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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第081話 いざ、西方へ還らん

 ユートたちは妖虎族の村には一日滞在しただけで、すぐに森都を経由して北方首府ペトラへの帰途についた。

 別れ際、アルトゥルは巌のような表情のままレオナに頷いていたし、レオナも笑顔で笑っていたが、その内心は泣いているのではないかと思った。

 その途中、年が改まって王国暦六〇三年の始まりとなったが、旅先で新年を迎えた為、まともに祝えないことよりも、どうやら北方軍の進発は間に合いそうだ、と安堵する気持ちの方が強かった。


「ユート、明けましておめでとうなのです」


 日の出を見るためか馬車から出てきて見張りをするユートの横にちょこんと座ったアナがそう挨拶してくれて、ユートもおめでとう、と返したが、妙に心が晴れなかった。


「ユート、エリアのことが気になりますか?」


 アナは核心を抉るような質問をしてくる。


「まあな……」


 あれからエリアとユートはほとんど口を利いていない。

 別にユートはエリアに隔意があるわけではないが、エリアがどう思っているのかは知らないし、気まずくて声をかけれない、と思っているうちにどんどん声を掛けるタイミングを失ってしまった感じだ。

 そして、ちょうど一年前の大晦日、そういえばベゴーニャが引き起こした西方冒険者ギルド事件が解決して、エリアと雪の中を喜んだな、と思い出し、余計に落ち込んでいた。


「まあアナのせいじゃないから。俺が折り合いつけるべきことだから」


 ユートはそう言うと笑顔を作る。

 そんなユートにアナは一大決心をしたような表情を向ける。


「あの、ユート。エリアならば構わないのですよ?」


 構わない、とは何が構わないのか、と疑問に思ったが、アナは言葉を続ける。


「ジークリンデが何を言うかはわかりませんが、父様も側室がいましたしエルフの間でも大丈夫と思います。彼女もわたしも、所詮はユートのことを政治的に利用しようとしているに過ぎないのです」


 アナの言葉に、ユートはどうしたらいいのかわからなくなった。

 今までは折り合いをつけないといけないとばかり思っていたのだが、アナから別の道を示されると一気に決心が鈍ることになる。

 とはいえ、エリアに三人目でいいなら結婚してくれ、などと言う勇気もない。


「ユート、わたしに言えるのはここまでなのです」

「なんか、ごめん」


 ユートはそう謝りながら、ますます自分が情けなくなっていた。




 そんなユートはさておいて、ユートたちは無事、一月十日に北方首府ペトラに戻ってくることが出来た。


「あとはウェルズリー伯爵がうんというか、だな」


 北方総督府の建物の前まで戻ってきた時、アドリアンがぼそりと呟いた。

 アドリアンはウェルズリー伯爵がちゃんと約束を守るのか、不安に思っているらしかった。

 それはこのところ貴族と絡むことが増えてなりを潜めていたが、貴族嫌いのアドリアンらしかったし、何か懐かしさを感じてユートは思わずにやりとしてしまった。


「何笑ってやがる!?」


 アドリアンは目敏く見つけてユートにすごんで見せる。

 もっともアドリアン自身も本気で怒っているのではなく、口元には笑みを浮かべていた。


「ユート、お前にはいろいろと義務とか責任とか乗っかってるけどよ、ちょっとは笑えよ。俺たちは仲間なんだからな」


 アドリアンはそう笑い飛ばす。

 周りがどんどんと変わっていく中で、このアドリアンだけは全く変わっていないとユートはちょっとほっとしていたし、そしてそんなユートを見てアドリアンも少し安心したようだった。



