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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第一章 異世界転生編
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第007話 初めての狩人・後編

「あー、疲れたわ」


 エリアがため息交じりにそう言った。

 しかし、言葉とは違って顔には達成感のある笑みが浮かんでいる。


 ユートが族長(リーダー)個体を倒した後は虐殺だった。

 族長(リーダー)個体を失って統率に取れなくなった魔兎(ダーク・ラビット)たちは、ユートとエリアに一匹ずつ倒されていった。

 三十匹以上の魔兎(ダーク・ラビット)の死体が積み上がっている横で、ようやく終わった、とエリアは笑みを浮かべていた。


 太陽の位置は既に天頂を過ぎており、あと数時間もすれば夕暮れになるだろう。


「とりあえず、この魔兎(ダーク・ラビット)も解体しないとね」


 エリアはそう言いながら解体に手を着けようとする。


「ちょっと待った。こんな森の中で解体するのは危険過ぎるだろう?」


 血の臭いで魔物が寄ってきて戦闘、などというのは出来れば御免被りたい、というのがユートの本音だ。

 そして疲弊しているエリアもそれは同じ。


「じゃあどうするのよ?」

「諦めよう」

「え、勿体なさ過ぎるわ! これだけでいくらになると思ってるのよ!?」

「命の方が大事だろ。というか昨日までに狩った分を持って帰るだけで精一杯だしな」

「そりゃそうだけど……」


「大丈夫です。もうすぐ村の人が来ますよ」


 不意に声が聞こえた。


「「え!?」」


 振り返るとアルバがいた。


「あんた、逃げてなかったの?」

「いえ、一度は戻りましたけど、後始末に人が必要と思って戻ってきたんですよ。ああ、村では手空きの人を集めてもらっています」

「後始末?」

「巣穴をどうにかしないと、また魔兎(ダーク・ラビット)が集まるかも知れません」


 アルバの言にユートもエリアもすっかり巣穴のことを失念していたのを思い出した。

 確かにこの巣穴を放置すればまた魔兎(ダーク・ラビット)が住み着いて、今回と同じことになりかねない。


(ちょっと待て、魔兎(ダーク・ラビット)退治に巣穴がつきものなのを知らなかったのは俺たちだけか……)


