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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第一章 異世界転生編
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第008話 換金と精算とギルドと

 エリアの家に帰ってきた時には既に夜中に近かった。


「明日はプラナスさんのところに行って、魔石と毛皮引き渡して、こないだの魔狼(ダーク・ウルフ)の分のお金をもらうわよ!」


 エリアはそれだけ言うと寝てしまった。

 ユートが見ていただけで十回以上、エールをおかわりしていたのだから、半分酔いつぶれているのだろう。

 この世界では自分で稼いだ金で飲む分には何歳でも許されるらしい。


(そういえばイギリスでは水がないから小さい頃から酒を飲んだりしてたんだよな)


 中途半端な前世の雑学が頭の中に浮かぶ。


(まあいいや。今日はこのまま寝よう)


 軽く酔っていたのか、そう思うと、ユートも眠りに落ちていった。




 翌朝。

 ユートは早々と目を覚まして庭で剣を振るっていた。


「あんた……元気ね……」


 青い顔をしたエリアがやってきた。

 完全に二日酔いらしい。


「水飲んでゆっくりしてろ。そして酒の加減を知れ」


 グロッキーなエリアには目もくれず、素振りを続ける。


「太陽が高くなる頃にはパストーレ商会行くぞ」


 魔石はともかく毛皮は放っておくと傷みそうだから早く届けたいのだ。


「わかった……」


 力の無い眼でエリアはそう言うと、自分の部屋に戻っていったらしい。



 エリアは昼過ぎにはどうにか復活し、パストーレ商会へと向かうことが出来た。


「もう飲まない……」


 そんなことを言っていたが、どうせ次の仕事を終えたらまた飲むんだろう、とユートは思っている。

 昨日は最後はアドリアンとセリルが止める中、それでもエールをおかわりしていたくらいだ。

 最後は酔いつぶれてふらふらだったが、そんなエリアを見ながらアドリアンが嬉しかったんだな、と呟いていた。


 まだ少しばかり酒の残っていてふらふら歩くエリアの後ろを、ユートは荷車を牽いて付いていく。

 パストーレ商会まではすぐだった。

 エリアが中に入ってプラナスか誰かを呼びに行った。


「これは大量だな!」


 プラナスと一緒に出てきた男が荷車を見て目を見はる。


「おう、ユート。こいつはうちの毛皮と魔石――まあ魔物素材の鑑定人をやってるマルセルだ」

「多いと聞いてすぐに出てきたんだ。それにしてもすごい量だな」

「どのくらい鑑定にかかりそうかしら?」

「まあ今日中には終わらせるさ」


 エリアの言葉に事も無げにマルセルは答えた。

 もう日は中天を過ぎており、日暮れまでと考えると四、五時間しかない。


「このくらい、すぐに終わらせんと仕事が終わらんよ。大丈夫さ、いつもやっているし、査定はおろそかにはせん」


 マルセルは疑わしげな目をしているエリアにそう言うと、商会の小間使いに魔石と毛皮を作業場に運ぶように命じ、自分もその後についていった。


「プラナスさん、前の毛皮と魔石は?」

「当然鑑定は終わってるぞ。魔石は二十万ディール、毛皮は少し痛みがあったので九万ディールだ」

「それでいいわ。お金は今もらえるの?」

「ああ、それならここにあるぞ」


 プラナスはそう言うと、小さな布袋を一つ手渡した。

 エリアは開けて確認する。


「ちゃんとあったわ。それじゃ夕方に来たらいいかしら?」

「そうだな。まあマルセルなら一時間か二時間もあれば終わると思うが、夕方にでも来てくれればいい」


 プラナスとそう言葉を交わすと、エリアは用は済んだ、とばかりにきびすを返した。



「これ渡しとく! あんたの取り分!」


 歩きながらエリアはそう言うと、金貨二枚をユートに渡した。


「あたしの見立て通りだったわね!」


 毛皮が傷んでいたこと以外はエリアの見立て通りの値段だったことに胸を張った。


「今からどうするんだ?」

「どっかでお昼でも食べて、ちょっとぶらぶらしたらもう夕方よ」


 ユートは言われるまま、エリアのお勧めの店で昼食を摂り、そしてしばらく街中で鍛冶屋を巡って剣や防具を見ていたら、すぐに夕方になった。




「プラナスさん、どう?」


 パストーレ商会の代表執務室へ案内されたエリアは、プラナスに顔を合わせるなりそう訊ねた。


「おう、終わっとるぞ。魔兎(ダーク・ラビット)の魔石が八十二個と毛皮が六十枚だな。魔石は特に問題も無かったから一個五千ディールで四十一万ディール、毛皮は一枚三千ディールだが、結構な枚数に傷みもあったので十五万ディール、合計で五十六万ディールだ」

