第064話 ギルドvsギルドⅨ
降伏を告げる白旗が振られた後、ユートたちは警戒しながら、リーヴィスが先頭に立って西方冒険者ギルドの、打ち倒されたドアの前に立つ。
「西方軍戦列歩兵第一大隊第一中隊長、セオドア・リーヴィスである! 西方総督サマセット伯爵閣下の命により、西方混成団が西方冒険者ギルドを拘束する。抵抗せぬ者は表へ出よ!」
すぐにぞろぞろと西方冒険者ギルドの冒険者たちが出てくるのを、戦列歩兵が拘束していく。
あっという間に数十人を超える冒険者たちが拘束された。
ユートはその中に目当ての人物はいないか、と探したが、残念ながらベゴーニャの姿はない。
「おい、ベゴーニャという女を知らないか?」
ここのリーダー格の男に訊ねると、その男は顔に怒りを露わにする。
「へ、あの女なら幹部会で俺たちを煽るだけ煽って、戦いが始まる直前に一人で逃げやがったよ」
「どこに行ったかわかるか?」
「さあな。そこまでわかっってたら行って取り押さえてるさ」
「そうか、ありがとう。お前、名前はなんという?」
「俺はギルバートだ。一応この西方冒険者ギルドの幹部をしていた」
ふむ、こいつは証言者として使えそうだな、とユートは内心でほくそ笑む。
「そうか。後で協力してもらいたいこともあるが、どうだ? ――ああ、もちろん減刑嘆願はしてやるし、多分減軽してもらえるぞ」
ギルバートは後ろ手に縛られながら、じっとユートを見る。
「あんた、エレル冒険者ギルドの総裁閣下だな。もちろん協力させてもらう。西方冒険者ギルドを引っかき回したベゴーニャにはもううんざりなんだ」
そう言ったところで、リーヴィスの戦列歩兵たちがギルバートを引っ立てていった。
「随分と変わられましたな」
アーノルドがそんなことを言う。
「そうですか?」
「ええ、前の貴方ならば、あそこまで利益で釣って証言者を確保しようとはしなかったでしょう――ああ、もちろん私はよい傾向と思っておりますよ」
そんなものか、と思ったが、ともかくとして今急ぐべきは自身の内面の変化について考えるよりもベゴーニャを追いかけることだ、とすぐに切り替える。
「アーノルドさん、すぐに戦列歩兵の残りと冒険者でベゴーニャを追いかけましょう」
「そうですな。リーヴィス殿も片付いたようですし」
リーヴィスは西方冒険者ギルド内にいた冒険者たちを全員拘束し終えたらしく、ユートの方へ向かってくる。
「ユート団長殿、全員取り押さえました。一個小隊を拘束した冒険者の連行と西方冒険者ギルドの捜索に用いますがよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします。残りはこれから首謀者と思われるベゴーニャを捜索したいのですが……」
「わかりました。そちらは私が参りましょう」
「団長殿、総督府に西方冒険者ギルドを確保したこと、ベゴーニャを取り逃がしたことを急報致しましょう。それでデイ=ルイス殿ならば上手く動いて下さるでしょう」
アーノルドの進言を容れてすぐに使者を送った。
恐らくすぐに西方冒険者ギルドを捜索する為にそうしたことを専門としている警備兵がやってくるだろうし、レビデムの警備兵たちに警戒態勢を取らせてくれるだろう。
「で、追いかけるといってもよ、ユート……」
アドリアンが渋い顔をしている。
これでベゴーニャを取り逃がすのは二回目であり、どこにいるかわからないベゴーニャを探すのは骨が折れるどころの話ではない。
「聞き込みでもしてみるかニャ?」
確かにベゴーニャは長身で見目もいいので目立つだろうから逃げている時に誰かに目撃されている可能性は十分にある。
「それも一つだけど……」
そんなことを言い合っている内にデイ=ルイスが警備兵を引き連れてやってきて、西方冒険者ギルドの捜索を始めていた。