 魔兎(ダーク・ラビット)退治が終わってほっとした気持ちとは違う、別の脱力感がユートを苛ました。




 一時間ちょっとで村人たちが巣穴のところまでやってきた。

 妙に早いなと思ったが、魔兎(ダーク・ラビット)さえいなければここら辺の森はそう警戒を必要とするわけでも無いらしい。


「皮を剥いで魔石を取り出したらいいですか?」


 アルバがそう確認して村人に指示を出していく。

 村人たちは存外手際よく次々と魔石と皮を剥いでいく。


 一時間もしないうちに解体は終わった。

 後は意気揚々と村まで引き揚げるだけだった。




 村まで引き揚げて、村の広場に積み上げられた魔兎(ダーク・ラビット)の毛皮が約六十匹分。

 魔石は巣穴で焼死した分も掘り返して破壊した時に回収したので約八十匹分。


「ところで魔兎(ダーク・ラビット)の肉なのですが……」


 言いにくそうにアルバが聞いてきた。


「買い取りたいのは山々なんですが、いかんせん先立つものが……」

「ああ、肉は食べれるんだっけ? あたしたちは持って帰れないしいらないわ。今日、巣穴の掃除をしてくれた代金がわりに全部どうぞ」

「ありがとうございます。これだけであればやられた畑の分もちょっとは補えます」


 アルバは嬉しそうにそう言って、肉を村人たちに分配していった。


「というか、毛皮も全部は無理じゃないか?」

「一匹分で三キロくらいかしら? 荷車を買い取ったら運べない?」

「ああ、それはいいかもな」


 アルバと交渉して古い荷車を一台、一万ディールで買い取ることで話がついた。


 後は軽く宴会となった。

 兎肉があるので、それでシチューを作り、村の広場でお祭り騒ぎだ。

 ユートとエリアは魔兎(ダーク・ラビット)退治の主役として、下にも置かぬ歓待をされた。


「今回はありがとうございました」


 宴もたけなわになった頃、アルバがユートのところにやってきた。


「いや、アルバさんの活躍あってのことだと思いますよ」

「僕はただ偵察したりしただけですから」

「でも、その偵察がなかったら巣穴の場所はわからなかったし、その後の巣穴を埋めるのも上手くいかなかったでしょう」

「……ありがとうございます」


 照れくさそうにアルバは笑う。


「アルバさんはなんで冒険者――ああ、狩人(ハンター)とかにならないんですか?」


 ユートの唐突な質問に、アルバは目をぱちくりさせた。


「いや、アルバさんの気配を消すのって冒険者でも少ないみたいですし、冒険者でもそれなりにやっていけるんじゃないかと思いますよ」

「……僕の家は代々村長ですし、村からそういう職に就いた者もいないので、伝手がありませんから」

「伝手?」

「ええ、伝手がないと誰と契約していいかもわからないでしょう。今回だって、道行く人に声を掛けたら偶然ユートさんたちに出会えただけですし」


(そういえば俺だってエリアがいなかったらこんなとんとん拍子にやってこれなかったよな……)


 ユートが難しそうな顔をしているのを見て、アルバはお辞儀をするとそのまま宴の輪に戻っていった。




 夜、村長の家に戻ってきた二人は疲れ切っていた。


「でもこういうのっていいわよね」


 疲れきりながら、エリアが満足げに笑った。


「あたしたちが役に立ったって実感できる」

「そうだな」


 ユートも同意して、寝る支度、そして翌朝の帰る支度を始めた。




 翌朝、ユートとエリアはアルバや村長、そして手空きの村人たちに見送られて村を出た。

 ユートが牽いている荷車には六十匹分の毛皮、八十個の魔石が積まれている。


(こんな状態で戦闘にならないでくれよ)


 魔物に襲われたら荷車を引いている分、反応が遅れるのは確実だ。

 ユートは祈るような気持ちで荷車を牽いていたが、幸いなことに魔物に襲われることも無く昼を迎え、夜を迎えた。


 見張りは二人だったが、早めに寝て、起きるのを遅くしたところ、予想以上に疲労なく翌日も行動することが出来た。

 そして、夕刻、無事にエレルの街へと戻ってきた。


「お帰り。またこれを書いてくれるかな?」


 どうやらユートのことを覚えていた門衛がそう言って羊皮紙を再び渡してきた。

 今度は自分で書き、泊まるところもエリアの家を書く。


「問題ないようだな。ところでその荷物は……」

「これはあたしのよ!」


 エリアが何か言われる前にそう言って制する。


「ふむ、ならば何も言うまい」

「ありがとう、ヘルマンさん」


 エリアはヘルマンという門衛に礼を言うと、荷車を牽くユートと一緒に城門を潜った。


「さっきの、なんでエリアのものだって言ったんだ?」

「あんたはここの住民じゃないでしょ? ここの住民じゃない人が関税のかかるものを持ち込んで、出て行くときにそれが減ってたら関税がかかるのよ。あたしのだったら関税はかからないからそう言ったの」

「関税、か」


 現実的な税金の話を聞かされて少しげんなりとするユート。


「あら、必要なものよ?」


 そんなユートの内心を読んだかのように、エリアが言った。


「だってここの住民は人頭税や棟別税を払ってるし、商人なら店先の大きさに合わせて間口税を払ってるわ。よそから税金のかからない商人が入ってきたらその分だけ安くできるんだからここの商人はみんな破産しちゃうでしょ」


