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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第073話 北方へ・中編

 翌日からも難渋の縦走であることは変わらなかった。

 特に大麦が切れて魔物の肉だけで過ごすようになったせいか、時折頭痛がして、同時に意識がはっきりしなくなる。

 炭水化物が切れたせいか、とユートはあたりをつけているが、その問題は解決のしようがない。

 それなりの高い山であるから植生も変わってきており、炭水化物を得られるような植物は見つけることが出来ないのだ。


「パンが欲しい……」


 エリアがぽつりと呟くが、あいにくそんなものの持ち合わせはない。

 特にこの中で一番体力的に劣るアナは口を利くことすら出来なくなり、落伍しかけてはすぐ前にいるユートと最後尾のアーノルドがフォローしているような状態だった。


「レオナ、まだか?」



 三日ほど過ぎたところでユートがそんなことを言うが、レオナは首を横に振った。


「歩くペースが落ちているニャ。前の半分くらいのペースしか出てない以上、あと十日くらいはかかるニャ」


 炭水化物、というかブドウ糖が足りないせいでぼんやりしているユートたちと違い、レオナの意識ははっきりしているようだった。


「十日、か……」


 ユートは天を仰いだ。

 既に意識朦朧としているアナを筆頭に、十日間パーティが持つのか……と不安な気持ちでしかない。


「それにしてもレオナはなんでそんな平気なんだよ!?」

「あちきら一族は小さい頃から山に入っているせいじゃないかニャ?」


 つまり、山の中でちょっと栄養が不足しただけで意識朦朧とするような――例えばアナのような――個体は自然淘汰されて、妖虎族はこういう状況下にも適応した種族、ということなのだろうか、とやくたいもないことを考えてしまう。

