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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第079話 森都の会談・後編

「――イリヤ神祇官猊下、つまり、我々はそこで決定的に妥協できん、ということですな」


 ユートはそう言い切った。

 出来るだけ尊大に、出来るだけ強気に見えるように。


「そうじゃの」

「ならばあとは急ぎ立ち返っていくさの準備をするだけです。国王陛下を罪人呼ばわりされた以上、あとは弓矢をもって解決致しましょう」

「ほう、面白いことを言う。ならば我らも戦いの準備を始めようぞ」


 イリヤ神祇官は余裕を見せるようにゆったりと言った。


「人間どもが大森林に立ち入って帰れるとは思わぬことだ。ここは我らの母なる森。ことこの森では人間ごときに遅れは取らぬ」


 自信満々だった。

 だが、ユートはどこか不自然さが見えた。


「(まだ席を立っていません)」


 アナが小さな声で助言してくれる。

 そう、イリヤ神祇官は席を立っていない。

 交渉を打ち切って、攻めるならそれでよし、というならば、席を立てばいい。

 それをしていないということは、彼女は決定的な今の台詞を放ってもなお交渉する気があるということ。


 どっちにしても、強気に出るという選択をしたのだから、ここから引くという選択肢はない。


「確かに森林の中で戦えばそうでしょうね。それならば大森林を焼き払えばよい。ちょうど今は冬で空気も乾いています。火を着ければいいように燃え上がるでしょう」

「なんと、母なる大森林を燃やすというのか!?」

「母なる、と思われているのはそちらだけ、王国は別にただの森としか思っていません。まあ材木が取れなくなるのは痛いですが、どうせエルフ族や餓狼族を滅ばさないと使えない木材ですからしょうがないでしょう」


 イリヤ神祇官は親の仇を見るような目でユートを見る。

 身震いしそうになるが、あくまで強気の姿勢を貫く。


「餓狼族どころか大森林の部族は根絶やしの殲滅戦となるでしょう。もちろん、大森林の部族も頑強に抵抗するでしょうが、所詮北方の一部――それも豊かではない大森林しか有していない大森林の諸部族と王国ではそうした戦いをした場合には王国が勝ちます」

「貴様! なんという……」


 ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、イリヤ神祇官はユートを睨みつける。

 じりじりとした時間が流れる。


 もちろんユートも本気で言っているわけではない。

 そうした殲滅戦をやれば確かに北方を平定できるだろうが、正直出した損害と、得られる土地で考えればマイナスであるのは明らかだし、何よりも王位継承戦争の中でそんなことをしている余裕などあるわけもない。

 しかし、イリヤ神祇官がユートがそうしたことをやりかねないと思ってくれれば十分だった。

 日本のように国際法があるわけでもないから、そうした戦い方をしたとしても批判される筋合いはないし、外交交渉は何よりも実力に基づいた脅しは十分に効果的なはずだ。


「ユート、少しいいですか?」


 今まで黙っていたアナが割って入る。


「わたしは、やはり獣人やエルフと戦いたくはありません。イリヤ神祇官、よく考えて下さい。餓狼族が食べていくことが出来れば、北方屯田領が返還されなくとも現状維持か、それよりもいい環境になることを」


