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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第083話 敵はいずこに

 ユートが今回率いることになった西方混成兵団は、控えめにいっても寄せ集め、口さがないものならば雑多な部隊の見本市とでも言うだろう。


 そんなことを言われるのも当然であり、まずエレル冒険者ギルドからセリルが中心となって選抜した冒険者部隊が八〇〇人、それとは別にゲルハルトが率いてきた餓狼族の部隊をそっくりそのまま転用したのが八〇〇人、そしてレオナを慕ってか、物好きかわからないがやってきた妖虎族三〇人の斥候小隊と、ギルド系の部隊だけでも三つに分けられる。

 その上、サマセット伯爵領軍の軽歩兵を中心としたサマセット伯爵領派遣大隊が六〇〇人、西方軍から再建なった部隊が驃騎兵第二大隊八四〇人、混成歩兵第三大隊八〇〇人もいるのだから、雑多という言葉がこれ以上似合う編成も無かった。


 ちなみにユートが兵団長となっており、冒険者ギルドの部隊はアドリアンが、餓狼族の部隊は当然ゲルハルトが、斥候小隊はレオナがそれぞれ指揮を執っている。

 アーノルドとエリアが副官、当然ながら妊娠中のセリルは留守番という配置だった。


「なんというか、雑多だな」


 一日目の行軍を終えて野営地で各々が各々のやり方で野営をしているのを見て、ユートが呟く。


「オレたちも西方に来て早々、軍隊として動員されるなんか思ってへんかったわ」


 ゲルハルトが呆れたように返してくる。


妖虎族(山猫)どもも来とるし、何がなんやかわからへん速さで世界が変わってっとるわ」

「妖虎族と喧嘩するなよ?」

「ああ、わかってるから大丈夫やで。そもそも妖虎族(山猫)餓狼族(野良犬)って呼び合ってるのも冗談のやりとりみたいなもんや」


 まあゲルハルトもレオナも族長の子。

 それに付き従っている餓狼族や妖虎族たちも西方まで来て喧嘩するほど自制心のない奴らでもあるまいと信頼している。


「兵団長閣下!」


 いつの間にか呼び方が兵団長閣下に変わっていたアーノルドだ。

 ユートはユートか総裁殿でいいと言ったのだが、そこは元軍人、軍陣にある時は兵団長以外の呼び名は無く、軍の礼則によれば付けるべき敬称は閣下だと譲らなかったのだ。


「アーノルドさん、どうしました?」

「まだ兵団内の指揮官の顔合わせもきちんと出来ていませんので、今晩あたり、兵団司令部の天幕で顔合わせを行いたく思いますが……」


 もちろん、ユートは自分の部下になる指揮官には全員と会っている。

 しかし、例えばアドリアンが西方軍の指揮官と会っているか、と言えばそんなこともないので、いざ戦闘が始まってからお前は誰だ、とならないよう顔合わせを行っておこうというのだ。


