表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
74/247

第074話 北方へ・後編

 遙か遠くの空に光輪が浮かび、餓狼族の者たちは両膝をついて一心不乱に祈る。

 ゲルハルトは当然として、レオナもまた両膝をついて祈っている。


 そんな状況の中、ユートはなんなのだと困惑していたが、誰かに何かを訊ねるにも、知っていそうなゲルハルトやレオナが余りにも熱心に祈るので声をかけるチャンスがない。

 そうしているうちに再びあたりは薄く霧に覆われるようになり、光輪もまたその霧にかき消されてしまった。


「ああ、石神様が行ってしまわれる!」


 悲痛な叫びが響く。


「ユート、石神様もお前との出会いを祝福してくれてるようやな」

「今のが石神様、なのか?」

「そうや。死の山の奥深くに住まわれてこうやって時折オレらの前に姿を見せてくれるんや」


 ゲルハルトは素晴らしい体験をした、といわんばかりの満足げな表情だった。


「石神様のお導きがあれば、また必ず会える。その時はこんな麦やなくてもっと力になることを、石神様に誓って約束する」


 ゲルハルトは清々しい表情でそう言い切ると、首に付けた勾玉のようなものを二つ、ユートに渡す。


「これは餓狼族の守り石や。お前と、あとアナ言うたか――あの狐の獣人の子にやる。これがあったら例え人間であっても餓狼族の友や」

「あ、ああ――ありがとう」


 ユートは何がなんだからよくわからなかったが、ともかくゲルハルトがあの“石神様”を見てユートやアナのことを神が導き逢わせた者である、ということを確信したようだった。


「じゃあな。ユートの石神様の加護あらんことを!」


 そう言って一行はようやく餓狼族と別れることになった。



「なあ、レオナ。あの石神様ってなんなんだ?」

「そのまま石神様は石神様だニャ。北方大森林を守る、死の山に住まう神様だニャ」


 一行と別れるとすぐにレオナに詳細な説明を求めたが、レオナが言うこともまたゲルハルトと同じだった。


「あたしもあんなのは初めて見たけど、あれって神様なの?」

「なんてこと言うニャ! エリアが石神様を信じていないのは構わないニャ! でも石神様の住まう死の山でそんなこと言ったらどうなるかわからないニャ!」

「……ごめん」


 余りのレオナの剣幕にエリアはとりあえず謝ったようだった。

 ただ、一つだけ確実に朗報といえるのはゲルハルトたちと出会って食糧を手に入れられたこと、そしてたっぷりと食事を食べられたことでユートたちのパーティは立ち直った、ということだった。

 そのことを考えるとちょっとくらい石神様というやつに感謝してもいいような気もしていた。




 そこから縦走はだいぶ楽になった。

 体力も回復しているわけではなかったが、頭痛もほとんど消えていたし、なによりも食糧があるだけで精神的なゆとりが違っていた。


「ユート、本当によかったのです」


 久々にアナが歩きながら話しかけてきた。


「ああ、アナもだいぶ元気になったな」

「頭はまだ痛いですけど、もう大丈夫なのです」


 アナは元気よく握り拳を作って笑っていた。


「ユート、あのさ……」


 今度はエリアが話しかけてくる。


「どうした?」

「あのさ……あの獣人たちに出会う前に言ってたこと、忘れてね……」


 そういえば直前にやれ死ぬだの死なないだの言っていたな、と思い出す。


「えっと、なんのことだっけ?」


 今のエリアなら冗談も通じるだろう、と思ってそう笑いかけると、エリアは顔を赤くしながら裏拳をユートの肩に入れてきた。

 革の鎧で守られているのでそこまで痛くないが、軽く痛がるとエリアはそれでぷい、と反対側を向いてしまった。




「ユート、あとは下るだけニャ!」


 餓狼族と別れて三日後、レオナが山の尾根から北麓を指差していた。

 その声色を含めて全身から喜色を露わにしているのは、今まで霧の切れ目から時折北麓を見ても、黒々とした森しか見えなかったのが、ようやく深い緑色の原野が見えてきたからだった。