 アナの一言で、ふわりと空気が変わった気がした。

 殴り合いのような言い合いならば性別や年齢でユートに分があるだろうが、ユートにはこうやって場の空気を変えることは出来ない。

 それは王族としてのカリスマなのか、それともアナの個人的な資質なのまではわからなかったが、強気に売り言葉に買い言葉を投げつけ合う空気ではなくなった。


「……つまり、餓狼族の面倒は王国が見る、ということかの?」


 イリヤ神祇官はアナの話を聞いて、不機嫌そうにそう返してくる。

 恐らくイリヤ神祇官もアナの一言で空気が変わったことはわかっている。


「面倒は見ませんが、働き口を斡旋しましょう。食糧は出稼ぎに来た餓狼族が買えばいいと思うのです」


 アナは事前の想定通り、餓狼族の冒険者ギルド加入を提案するつもりのようだった。


「回りくどい言い方をするのう。働き口とはなんじゃ? 腹蔵なく言わせてもらえば、餓狼族を奴隷の如くこき使うつもりかの?」

「いいえ、そのようなものではないのです」


 そして、アナは冒険者ギルドについて説明を始める。

 イリヤ神祇官は黙って聞いた後、二、三質問してきたが、それはユートが答えた。


「なるほどのう。確かに餓狼族の力を活かせる仕事ではあるの」


 いつの間にか、イリヤ神祇官の言葉から刺が消えていた。


「いかがでしょうか?」

「考える余地のある提案ではあるの。ただ……」

「ただ?」

「その冒険者ギルドがまっとうな運営がなされるか、ということは別問題じゃ。所詮はお主らの国の組織。果たして餓狼族がまともな扱いを受けるかはわからぬ」

「いえ、国の組織というわけではないのですが……」

「形式がどうであっても、お主らの国にあることは間違いあるまい。例えばお主らが冒険者ギルドに圧力をかけんとも限らんじゃろう?」

「そのようなことはしません!」

「お主を信頼するのはやぶさかではない。しかしの、ことは一氏族の存亡に関わる問題じゃ。口約束ではいそうですかと言うわけにもいかぬ」


 イリヤ神祇官が言うことにも一理ある。

 少なくとも先立ってまでの押し問答ではなく、提案を受け容れた上での問題点の指摘であり、ユートとアナもイリヤ神祇官の言い分をじっくりと考える必要があった。


「なるほど、そこがネックですね」

「ユート殿、お主が総裁というのも聞いておるし、お主を否定するわけでもない。しかし、我らが欲しいのは保証なのじゃ」

「わからないではありません」


 ユートだっていつまで冒険者ギルドの総裁であるかはわからない。

 危険な冒険者稼業、死ぬかもしれない。


「一度、間を取れますか?」

「そうじゃの。ちょうどよい頃合いじゃ」


 そう言うと二度目の休憩となった。



「今度はギルドが公平に運営されている保証、ね」


 エリアは頬杖をつきながら吐き捨てるように言う。


「わかってはいるけど、腹立つわね」


 もちろん、それはユートたちの運営に公平さがあるかどうか、そこを疑われたことに対するものだろう。


「レオナが幹部にいる、じゃダメなの?」

「レオナの名前を出すのはともかく、幹部の一人を餓狼族なりから出してもらうってのもありだな」


 幹部に餓狼族かエルフ族か、ともかく北方大森林出身者が入っていれば少しは公平さも担保されるのではないかと思う。


「おいおい、ユート。確か今の規約は幹部は総裁が選ぶし、総裁が全権限を持ってるんじゃなかったか?」

「あ、そうか……規約変える必要がありますね」

「規約の改正ってなったら大騒動よ?」


 規約の改正は基本的に冒険者ギルド構成員――つまり冒険者の過半数の賛成が必要になるが、現状で二千人に届いている冒険者の過半数を集めるのは一苦労、しかも今回の餓狼族加入は王位継承戦争を勝ち抜くためという完全に政治的な案件だけに冒険者に対する説明も難しかった。


「それに、獣人に対してだけ椅子を与えるのには反対する人は絶対に多いしね」


 なにせ冒険者ギルドがノーザンブリア王国にある、というだけで獣人の一人を幹部にしなければならないのだ。

 人間族の冒険者からすれば、ならば人間族の椅子も用意しろ、という話になるだろうし、相当な混乱が予想されるだろう。


「正直、ユートでも通せるかわからないわね」

「じゃあこの案は……」

「勝手にユートが任命しちゃうって方向ならありだけど、それじゃユートを信じろって言ってるのと同じことよね」


 イリヤ神祇官が求めているのは制度的保証であって、ユートの個人的な保証ではないことは明らかだし、そうなると幹部の一人は獣人を任命します、というのもイリヤ神祇官を満足させるものではないだろう。

