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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第069話 王女派の依頼・前編

「なぜ、アンがここに!?」


 今の話の流れからアンが出てくる意味がわからなかった。

 話の流れから出てくるとするならばアリスか、同じアリスを担ごうというサマセット伯爵の派閥の人間が出てくることは予想していたのだが、完全に裏をかかれた形となった。


「ええっと……」

「ユート殿、説明しよう。彼女は陛下の第二王女アナスタシア殿下だ。君が助けてくれたと聞いてほっとしたよ。まさか西方直轄領で王女殿下が暗殺された、などとなっては大変なことだ」


 サマセット伯爵が困惑するユートを見てそう説明する。

 ということはもう一人、アン――いや、アナスタシアと一緒にいたアリアが第一王女アリスであることは容易に想像がつく。


「陛下のご病気がいよいよ重くなられたことは、第一王子ゴードン殿下を王太子に立てようとするタウンシェンド侯爵にとっては絶好機だったのだろうな。王妃殿下唯一の王女であるアリス殿下を弑逆してしまえばアナスタシア殿下もまた側室のお生まれ、ゴードン殿下の立太子は間違いなくなる。その上、陛下が回復されねばアリス殿下弑逆の罪に問われることもあるまいて」

「つまり、その暗殺を避けるために逃げてきた、と」

「そうだ。それで私の治める西方直轄領が安全と踏んで西方へ来たのだろう。このあたりは陛下第一の忠臣と言われるアーネスト宮内卿あたりの入れ知恵だろうが。そして恐らく、タウンシェンド侯爵もまたそれを読んでいて、境目の街メンザレに暗殺者を予め伏せさせておいて、殿下方が来られた時に襲ったのだろう」


 サマセット伯爵の説明にユートは怒りが七割、困惑が三割だった。

 怒りはもちろんタウンシェンド侯爵に対するものであり、こんな年端もいかない少女たちを、いくら政治とはいえ襲うというのはとんでもないことである、という怒り、そして先立っての西方冒険者ギルド事件でも散々引っかき回された怒りがそこに乗っかって増幅していた。

 困惑というのは自分が否応なくこの王位継承を巡る争いに関わってしまっている、という困惑だった。

 それは例えるならば気付けばどっぷりと深い沼にはまっていた感覚、とでもいえばいいのだろうか。


「ユート、ごめんなさい。嘘をついていたのです」


 思案にくれているユートにアナスタシアが小さな声で謝罪した。


「――アン……じゃないな。アナスタシア殿下が謝られることではないですよ」


 嘘をついていた、というのはせいぜい偽名の話だろう。

 もちろん偽名を使われて気分がいいものではないが、それでもどこの馬の骨とも知れぬユートたちに、狙われている身で王女であることを明かすリスクの高さはわかるからそれを責める気にはならなかった。