「北方首府ペトラまではもうちょっと距離はあるニャ。でももうあとは下るだけニャ!」


 エリアやアドリアンもほっとしか顔をしているし、アーノルドも珍しくいつもの落ち着いた微笑ではなく、にこにこと笑っている。

 もちろん、アナはおおはしゃぎだった。


 山を下るのにも二つほど低い山を越えなければならなかったが、それでも先の見えない縦走を重ねていた時に比べればずいぶんと楽だった。


「やっぱ、精神的に追い詰められるとろくなことないんだな……」


 ユートのぽつりとした呟きにアドリアンもエリアも深く頷いていた。




 そして更に三日後――


「ようやく、ね。もう坂を上がったり下りたりしなくていいと思うとほっとするわ……」

「ああ、そうだな」


 ようやく平野まで山を下りてきたユートたちは、うんざりしたようにそう言っていた。

 余りに長い旅だったが故にはっきりと何日かは覚えていないが、おおよそ一ヶ月かけて死の山を越え、北方まで来る羽目になったのだ。

 もう二度とあんな目には遭いたくないと思うのは当然だった。


「何を言ってるニャ? 帰りも同じルートってこと忘れたかニャ?」

「え!? あ!?」

「そういえばそうだったな」


 がっくりと肩を落とすエリア。

 アドリアンも顔を引きつらせていたし、アーノルドすらいつもの微笑が少し不自然な微笑となっていた。


「ところでなんでアナはそんな帽子被ってるんだ?」


 ユートはみんなの顔色を見て、あわてて話題を変えようと平野部に入った途端、なぜか毛皮の帽子を被っているアナにその話を振ってみた。


「これはわたしの耳を隠すためのものですよ。姉様がくれました」


 確かに言われてみれば、アナの狐耳は毛皮の帽子ですっぽり覆われて、見えなくなっている。


「北方ではたびたび戦いがあるせいで、獣人――特に狼や狐や犬の獣人は嫌われているといいます。なので、姉様がかぶっておくように、と言っていたのです」

「……そうか」


 やはり戦い続けている者同士、お互いに相手のことをよく思わないのは当然であり、アナの狐耳を見て絡まれたりすることをすこしでも防ごうというのだろう。


「この帽子は母様が昔被っていたのと同じでウシャンカと言うそうです。似合いますか?」

「ああ、似合ってる」

「嬉しいです」


 アナはそう言うと、くるりと回って喜んでいる。

 だが、登山用のコートの下からふさふさとした尻尾がぶんぶんと振り回されており、果たしてあの帽子の意味はあるのか、と思わず苦笑が漏れた。


「ユート、早く行くのです」

「待った、なんか人が集まってるわ」


 ようやく村らしきものが見えてきたので、急ごうとするアナをエリアが止める。

 確かに村の周囲に築かれた低い土塁の上には大勢の人が立っており、更に門前にも多数の人がいた。


「あれ、王国軍よね?」

「間違いないですな。戦旗は……」

「雷光に青薔薇だニャ」

「ふむ、ウェルズリー伯爵の戦旗ですな」


 一番王国軍に詳しいアーノルドが、一番目のいいレオナが確認した戦旗の紋章を聞いてそう答える。


「あら、ラッキーじゃない?」


 はるばる死の山を越えてウェルズリー伯爵に会いに来たのだ。北方首府ペトラまで行かなくとも、ウェルズリー伯爵がここまで来てくれているならば手間が省ける、とエリアが言う。