 エリアの説明を聞いてユートも納得はする。

 その時、不意に後ろから声を掛けられた。


「おう、お帰り!」

「アドリアン!」


 振り返るとアドリアンとセリルがいた。


「あんたたち、随分早いのね」

「ああ、今回は魔物が多くてな。狩りがスムーズにいった。お前たちはどうだった?」

「ふふーん! なんと魔兎(ダーク・ラビット)族長(リーダー)個体狩ったわ。他にもたっくさん狩ったんだから!」


 エリアが自慢げに胸を張った。


「何!? 族長(リーダー)個体がいたのか?」

「そうよ! すごいでしょ!」

「すごいというか何というか……詳しく話が聞きたいな。今日の夜帰ってくるのはマリアさんに言ってあるのか?」

「言ってないし、どこかに夕飯なら食べにいけるわよ」

「じゃあ大通りのマーガレットさんの店でいいか?」

「あそこ美味しいものね。いいわよ」


 アドリアンたちと分かれると、エリアは自分の家に一度戻り、荷車に積んでいた毛皮と魔石を家に入れ、マリアに食事をしてくることを告げた。

 マリアは余りの量の毛皮と魔石に目をまん丸にして、そのあとエリアとユートが無事に帰ってきたことを喜び、遅くならないように言って送り出してくれた。




「では、無事の再会を祝して、乾杯!」


 アドリアンの声に合わせて、木のカップが四つ、ぶつかり合って打ち鳴らされた。


「それにしても族長(リーダー)個体とはなぁ」

「それに八十匹もの魔兎(ダーク・ラビット)を討つなんてすごいわ」


 アドリアンもセリルも手放しにエリアとユートを褒める。


「まあ族長(リーダー)個体はユートが戦ったんだけどね」


 エリアはそう言いながら木のカップをあおる。

 中に入っているのはぬるいエールだ。

 ユートが日本で飲んでいたビールに比べると苦みが無いかわりに、ちょっと独特の匂いと辛さがあるアルコールだ。


「ほう、ユートは魔法をそこまで使いこなせるようになったのか!」

「いえ、どっちかと言えば剣で戦いました」


 ユートの言葉を受けて、アドリアンは妙な顔をする。


「なあ、エリア。ユートとエリアだとどっちが剣の上は上なんだ?」

「わからないわ。少なくともあたしの方が上とは言えないけど、負ける気もしない」


 負けたくない、の間違いだろうと内心で苦笑しながら、アドリアンはユートにも聞く。


「ユートは?」

「エリアには勝てると思います」


 その言葉を聞いて、エリアがまなじりを吊り上げる。


「何よ?」

「いや、エリアは突っ込むだけで動きは単純だしなぁ……」


 ユートの言葉にアドリアンとセリルが腹を抱えて笑いだした。


「確かにエリアの動きは単純だな! でもこいつの跳躍は鋭いし、その前に斬られるかもしれんぞ?」

「その前に火球(ファイア・ボール)を叩きつければ牽制になるかな、と思ってます」

「なるほどな。じゃあ純粋な剣だったらどうだ?」

「それなら互角、かなと思います」


 ユートの言葉を聞いてアドリアンは再び笑いを浮かべる。


「なるほどな。お互いに同じくらいと思っているのか」

「すごいわね。エリーちゃんと同じくらいって、アドリアンと変わらないってことよね」


 セリルの言葉にアドリアンが鼻白む。


「ちょっと待て。エリアが俺と互角なのは剣だけだぞ」

「はいはい」

「はいはいじゃねぇ! 俺は槍も弓も全部使うタイプの戦士――冒険者なんだ。剣で負けるなら槍か弓を使えばいいだけだろ!」


 必死に言い募るアドリアンを見ながらセリルは大笑いをする。


「そういえばセリーちゃんたちも随分早かったみたいだけど……」

「魔物がものすごくでてすぐに契約した数を狩れたのよ。こんなに早いなら私たちが終わってからそっちに行けばよかったかな?」

「確かにエリアを放っとくのは怖かったからなぁ……俺たちも一緒に行ってやればよかったかも知れん」