素早いことだな、と思ってそれを見つつ、ああでもない、こうでもないと言い合っていた時、後ろから声を掛けられた。
「おい、総裁!」
振り返るとジミーたちがいた。
「なんだ、お前ら!? もう怪我はいいのか!? って飲んでやがったし大丈夫か」
「ああ、大丈夫だ。その節はすまなかったな、アドリアン」
「いや、それはいいんだがよ。ここで何してやがる?」
「ベゴーニャ絡みだろ。俺たちもちょっとでも力になりたくてこっちに来たんだ」
そう言いながらジミーはリンジーの方をちらりと見る。
「……まあ、こいつがベゴーニャに会って問い質したいって言うのもあるんだがな」
「ジミー、私怨で参加されるのは迷惑よ」
ぴしゃりとエリアが言うが、ジミーは頭を掻く。
「エリアの嬢ちゃん、そう言わんでくれ。これでもレイフが推薦したベゴーニャがやらかしたことの責任も感じてるんだ。んで、そこら辺にいた冒険者に大体の事情は聞いた。俺たちもベゴーニャ捜索に参加させてくれ」
「……ユート、どうするよ?」
アドリアンがユートの方を見る。
「ユートよ、俺は信用できると思うんだが……」
とはいえ、ベゴーニャとジミーたちがパーティを組んでいたことは公式の記録にも残っていればここにいる冒険者の大半も知っている事実だ。
そのジミーたちがベゴーニャ捜索に参加するとなると、冒険者たちは不信感を抱かないか。
ユートが迷っているのを見て、リンジーが一歩前に進み出た。
「総裁、頼みます。俺たちはベゴーニャと行動を共にしていて、他の冒険者よりも行動も読めると思います」
「……わかった」
リンジーの言葉に決断する。
「市中の警戒はどうせデイ=ルイスさんたちがやってくれてるんだ。だからベゴーニャはなかなか逃げ切れないだろうし、闇雲に探し回るくらいならジミーさんたちの予想を重視した方がいいかもしれない」
それに、と言いかけて、そこは口をつぐむ。
今回の一件でジミーやレイフも大きく信用を落としているだろう。
冒険者というものは信用にはものすごく敏感だし、ましてエレル冒険者ギルドに敵対する者を推薦した上にパーティを組んでしまったのだからしょうがない話ではあるが、それでもベテランのジミーとレイフがそういう境遇に置かれるのはギルト全体としてもマイナスであるとユートは考えていた。
だからこそ、ここでジミーたちのパーティにベゴーニャ捕縛に貢献させれば信用を回復、とまでは言わないまでも少しはマシになるだろう。
もっともそれは冒険者の面々の前で言うことでもないし、と口をつぐんだのだが、ジミーたちもアドリアンやその他のパーティメンバーもそのことはわかったらしい。
「総裁、助かるぜ」
ジミーが弱気な笑顔を見せる。
「で、どうするか、ですね」
「というか、ベゴーニャがどっちで考えているか、だな。まだエレル冒険者ギルドへの妨害工作を続ける気なのか、それとも今回は諦めてくれるのか」
「これ以上何が出来るっていうの?」
エリアの言う通り、すでにベゴーニャの手駒は殆ど消えている。
西方商人ギルドは既に総督府の軍門に降っており、西方冒険者ギルドは壊滅状態、“盗賊”もユートたちによって既に捕縛されている。
「これ以上何かするには手駒がいるな。と言っても俺には本格的に“盗賊”をやるくらいしか思いつかんが」
「エレルに戻って“盗賊”を解放する、というのは?」
確かにデイ=ルイスも冒険者ギルドの護衛や狩人もいないエレルは手薄と言える。
それがあったか、と思ってはっとしたところで、西方冒険者ギルドの建物の方からデイ=ルイスがやってきて声をかける。
「それはないでしょう。あなたたちが出た時点で一時的に城門は閉めさせました。今も閉鎖は続いていますから彼女が西方冒険者ギルド捜索の直前までいたのなら、城壁の内側にいるはずです」
