お役目ご苦労だな」

「ところで指揮官にお会いしたんだが……貴公が指揮官か?」

「いや、西方混成兵団はこちらのユート兵団長閣下が指揮をとられている」


 そう言いながらリーガンはユートを紹介する。


「あなたが海兵隊長でよろしいのですか?」

「ああ、そうだ」

「ウェルズリー伯爵より、海兵隊及びメンザレへ分遣された艦隊はユート兵団長閣下の指揮下に入るよう命令書を預かっております」


 アーノルドはそう言うとウェルズリー伯爵から渡された命令書を渡す。

 イエロはそれを簡単に流し読みすると頷いた。


「正式には西方艦隊分遣戦隊の指揮官も含めて、ということになりますが、取り急ぎ状況報告をお願いしてもよろしいか?」

「ああ。といっても状況っつったって、こっちは苦難の川にかかる橋側の門を閉じて、堅く守ってるだけ、あちらも無理に突破しようとせずに橋頭堡を築かれないように警戒しているだけだぜ」

「橋は切り落としていないのですね?」

「頑丈な石橋だからメンザレの警備兵ではどうしようもなかったみたいだ。うちの艦隊の法隊を使えば破壊できるだろうが、あちらが渡ってこないのにやる必要もないだろうということになった」


 そんな簡単な情報交換を終えると、ユートたちはメンザレの庁舎に入り、代官や警備中隊長、それに分遣戦隊の指揮官と顔合わせをする。

 そして、それから指揮官集合をかけて作戦会議となる。

 ここら辺を手際よくこなせるようになったあたり、自分も経験を積んでいるんだな、とユートは一人悦に入った。



 集まったのは指揮官たちからは状況を聞く。

 だいたいさっきイエロにきいたのと同じ状況で、一度攻勢をかけたことはあったものの、それも散発的に矢を射かけただけで終わっており、あとは騎兵が活発に川の向こう側をうろうとしているだけだった、と警備中隊長は言っていた。


「攻城兵器がないのでしょう」


 アーノルドはそう分析していた。

 メンザレは曲がりなりにも西方第三の都市であり、それなりに頑丈な市壁に守られている。

 そこを崩すには破城槌か投石機が必要だろうが、その用意がないらしい。


「じゃあ放置しても大丈夫ですね」


 ユートが気楽に言ったが、アーノルドは首を横に振る。


「そのかわり騎兵が活発に動いている、ということは相手は余り情報がないこのあたりの地形を偵察しているのでしょう。致命的とは言えませんが、放置しておくのもよろしくはないかと」

「つまり、ウェルズリー伯爵が来る前に戦おう、ってことですかね?」

「ええ、苦難の川は上流に歩兵でも渡渉できる渡河点があります。死の山に行った時に通られたかと思いますが……」


 そう言われればそんなこともあった気がする、とユートは記憶の底から掘り起こす。


「あそこを渡られて敵の先遣隊が西方に侵入した場合、我々は兵力を分散しなければならなくなります。よって、速やかに戦うのがよろしいかと」


 経験のない自分が指揮官として戦うのか。

 そう思ったが、それを理由にするわけにもいかない。

 それに経験豊富なアーノルドがやれるといっているのだから大丈夫だろう、と自分に言い聞かせる。


「わかった。ただ西方混成兵団は疲れているだろうから、明日の朝から、敵先遣隊と戦おう」


 ユートは努めて力強くそう言い切った。


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