「子供扱いしないでよ! あたしはもう立派な冒険者なの!」

「いやいや、まだまだだろ。ユート、大変だったろ?」

「まあ……」

「ちょっと、あんた言いたいことあるならはっきり言いなさい!」


 今度はエリアが真っ赤な顔をしながらユートに吠えた。


「それはそうとして、エリーちゃんは次は何か考えてるの?」

「…………」

「ほら、機嫌直して」

「……あたしは次はパストーレ商会の伝書使の仕事があるから」

「あら、傭人(ゴーファー)脱出したのにまだ傭人(ゴーファー)稼業するの?」

「プラナスさんにはお世話になってるし、遠征できるようになったから辞めます!なんてすぐには言えないわ」

「ああ、それはそうかもな。遠征出来るようになったと言ってもプラナスさんとこから仕事を受けることも多そうだし、義理は大事にしといた方がいい」


 一転して真顔で言うアドリアン。


「この稼業は信用もそうだが、義理や伝手も大事だ。プラナスさんはお前のことを可愛がってくれてるが、それでもいきなり辞めるより次に任せられる傭人(ゴーファー)を見つけるまでやった方が印象はいいし、今後も仕事を回してくれるだろう」


 日本でのフリーランスの心得のようなことを言うアドリアン。

 世界が違って魔法が使えても、結局行き着くところは共通なのかもしれない。


「言われなくても分かってるわ。プラナスさんにもユートを相棒にしたこと伝えてあるし」

「それならあの人は間違いなく次の傭人を探してくれてるだろうな。義理で縛る人じゃないし」

「ええ、だから安心してるわ」


 そう言いながら、いつの間にかおかわりをしたエールを一気に飲み干した。


「ちょっと飲み過ぎじゃないか?」


 ユートが咎め立てをしたが、エリアは笑ってみせる。


「一仕事終えたのよ? ここで飲まないでどうするの?」


(誰だよ、こいつにそんなサラリーマンの常識みたいなの教えた奴)


「そうだな! 明日死ぬかも知れない冒険者だ。飲めるときに飲んで、楽しめるときに楽しむのが冒険者の生き方だ」


 朗らかにアドリアンが笑った。

 そう、そんな“常識を教えた奴”は目の前にいた。


「というか、エリアって何歳なんだ?」

「あら、言ってなかった? あたしは十六よ。そういえばあんたはいくつなの?」

「二十歳だ」


 その言葉を聞いてエリアだけではなく、アドリアンとセリルも目を丸くする。


「あんた、見た目若過ぎでしょ。黒髪黒目って童顔に見えるのねー。うらやましいわ。あたしももっと若く見られないかしら」

「十六歳にそんなこと言われたら二十一のあたしはどうしたらいいのよ……もう最近周りの視線が生暖かくてどうしたらいいのかわからないのよ……」


「ま、まあ何にせよ無事でよかった」


 何かダーク・サイドに堕ちかけているセリルをアドリアンは見ない振りしながら話を変える。


「アドリアンさんたちのアドバイスのお陰ですよ」

「そういえば巣穴はどうしたんだ?」

「えっと魔法で焼き払った後、村の人たちが掘り返して埋め直してました」

「それなら大丈夫だな」


 アドリアンが笑顔を見せた。


「やっぱり埋めない冒険者も多いんですか?」

「まあ魔兎(ダーク・ラビット)を退治するところまでが仕事って割り切ってる冒険者もいるが、知らずに放置して、ということが多いな。案外、村の人の方が埋めなきゃいかんことは知ってたりするんだ」

「埋めなかったら……」

「またそこに別の魔兎(ダーク・ラビット)の家族が住み着いて、同じような被害が出る。さすがにそれを狙って放置している冒険者が多いとは思いたくないが……」


 そんな真面目な話もしつつ、楽しい時間は過ぎていった。


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