「それでいいわ」

「ではこれが代金じゃな」


 プラナスがまた布袋を渡す。

 エリアは中身をすぐに数えて、満足げな表情を浮かべる。


「うん、ちゃんとあったわ。そういえば次の伝書使は何時になりそう?」

「五月十五日の支店会議で諮らないといかん案件があったので、それからだな。十七日には頼むことになると思う」


 プラナスの言葉を聞いて、エリアは頷いた。


「じゃあ十七日の朝に取りに来て、そのまま届けるわ。返事は必要?」

「ああ、恐らく返事も貰ってきてもらうことになる」

「それなら向こう次第だけど、二十五日くらいに帰ってこれると思うわ」

「よろしく頼む」

「こちらこそ」


 エリアはそう言うと、執務室を後にした。




 エリアの家に戻ると、マリアは夕食の準備を済ませていた。

 夕食を摂りながら、ユートとエリアは今後のことを話す。


「今日が五月十日だから、あと七日間は体が空いたな」

「そうね。中途半端だからどうしたらいいのかわからないわ。今月は伝書使と魔兎(ダーク・ラビット)狩りで稼いだから無理に仕事する必要もないけど」

「俺はもうちょっと魔法の練習がしたいな。こないだみたいに全開で撃てばいい場面ならいいが、細かい制御はまだ厳しいんだ」

「わかったわ。じゃあアドリアンに相談してみる」


 エリアはそう言うと、夕食を終えて食器を洗い桶に放り込んだ。

 ユートもそれにならって食器を洗い桶に放り込む。


「あ、マリアさん。ごちそうさまでした!」

「気にしないで。エリアの数少ないお友達なんだもの」


 その声が聞こえたらしいエリアは少しふくれっ面をしている。


「ユート、今から精算するわよ!」


 エリアはそう言うと、足音を響かせて自分の部屋に向かった。



「えっと、今回の出費は……」

「全部覚えてるよ。干し肉が一食一千ディールで、四十二食分だから四万二千ディールをまけてもらって四万ディール。塩が一壺で二万ディール、パンはマリアさんに貰ったから金はかかってない。あとテントが二十五万ディールに毛布が一枚三万ディールで二枚だから六万ディール、荷車が一万ディール、ああ、それとアルバさんに払った二万ディールに、公証契約の費用が二万ディールで合計四十二万ディール。この経費はエリアが十万ディール、俺が三十二万ディール出してる、と」