「おお、殿下! 帰られましたか!」


 すぐにハミルトン子爵が出迎えてくれる。


「お疲れでしょうから、すぐに湯浴みの支度をさせましょう。食事などいかがですかな!?」

「うむ、頼むぞ」


 アナが精一杯の威厳を作ってハミルトン子爵に答える。

 実際、死の山を越えてきた直後の、二ヶ月にわたる馬車暮らしでアナの疲労は限界に達していた。


 ハミルトン子爵が用意してくれた風呂に入りながら、ふとそういえばこの世界に来て風呂に入るのは初めてだな、と思い出す。

 いつも水浴びはしていたし、週1回は石鹸を使っていたが、湯を張った風呂に入るのは初めてだった。


「アドリアンさん、風呂って珍しいんですかね?」

「風呂だ!? そりゃ珍しい……というか北方の文化の一つだな。寒いから熱い風呂に入って体温を保つんだとよ」

「よく知っていますね」

「お前、知らないと思って聞いたのかよ! まあ、北方行く直前にセリルから聞いただけだけどな」


 アドリアンはそう言って豪快に笑う。


「西方でも風呂に入れたらいいんですけどね」

「おいおい、こんな熱いのを西方で入ったらすぐに汗臭くなってしまうだろ。水浴びでいいじゃないか」


 どうやらアドリアンの感覚では、風呂に入れば暑いし、それならば水浴びの方がいい、という程度のものらしい。

 まあこの北方に比べれば随分と温暖な気候の西方で風呂に入りたがらないというのは、日本でも夏にはシャワーでいいじゃないか、という程度の考えなのかもしれない。


「ところでよ、お前とエリア、あからさますぎるだろ」

「え?」

「いや、正直よ、戦闘になった時の連携が怖いんだよ。お前らの態度見てるとよ」


 アドリアンが言いづらそうに、すっかり冷え切ったユートとエリアの関係に文句を言う。


「お前の政略結婚のことでああなってるのはわかるけど、どうにかしてくれ」

「いや、なんというか……すいません」

「てかよ、お前はどうしたいんだよ!?」

「えっと、それがよくわからないんで……」


 ユートの言葉にアドリアンは呆れた、と言わんばかりの顔をした。


「政略結婚は政略結婚として結婚するとして、それとは別でエリアが好きなのはエリアが好きって理解でいいか?」

「…………ええ、多分そうです」

「多分ってお前、本当に煮え切らないな。まあいい。それならエリアにそれを伝えればいいだろ?」

「いや、それはそうなんですが、エリアに伝えたとしても三人目の妻になってくれって言うんですか?」

「当たり前じゃねぇか。それでどういう答えを出すかはエリア次第、お前はお前の気持ちを伝えればいいんだよ。そこで答えが出て初めて先に進めるんだろ?」


 アドリアンの言葉にユートは黙りこくった。


「お前がこと恋愛に関してはここまで優柔不断とは思わなかった……ギルド総裁としてのお前とは別人じゃねぇか……」


 アドリアンはもう一度、呆れたような表情をする。


「おい、ユート。レビデムに戻りゃ、俺はもうお前の家人扱いだ。だから、これは俺がお前に友人として最後に言ってやれることだ。しっかり考えてもいいから、レビデム戻るまでに答え出せ。レビデムに戻ったら、どんな答えでもいいからエリアにそれを伝えてやれ」

「……わかりました」


 ユートがそう言うと、アドリアンはにかっと憎めない笑顔を見せて、先に風呂から上がっていった。



「それで、どうなりましたか?」


 風呂から上がって軽食を摂った後、またもユートとアナはティールームへと呼ばれた。

 ここの会議ならばある程度身分や地位も関係なしに会話出来るのでハミルトン子爵も好んでいるようだった。


「まず、大森林の諸族との不可侵条約は成りました。こちらからは食糧を時価で販売し、彼らは西方にあるエレル冒険者ギルドで稼いだ資金でその食糧を購入する、ということで話がつきました」