 それこそレオナのような人間族寄りの獣人を任命してお茶を濁されてしまう可能性も十分にあるのだから。


「……ユート、わたしに一つアイディアがあります」


 アナが複雑そうな表情をしながら言った。


「わたしに任せてもらえませんか?」


 アナの真っ直ぐな瞳に、みな頷くしかなかった。




「イリヤ神祇官、提案があります」

「なんじゃ?」

「まず一つはギルドの幹部の一人に、大森林の氏族から任じるのはどうでしょうか?」

「なるほどの。ただ、それはきちんと制度的に保証してもらえるのかの? 正直、わらわとしても人間たちの冒険者が騒ぎそうに思うのじゃが」

「それは出来ません」

「じゃろうの。では何の意味もないではないか」


 イリヤ神祇官は落胆した表情となる。


「もう一つ、提案があるのです」


 アナは真っ直ぐな瞳でイリヤ神祇官を見る。

 時間が足りなかったこともあって、ユートたちもアナの提案の内容は聞いていない。


「なんじゃ?」

「婚姻、はどうでしょうか?」


 ユートは唖然とした。

 確かに戦国時代なんかは婚姻で家同士の関係を強める、というのはよくあったというのは知っている。

 しかし、あたかも物をちょっと買うような感覚で、八歳のアナがそんなことを言い出すとは思っていなかったのだ。


「ふむ、なるほどの。しかし、それもまた同じ。やはり冒険者ギルドが過度に大森林寄りと批判されるのではないか?」

「ええ、それはそうですね。ですから、こういうのはどうですか? 大森林から一人、そして王国から一人、それならば冒険者ギルドは中立であると言えるでしょう――ああ、ちなみに王国からの一人というのは恐らくわたしになると思います」

「なるほどの。そしてお主が降嫁するということは我が一族からも一人嫁入りさせよ、ということか」

「ええ、そういうことです」


 ユートが唖然としている間に、話が勝手に進んでいっていた。


「ちょっと待ってほしい」


 ユートが慌てて口を挟む。


「その、結婚相手って俺だよな?」

「ええ、そうですが……」

「なんで俺の結婚話が勝手に進んでるだ?」


 ユートの言葉にイリヤ神祇官が苦笑いする。


「なんじゃ、おぬしもしやユート殿には話を通しておらんかったのか?」

「え、ええ。そうですが……貴族が降嫁を断る、などということありえないと思っていたのですが……」


 そう言いながらアナは小声でユートに語りかける。


「(ユートはわたしのこと、嫌いですか?)」

「(いや、そういうわけじゃないが……いきなり結婚っておかしくないか?)」

「(そうなのですか?)」


 むしろアナの方がユートの言葉に唖然としていた。


「ユート殿、何が不満なのじゃ?」

「いえ、不満とかではなくて、ですね。いきなり結婚とか、おかしくないですか?」

「うん? 婚姻とはそのようなものじゃろ? わらわも今の夫は母上が選んだしの」


 話が通じない、というのはこのことだと思った。


「ユートは元は平民なのです。平民ではお互いが好き合って結婚する、というのも聞いたことがあります」

「なるほどの。大森林ではそんな余裕はないゆえ、全て父母と族長が決めるが、その価値観ならば戸惑うのはわからんではない。ただ、ユート殿も貴族ゆえ、貴族とはそんなもんじゃ、と割り切ってもらうしかないの」


 ここが外交交渉の場でなければユートはアナを問い詰めただろうが、さすがにイリヤ神祇官の見ている前で王国側の二人が分裂、などという醜態をさらすわけにもいかない。

 とはいえ、どうしようか、どう断るべきか、と考えているうちに、イリヤ神祇官はそれで話は終わり、とばかりに次の話題に移った。


「ところでユート殿は今は正騎士じゃったか? 近い将来陞爵するのじゃの?」

「ええ、その予定なのです」

「なるほど。中立ということを考えれば王国貴族というのもいささか体裁が悪いゆえ、神職の階位を授けよう」


 イリヤ神祇官はそう言うと、細かいことをアナと詰め始めた。



 結局、ユートはその婚姻のことを言い出すきっかけがつかめないうちに会談は終わりを迎えた。


「細かいことはおいおい詰めねばならぬこともあろうが……申し訳ないが、明日もう一度城に顔を出してくれぬか?」

「ええ、もちろんなのです。明後日にここを起ちますが、それまでに詰められることは全て詰めておきましょう」


 最初に強気に出られて押し込まれていたのはどこへやら、いつの間にか協力関係を築いたアナがにこやかにそう返して渡し船に乗った。


「なあ、アナ。なんで結婚なんて話になるんだ?」

「わたしにはユートの言っていることの方がよくわからないのです。貴族ならば、わたしとの婚姻は家のことを考えればめでたいはずなのです。なのに、ユートはそれを喜ぶでもないのはなぜなのですか?」