「……相変わらず計算速いわね」

「小さい頃から教えられていたからな。日本だと誰でもこれくらい出来る」

「ホント、ニホンってとこはいいところなのね。こっちじゃ子供にそんなこと教えられるのって、アルバさんみたいに次の村長になる人とか、後は商家の跡取りとかくらいよ」

「まあ、いいところだったな」


 少し遠い目をするユート。

 日本は決して嫌な国ではなかったが、こっちの世界はこっちの世界で十二分に楽しいところだ。

 むしろ自分にはこっちの、刺激的な日々の方がよっぽど性に合っている、とすら思っていた。


「ねえ、ユート。あんた、ニホンに帰りたい?」

「……帰ることが出来たら帰りたい気持ちもあるが、こっちの生活も性に合ってるよ」


 審判神に母が泣き崩れ、父が涙をこらえていた、と聞かされたこともあり、ユートは戻りたい、と思う気持ちがないではなかった。

 しかし、それは叶わぬことであるのも承知している。


「帰ろうとはしないの?」

「……どこにあるかもわからない島に旅立てないだろ」


 ユートの言葉にエリアはそれもそうね、笑った。

 なんだかんだ言って、ユートがすぐにいなくなるんじゃないかと不安だったのか、それとも自分が帰ることの出来ないニホンを思い出させてしまった、と思っていたのか。


「じゃあ話を戻すわ。収入は報酬の三十万ディールに、今日貰った五十六万ディールね」

「あわせて九十六万ディール、差し引き四十四万ディールが儲けか。かなり儲かったな」

「まあ命賭けてるんだしこのくらいは妥当なところね。五万ディールくらいしか残らない伝書使に比べたら雲泥だけど」

「じゃあ儲けは半分ずつ、経費分を入れてエリアが三十二ディール、俺が五十四万ディールな。ところで公証契約の分はいつになったら入ってくるんだ?」

「あれは麦の収穫が終わった後の払いね。住民証の関係で受取人はあたしになっているから契約してるから、あたしは契約書と十二万ディールになるわね」


 そう言うと、エリアは金貨一枚と一分金貨二枚を取る。

 残った金貨五枚と一分金貨四枚はユートが取った。


「さて、報酬の分配も終わったし、これで完璧に一仕事終わったわね!」


 エリアは嬉しそうにそう言った。


「ああ、お疲れさん」

「そっちこそ。よし、今日は飲むわよ!」


「朝にもう飲まない、と言っていたのはどこにいったんだよ!」


 そんなユートの声は無視して、エリアは張り切って台所で酒を探し、ついでにマリアにつまみも作って貰って自分の部屋に戻ってきた。


「今日は飲みすぎないようにするわ! これ、あたしが漬け込んだ果実酒よ!」


 そういうと一抱えはありそうな(かめ)からレドールで果実酒を酌んでいく。


「さて、あたしたちの仕事の成功に乾杯!」


 そう言ってカップをあおる。

 そして、どこかのアルハラ親父のようなことを言い出した。


「ちょっと、あんたも飲みなさいよ」

「飲むけどな、そんながぶがぶ飲まないでもいいだろ。また潰れるぞ!?」

「がぶがぶなんか飲んでないわよ。だいたいあんたの方が冒険者としては異端なの! 冒険者は明日死ぬかも知れないのよ? 今を楽しまないでどうするの?」


 そんな刹那的なエリアに言葉を失いながら、ユートも自分のカップをあおった。

 柑橘の甘酸っぱい香りが口の中に広がる。


「なかなか美味いな。エールよりこっちの方が好きだ」

「いいでしょ。去年の冬に漬け込んだんだけど、まだ余っててよかったわ」


 そう言いながらエリアは気付けば三杯、四杯と杯を重ねている。

 かなり度数の高い酒に、ユートは少しばかり心配になった。


「そんな飲んで大丈夫か?」

「大丈夫よ! どうせ明日は何もないんだし」

「アドリアンに頼んでくれるんじゃなかったか?」

「別に明後日でもいいじゃない」


 そう言いながら更にもう一杯。


「そういえばあんた、今回のが初めての仕事だったのよね? どうだったのよ?」


 エリアはやや目の据わった表情でユートを見る。


「……色々と面倒だと感じた」

「どういうこと? そりゃ魔兎(ダーク・ラビット)が予想より多かった、とか色々とあったけど……」

「いや、そういうことじゃない」


 ユートはどう言おうか、と少し悩む。


「例えばさ、一々契約をしないといけない、とかだな」

「ああ、今回は公証契約だったからちょっと面倒だったわよね。でも普通はあんなことはないわよ。普通に契約書書いて、仕事完了したらその時点でお金はもらえるわ」

「他にも契約する時の交渉とかもそうだったな」

「ああ、確かに今回はアルバが取り乱してたもんね。普通はあんなことはないんだけど……」


 ユートが挙げた例に対するエリアの答えを聞いて、何かかみ合わなさを感じたが、中々それを上手く言葉に出せない。


「そこら辺はまあ今回が普通じゃなかっただけよ。いつもは起きないだろうし、そう気にすることじゃないわ」


 そんなユートの内心に気付かず、エリアはそう締めようとしていた。


「いや、違うんだ。一つ仕事をやる度に、条件を交渉して、契約書を用意して契約を結んで、そして報酬の回収手段まで自分で考えないといけない、ってのは面倒じゃないか?」