 それは現実から逃避したい、というユートの無意識の表れだったのかもしれなかった。


「ともかく、今のままじゃ全員へたばってしまうけど、食えるような芋かないか?」

「……あちきらは魔物肉だけで過ごすから正直、ここらの植物はよくわからないニャ」


 結局のところ、魔物肉を炙っただけのものに、生肉を少しといういつも通りの食事となってしまう。

 だが、ただ血抜きして焼いただけの肉と、焼いてもいない肉しかない食事に、レオナ以外は無理矢理腹に詰め込むような食べ方しか出来ない。

 特にエリアは肉を無理矢理食べようとして吐いて、それでも再び無理矢理押し込もうとして吐く、そんな食事となっていた。


 翌日からの行軍で、アナに続き、エリアまでが意識朦朧となっていた。

 さほど細いわけでもない尾根を歩いているのに、時折滑落しそうになってあわててユートが剣帯を掴むこともあるような状態であり、限界が近いことは明らかだった。



「ねえ、ユート。もう殺して」


 さらに三日が経過した時、エリアがとうとうそんなことを言い出した。

 曲がりなりにもカロリーやタンパク質、それに生肉からビタミンは取っているので体力はきついなりに、まだ完全に限界を迎えているわけではないのだろう。

 だからのろのろと歩き続けては板が、しかしそれよりも先に気力が尽きようとしていた。


「馬鹿言うな!」

「だってもう限界よ! もう半歩たりと歩けない!」

「エリア!」

「お願い! 殺して!」


 あたりは山岳地帯特有の白い霧に包まれている中で、駄々っ子のようにエリアがわめき散らし、それを生気のない瞳でアドリアンやアナがぼんやり見ていた。


「ねえ、ホントお願い。ユート、もう限界なの。あんただってあたしが足手まといになっているのはわかるでしょ!?」


 エリアがようやく意思のある瞳でユートを見た。

 そう、それは死にたい、というマイナスの意思ではあったが。


「エリア、頼むからそんなこと言わないでくれ……お前を足手まといなんて思うわけない……」


 懇願するように、絞り出すようにユートはそう言った。

 今、こんなところでエリアを失いたくない。

 ユートは強くそう思っていた。


「……嫌なの。あんたやみんなの足引っ張ってるのはわかるから」

「全部俺が背負ってやるよ! お前がきついならいくらでも助けてやるから! だからみんなでペトラにたどり着こう!」


 ユートの言葉にエリアが沈黙した時、レオナが叫んだ。


「何か来るニャ!」


 随分と軽くなったリュックサックを下ろして片手半剣を抜く。

 アドリアンも槍の鞘を払い、エリアものろのろと両手剣を抜いて戦いに備える。


「エリア、無茶するなよ!」


 もしかして死にたがって無理な攻撃を仕掛けないか、と不安に思ってそう声を掛けるが、返事はない。


「え!?」


 レオナが戸惑った声を出した。


「ユート、来るニャ! アドリアン、周囲の警戒を頼むニャ!」


 レオナがそう言うと、ユートと一緒に速歩で歩き始めた。

 アドリアンはさすがベテランだけあって危険が迫ればしゃんとするらしく、槍を構えてあたりを警戒し始めている。


「どうしたんだ?」

「たぶん、軍だニャ」


 簡潔に答えるレオナ。


「といっても数は多くないニャ。ちらりと見えただけで半個中隊かそれくらい――百人くらいと思うニャ。でも人間がこんな死の山の奥まで入ってくるとは思えないニャ……」


 タウンシェンド侯爵らがいる王国東部――つまり死の山の南麓まではここからそれなりの距離があり、その間全て山岳地帯であるので、まず来れない、とレオナは信じているようだった。

 確かにユートの知っている限り、軍の輜重は基本的に馬車に頼っているので、こんな山奥まで軍を安全に送ろうとすれば、それこそ補給のために補給が必要な状況に追い込まれてしまうだろう。

 アナの存在を知っていたとしてもいつどこを通るかなどはそれこそユートたちですら知らず、レオナの頭の中にしかないのだから、タウンシェンド侯爵らゴードン王子派が知るよしもない。


「あちらも縦走してるようニャ」


 音を聞いているのか、霧の中を見通しているのか、気配を感じているのか、わからないがレオナは正確にその部隊の位置を把握しているようだった。


「鉢合わせそうだな」

「そうニャ。ともかくどこの部隊か探るのが先ニャ。もし北方軍なら助かる可能性もあるニャ」


 レオナの言うとおり、位置的にいえば北麓の方がやや近い分、北方軍の可能性はないとは言えない。

 しかし、北方軍ならば何の目的でこんなところにいるのか、という疑問が出てくる。


「止まったニャ。ユート、伏せながら近づくニャ」


 レオナはそう言うと、匍匐前進するようにじりじり近づいていく。

 ユートはその後ろを、距離を置いて追従する。


 何十メートルかに長い時間をかけて接近していった時、不意に風が吹いて濃い霧が少し流される。


 レオナがじっと見ている先をユートも見つめる。

 その軍はばらばらの革鎧を装備しており、恐らく王国軍でないことはユートにもわかった。

 どちらかといえば西方冒険者ギルド事件の時に退治した“盗賊”に装備は似ているようだったが、まさかあの時の“盗賊”がこんなところにいるわけもない。


「ユート」


 レオナが戻ってきて複雑そうな表情を見せる。


「あれは餓狼族(野良犬)どもニャ。恐らく王国北方直轄領に略奪に行った帰りニャ」

「……それは敵ってことか?」

「ユートの立場によるニャ。でも今戦うわけにはいかないニャ」


 まさか百対五で勝てると思っているほど愚かではない。


「わかった。交渉するのがベストか?」

「あちきと一緒に行くニャ。たぶん見知った顔はいると思うニャ」


 レオナはそういうと、立ち上がって堂々と歩き始めた。



 ユートたちが近づくと、その餓狼族の獣人たちは警戒を露わにしていく。


「あちきは妖虎族の子レオナ・レオンハルトニャ! そこの餓狼族の代表と面会を申し込むニャ!」


 レオナが大声で名乗りを上げ、それで少し獣人たちの動揺が収まった。

 それでも遠巻きにするような警戒の中、ユートは冷静に観察していたが餓狼族というだけあって犬や狼の獣人が大半のようだった。


「おう、獅子の子レオナじゃねーか!」


 のそり、と背の高い犬か狼のの獣人が立ち上がって応じた。


「その声はゲルハルトかニャ!?」

「おう、ゲルハルト・ルドルフや」


 完全に風で霧が飛ばされると、灰色の髪をしたなかなかの美男子が、かかか、と笑っていた。


「で、よ。家出して王国に向かったと聞いたやが、なんでこんなところにいるんや? 妖虎族の住処はもっと西やし、しかもそっちには人間連れてるみたいだしよ」

「ちょっと用事があって北方首府へ行きたいニャ」

「は? ペトラへか? まさか妖虎族は人間に降るつもりなんか?」

「用事はゲルハルトにも言えないけど、そんなわけないニャ。ともかく仲間が後ろにいるから通してほしいニャ」

「それはかまわんけどな……」

「じゃあ仲間を連れてくるニャ」


 レオナはそう言うと、ユートを残して今来た道を戻り始めた。


「おい、そこの人間、名前はなんて言うんや?」

「――ユートだ」


 周囲みな味方ではない、という状況でユートは精一杯虚勢を張って強く言葉を吐く。


「ユート、なんでレオナとこんなところに居やがるんや? この死の山の道はもともと妖虎族が見つけたもんやから、オレたちが文句を言うのは筋通らへんけど、それでも北方軍に知られたら困るんやで」

