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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第065話 ギルドvsギルドⅩ

「ユート、この書類はどうしたらいいのよ!?」


 エリアから渡された書類を見ると、それをすぐに処理していく。


 あのベゴーニャの逮捕劇からは既に二週間が経過していた。

 あのあと、ベゴーニャは一切口を利かず、そして特に暴れることもなく連行されていった。

 あの場にいた西方冒険者ギルドの冒険者たちのうち、生き残った二十数人もまたベゴーニャとともに連行され、西方冒険者ギルド事件またはベゴーニャ事件と呼ばれる事件はほぼ終結した。

 まだ事件の全容が解明されたわけではないので、ベゴーニャやミッキー、その他冒険者たちは拘束されたままだったが、恐らく今後処刑されるだろう、ということをユートはサマセット伯爵やデイ=ルイスから聞いていた。


 今後、というのは今回の事件で唯一解決されていない、タウンシェンド侯爵の問題があるからだ。

 タウンシェンド侯爵の関与はユートの目には明らかだったが、ノーザンブリア王国内務卿の罪を問うには王国の重鎮の一人であるサマセット伯爵を以てしても確実とは言い難く、その流動的な情勢に対応するためにベゴーニャたちは生かされていた。


 また、西方冒険者ギルドについては解体が決定された。

 本来ならば隊商を守るべき冒険者ギルドが、ライバルであるエレル冒険者ギルドの護衛(ガード)が守っている隊商とはいえ、他の隊商を襲ってしまったというのは重大すぎる問題であり、“盗賊”に関わった、というかどにより、サマセット伯爵の解散命令が出たのだ。

 もっとも、拘束されていたベゴーニャ一派の冒険者はともかく、ギルバート以下のベゴーニャとは関係がなかった、元西方商人ギルドの護衛(ガード)をやっていた冒険者たちについては厳重注意と罰金で済ませており、彼らが護衛(ガード)を含む冒険者をやることには何の規制も敷かれなかった。


「とはいえ、その分をうちに押しつけなくてもなぁ……」


 ユートが愚痴った。


「何言ってるのよ。ギルド拡大の好機じゃない。パストーレ商会以外にも大口の取引先が出来たんだし」


 エリアがそう言って笑い飛ばす。

 西方冒険者ギルド解体後、元西方商人ギルドの護衛(ガード)たちはてっきり西方商人ギルドに戻るのだと思っていた。

 しかし、西方商人ギルドはエレル冒険者ギルドやパストーレ商会、西方総督府に対する賠償で財政基盤が大きく揺らぎ、破産する商人すら出るほど財政が追い込まれたことだった。

 そんな状況で、しかも西方行商人ギルドと西側通商路を巡って争っている中で多数の護衛(ガード)を抱え込む余裕はなかったのだ。

 その結果、フリーとなった冒険者たちはエレル冒険者ギルドに殺到することになり、同時に西方商人ギルドもエレル冒険者ギルドに護衛(ガード)を依頼していた。


「まあ競争相手を潰しちゃったからうちの寡占だしなぁ……」

「なによ、寡占って!?」

「競争相手がいなくて、うちの言い値で契約してもらえる状態のこと」


 寡占どころかフリーの護衛(ガード)などというものはほぼいないのだから独占に近いのだが、そうした細かいことはさておき――


「まああんまりにもあんまりな値上げをしたらまたもめる原因だけどな」

「当たり前でしょ。むしろ冒険者が増えすぎて仕事がないかもって心配しているくらいよ」

「まあな。というか傭人(ゴーファー)増えすぎだな」


 西方冒険者ギルドに所属していた冒険者たちは傭人(ゴーファー)から再スタートとなっている。

 お陰で傭人(ゴーファー)の仕事で競争が激しくなり、手を抜けなくなっているという利点もあったが、このままでは傭人(ゴーファー)の依頼に対する報酬が市場原理によって値下がりするのではないかと危惧されていた。


「ちょっとそこら辺は評価制度見直した方がいいかもしれないわ」


 セリルが目の前の机に積み上げられた書類の山と格闘しながらそんなことを言った。


「あちきはもう嫌ニャ……また規則作りで徹夜徹夜の毎日なんか送りたくないニャ……」


 反対側の机からは、やはり書類にまみれているレオナの弱音が聞こえる。

 既に新規の登録と新規の依頼の山を裁いているベッキーやキャシーの顔色は土気色であり、彼女たちより頑丈なユートたちですらいい加減体力的に厳しかった。


「そういえばレビデムにも冒険者ギルドを作ってくれって話はどうしたの?」

「あれはとりあえず延期。今のうちのギルドからこれ以上出せる人がいない」


 実はサマセット伯爵やデイ=ルイスからは、西方冒険者ギルドが解体されると同時に本部をレビデムに移すか、レビデムにも支部を作って欲しいという話が持ち込まれていた。

 確かに西方直轄領の中心であるレビデムに本部を置くのは理に適っているし、何よりも新しく仕事として舞い込んだ西側通商路の護衛(ガード)の依頼を受理したり、依頼票を出すのにも利便性は高かった。