「つまり、このレビデムの中で、何かをしているということですか」
ユートはデイ=ルイスに倣うように腕組みをする。
「なあ、性格的に城門の解放を待ち続けるかな?」
「……ないと思います。もっとちゃっかりしているというか、先まで見ているんじゃないかと思います」
少し前までベゴーニャと恋仲であったはずのリンジーが苦い顔をしながらそんなことを言う。
その“先まで見ている”の中に自分との色恋も含まれていた、とでも思っているのではないかと思ったが、それ以上ユートが言うべきことではないので何も言わない。
「船、かしら。タウンシェンド侯爵に近い商会の持ち船に乗せてもらうなり出来れば城門が閉鎖されていても逃げられるわ」
「デイ=ルイスさん、船は?」
「さすがに船は出港を禁止できません。あれが一日滞ると商会の損害額も西方経済への影響も大きなものとなってしまいますから」
デイ=ルイスの答えにユートは決断する。
「船着き場周辺を重点的に捜索しよう。特に重要なのが倉庫。流石にタウンシェンド侯爵に近い商会も踏み込まれる危険性を考えたら商会に匿う危険は冒さないだろうしな」
仮に倉庫にベゴーニャがいても、勝手に入られたと強弁できるだろうが、商会の建物にいればそんな言い訳は通用しない。
だからこそ倉庫が怪しいし、また捜索するにしても禁制品の検査など名目も作りやすいと思ったのだ。
すぐにデイ=ルイスにタウンシェンド侯爵に近しい商会の倉庫を挙げていく。
書類も見ていないのにすらすらと出てくるあたり、西方最優秀の官僚だな、と思いながらもリーヴィスが持っていた地図に印を付けてもらう。
デイ=ルイスが挙げた場所は十数カ所にも登った。
ユートはすぐにそれらをアーノルドやリーヴィスと相談して各分隊ごとに割り当てていく。
リーヴィスは信用できるのか、という目つきをしていたが、それでも上官にあたるユートの言葉に逆らうことはなく、残された十二個分隊を全て割り振った。
一方で冒険者たちはこの捜索には参加させず、聞き込みに当てる。
こうした作業は市中に馴染みやすい冒険者の方が得手だからだ。
「あとは連絡待ち、だな」
ユートたちとジミーたち、そしてアーノルドとリーヴィスは西方冒険者ギルド前で知らせを待つ。
デイ=ルイスは西方冒険者ギルドの捜索を再開して、必要な証拠書類を揃えていっているようだった。
捜索が成功したにしろ失敗したしろ報告があるはずなのに、あちこちに散った戦列歩兵たちからはその報告がない。
冒険者は何回か戻ってきてベゴーニャらしき人を見た、という報告を上げるが、いずれも時間がずれていたりして人違いではないかと思われた。
「遅いな」
じりじりとした時間が過ぎていく中、誰ともなしにそんな言葉が出た。
実際にどれだけ時間が経ったのかわからないが、じっと待っている側からすればすでに数時間も待ったような気分となっている。
「団長殿、焦ってはいけません」
歴戦のアーノルドは慣れているのか、そんな言葉でユートたちをなだめる。
だが、しばらくすればまた誰かが、遅いな、と呟く。
そんな繰り返しを何回したのかわからないが、じりじりとする時間を待ち続けた時、戦列歩兵の一人が駈け足で戻ってきた。
「団長殿! 中隊長殿! 奴めを発見しました! 南端の船着き場の倉庫です! 敵は数十人はいます!」
待望の知らせだった。
「よし、向かいましょう!」
「団長殿、お待ち下さい、ここにいる者だけで数十人が籠もる廃倉庫を攻めるのは危険です」
勇んで出発しようとしたユートをアーノルドが引き留める。
「出来れば各分隊の集結を待つべきですが……」
「さすがにそれは時間がかかりすぎでしょう。聞き込みをしている冒険者たちを呼び戻して、デイ=ルイスさんに警備兵を融通してもらいましょう」
