第067話 星に願いを
「お前ら! 何をしている!」
レオナが何かを言う前にユートがそう怒鳴りつける。
だが、明らかに少女二人を襲っている現場を目撃されたのに、黒ずくめの連中は動揺する気配すらない。
それどころか、ユート目がけて二人の黒ずくめの男が飛びかかってきた。
かきん、と金属の鋭い音が響く。
ユートの剣が二人の剣をはじき飛ばした音だ。
「レオナ、二人を頼む!」
「わかったニャ!」
俊敏なレオナは、少女たちとユートたちの間に入ろうとする黒ずくめの連中を鮮やかにかわして、二人の下へとたどり着く。
「あなたたちは!?」
「通りすがりの冒険者、ニャ!」
レオナが満面の笑みでそう言い放つが、どう見ても胡散臭い笑みにしか見えない、とユートは笑った。
そして、これで二人を人質に取られることはなくなった、とユートは安堵して手近の二人に斬り掛かっていく。
突然笑いながら斬り掛かってきたユートに一人は呆気にとられていたのか、一撃で肩から臍のあたりまで袈裟斬りにされて崩れ落ちた。
あと五人――ユートは敵の数を数えながらどう戦うかを考える。
「おい、右手のユートとエリアを一番と三番の二人で抑えろ。二番を殺した男には気をつけろよ! 四番、五番、その間にそっちのレオナをやっちまうぞ!」
向こうのボスらしい男が野太い声でそんな指示を出した。
最優先はやはりあの少女たちらしいし、そしてその目標を達成するためには二手に分かれて片方で膠着させている間にもう片方で目的を達成するという選択決して悪くはない選択だった。
対するユートの最善は目の前の黒ずくめを素早く倒すこと。
しかし、まともに打ち合うならともかく、最初から時間稼ぎと割り切られたら押し切るのは簡単ではない。
しかもレオナは元々一撃必殺の突きで勝負するタイプの剣士であり、鎧通しという強度に不安のある武器を使うこともあって仲間を守りながら戦うことに長けている剣士ではない。
瞬時に様々な選択肢を考えて、すぐに結論を出す。
「なら、これしかないよな! 火球!」
ユートは素早く火球を作ると、ボスらしい男目がけて叩きつけた。
さすがに剣士三人と思っていたら魔法が飛んできた、という事態に黒ずくめのボスはかわそうとしたが、かわしきれなかったようだった。
パッと赤い炎が散り、黒ずくめの服が燃え上がる。
「ボス!」
ごろごろと地面を転がるボスに、ユートの目の前にいた男が慌てて振り返る。
「いくぞ!」
そう叫ぶと、振り返る前にのど元にユートの剣の切っ先が突き立った。
ほぼ同時にエリアももう一人の脳天に剣を叩きつけるようにして絶命させている。
「てめぇ! よくも一番と三番を!」
ようやく服についた火が消えたボスが立ち上がり、その覆面の向こう側にある眼が憎々しげにユートを睨みつける。
二人が睨み合っている傍で、エリアがきっちりとレオナの下に駆け寄っている。
これでレオナとエリアが負ける心配はないだろう、とユートは目の前の黒ずくめのボスにだけ集中する。
黒ずくめのボスの方が仕掛ける。
裂帛の気合とともに大上段に振りかぶった剣が落ちてくる。
ユートは片手半剣を横にして受け止めようとしたが、重力を味方につけた大上段の剣に弾かれそうになって慌ててサイドステップを踏んでかわす。
「っ――――」
手が痺れていた。
「ほう、下手ではないようだな」
黒ずくめのボスの、舌なめずりをするような言葉。
向こうはユートが手を痺れさせていることも見抜いているらしい。
さすがは向こうのボスだけのことはある、と思いながらもユートは片手半剣を痺れがマシな右手だけで握る。
その瞬間、再び黒ずくめのボスが地を蹴った。
ユートの手が痺れているうちに決着をつけようというのだろう。
「火球!」
その着地の際を狙って火球を叩きつけるも、少しタイミングがずれたのか、それとも黒ずくめのボスが動物のような反射神経を発揮したのか、上手く当たらずに避けられる。
だが、それで十分に体勢が崩れていた。ユートは右手だけで突く。
片手の突きなど本来のこの男の技量ならば軽々と弾き飛ばしていただろうが、この時は体勢が悪かった。