「それにしては物々しいニャ」


 レオナがそう言った時には、既に百人以上の兵士たちが、ユートたちを遠巻きにしていた。


「ちっ、囲まれたな」

「ですね」

「ユート、疲れてるところ申し訳ないけど、火炎旋風(ファイア・ストーム)の準備頼んでもいいかニャ?」


 ユートの持つ魔法の中で最大の広域攻撃魔法である火炎旋風(ファイア・ストーム)を用意しろ、というのは、戦いになった時に備えて、ということだ。

 確かに相手が固まっている現状ならば、火炎旋風(ファイア・ストーム)は抜群の威力を発揮することは予想できる。


「そこの旅の者ら、いずこより来られた?」


 双方の距離が百メートルを切った時、数歩前に進み出た代表らしい隻眼の老騎士がそう訊ねる。


「お前こそ誰だ? こっちにゃさる高貴なお方がいるぞ。誰何するならそっちから名を名乗るのが礼儀ってもんだろうがよ!」


 アドリアンが怯まずに言い返す。

 別にこの老騎士に恨みがあるわけではないが、こういうのは呑まれた方が負け、というのを知っていてわざとやっているのだろう。


「これは失礼――それがしは北方屯田領総督ハミルトン子爵ブラッドリーである」


 名前を聞いてもわかるのはアナとせいぜいアーノルドくらいだ。


「アーノルドさん、誰、ですかね?」

「かつて王国軍で総軍司令長官を務められたハミルトン子爵ですな」

「えっと、敵なのか味方なのか……」

「ブラッドリーならば知っているのです」


 アナはそう言うと一歩前へ進み出た。


「ブラッドリー、お役目ご苦労である。わらわはアナスタシア・ノーザンブリア。ところでこの物々しさは何であるか?」


 小さいながらも王族の威厳というものはあるらしい。

 決して大きな声ではなかったが、凜としたその声に相対する兵士たちのざわめきはぴたりと止む。


「……アナスタシア王女殿下でありますか?」

「いかにも。重ねて問う。そこもとは王家に対して剣を向ける不忠を働くのか?」


 アナにそう言われてあわててハミルトン子爵は部下に指示を出す。


「いえ、これは怪しき者が――先立ってこのあたりの村は餓狼族(野良犬)どもに襲われたので、餓狼族(野良犬)どもを警戒するために集めた者どもにございますれば」

「ならば苦しゅうない。わらわは疲れておる。供も含めて、宿を所望する」

「はっ、ただちに」


 ハミルトン子爵はそう言うと慌ただしく兵を引かせる。


「身分を明かして大丈夫だったのか?」


 ハミルトン子爵が引っ込んだのを見てユートが小声でアナに聞く。


「ブラッドリーは姉様の傅育官もしていたので大丈夫なのです。それに頭は切れる上に一本気な性格なので、あの慌てぶりをみるとわたしがここまで来た理由もわかっているのですよ」


 アナはすまし顔で答えた。


「殿下、どうぞこちらへ。供の方も……と、アーノルドではないか!」

「ハミルトン子爵、お久しぶりであります」

「貴様がここに来るということは、あのサマセット伯爵(食えない老人)の肝いりか」

「ははは、自分はもうそちらの正騎士ユート様を主君と仰ぐ身です」


 アーノルドの言葉にハミルトン子爵は少し悲しげな顔となる。


「北方軍のウェルズリー伯爵にしてもそうだが、お主もあのポロロッカの責任を問われるとはな……ところでユート殿とはあのポロロッカの英雄殿か?」

「ええ、そうです。そちらにおられます」


 そう言いながらアーノルドはユートを紹介する。


「おお、貴殿がユート殿か。私はハミルトン子爵ブラッドリーと申す」

「ユートです。英雄などと言われるのは心苦しいのですが……」

「何を言われる。単騎敵中深く侵攻し、敵の総大将を討ち取る。騎兵が生涯そうありたいと望み、そして叶えられぬ英雄ではないか!」


 ユートはどうもこそばかったが、ハミルトン子爵は本気でユートのことを英雄と思っているようだった。


「ともかく、宿の用意ができておる故、殿下を含めそちらの方へ」



 その夜は軽く宴会となった。

 ハミルトン子爵は武人肌の人らしく、また北方屯田領全体としては僻地に当たる場所だったということもあって、趣向を凝らした料理ではなかったが、それでも干し肉と大麦のオートミールに焼くか生かの肉、という縦走中のメニューに比べれば比べものにならないものだった。


「して、殿下。こちらに来られたのは……」

「レイモンドに会った時に話しましょう」

「そうですか。いえ、殿下が来られた理由はおおよそ想像はついておるのですが」


 そう、アリス王女の王位継承を確実なものとするための出兵だ、というのはこの直情径行に見えるハミルトン子爵にも想像はついていただろう。


「このブラッドリー、陛下より一代侯爵を賜りし時より王家のために粉骨砕身仕えるつもりでありますぞ」


 それは暗にアリス王女を支援するといっているのだろう。

 アナはそれに対して、うむ、と精一杯の威厳を作って応じるだけだった。


 そのあと、酒が入った宴は主にユートとハミルトン子爵の話が続いた。

 ハミルトン子爵は遠くてなかなか正確な情報を得られなかった、ポロロッカの時の軍の動きや、ユートの活躍についていちいち質問しては答えに感心していた。


「なるほど、冒険者というものは北方にも少しおりますが、北方大森林に入っては少しばかりのものをかすめ取ってくる、盗賊の係累と思っておりました。しかし、そうではないのですな」


 特にハミルトン子爵が感心したのは冒険者による義勇中隊の活躍だった。


「もしかすれば冒険者による部隊というのは、素晴らしい可能性を秘めておるのかもしれませんな」


 アドリアンやエリアもそれを聞いてにんまりとしていたし、ユートとしても悪い気はしない。

 そしてここまでハミルトン子爵がユートたちのことを評価してくれているということは、今後のウェルズリー伯爵との交渉についても明るい展望が持てるものだった。

 そんな感じで宴会は夜遅くまで続き、ユートが眠りについたのは既に夜も更けてくる頃合いだった。



 翌朝、ユートたちはハミルトン子爵と、彼が率いる部隊を伴って北方首府ペトラへと出発した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