「略奪できないから、か?」

「ああ、そうやな。北方大森林で暮らしていくのは苦しい。それもこれも王国の奴らが北方東部を占領しやがったせいや。やからオレたちはそこから生活に必要なものを奪う」


 なにか問題でもあるか、と言わんばかりにゲルハルトは胸を張って言っている。


「まあどっちも正しいんだろうな」


 ユートの知ったような口にゲルハルトは何も言わずに笑っていた。


「ところでお前もしかして魔法使えへんか?」

「火魔法なら使えるけどどうした?」

「ちょいとうちの部隊の奴ら、診てやってくれや? 何人か大怪我してるんや」


 よく見れば彼ら餓狼族の部隊は戦いの後らしく、何人も怪我をして血のにじんだ包帯を巻いている者がいる。


「このままじゃ住処まで戻る前に血が出すぎて死んじまいそうな奴が何人かいるんだ。頼むわ」


 ユートも別に異論はない。

 戦ったら負け、という状況で相手に恩を売れるのは決してマイナスではないだろう。


 すぐに案内してもらって火治癒ファイア・ヘモスタシスを唱えて止血だけしていく。

 重傷者たちは血こそ止まったものの、相変わらず青白い顔であり、このまま果たして帰り着けるのか不安になる。

 水魔法の水治癒ウォーター・リカバリーならば止血だけでなく回復促進もできるとアナに聞いていたが、今のユートにはそれは使えない。


「ありがとな! これでこいつらも住処まで戻れるやろ」

「結構な怪我人が出てるニャ」


 いつの間にか戻ってきていたレオナが怪我人の状態を見ながらそんなことを言った。


「おうよ、北方軍と戦う羽目になってな。かなり死傷者でてもうたんやわ」

「珍しいニャ」

「なんか北方軍の司令官が替わってからずっとこんな調子なんよなぁ……」


 その司令官ってウェルズリー伯爵だよな、と思いながらユートは黙っている。


「そういやユートよ、今回の礼に何か欲しいものあったりするか?」


 思い出したようにゲルハルトがそう言いだした。


「麦!」


 ユートが答える前にエリアが叫んでいた。

 苦笑いしながらも、ユートも二週間分ほどの麦が欲しい、と言うと、ゲルハルトは快諾してくれた。


「といっても略奪してきたばかりの麦やけどな」

「いや、助かる」

「それと今から芋を茹でるんやけど、食べるか? その様子やと食糧足りてないんやろ?」


 どうやらさっきのエリアの様子でユートたちが腹を減らしていることはわかっていたようだった。

 餓狼族の昼食に合わせてジャガイモを塩茹でしたものに、ソーセージと酸味の強いキャベツの漬け物を出してくれた。


 ユートたちは久々にまともな――といってもエレルやレビデムで食べる食事とは比較対象にすらならないが――食事にありつけて人心地つくことが出来た。


「よっぽど腹減っててんな」


 ゲルハルトは笑いながらエリアやアナの食べっぷりを眺めている。


「まだまだ食糧はあるからいくらでも食べてええで」

「なんか、すまない……」

「ユート、気にすんなや。こっちやって怪我人治してもらえて助かってんからな。ところであの狐の獣人の子、どこの子や?」


 そう言いながらゲルハルトはアナの方に視線を向ける。

 そういえば狐の獣人は餓狼族に分類されるんだったな、とエリアとアナの会話を思い出す。


「王国の方で、な」

「ふうん」


 ユートが誤魔化したのには気付いていたはずだが、それ以上追及はしないつもりらしい。


「おい、嬢ちゃん。もし人間の世界で生きていくんがきつかったら餓狼族のところに来るんやで」


 ゲルハルトはそう言ってアナを撫でた。




 食事を終えると、餓狼族もまた動き出すようだった。


「気をつけてな。またな、とはなかなか言いにくいけど、会えたら会おうや」

「そっちも気をつけて」


 ゲルハルトはそういうと右手を差し出してくる。

 ユートもまた、右手を出して握手をする。

 雲間から太陽が顔を覗かせ、これまでの難渋する縦走で陰鬱となった気持ちが晴れるような、心地よい陽光に包まれる。


 名残惜しそうに握手した右手を離そうとしたその時、おお、という餓狼族の雄叫びがわき上がった。


「どうした?」

「あれは……石神様や!」


 そう言うが早いか、ゲルハルトは両膝を地面について両手を合わせて祈り始める。

 見ればレオナもまた同じ姿勢で祈っている。


 見れば、北の空に光の輪が輝いていた。


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