それでも身をよじって心臓を狙うユートの突きをかわそうとしたらしいが、さすがにかわしきれずにざっくりと左の肩口に片手半剣が突き刺さる。
「ちぃ! 死ねや!」
横なぎに剣が襲いかかるが、片手が使い物にならなくなった上にユートの片手半剣をより重い両手剣を使っているのだ。
その剣速は遅く、バックステップを取るだけで簡単にかわすことができる。
そして、ユートが再び跳躍して斬撃を放つ。
防ごうとした黒ずくめのボスの剣は弾き飛ばされ、そのままの勢いで今度は右の肩口からばっさりと袈裟斬りとなり、一歩、二歩と後ずさりをしたあと、彼はどう、と倒れた。
「ユート!」
振り返るとエリアがいた。
顔が血で汚れていた。
「大丈夫か、エリア!?」
「返り血よ。怪我一つないわ」
火治癒の準備をするユートをエリアがそう笑い飛ばした。
「ところであの二人は?」
「あそこよ。ちょっとショックを受けてはいるけど……」
冒険者でもなさそうな少女が目の前で殺し合いを見たのだから、ショックを受けるのはユートにも理解出来た。
もし日本にいた頃なら、こんな光景を目の当たりにすればショックどころか気を失っていたかも知れないとすら思っている。
レオナがそんな二人のうち、小さい方の少女の頭を撫でている。
そのオレンジに近い金色の髪をした少女は、ぱっちりとした黒目がちの目から大粒の涙を溢れさせていて、普通にしていれば愛らしいはずの表情は悲しみと恐怖に包まれていた。
そしてその十歳にも満たないだろう少女は頭から耳が生えており、レオナは同じ獣人として放っておけなかったようだった。
「あちきは妖虎族のレオナニャ。名はなんというニャ? なりを見る限り狐の獣人だから餓狼族かニャ?」
妖虎族、餓狼族というのが何かわからなかったが獣人にも部族のようなものがあるのだろう。
狐の獣人というなりで判断出来るということは犬系統の獣人ならば餓狼族、猫系統の獣人ならば妖虎族というのかもしれない。
「わたしはエルフの子なのです……」
「エルフの子だったかニャ! 先祖返りは大変だニャ! でも先祖返りの子は強いと北方では言うニャ!」
レオナはそんなことを言いながらポンポンと肩を叩いて励ましている。
エルフの子が狐の獣人というのはレオナの言うとおり先祖返りなのか、他の要素があるのかわからないが、ともかくその小さい子はレオナに任せておけば大丈夫だろうと思う。
「なあ、君は……」
「助けて下さいましてありがとうございます。私はアリア、その子はアンと言います。姉妹のようなものです」
大きい方――といってもせいぜい十五歳くらいだろうが――の少女がユートにそう答えた。
彼女は見事な金色の髪の毛を後ろでひとまとめにしているが、やはりその可愛らしい表情を恐怖で青くしつつ、それでも気丈に振る舞っていた。
「俺はユート。こっちの赤髪はエリア、そっちの獣人はレオナだ。ところで襲われてたみたいだけど、何かあったの?」
「――わかりません。いきなり襲われました」
「そうか」
「ねえ、ユート、これどうするの?」
エリアが辺りを見回す。
六人の男たちが斬り殺され血が流れている図は中々に修羅場な光景だった。
そして、同時にユートたちは殺人を犯したことになりかねない光景でもあった。
「俺が注意したら斬り掛かってきた。相違ないよな?」
「そうだけど……」
「じゃあこいつらは貴族を殺そうとしたんだから、無礼討ちでよくないか?」
貴族に対して平民が不敬を働いた場合の無礼討ちは王国法典で定められているのはデイ=ルイスから聞いて知っている。
もちろん、貴族が難癖をつけた場合などは罪に問われることもあるし、不敬を働いたことを証明できない場合はこの限りではないが、今回の場合、明らかに胡散臭い黒ずくめの格好で武器を携帯している上、ここはサマセット伯爵の治める西方直轄領であり、無礼討ちか違法な犯罪かを判断するのはサマセット伯爵か総督府法務長官ランドン・バイアットのどちらかであるからユートが罪に問われる可能性はゼロに近い。