「まあそれが限度ですな」
ユートの指示に従って冒険者たちが三々五々集まってくる。
デイ=ルイスは警備兵ではなく現場保存のためにいた戦列歩兵を全部こちらに回してくれた。
ベゴーニャさえ抑えてしまえば証拠隠滅なりの為に西方冒険者ギルドに攻撃を仕掛けてくる者もいないし、最悪でも警備兵だけで対処できる、という判断だろう。
冒険者に加えていくつかの分隊は捜索が空振りとなったために戻ってきており、それらも加えて再編する。
「団長殿、戦列歩兵は先発している一個分隊を含めて集成小隊として運用できます」
「ユート、冒険者は三十人ばかり戻ってきた。後は西方冒険者ギルド前で待つように伝言も残しておく」
「アーノルドさん、もう十分ですよね?」
「ええ、行きましょう」
そう言うと、総勢九十人弱の西方混成団は動き出した。
「中隊長殿、あの倉庫です」
煉瓦作りの倉庫が建ち並ぶ南端の船着き場の近くでは戦列歩兵たちが建物の陰で見張っていたが、ユートたちが近づくとすぐに分隊長らしい男が声を掛けてきてくれた。
「倉庫の裏は?」
「飛び降りたら怪我をするような高さの高窓があるだけで逃げられそうなところはありません。両隣は同じような倉庫でして私たちが中を覗く時に使った換気用の小窓しかなく、人が出入りできません。ですから正面以外から出入りできるところはありません」
アーノルドの質問に分隊長はすらすらと答える。
見つからないように周囲の地形を把握しているあたり、この分隊長は優秀な下士官のようだった。
「よし、ならば隊伍を組むぞ。しっかり押し出すのだ」
リーヴィスはそう命じようとしたのをユートが制す。
「先頭は冒険者が引き受けます。煉瓦作りなので入り口以外はなかなか魔法で破壊は出来ませんし、高窓から矢を射かけられたら戦列歩兵は苦しいでしょう」
いかに戦列歩兵が武器は槍しかないのだから突撃中は機動力のなさも相まっていい的であり、堅固な鎧を身に着けているといってもそれを貫く矢は存在している。
それに入り口の扉に取り付いたところで高窓から熱い湯でもかけられたらたまったものではない。
日本ならば煉瓦作りの倉庫の中で火を焚けば自殺行為だが、この世界には魔法があるから簡単に高温の湯を作ることは出来るのだ。
「わかりました。では冒険者が入り口を破壊したら我々が突入しましょう。
リーヴィスは戦列歩兵こそ戦場の華と思っているのか、不承不承ではあったが上官であるユートに対して表立って不満は述べなかった。
ユートが冒険者たちの中に混じっている魔法使いを選抜して、出来るだけ気付かれないように正面側の高窓の死角からじりじりと倉庫に近づいていく。
リーヴィスも戦列歩兵を率いてそれに続く。
「よし、合図と同時に散開して、先頭の三人は俺と一緒に入り口目がけて火球を、セリルさんより後の面々は得意な魔法でいいから高窓を撃ってくれ」
死角を伝って近寄るのが限界まで来た、と判断したユートは小声で続く八人の魔法使いにそう告げる。
「我々は倉庫の扉が破壊されるのを確認した後、倉庫内へ突入。ベゴーニャ以下の犯罪者どもを取り押さえる」
リーヴィスも部下たちに最後の確認をする。
冒険者たちも戦列歩兵たちも頷いたのを見て、ユートとリーヴィスが頷き合う。
「(三…………二…………一…………)」
小声でカウントし、そして叫ぶ。
「散開!」
魔法使いがパッと死角から飛び出す。
やはり高窓から周囲を警戒していたらしく、倉庫内からユートたちの襲来を告げる怒声が飛び交い、同時にあちこちで砂煙が上がる。
何が起きた、と訝しむ間もなく、一人の魔法使いが弾き飛ばされて船着き場から海にたたき落とされた。
「風弾よ! 気をつけて!」
セリルが叫んだ。
「炎結界!」