「ありがとうなのです。それとユート、アナと呼んでくれると嬉しいのです」

「そうですね。殿下と呼べば身分がわかりますし……」

「そういうことじゃないのです」


 アナはそう言うとぷい、と横を向いた。


「まあそれは置いておいて、だ」


 サマセット伯爵がごほん、とわざとらしい咳を一つ入れて話題を戻す。


「はい。ユート、お願いです。姉様の味方になって欲しいのです」


 両手を合わせるようにしてユートに頼む、幼い少女ならではの直球のお願い。

 タウンシェンド侯爵への怒り、そしてもう巻き込まれているという諦念があったが、さすがにすぐに頷くわけにはいかない。


「サマセット伯爵、アドリアンたちパーティメンバー……ギルドの幹部に一度伝えて相談してもいいですか?」

「構わんが……」


 サマセット伯爵も頷く。

 パーティメンバーであるアドリアンたちもギルドの幹部であり、ギルドを挙げた助勢を期待する以上、アドリアンたちに伝えるのは当然だったからだ。



「エリア、レオナ、ちょっと上へ」


 応接室から出るとユートは受付で控えていたエリアやレオナに短くそう言った。

 ユートの雰囲気からすぐに重要なことと悟った二人もすぐについてくる。

 二階に上がってアドリアンを呼ぶと、顔色の悪いセリルも一緒に現れた。


「――なるほどな」


 ことのあらましを説明するとアドリアンが複雑な表情で頷いた。


「みんな、どう思う?」

「あたしは余り関わりたくないわ。正直、あたしたちは平民だし、ユートも貴族の末端でしょ? その程度の身分で王位継承に関わってもろくなことにならないと思う」

「あちきはそもそもこの国の国民じゃニャいから、四人の出した結論に従うニャ」」


 エリアはアナたちを助けることに反対、レオナは棄権。

 ユートの中ではかなりの部分、アンたちを助けたいという方へ天秤が傾いていたが、さすがに他の四人の意見を無視してそちらの方に進めるつもりはない。

 つまり、あとはアドリアンとセリルの意見次第――


「――俺は、あのお姫様方を助けるべきと思う」


 少し考えてアドリアンが慎重にそう言った。


「なんで!? 貴族嫌いのアドリアンが珍しいわ」

「好き嫌いで言ってるわけじゃねぇよ。そりゃ俺だって面倒だしあとあと怖いから関わりたくねぇ。でもよく考えてみろ。このギルドの一番の後ろ盾はサマセット伯爵だろ? この王位継承戦争に負けたらお姫様方はともかくサマセット伯爵は首だぜ。それも比喩じゃなくてな」


 エリアはアドリアンの正論に言葉も出ない。

 それによ、とアドリアンは言葉を続ける。


「俺たちはすでに巻き込まれてるんだよ。タウンシェンド侯爵からしたら俺たちはどう見える? 自分が送り出した暗殺者を殺し、その上、メンザレからレビデムまで護衛(ガード)までやった。どう見てもお姫様方のお仲間だぜ」

「……ユートが届け出てるから、タウンシェンド侯爵にも暗殺者を殺したのはあたしたちってわかってるわね……」

「いや、別にユートが……」

「ああ、ごめん。別にユートを責める意味はないの。無礼討ちの判断がなけりゃもっと大変なことになっていたと思うしね。アリアたちを助けたのはあたしやレオナも含めてそれがいいと思ったんだから、ユート一人に責任を負わせるつもりはないわ!」

「じゃあ、決まり、だな」


 アドリアンがそう纏め、セリルとエリアも頷く。


「ユート、お前さんもそっちを望んでたんだろ?」

「よくわかりますね、アドリアンさん」

「まあ言ってももう二年近い付き合いだしな」


 そういって豪快にアドリアンは笑った。



 応接室に戻ると、アーノルドがサマセット伯爵たちに応対していてくれた。

 主人が席を外している以上、唯一の従騎士であるアーノルドが応対するのは当然、ということなのだろう。


「どうでしたか、ユート?」


 戻ってくるなり勢い込んでアナが聞いてくる。


「みんな納得してくれました。アナたちを支援します」

「ユート!」

「そうかそうか。ユート殿ならばそう言ってくれると信じていたぞ」


 アナが破顔し、サマセット伯爵は微笑を浮かべつつユートの手を握る。


「で、この後だが、これからどうするか、ということを話し合いたいのだ」

「わかりました。ここで話し合いますか?」

「いや、アリス殿下がいらっしゃるレビデムまで来て欲しい。いつくらいに来れそうだ? 出来れば早い方がいいのだが……」


 ユートは未決済の書類の山を思い出しながら、それを処理する時間を計る。


「三日後か、そのくらいでエレルを起てると思います」

「わかった。では十日後にレビデムの私の私邸に来てくれ」

「私邸? 総督府ではなく、ですか?」

「総督府の主流派は私の派閥とはいえ、タウンシェンド侯爵の派閥の者もいないことはない。そんなところに王女殿下方をお招きすれば暗殺される危険があるから私の私邸で匿っているのだ」