「え、そこなの? それは当たり前じゃない。初めて会った人をすぐに信用するわけにはいかないでしょ」


 勿論日本でも自営業者ならそういうことをしないといけないのだろう。

 ましてそれが当たり前の世界で育ってきているエリアに、どう説明すれば伝わるのか、とユートは頭を捻った。


「ちょっと聞いてくれ。例えばな、初めてじゃない人なら信用で動いたりするだろ? プラナスさんの依頼みたいに……」

「そうね。プラナスさんの依頼なら契約書とか細かいこと言わずに受けるわ」

「じゃあそういう存在があればいいと思わないか?」

「どういうこと?」

「仕事を仲介してくれるような組織があって、冒険者はそこと契約を結んで仕事をする。それだったら一々交渉したり報酬の回収まで考えなくても済むだろ?」

「……まあそうね。前に言ってた冒険者ギルド(ギルド)って奴?」

「そうだな。他にも今回はエリアがいてくれたから、セリルさんから魔法を教えてもらえたけど、あれだって俺一人だったら魔法の使い方もままならなかった」

「まああたしのお陰ね」

「でもそれもみんなが共有し合えたらいいと思わないか? 魔法や剣術を教えてくれたりすれば伝手を頼って教えてもらう、なんてこともなくなる」

「言いたいことはわかったわ。そういう冒険者ギルド(ギルド)という組織があれば解決出来る面倒ごとが多かったから、今回の仕事を面倒って言ったのね」

「そうだ」

「あんた、それやってみたいの?」

「……あったら便利だろうなって思うし、そういう気持ちがないとは言えないな。エリアでも考えてないってことは競争相手も少ないだろうし」


 なんだかんだ言ってエリアは学もあるし頭の回転も悪くはない。

 そのエリアが思いついていないということは、恐らく誰も考えていないと思えた。


(というか、五つ年下のエリアが既に数年掛けて信用築いてる状態で、俺が冒険者として参入していくのって相当難しいんだよな……)


 そんな思いもユートの中にはある。


 ユートの言葉を聞いて、エリアは思案顔を作った。

 何かぶつぶつ言っているようだが、ユートにはその言葉は届かない。

 やがて、カップを持つと、中に入っていた果実酒を一気に飲み干した。


「……考えたけど、厳しいと思うわ。冒険者ギルド(ギルド)を成り立たせるにはお金がいるわよね? それって結局、冒険者が貰う報酬が減ることになるじゃない。今回だったら三十万ディールが報酬だったけど、そのうちいくらかを冒険者ギルド(ギルド)に納めることになるんじゃない?」

「まあそうなるだろうな」


 そこでエリアはまた(かめ)からレドールで果実酒をカップに注ぎ、そしてあおる。


「例えば隊商の護衛みたいな仕事だったら、今まで十人来てたのが、一割を冒険者ギルド(ギルド)に納めることになったら九人になるか、今までより腕の悪い護衛が十人になるでしょ。そうなるなら大口の商会みたいなところは冒険者ギルド(ギルド)通さずに専属契約にするでしょ」

「そのかわり、アルバみたいに伝手がない人が簡単に依頼を出来るようになると思うが……」

「まあそれはそうね。確かに間口を広げるという意味ではいいかもしれない。でも隊商みたいなお金になる仕事が専属契約だと、冒険者ギルド(ギルド)で育った冒険者を引き抜かれる一方になるわ。それでやっていけるの?」

「うーん、それは確かに厳しいかもな……」

「それに他にも問題はあるわ。もし冒険者ギルド(ギルド)が出来たら、何百人、何千人の戦い慣れた冒険者を動員できるわよね? 何千人もの戦い慣れた冒険者――いや、兵隊を集められるって王国からしたらとても危険に見えないかしら?」


 一々もっともなエリアの指摘にユートは返す言葉もなかった。

 エリアはそんなユートを見ながらもう一杯、と果実酒をあおった。

 ユートが無言である中、更に二杯、三杯とあおっていく。


「ふー、美味いわ。この一杯のために生きてるって感じがする」

「…………」

「ちょっと、ユートも落ち込んでないで飲みなさいよー。色々問題はあっても冒険者ギルド(ギルド)は面白そうっちゃ面白そうだしそんな顔しないで」

「そうか?」

「もーユートはいつまでそんな暗い顔してるの? さあ飲んで飲んで」


 エリアはそう言いながら(かめ)からレドールでユートのカップに注ぐ。


「ほら飲んで飲んで」

「あ、ああ」


 エリアのペースに巻き込まれたように、ユートもカップをあおる。


「だいたいさー、あんた今お金いくらあんのよー?」

「百三十万ディールくらいだな」

「あはは、それじゃ冒険者ギルド(ギルド)やる建物も借りられないわよー。何をするにも先立つものがないとねー」


 陽気に酔っ払っているエリアにそうやって絡まれながら、ユートの夜は更けていった。


1日からここまで毎日更新で来ていますが、土日はちょっと出かける用事がありますので、更新できません。

ちょうどキリもよくなりますし、10日の金曜までは更新して、次は13日から平日更新にしたく思います。

今後ともよろしくお願いします。

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