 アナの報告にほう、とハミルトン子爵もウェルズリー伯爵も感嘆の声を挙げる。

 長年争っていた大森林の獣人たちと食糧を売るくらいで戦わないで済むならば、北方総督としても北方軍司令官としてもその方がありがたいという気持ちに偽りはない。


「それと、死の山の通行も許可を取ってきました。これで北方軍が西方に転進することも不可能ではありません」

「なるほどなるほど、それは素晴らしい」


 ウェルズリー伯爵はにこやかに笑った。


「ところで死の山というのは人一人が歩くスペースはあるのですよね?」

「ええ、ありましたね」


 ウェルズリー伯爵はますます笑顔になっていく。


「では、明日にでも出立しましょうか?」

「え? 明日ですか?」

「ええ、北方軍は既に動員態勢を整えており、食糧や資材の用意も終わっており、警急配置についております。命令があればただちに出撃できますよ」


 ウェルズリー伯爵の言葉にハミルトン子爵も頷く。


「残置部隊の指揮は私が執ることになっておる。といっても警備兵主体で、残りは最東部にある中央との街道の関所を守る北方城塞守備隊だがな」


 そういえばハミルトン子爵はかつて南方戦争で戦功を挙げた王国軍の英雄だった、という話を思い出す。


「銃後の守りはこのわしが引き受けた。ウェルズリー伯爵は遠慮無く暴れられればよろしかろう」

「営庭の教えを忘れずに戦うだけですよ」


 ウェルズリー伯爵はそう言うとまたにやりと笑う。

 正体を隠すような笑みだが、軍人がそうした笑顔を見せていると


「ところで食糧の輸送は?」

「それは見てのお楽しみ、ですよ」


 意味深なウェルズリー伯爵の笑いに、ユートは困りながらも笑顔で応じた。




 結局、進発はアナの体調を考慮して五日後の一月十五日となった。

 体調も良くない上、アナは北方に残したままにしておいた方が、もし敗れた時も安全ではないか、という意見もあったが、それはアナが断乎として拒否したのだ。


 ユートたちも馬車をハミルトン子爵に返し、装備を整え、食糧やらを用意し始める。


「今回は麦を多めの方がいいかニャ?」


 前回は干し肉やらを大量に持っていったが、狩りで肉を得られるならば麦だけの方が効率がいいかもしれない。


「だな。麦だけにしよう」


 ユートは思い切って麦だけで肉は狩る、という方針を示す。

 前回の食糧不足を考えると、その方がまだマシと思ったのだ。


 そして、進発の日を迎えた。


「ありゃ、なんだ?」


 勢揃いした北方軍を見てアドリアンが素っ頓狂な声を挙げる。

 その声につられて北方軍の方を見れば、全員が妙なものを押しているのが見えた。


「どうですか? 驚いたでしょう?」


 相変わらず笑みを浮かべながらウェルズリー伯爵がユートに話しかけてきた。


「これは一輪車です。殿下やユート殿が大森林に向かわれた後、死の山を越えるならば必要と思って作らせたのです」


 確かにこれならば細い山道であっても通過することは不可能ではないだろうし、担いでいくよりも多くの物資が運べるだろう。


「鎧の予備など、重量物は駄載しますが、駄載ばかりだと今度は飼い葉を運ぶことになりますからねぇ。飼い葉のために飼い葉が必要になるなど、冗談にしか聞こえません」


 飼い葉のために飼い葉がいる、とは言い得て妙である、とユートは妙に納得していた。

 要するに飼い葉という補給物資を運ぶために補給物資を消費してしまう、ということなのだ。


「これならば楽に運べますね」

「……まあ楽ですが、将兵を輜重輸卒として使うようなものですから。死の山の経路の安全性が確保されていないとこんな手段は取れませんがね」


 確かに普通に行軍するのに比べて一輪車を押して行軍すると体力も使うし、咄嗟の時に戦うことすら出来なくなってしまうだろう。

 奇襲を受けたら終わり、というリスクを背負って行軍するくらいならば、ちゃんと道があるところを通って、馬車による補給をする方がよっぽど安全となる。


「まあこれで君たちのような食糧不足に悩まされる可能性はないでしょう。というわけで、道案内はよろしく頼みますよ」


 ウェルズリー伯爵にそう言われて、ユートたちは先頭に立って進軍を始めた。




 死の山までのルートは案外楽だった。

 というのも季節はまだ春を迎えるには少し早い時期であり、もしかしたら雪が積もっているのではないかと思っていたのだが、この地方はやはり海から遠いこともあってほとんど雪はなく、ただひたすらに寒いだけだった。


 それは死の山に入っても変わらなかった。

 さすがに全く雪が無いわけではないが、それでも歩くのが困難になるほどではない。

 これで地面が土であれば数千人の人間が歩いた後は泥濘となっていただろうが、幸いなことに岩場であったので泥濘に足を取られたり一輪車がスタックしたり、ということもなかった。

 思いの外に楽な行軍となったことにユートもウェルズリー伯爵も安堵していた。


 そして、二週間も行軍しただろうか。

 ちょうど、西進するのをやめて南へ下ろうとするあたりで、全軍が小休止をとっている頃合いだった。


「敵襲!」


 叫び声が響く。


「敵襲、ですか?」


 ユートの隣で休んでいたウェルズリー伯爵はのっそりと立ち上がる。


「司令官閣下! 敵襲であります! 戦旗は牙に雷光! 雷神です!」

「雷神、ですか」

「はっ! 数はおおよそ八百ほど。かつてない数であります!」

「ふむ」


 ウェルズリー伯爵はそれだけ言うとユートの方を見る。


「ユート君、雷神です。味方、でいいんですかね?」


 雷神、つまり雷神(トール)の異名を冠せられているゲルハルトのことだろう。

 あのゲルハルトが裏切るとは考えにくいが、ではなぜ軍勢を率いてこんなところまで来ているのだろうか、と思うとちょっとだけ不信感が芽生えてくる。


「ともかく、話をしてきます」

「ええ、頼みますよ」


 ユートがアーノルドを伴って先鋒のところまで進むと、先鋒と餓狼族の軍勢が睨み合っていた。


「ゲルハルト!」

「おお、ユート! えらく物々しいみたいやけど、どうした!?」


 ユートの呼びかけに大声でそうあっけらかんとした答えを返すゲルハルトに、どうしたじゃない、と思いながらともかく近づいていく。

 ゲルハルトの周囲の獣人が警戒を露わにしたが、ゲルハルトが手で制するのが見える。


「そりゃそっちがいきなりやってくるからだ」

「ああ、すまんすまん。アルトゥルのおっさんからお前らがここを通過するってきいてな。どうせやったら合流して西方行こうかと思うて来たんや」

「全く、人騒がせにもほどがある……」

「そんな怒りなや」


 ゲルハルトの言葉を背中で聞きながら、急いでウェルズリー伯爵の本陣へ戻り、状況を伝える。

 ウェルズリー伯爵はゲルハルトと合流することに大きな問題は感じなかったものの、将兵同士の敵愾心があることは否めなかったらしく、ユートが間に立って先頭に立って進むことを求め、ユートもそれを受け容れてレビデムを目指すことになった。



 そして、二月十日――

 ユートたちは無事にレビデムへと戻ってきた。


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