「メンザレで役所に行けなかったのもそういうことなのです」


 そういえば確かにメンザレの役所にもタウンシェンド侯爵一派と思われる男がユートの無礼討ちの申告に対して、やいのやいの言っていたのを思い出す。


「それは確かにそうですね。では十日後の九月十五日にレビデムのサマセット伯爵邸でお会いしましょう」

「よろしく頼む」


 サマセット伯爵はそう言うとすぐにレビデムへと戻っていった。

 アナは名残惜しそうに手を振っていたが、よく考えたらあれで王女とバレないのか、とユートには心配になったほどだった。




 約束通り、十日後にユートたちはサマセット伯爵の私邸にいた。

 ただ、セリルは相変わらず食欲がなく体調不良でサマセット伯爵邸の一室を借りて寝込んでいた。


「こっちの方がいい薬師さんがいるし、ちょっと明日にでもかかってみるわ」


 そんなことを言っていたが、ユートもエリアも気が気ではない。



「足労です、ユート卿」


 サマセット伯爵の家人に案内されて部屋に入ると大きな丸いテーブルがあり、そこに座っていたアリア――いや、アリス王女が開口一番、そう労ってくれた。

 謁見、ということになるのだろうが、と考えながらユートは勧められるがままにアリスやサマセット伯爵が席に着いているテーブルに着く。

 さすがに王女と面会するのにエリアたちは連れてこれなかった。

 かわりに家人、ということでアーノルドが後ろに控えている。


「ユート、姉様なのです」


 となりの椅子には大人用の椅子であるがゆえに少し背が足りないのか、ちょこんとアナが座っていた。


「殿下にお目通りがかない……」

「そんな挨拶はいいのです」

「ユート卿、挨拶痛み入ります。アナスタシアから聞いておりますが、我らの味方をして下さるそうですね」


 ユートが何よりも驚いていたのはアリス王女だった。

 あの“天の川”の下で星に願いを祈っていたアリアとは別人ではないか、と思うほどの威厳があった。


「では本題に入りましょう。まずパトリック卿、今後の展望を述べて下さい」

「はっ。既にタウンシェンド侯爵一派にアリス殿下の存在は露見していると言えるでしょう。そうなると秘密裏に殿下を弑逆するか、堂々と殿下を罪に問うかしかありません。暗殺者からは私が全力を挙げて守りますし、そもそも暗殺が成功するとは思っていないでしょうな」

「ということは、タウンシェンド侯爵は堂々と罪に問うつもりだ、ということですか?」

「そうなるな。その上でシュルーズベリ侯爵が病気という機会を生かして七卿首座となっている間に堂々と私に引き渡しを要求してくるだろう。もちろん殿下を引き渡すなど考えていないがな。そうすると殿下の身柄を拘束するため、軍を出してくる、という筋書きになろう」

「パトリック卿、アーネスト宮内卿の助言で玉璽をここに持ち出してきました。それでも私を罪に問えると考えているのですか?」


 アリス王女がそう訊ねる。

 玉璽のない命令はいくら七卿の話し合いの結果といっても王国法上効力は無い。

 もちろん、七卿という権力者の指示なのだから、特に大きな問題も無ければそれを面と向かって無視することは難しいという貴族が大半だったが、今回のように王女を拘束するような命令はさすがに玉璽が捺されている必要がある、と考える貴族が大半だろう。


「玉璽ほどの効力はありませんが、内侍宣や内侍奉書というやり方があります。陛下が口頭で内侍に伝えたものや、独り言を仰っているのを近侍していた内侍の耳にたまたま入り、それを七卿や貴族に伝える、というものです。玉璽はなくとも準正の勅令として扱われることは多いですな」

「ということは……」

「私がタウンシェンド侯爵でしたら、間違いなく内侍宣を出させますな。もっとも内侍は宮内卿の管轄ですから、そこら辺をどうするかにもよりますが……」


 王宮における形式的な、ややこしい話ではあったが、どうやらアリス王女が持ち出してきた国王の印である玉璽を用いなくともアリス王女の拘束を命令する方法はある、ということはわかった。