「いいですよ。では今晩、司令部の天幕で」


 ユートが頷くとアーノルドは指揮官たちに連絡するためか、忙しげに駆けていった。



 ユートは時間が許す限り、各部隊の様子を見て回った。

 生活習慣どころか文化レベルで違う連中が集まっているだけに、些細なことで兵団内に亀裂が走ることを恐れたのだ。

 ユートの思った通り、各部隊はお互いに少しばかり距離を置いて自分たちの内輪で盛り上がっており、一方で他の部隊に対しては胡散臭げな目で見ている。

 唯一の例外はアドリアンの率いるエレル冒険者ギルドの部隊と、ゲルハルトの率いる餓狼族の部隊だった。

 この戦争が終われば名実ともに同僚になるわけだから、アドリアンがわざとゲルハルトの部隊と腹を割って話せる機会を作ったのだろう。

 アドリアンは豪快な性格をしているように見えて、そうした人間関係の機微を察せられる人物であり、冒険者同士の関係を作るのに長けているので得がたい人物なのだ。


 ともかく、問題が起きていないことを確認したユートは司令部天幕と一連となっている天幕に入る。

 この司令部天幕のすぐ後ろに立てられた天幕はユートの個人スペースとも言うべき天幕で、食事や睡眠はここで取ることになる、とアーノルドから説明を受けていた。

 中にはきちんと簡易ベッドまで用意されており、毛布一枚で露営をすることを思えば天国のような環境だった。


 そして、食事もまたいつもの干し肉と麦粥ではなく、焼きたてのパンに、ちゃんとスプーンで飲む温かいスープや、ちゃんと皿に載せられたステーキなどが出ている。


「居心地、悪いわね」


 副官という立場になっているエリアもまた、同じメニューであり、同じ感想を抱いたらしかった。

 あれほどまでのお互い気まずく口を利かなかったのは何だったのか、と思えるくらい、エリアとは今朝話してからは何故か普通に話せるようになっていた。

 ちなみにエリアとユートが普通に話しているのを見たアドリアンは、二人が普通に戻って嬉しそうでありながら、これまで気まずさに悩まされたのはなんだったのかという憤りを持つという、とんでもなく複雑な表情をしていた。


「この肉ってどこで狩ってきたのかしら?」

「ああ、それは輜重段列が持つ魔道具の冷蔵庫を使っていますな」


 魔道具、というのは魔石を使って作動する一種の機械のようなものらしいが、ユートは詳しくは知らない。

 ただ、高価なものであることは知っていたので、何故そんなものを、と思ってしまう。


「兵団長閣下、あなたの地位は事実上の軍司令官にあたります。軍司令官と言えば、知行地を持つ貴族であり、そのような方はだいたいこのようなものを好まれます」


 つまるところ、貴族が戦場でも美味しいを食べたい、という我が儘に対応しているらしい。

 輜重段列に何も指示を与えていなかったため、ユートもまたそういう貴族と同じように対応すれば、少なくとも文句は言われないだろうと判断しての今日の夕食となったようだ。


「ホント、落ち着かないわね」

「ああ」


 二人はそんなことを言い合いながら夕食を食べきった。



 夕食を食べると司令部用の、大きな机が起きてある天幕に移動して顔合わせだ。

 ユートの席はいわゆるお誕生日席で隣には副官のアーノルドとエリアが座り、ユートから見て右側にギルドのメンバーが、左側に軍の人間が座っていく。

 ギルドのメンバーはアドリアン、レオナといったいつものメンバーにゲルハルト、一方の軍の人間はユートとも付き合いの長い従騎士ピーター・ハルの他、驃騎兵第二大隊長――つまりアーノルドの後任でありユートはほとんど話したことのない正騎士ロビン・リーガン、混成歩兵第三大隊長の従騎士イアン・ブラックモアの二人も席に着いている。

 この六人の指揮官と、二人の副官がユートの直属の部下であり、今はギルドと軍という形で机を挟んで向かい合っているが、出来れば仲良くしてほしい、とユートは思う。


 六人はそれぞれ自己紹介し、副官の二人も挨拶をする。

 自由に歓談を、といってもどうせ黙りこくるかお互いギルドのメンバーはギルドのメンバーで、軍の人間は軍の人間で歓談しそうだったので、紅茶とクッキーを出してティールームのような雰囲気を作りながら必要なこと、話し合うことはないかを確認していく。


「夜間の歩哨はどうしますか?」


 おずおずとハルが訊ねた。

 ハルは軍の人間はもちろん、ゲルハルト以外のギルドのメンバーとも面識があり、西方混成兵団の内部でギルドと軍の派閥に別れないよう、ユートが腐心しているのをわかって敢えて誰もが気になる話題を振ってくれたのだろう。


「そうですね……」


 そう言いながらユートはちらりとアーノルドの方を見る。

 歩哨といっても普通の編成がどういうものなのか、というのをユートはわかっていないから、経験豊富なアーノルドがともかく一般論を答えてくれるのを待つ。

 正直、なぜ自分が指揮官なのだろうと思うが、本来の司令官であるサマセット伯爵が来れなくて、かつ指揮を執るのに適任な西方軍の人物となると自分の名前が挙がるのだろう、と諦めに似た気持ちになる。


「兵団長閣下、一般論としては各部隊から歩哨を出し、それぞれに受け持ち範囲を割り当てるべきなのですが……」


 アーノルドはユートの期待に違わず、一般論としての歩哨を教えてくれた。

 そして語尾を濁した先の言葉も想像がつく。

 この中で王国軍の教範や操典に基づいた教育を受けているのはリーガンとブラックモアの部隊だけであり、それに準じた教育を受けているのがハルの部隊だろう。

 アドリアン率いる冒険者は統一された方法で夜間の見張りをしているわけではないし、餓狼族や妖虎族は恐らく統一された方法はあるだろうが、それは王国軍のものとは違う可能性が高い。