 しかし、単純に信頼できる人がいない、という理由でユートは断っていたのだ。


「よくそれで納得してくれたわね。サマセット伯爵やデイ=ルイスさんはともかく、西方行商人ギルドや西方商人ギルドはいちいちエレルまで来て護衛(ガード)を依頼しないといけないのは相当不便よ?」

「西方行商人ギルドや西方商人ギルドは月何人で依頼を受けることにしたよ。今と大差ないけどな」


 実際のところ、急ごしらえだった西方行商人ギルドの護衛(ガード)は現時点ではかなりアバウトな運用をしている。

 西方商人ギルドに至ってはギルバートに丸投げに近かった。


「ギルバートさんの試用期間が終わるあたりを目処に、レビデム支部を出すつもり、というのも伝えてあるしな。そしたら西方冒険者ギルドの本部をそっくりプレゼントされたけどな」

「ああ、その頃にはレビデムに支部出すのね。いいかもしれないけど、エレルとレビデムの間の連絡は密にしないとね」


 エリアがにっこりと笑う。

 エレル冒険者ギルドが支部を作って拡大するのが嬉しいのだろう。


「ところであんた、今日はサマセット伯爵がこっちに来る日じゃなかったっけ?」

「ああ、昼から昼食会だな」

「そろそろ行きましょう。セリーちゃん、レオナ、ごめんだけどここよろしくね!」


 セリルやレオナは少し恨めしそうな視線を向けていたが、エリアは意に介さずにしゃべりながら書類に色々と書き込んでいたペンを置いた。




「久しぶりだな、ユート殿」


 二週間ぶりなのだが、サマセット伯爵にとっては久しぶりだったらしい。


「ようやくタウンシェンド侯爵問題が方がついたよ」


 肩を叩くしぐさをしながらサマセット伯爵は渋い顔を見せ、後ろに控えているデイ=ルイスもまた硬い表情をしている。


「どうなりました?」

「タウンシェンド侯爵が言うには老臣の独断、だそうだ」

「老臣の独断!?」

「ええ、そうです。老臣の独断――まったく馬鹿にしているのか、と思いますね」


 珍しく冷静なデイ=ルイスが怒りを隠しきれない表情を見せる。


「老臣が独断でベゴーニャを使い、老臣が独断で西方冒険者ギルドを作らせ、老臣が独断で冒険者を送り込み、老臣が独断で“盗賊”をやったんだ、ということですよ。まったく馬鹿げている」

「証拠資料は……?」

「あれも全部老臣の名前と紋章で送られていましたね。もちろん、老臣がやったからタウンシェンド侯爵は無関係、とはいかずに処分されるようですが」

「で、どういう処分なんですか?」

「老臣は斬罪――まあトカゲのしっぽ切りですね。タウンシェンド侯爵は監督不行き届きでお叱り、ということですがこの時期だと余り関係ないでしょう」

「デイ=ルイス、めったなことを言うな」


 サマセット伯爵が止めるが、デイ=ルイスはにこりと笑う。


「大丈夫です。人払いはしております」

「そうか。ならば本音で話すことにしよう。既に陛下の容態は悪化する一方で本復の見込みはない、というのがもっぱらの見方になっておる。その中で陛下からのお叱りといっても事実上は紙切れ一枚に過ぎん上に陛下が崩御されればほとんど意味が無い。何せ次の陛下はタウンシェンド侯爵肝煎りのゴードン王子と言われているからな」

財務卿(宰相)のシュルーズベリ侯爵も病気がちですから隠居され、ゴードン王子が即位されれば七卿のナンバーツーであるタウンシェンド侯爵が財務卿(宰相)へ進まれるのでしょう」


 サマセット伯爵は苦々しげに、デイ=ルイスは淡々と言う。


「もしかしてサマセット伯爵の派閥争い、というのは……?」

「そうだ。その後継者争いだよ。まあそれは置いておいて、だ。タウンシェンド侯爵は事実上老臣をしっぽ切りして逃げ切り、ということだろうな」


 ユートは釈然としなかった。

 今回の西方冒険者ギルド事件の黒幕はどう考えてもタウンシェンド侯爵なのに、事実上の処分なしで話が終わるのだ。

 その結論に散々振り回されたデイ=ルイスが腹を立てているのもわからないではない。


「それはそうとして、討伐依頼や護衛(ガード)依頼の賠償のことなんだがな。あれはタウンシェンド侯爵家が支払ってくれるとのことだ。老臣がやったとはいえ、タウンシェンド侯爵の監督不行き届きは法務省も認めているところだからな」