 そして、その命令が出たあと、サマセット伯爵が拒否すれば起きるのは戦争だ。


「戦争になるとして、勝てますか?」


 最も気になるのはそこだった。

 西方軍は未だ再建中であるのはユートもよく知るところであるし、そもそも西方直轄領の治安維持を目的としており警備兵中心の編成となっている西方軍が東部の軍に勝てるのか、という疑問もあった。


「……私にそれを聞くとは意地が悪いな」


 文人肌というか、軍人としての資質を全く持っていないサマセット伯爵は苦笑いするしかない。


「まあ近衛は陛下の親征でもない上、総軍勅令も発されないとするならば動かないとして、それでも西方軍は中央軍にも劣り勝ち目は薄い、といったところでしょうな」

「あと、軍務卿のクリフォード侯爵のクリフォード侯爵領軍も精鋭揃いと聞くぞ」

「ええ、ジャスティン――クリフォード侯爵のところの軍はなかなかに精強ですな。あと、時間があれば南方軍の一部も動くかも知れません」


 アーノルドが軍事的な情勢を的確に補足する。


「これらを踏まえると、我が方には兵が足りん、ということだな」

「そういうことになりますな。ともかく、兵を集めることが重要となります」

「サマセット伯爵領軍も出すつもりだが……あれも所詮は警備兵主体だからな」

「というよりもクリフォード侯爵領軍が異常なのですよ。クリフォード侯爵自身もそうですが、あの家は勇武の家系というか古風な気質というか……」

「貴族としては間違ってはおらぬがな」


 サマセット伯爵はため息をつく。


「戦えば、勝てないということですか……」


 アリス王女が小さな声で呟く。


「いえいえ、現状では厳しい、というだけの話です。ならばその現状を変えてしまえばよろしい。戦いを起こしてからはともかく、戦いが起きるまでの準備は私の領分です」


 悪い笑みを浮かべたサマセット伯爵がアリス王女を安心させるように言った。


 だが、ユートはふと不安になる。


 確かにサマセット伯爵の政治的な才能、そして長年ノーザンブリア政界を渡ってきた老獪な交渉力があれば兵を集められるかもしれないが、一体それを誰が指揮するというのだろうか。

 サマセット伯爵の軍事的な才能はポロロッカで負の方向に証明済み、ユートに至っては二十歳になってからようやく剣を握ったに過ぎない。

 まさかアリス王女やアンが突然秘めたる軍事的な才能を開花させるなどと言うご都合主義的な展開もありえないだろうし、そうなると王女派で一番指揮官として優れているのはベテランの軍人だったアーノルドということになる。


 しかし、そのアーノルドはユートの家人、従者に過ぎない。

 他の貴族から見ればいくら従騎士とはいえ、他家の家人に指揮されるというのは面白くないだろうし、そうなるとサマセット伯爵が名目上の指揮官、ユートが名目上の補佐役で、そのユートの補佐をするアーノルドが事実上の指揮官という、ポロロッカの時よりも更にややこしい組織構造となってしまいそうだった。


「サマセット伯爵、ちょっと聞きたいんですが……」

「なにかな?」

「いえ、もし戦争になったとして、誰が指揮官になるのか、という問題があるように思うのですが……そのサマセット伯爵の……」

「はっきり言ってくれてよい。私は指揮官として有能とは言い難いし、それを自覚してもおる」

「自分も軍を指揮した経験はありませんし……アーノルドさんが実質的な指揮官になるとしてもポロロッカの時より状況は悪くなりそうなんですが……」


 ユートの言葉を聞いて、サマセット伯爵はまた悪い笑みを浮かべる。

 そして、自信満々に言い切った。


「大丈夫だ、私に腹案がある」


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[気になる点] ポロロッカ編で黄金の獅子を倒した後の描写がゲームっぽくて不自然に感じた。 街を包囲していた雑魚モンスターがボスを倒したら霧の如く消えてしまったが、よりリアルにするなら統率が失われてバラ…
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