 そのあたりの認識も一致させないといけないのか、とユートは暗澹たる気持ちになる。


「あちきらがやるニャ」


 レオナが何も前置きをせずそう言い放つ。


「あちきらは周囲の気配を悟ったり、周囲から気配を隠したりすることは得意なのをユートも知っているニャ? だからあちきらに任せておけば大丈夫ニャ」


 レオナの言葉に、ハルはそうなのか、という表情でユートやアーノルドの方を見た。

 その横に座るリーガンとブラックモアはあからさまにレオナの言葉を信じていない表情をしている。


「大丈夫なのですかな? レオナ殿の軍勢はせいぜい数十と聞いておりますが」


 一瞬顔を見合わせた上でリーガンが重々しく口を開く。


「あちきらは気配を感じることに長けているから大丈夫ニャ」

「……正直申し上げましょう。その気配を感じるというのは本当に大丈夫なのですかな?」


 やはりリーガン、そしてブラックモアも気配を感じられるという妖虎族の特技――まさに特技としか言いようがないもの――を信じていないのだ。

 まあユートもその懸念はわからないではない。

 これまでレオナと幾多の戦いをともにしていて、その中でレオナの能力を実地で知っているから疑う気持ちがわかないだけでなのだ。


「それは大丈夫……」


 ユートがそう言いかけた時、先に口を開いた人物がいた。


「リーガン殿、ブラックモア殿、私も死の山でレオナ殿と共に戦いましたが、レオナ殿のその力は確実なものですぞ」


 アーノルドだった。

 丁寧な口調だが、その言葉は有無を言わせぬ力を持っている。


「なるほど、アーノルド殿がそう仰るならば間違いありますまい」


 リーガンがそう頷き、ブラックモアも納得したように何も言わなくなる。

 一方でいきなり能力を疑われたレオナはむっとしたままの表情、ユートにとっても、恐らく他のメンバーにとってもありがたくない空気が充満している。


「では妖虎族の方々、歩哨はお願い致します」

「わかっただニャ。何かあればユートに報告するニャ」


 その言葉に今度は兵団長を呼び捨てにしたレオナに、ブラックモアがむっとなったらしかった。


「レオナ殿、兵団長閣下を呼び捨てとは不敬であろう」

「なんだニャ? あちきはユートを友と思ってここにきているニャ。だから呼び捨てで構わないはずだニャ。それにそれを言うならあちきは妖虎族が族長ライオン・ハート(獅子)の子にしてその代理だニャ。お前こそ敬語使えだニャ」

「神階というのは北方の爵位であったか? 爵位や族長など軍における立場には関係ないではないか!」

「あちきは族長の子としてここにいるニャ。それが関係ないって言うならあちきは妖虎族を率いる資格が無いってことかニャ!?」


 ブラックモアが言うのは、王国軍内における職階のことだ。

 王国軍内では、指揮権――つまるところ軍内部における偉さというのは爵位を無視して職階で決まる、という原則になっている。

 ブラックモアならば大隊長であり、大隊長は軍司令官の部下であり中隊長の上官という職階があるので、例え中隊長が侯爵の爵位を持っていようがその原則は覆らない。

 まだ日本や地球のように大将や中将といった階級が存在しているわけではないし、同じ大隊長同士でどっちが上か、などというのもはっきりしていないところはあるし、並立して貴族が自分の持つ領地で編成する領軍が存在しているなど、まだ封建的あるいは人治主義的な部分も残っているとはいえ、封建的な軍隊から脱皮しつつあるといえた。