ユートが炎結界を唱えるが、他の火魔法使いは魔力を無駄遣いすることを恐れてか続く者はいない。
しかし、炎結界が展開されたことは倉庫の中の魔法使いたちにもわかったらしく、高窓からの攻撃は魔法より矢が中心にかわる。
「火球!」
「水球!」
「風弾!」
いくつもの魔法が倉庫目がけて放たれる。
扉にはユートも含めて四発の火球が命中したが、盗賊対策に頑丈に出来ているのかそれでも扉はびくともしない。
高窓はいくつかが外れたらしく、ユートたち目がけて矢を放ってくる。
「風魔法使いは風盾を!」
セリルが的確に叫び、多くの矢は風で明後日の方向に逸れていく。
しかし、それでも全ての矢を阻害するには風魔法使いが足りなかったらしく、一人の魔法使いが足に矢を受けて倒れる。
「全員! 高窓の制圧に全力を挙げてくれ!」
ユートの指示に従って火球や水球が高窓に叩き込まれるが、向こうの応射も止まない。
魔法使いは少ないようだが、弓使いは多いらしい。
「火爆!」
煉瓦作りの建物しかないここならば延焼の危険は低いだろう、と強力な魔法を扉に放つ。
一発で少し歪んだように見え、そして二発目を叩き込むと、金属製の扉がゆっくりと傾いで地面と激突する轟音が聞こえた。
その轟音を合図にしたようにリーヴィスの戦列歩兵たちが飛び込んでいき、そして悲鳴とともに次々と倒れる。
「リーヴィスさん!?」
思わず叫ぶが、倉庫内は暗くて何が起きているかユートにはわからない。
「ともかく高窓を!」
ユートたちに出来ることは矢狭間と化している高窓を牽制して戦列歩兵たちが更なる被害を受けることを防ぐことくらいしか出来ない。
「ユート、あたしたちも近づくわよ!」
いつの間にか最後尾にいたはずのエリアたち冒険者の白兵組が来ていた。
「ああ、気をつけろよ!」
「あんたこそね。あたしは盾もってるし。ていうかあんたはあたしの後ろに入りなさい」
女の子に守ってもらうのはどうなのか、と思ったが安全のためにエリアの小盾で矢を弾き、時折火球を高窓に牽制で撃ち込みながら倉庫の入り口までたどり着く。
見れば隣ではアドリアンがレオナを同じように盾で守って前進していた。
そこまで前進してようやく中の惨状が見えてきた。
倉庫の中に積まれていたらしい穀物袋を土嚢のようにしてベゴーニャたちはその陰に隠れて陣取っており、そこから矢や槍で攻撃してきているせいで、機動力に乏しい上、魔法も使えない戦列歩兵はやられるがままになっていたらしい。
「炎結界! 火球!」
迷わず火球を放って土嚢化した穀物袋を吹き飛ばし、火を着ける。
相手が慌てて消火しようとした隙を突いて四人が跳躍―― アドリアンが相手を槍でぶん殴り、エリアが蹴り飛ばし、レオナが相手の喉目がけて剣を突き立てた。
ユートもすぐに一人を袈裟斬りに斬り倒し、返す刀で隣で槍をもてあましている男の胴を払う。
金属製の胸甲を着けていたらしく、致命傷にはならなかったようだがそれでも衝撃で呻き声を上げる。
「畜生! 囲まれた!」
アドリアンの悲鳴じみた声が上がった。
見ると高窓に陣取って外を牽制していた敵が高窓の前にしつらえられた足場から飛び降りてユートたちを包囲しようと動いていた。
そちらに気を取られているうちに、今度はユートたちの前面、先ほどまで土嚢陣地から攻撃していた敵が態勢を立て直している。
「ふふん、総裁さん、おしまいだね」
ベゴーニャがにやりと笑った。
「(ユート、魔法でつぶせるか?)」
ユートはすぐに頷く。
包囲されている窮地を脱するためには魔法で後方の敵を一掃するしかない。
魔法で出た火と酸素の関係はわからないし、穀物に引火する危険性もあるが、切り札の火炎旋風を使うしかないだろう。
「よし……」
アドリアンがそう言いかけた時、不意に後方の敵が倒れた。
「団長殿、ご無事ですか!?」