「ともかく、無礼討ちをした、と届け出ないと……」
「あの……貴族なのですか……?」
アリアが遠慮がちにそんなことを聞いてきた。
「ああ、といっても去年正騎士に任じられたばかりだけで貴族オーラは全く出てないけどね」
「――もしかしてエレル冒険者ギルドの総裁ユート卿ですか!?」
アリアが驚いていた。
「そうだけど……そんな有名?」
「それはもう……ちまたではタウンシェンド侯爵が仕掛けた政争でしっかりやり返した、と王都では評判ですよ」
そんな評判聞いたことなかった、とユートは思わず赤面する。
「ユートの評判、そんな遠くまで届いてるんだ……」
エリアが嬉しそうな、寂しそうな複雑な表情をしながらぽつりと呟いた。
「あの……私どものことは届け出の際に……」
「言わない方がいいのか? まあ襲われるくらいだから事情ありそうだけど」
女二人でこんな裏通りを歩いていて、どう見てもそこら辺のチンピラではない黒ずくめの男たちに襲われる。
十分に怪しかったが、それ以上追及する気にもなれない。
「ともかく俺はメンザレの役所に届け出てくる。エリアとレオナはこの二人を安全なところまで送って、先に宿に戻っていてくれ」
「わかったわ。なんかあったらあたしとレオナも証言するからね」
「まあ大丈夫だろ。最悪でもサマセット伯爵の名前出せばどうにでもなると思う」
ユートは二人と別れてメンザレの役所に出頭したが、エレル冒険者ギルドの総裁と知る者は多く、同時にそのエレル冒険者ギルドの総裁はサマセット伯爵の腹心の一人であるということも知っている者が多かった。
一部にはタウンシェンド侯爵の派閥らしい者もいて、本当かと疑う声もあったが、警備兵が現場を確認して死体を回収してくると、あからさまに怪しい行動を取っていた者、ということもあってその声はすぐにしぼんでしまった。
そして夕方にはユートは無罪放免となったのだった。
「で、なんでその二人もいるんだ?」
宿に帰るとユートを待っていたのはエリアたち四人とアリアとアンの二人だった。
「アンとアリアはレビデムへ行くらしいニャ。でも護衛もなし、まともに戦えない小さい子が二人旅なんか、さらって下さいと言ってるようなものニャ」
「で、俺たちが面倒を見る、と」
「まあいいじゃない、ユート。話してみて、あたしも何か悪巧みしているようには思えなかったし、特に害はないでしょ?」
「……まあ、いいか」
レオナとエリアの言葉を容れて、ユートも頷く。
セリルが倒れている今、戦えないにしろ見張りの目が増えることはマイナスではないだろう、という判断だ。
「お兄さん、大丈夫だったのですか?」
アンがおませにそんなことを言う。
恐らくあの黒ずくめの男たちを斬り殺したことを心配してくれているのだろう。
「ああ、何も問題ないってさ」
「まあ最悪でもサマセット伯爵出せばどうにかなるしね」
「タウンシェンド侯爵の派閥っぽい奴がうだうだ言っててうざかったけどな」
そう言ってエリアと笑い合う。
「よかったのです」
「――レビデムまで、よろしくお願いします。それと動転していてお礼を言い忘れておりました」
アリアはそう言うと居住まいを正す。
はるばる王都からやってきたせいか、顔には疲労の色も濃いが、それでも凜とした美しさがあった。
「ありがとうございました」
「ああ、気にしなくていいぞ。たまたま居合わせただけだしな」
ユートはそう言って笑った。
マシューたちの取引は予定より一日早く、七月三十一日に終わったようだった。
アリアとアンを連れて行くことについてもマシューは何も言わなかった。
別の護衛の依頼も一緒に受けた、くらいは思っているのかも知れないが、自分たちの馬車の範囲内であればは交易を同時に行うのと同じようにマナー違反ではないからどうこう言うべきではない、と思っているのかもしれなかった。
そして八月一日、メンザレを起ってレビデムへと向かった。
幸いなことに帰り道も大きな魔物の群れや、盗賊に襲われるようなことはなかった。
途中で何度か魔物と遭遇することはあったが、ユートたちの馬車が先頭を走っていたこともあり特に大きな問題もなく倒すことが出来た。