「えっとな、俺の価値観は、結婚っていうのはお互いが好き合ってするもんなんだよ。家とか、ギルドのためにするもんじゃない」

「つまり、ユートは恋に落ちて、恋人同士になって、そして結婚する、そんな価値観なのですね」

「ああ、そうだ」

「ユート、わたしは小さい頃から国の為に嫁ぐことを言われて育ってきました。そして、わたしはそれに何の疑問も持っていませんし、むしろ国の礎になることを誇りに思っているのです。ユートはそんなわたしは間違った価値観で育てられた、というのですか?」


 そして、じっとアナがユートの目を見た。


「いや、そういうわけじゃないんだが……価値観って正しいとか間違ってるとかじゃないだろ。俺の価値観は俺の価値観、王室の価値観は王室の価値観でいいと思うぞ」

「それはそうなのです。でもユートは貴族です。だから、貴族の価値観に従うべきなのです」


 貴族なんか、なりたくてなったわけじゃない。

 そう言いかけたが、これまでギルドの総裁として、貴族としての利益を享受してきたのに、価値観には従いたくないというのは我が儘ではないか、と思うところもある。

 ユートが複雑な顔をしていると、アナがもう一度口を開いた。


「ユートの価値観はわかりました。では、もしわたしのことが嫌でないなら、今から恋人になってくれませんか?」


 そう言いながらアナは微笑んでいた。




 迎賓館に戻り、交渉の顛末を話すとアドリアンやレオナはそうか、と言うだけだったし、アーノルドはことのほか喜んでいた。

 アドリアンやレオナにとっては貴族はそんなもの、という価値観なのだろうし、アーノルドからすれば自分が仕えているユートが王女の降嫁先になる、というのは家の繁栄を考えれば喜ばしいことなのだろう。


 一方で複雑そうな表情をしていたのはエリアだった。

 彼女はそう、と一言言うと、その後何も言わなかった。

 ユートは先日のバルコニーでの一件以来、彼女の気持ちを知っていて、それで知らん顔していたが、彼女が今何を思うかはわからなかった。


 それとは別に、翌日からの予定を


「イリヤ神祇官は明日、恐らくユートに神階を授けるつもりでしょう。それと、もしかすれば婚約もあるかもしれないのです」


 アナはそう言っていたし、ユートもそうなりそうな気はしていた。


「礼服だけ着ていけばいいのですよ」


 アナはそう言って笑っていた。



「ユート、何してんの?」


 夜、眠れずにバルコニーに出て外を眺めていると後ろからエリアが声を掛けてきた。


「何も。外を眺めてるだけだ」

「嘘でしょ。あんた、悩んでるわね」


 そんなわかりやすかったか、と思うが、エリアも長い付き合いだからわかるのだろう。


「あんた、アナとの婚約、断るつもりじゃないでしょうね?」

「…………」

「絶対ダメよ。受けなさい。受けないとダメなの」


 エリアの表情はユートから見えなかったが、恐らく苦しそうな表情をしながら笑っているのだろう、ということだけはわかった。


「エリア……」

「いい、これはチャンスなの。あんたとアナが結婚するってことは、ギルドにとってもあんたにとっても最高の結果よ。国が二つも後ろにつくようなものなのよ――まあ、北方大森林を国と言えるかはわからないけど。ギルドにとって、これ以上のことはないし、あんたも新興貴族として大きくなるチャンスなのよ?」

「でもなぁ……」

「歯切れの悪いこと言わないで。もしあんたがアナとの婚約断るなら、あたしはギルド出ていくからね!?」


 口では脅しつけるように言っているが、エリアは泣いているような気がした。

 言いたいだけ言うと、エリアはユートの答えも聞かなかった。

 バルコニーのドアが、がちゃりと音を立てて閉まる。

 エリアが部屋に戻っていったのがわかる。


「情けないな、俺」


 ユートはぽつりと呟いた。


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