どうやらリーヴィスが戦列歩兵を再び掌握して解囲してくれたらしい。
あっという間に倉庫内で乱戦が始まる。
向こうは四十人くらいとユートたちより数は少ないのだが、狭い倉庫内であるが為に中で戦える兵の数が限られ、数の利を全く生かせていない戦いとなっている。
それでも一人、二人と斬り倒してベゴーニャの下へと近づく。
「ベゴーニャ! もう諦めろ!」
ベゴーニャは顔を歪める。
ベゴーニャたちは善戦しているとはいえ、ユートたちにはまだ後ろに数十人がいる上、デイ=ルイスからの急報を聞いてサマセット伯爵が他の西方軍を動かしている可能性も高い現状を考えると逃げ切れる見込みは殆どなかった。
「いやなこった!」
ベゴーニャは拒絶すると同時に剣を一閃した。
「何しやがる!」
げほげほ、という咳ととともに、アドリアンの悲鳴じみた声が上がり、あたりは白い靄のようなもので包まれる。
ベゴーニャが手近の穀物袋を斬って小麦粉をまき散らしたせいだ、とユートが気付いたのは誰かの悲鳴が上がってからだった。
だが、それでもベゴーニャの身体を完全に隠すまではいっていない。
ユートは遠慮なく斬り掛かり、それに気付いたベゴーニャも剣で応じる。
二合、三合と打ち合うが、ベゴーニャはなかなかの剣の上手だった。
「ユート、レオナは大丈夫よ!」
どうやらやられたのはレオナらしかったが、エリアがついているようなので大丈夫だろうと踏んで目の前のベゴーニャを倒すことに専念する。
「あんたも上手いね!」
「そいつはどうも。いい加減降伏してくれると嬉しいんだが」
「そうはいかないさ。あたしだけでも逃げ延びないとね」
ベゴーニャはそう言った時、横合いからもう一撃、剣の斬撃が放たれる。
「覚悟しろ!」
見ればジミーだった。
「総裁、横合いから悪いな」
「いえ」
ジミーの内心を推し量って、横合いから入ってきたことに短く言葉を返す。
そして、ジミー、レイフ、リンジー、そして目に入った小麦粉をようやくどうにかしたらしいアドリアンでベゴーニャを囲み、追い詰めていく。
それでもベゴーニャは上手くいなして戦っていたが、五対一で長く戦えるなどということはない。
アドリアンの槍を防いで態勢が崩れたところで、ユートの剣がベゴーニャの剣をはじき飛ばした。
剣を取り落としても何か仕掛けてくるかも、とユートは油断なくベゴーニャを警戒する。
だが、そのユートの後ろから絞り出すような声が響いた。
「――なんでだよ!?」
リンジーだった。
「ああ、リンジーかい」
「お前は、なんでなんだよ!?」
言葉としては全く意味がわからない言葉――しかし、リンジーが言いたかったことは全員よくわかっていた。
「なんで、かい。あたしの方が言いたいさ――なんでだよ!? ってね」
そう言うとベゴーニャは虚無的な笑いを漏らした。
「あたしはね、タウンシェンド侯爵の私生児さ。南方の小さな村で産まれたんだけどね、母親も早くに死んじまって私生児ってだけで村八分、散々苦労したもんさ。タウンシェンド侯爵も生活費くらいは送ってくれてたけどそれ以上はしてくれなかった――いや、出来なかったんだろうね」
リンジーに話しかけているのか、独白なのかわからないベゴーニャの言葉が続く。
「そんな生活に嫌気がさしてタウンシェンド侯爵に頼んで冒険者にしてもらって、まあそれなりに結果も出せて、いい恋人も出来てね。まあ村で暮らしてた頃に比べたらマシな生活はしていたんだよ。そんな時にそのタウンシェンド侯爵のとこの老臣からエレル冒険者ギルドをどうにかしろって頼まれて、それでこの様だよ……」
「なあ、ベゴーニャ、お前は俺のことはなんでもなかったのか!?」
「…………ああ。そうさ。とっとと捕まえておくれよ」
その言葉とともにベゴーニャの頬を涙が伝った。