「それにしてもアンは魔物を倒すのに興味津々だったわね」
「小さい子の好奇心は恐ろしいな」
夜、野営地で食事の準備をしながらユートとエリアはそんなことを話していた。
ほんの二日前、黒ずくめの男たちを倒した時には泣きじゃくっていたとは思えないくらいの豪胆さだった。
「小さい子ではないのです」
不意に後ろから声がかかる。
「あら、聞こえてた?」
「いい匂いがしたから来てみたのです」
「こら、アナ、はしたないですわ!」
アリアが叱るが、天真爛漫な笑みを浮かべたアナは意に介さずエリアたちの手元の鍋をのぞき込む。
「すいません……」
「いいのよ! でも熱いから気をつけなさい。火傷したらユートが火治癒使ってくれるだろうけど、正直野営中だし魔力を無駄遣いしたくないんだから」
「はい!」
「元気がよくてよろしい。じゃあセリーちゃんたちを呼んできてくれる?」
「わかったのです!」
元気よく返事してアンはとてとてと駆けていく。
「ちょっと、転ばないように気をつけなさいよ!」
エリアがその後ろ姿に向かって、楽しげにそんな注意をしていた。
夕食は干し肉とジャガイモのスープに堅パン、それに溶かしチーズだった。
決して美味しいとは言えないが、栄養という点で言えば十分か、と思いつつ、野営にも使えるような食べ物を作れないか、とふと思う。
そんなどうでもいいことを考えながら、堅パンをふやかしてスープを飲み干し、チーズを食べる。
妙に静かなのはセリルが相変わらずの体調不良でオートミールをどうにか食べられる程度だったからだ。
アドリアンはセリルにつきっきりだし、セリルは大丈夫かと心配な気持ちになってどうしても会話は途切れがちとなっていた。
「じゃああたしとレオナで食器類洗ってくるわね」
エリアはそう言うと食器を抱えて近くの水場へ歩き始めた。
レオナがいれば山の中の真っ暗な夜であっても、その類い希な察知能力で魔物なり盗賊なりが近づいてきたらすぐに察知してくれるから安全、むしろアドリアンがセリルにつきっきりとなっている今、一人で見張らないといけないユートの方が危ないくらいだ。
だから安心して送り出したのだが、焚き火を囲むのがユートとアリアとアンとなってしまって、気まずい無言の時間が続いた。
「お星様が綺麗なのです」
その沈黙を破ったのはアンだった。
見上げれば満天の星空だった。
空を二つに分けるように、星が集まった光の帯が見える。
(あれは、天の川……じゃないんだよな……)
まるで天の川なのに、天の川銀河ではない、と気付いた時、どこかで心にぐさりと来たような気がした。
「こんな綺麗な星空を見るのは初めてですわ……王都では見れないものでしたもの……」
アリアは息を飲んでその星空を見上げていた。
「ここら辺は暗いからかな?」
「たぶんそうでしょうね」
そう言うアリアの頬には涙が伝っていた。
帰りたい、とぽつりと言う声がユートの耳に届いた。
まだ年端もいかない少女が王都を離れて、はるばる西方まで来て野宿している。
いかに心細いだろうか、と同情した。
「そういえば俺の故郷ではね、あの光の帯のことを天を流れる川に見立てて天の川って言うんだ」
ユートの言葉に、アリアは涙を拭ってユートの方を見る。
「あの天の川の両岸に、神様の怒りを買って引き裂かれた一組の恋人たちが住んでいる。彼らは年に一回だけ逢うことが神様に許されてるんだけど、その逢える日にお祈りをすれば、一つだけ願い事を叶えてくれるっていう神話があるんだ」
「――初めて聞きました」
アリアはじっと天の川を見る。
「……私も祈れば王都に帰れるでしょうか?」
「ああ、どうだろう。その日は七月七日なんだけど、旧暦ならそろそろじゃないかな」
「そうですか」
アリアはそう呟くと、ただ静かに祈り始め、そしていつまでも祈っていた。
今日は七夕ですね。
ちなみに旧暦7月7日は今年なら8月20日ですが、去年は8月2日でした。
なので、ユートの言う通り、8月1日が旧暦の七夕だったかもしれません。