 一方で北方大森林はその封建的な軍隊である。

 族長が代々それぞれの部族を収め、戦いとなれば族長か族長の子が指揮官として出陣していく。

 それゆえに爵位――北方の場合、神階だが――と指揮権は切っても切り離せないものである。


 要するにブラックモアとレオナの争いは文化の違いから来るもの――ユートにとって最も起こって欲しくないものだった。


「ここは軍だ。軍に入ったからには軍のやり方に従うべきだ」


 ブラックモアはなおも言い募る。

 レオナもそれに対して威嚇するように肩を怒らせ、眼光鋭く睨みつける。

 まさに一触即発――


「ブラックモア殿、少し待たれよ」


 アーノルドが割って入ったが、ブラックモアは止まらない。


「アーノルド殿、軍礼則に従えば私の申し上げていることが正しいものであるということはおわかり頂けると思うのですが」


 彼がここまで必死に言い募るのにも理由がある。

 軍において礼則が重視されるのは単なる見栄えの問題ではない。

 誰が上官であり、誰が部下なのか――指揮権をはっきりさせるためであり、そして指揮権とはいざ戦場に立った時、死ねと命じるか、死ねと命じられるかを分けるものだ。

 そしてレオナやギルドのメンバーがそうした礼則を外れるということは、ユートに万が一があった時に誰が指揮を執るのか、という問題に直結する。

 ゆえにブラックモアは自分以上に経験豊富な軍人であるアーノルドにも正論をぶつけているのだ。


「ブラックモア殿、一度座られてはどうですかな。レオナ殿も。さあさあ」


 いつの間にかいきり立って立ち上がっていた二人をハルがなだめる。

 レオナもブラックモアも不承不承、といった感じではあるがともかく座ってくれたのにユートはほっとした。


「兵団長閣下、よろしいですか?」


 ハルが挙手して発言の機会を求める。


「どうぞ」

「思うに、なのですが。彼らはどのような立場で参加しているのでしょうか?」


 ハルが何を言いたいのかわからないから、ユートは当たり障りなく返すしかない。


「えっと、自分が設立したエレル冒険者ギルドのメンバーとして、ですが……」


 厳密に言えば餓狼族までは全員、エレル冒険者ギルドに登録しているが、妖虎族はメンバーとして登録していない者もいる。

 まあそんな細かいことをハルが問うているわけではないだろうから気にしないでおく。


「つまり、ギルドの軍勢とは兵団長閣下が個人の才覚により集めた軍勢、ということですな」


 まあ個人の才覚と言えばそうだろう。


「それがどうかしたのですかな? ハル殿」


 リーガンが苛立ったようにハルに訊ねる。


「ならば、ギルドの軍勢は貴族が個人で集めたものであり、いわば領軍と同じと言えるのではないでしょうか。そして、貴族法は貴族の自治を認めております。例えば――ありえない話ですが――私がサマセット伯爵閣下をパトリックと呼び捨てにしたとしても、それは貴族の自治に属する範囲の話となります」

「仰ることはわからんでもない。しかし、国軍法による軍中にあっては領軍は軍の指揮に服すると規定されていますぞ」

「ええ、その通りです。つまり、今回の問題は貴族の自治に属する問題が国軍法の定める礼則に反した場合、どちらを優先するかという問題です。そうなると、我々一大隊長が判断していいことではなく、法務卿の判断が必要になる話でしょうな」


 要するにハルはブラックモアを原則論と正論で煙に巻きつつ棚上げしてしまえ、と言っているのだ。


「なるほど、ではともかくこの問題は棚上げするべきでしょうな」


 アーノルドもハルの意図をわかったらしく、すぐにそう提案する。


「わかった。この問題は後日、アリス王女を通じて法務卿に報告し、その判断を仰ぐこととする」


 正直、ユートからすれば敬語を使う使わないなどどうでもいいし、わざわざアリス王女に報告などもする気はなかったが、形だけはそう言って締めくくる。

 そのユートの発言で顔合わせは終了することになった。




 顔合わせが終わった後、ユートは司令官の私室ともいうべき司令官天幕へ戻ってきていた。

 エリアも一緒であり、アーノルドは何かあった時に備えて司令部天幕の方で起きている。

 副官のうち一人が常に起きていて、何かあればユートを起こすという態勢を敷いてくれるらしく、ユートはぐっすり眠ることが出来るらしい。


 エリアやアーノルド、それに恐らく歩哨で徹夜になるレオナには悪い気もするが、ともかく簡易ベッドに潜り込む。

 エリアはエリアで自分用の簡易ベッドに潜り込んですうすうと寝息を立てている。


「はぁ……文化が違うとは思ってたけど、あんなことでお互い怒らなくてもいいのに……」


 さっきのレオナとブラックモアのやりとりを思い出してそんな愚痴の呟きが口から漏れる。

 ユートは明日からどうやってこの分裂しそうな西方混成兵団をまとめようか、という考えが頭の中でぐるぐると回ったが、そうしているうちに眠りに落ちていった。


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