「あれ、西方商人ギルドから支払われるんじゃないですか?」

「書類上、西方商人ギルドのは和解金になっていますよ。だからユート殿は二重に受け取る権利を持っていますね。パストーレ商会にも払う必要はないでしょうし、金銭的な部分では気持ちも晴れるでしょう」


 さすがは優秀な官僚、と笑ったが、ともかくこれで死んだ護衛(ガード)たちの家族から賠償を取り立てるような真似はしなくて済む、と胸をなで下ろした。


「まあその資金でレビデム支部を出して頂けると有り難いんですがね」

「考えておきます――というか、準備期間を考えて一年後くらいに支部を設立しようかと」

「なるほど、わかりました。私はしばらくエレルとレビデムの間を往復していると思いますので、何かありましたらお声がけ下さい」


 デイ=ルイスがそう言った後は、特に生臭い話も出ず、ユートは昼食を堪能することが出来た。




「ほんっとに釈然としないわね。それもこれもあたしたちに喧嘩ふっかけたタウンシェンド侯爵が悪いっていうのに!」


 ギルド本部に戻ってサマセット伯爵との昼食会の話をするとエリアはお怒りだった。

 もちろん、タウンシェンド侯爵に対する大甘な処分のことだ。


「まあレビデム支部設立の資金が手に入っただけよしとしようや。貴族――それも大貴族相手に喧嘩して一応勝ちってだけで十分としとかねぇとな」


 意外なことにアドリアンはそう言って笑っている。


「どうしたのよ!? アドリアン!?」

「どうしたはねぇだろ。なんだかんだでツイていてこの結果なんだから満足しようぜって言ってるだけだ」

「やっぱりあんた、熱でもあるでしょ?」

「あるわけねぇだろ。ただ、貴族様と喧嘩することの怖さを知ってるだけだ」


 そんなくだらない会話をしながら、たまっていた書類を片付けていく。


「そういえば今日の夜、マーガレットさんの店は空いてるかしら? 空いてたら祝勝会しない?」

「今更かよ?」

「だって帰ってきて忙しくてそれどころじゃなかったじゃない」

「まあいいけど。みんなは?」

「俺は構わねぇよ」

「私も参加するわ」

「もちろんあちきもニャ。でも今回は無理に飲ませるのは止めて欲しいニャ」


 そう言って初めて飲みに行った時の話をする。


「あれがもう半年以上前なのね」

「早いような、遅いような、変な感じニャ」


 手元の書類を処理しながらぽつりと漏らしたレオナにユートも同感だった。

 エリアとアドリアンとレオナはマーガレットの店で大虎になった挙げ句、マーガレットに散々絞られてしまった時のことを思い出す。

 あの事件はポロロッカが起きる前、レオナと初めてパーティを組んだ頃の話であり、そこからポロロッカにエレル冒険者ギルド設立に西方冒険者ギルド事件と散々な事件が起き続けていて、一年足らずとは思えなかった。



 仕事をあらかた終えて、マーガレットの店に行くとユートたちだけだった。


「今日はどうせ客もこないしね。あんたらの貸し切りにしといたよ」

「ユート、乾杯の音頭をとりなさい」

「ああ――では皆さん、今年も一年、お疲れ様でした。来年もまた頑張っていきましょう! 乾杯!」


 そう、今日は十二月三十一日――年の瀬だった。

 明日から三日間、年始はギルドも休みにしているから、思い切り深酒も出来るし、久々に五人揃って狩りにもいけるだろう。

 それ故、エリアやアドリアンはいつもに増して酒が進んだようだったが、それでも前のような失態を演じるつもりはなかった。


 たっぷりと飲んで、ふと夜風に当たりたくなったので、ユートはそろりと外に出る。

 冷たい冬の空気が酒にほてった肌を刺し、それがまたなんとも気持ちがよかった。


「寒いわね」


 気付けば後ろにエリアがいた。


「ああ、寒いな」

「ねえ、ユート? 冒険者ギルド、出来てよかったわね」

「ああ」

「ずっと、冒険者ギルドが続いていけばいいのに」


 エリアがぽつりと、不安げに言う。


「続くさ。続けるさ。今回みたいなことがあっても、負けない力をつけて、ギルドを続けるに決まってる」

「そうよね」


 エリアがユートを見てにこりと笑い、そして視線が天を向く。


「あ、雪!」


 夜空からちらちらと降ってくる雪に気付いたエリアが、子供のように飛び出していく。


「ユート、雪よ!」

「子供か、お前は!」


 そう言いながら、ユートもまた路上に飛び出していった。


これで第三章完結となります。

ちょうどきりのよいところですので、評価感想お待ちしております。


なお、土日はいつも通り更新お休み、次の第四章は6日の月曜からとなります。

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