第063話 ギルドvsギルドⅧ
西方商人ギルドへと警備兵一個小隊とともに踏み込んでいったユートたちは、資料探しに追われていた。
一応、西方商人ギルドもルーパートの指示で協力的であり、身の危険は感じなかったが、それでも危険な任務であることには違いはなかった。
一方でデイ=ルイスは西方商人ギルドの前代表であるパーシヴァルから事情聴取をしていたが、そのどちらかからベゴーニャ、あるいはフラビオに繋がることを祈っていた。
ベゴーニャに繋がれば、そのまま“盗賊”にも繋がるし、西方商人ギルドと西方冒険者ギルドにとって大打撃を与えられるだろう。
もちろん、政治的な問題なので内々で片付けられる可能性は高いだろうが、そこら辺はユートも積極的に関わろうと思ってはいない。
ただ、ユートも、それに他の四人もそうだったが、一番解決するべき問題は“盗賊”問題によって被った損害の補償――特に冒険者が賠償するべき債務を減らすことであり、それに続いてエレル冒険者ギルドの信用を回復することであった。
「どう、セリルさん?」
「お金の動きは怪しいところはないわ。あれだけ大量の食糧を購入すればどこからか資金が出ていないといけないんだけどね」
「個別の商人なりから直接出てる可能性は?」
「もちろん、そっちの可能性はあるけど、そこまで踏み込むなら人数的にも知識的にも総督府の財務部にお願いしないとダメかしら」
セリルの意見を踏まえて、ユートは西方商人ギルドを構成する各商会、各商人への査察をデイ=ルイスに要望しようかと悩んでいた。
確かにそれをやれば解決するのだが、同時に大事になる可能性も高い。
「まあ、そこら辺の判断はデイ=ルイスさんとサマセット伯爵に任せるか」
ユートがそう独り言ちた時、エリアが興奮したように叫んだ。
「ユート、こっちの資料!」
そう言いながら資料の束を渡す。
「これは?」
「代表の書簡を集めたものよ!」
「ベゴーニャかフラビオの話があったのか!?」
「そっちじゃない! これを見なさい」
エリアはそう言いながら資料の一つをユートに渡す。
「えっと……」
ユートが内容を読んでいくと、その中身は依頼通り西方冒険者ギルドを設立しようとすると護衛が足りないことに理解を示し、それに対して人数を出すことを約したものだった。
「この紋章、確かタウンシェンド侯爵のところの老臣の紋章よ」
エリアが封蝋に押された紋章を指差す。
「これはタウンシェンド侯爵と西方商人ギルドは繋がったわ。ついでに西方冒険者ギルドがタウンシェンド侯爵の肝煎りってこともね」
「なるほどな……それにしてもこんなものよく置いてたな」
「多分だけど、西方商人ギルドはパストーレ商会みたいに代表一人で決めるんじゃなくて、幹部会議が最高意思決定機関だったからじゃないかしら? そこで西方冒険者ギルドの設立を諮らないといけない以上、パーシヴァル前代表とタウンシェンド侯爵の間で交わされた書簡は保管しておかないといけない、とか」
セリルの解釈にユートも頷く。
「じゃあこいつをデイ=ルイスさんのところに渡そうか」
「そうね。他の資料も一応探してみないと。タウンシェンド侯爵と西方商人ギルドの間の書簡は全部残しておいてそうだし」
エリアは張り切って資料の山に向かった。
ユートたちがタウンシェンド侯爵が西方冒険者ギルド設立に関係した証拠を手に入れて総督府に戻ってくると、デイ=ルイスがにこやかな笑顔で立っていた。
「ユート殿、パーシヴァルが大体のことは話してくれましたよ」
ここ数ヶ月放置されていた内務長官執務室の席に着くなり、デイ=ルイスは嬉しそうにそう報告する。
パーシヴァル曰く、西方冒険者ギルドはタウンシェンド侯爵の肝煎りで設立されたものであり、目的はサマセット伯爵の私兵と思われるエレル冒険者ギルドを叩くことであった。
また、エレル冒険者ギルドの設立が三ヶ月も前倒しされた結果、冒険者の大半がエレル冒険者ギルドに加入してしまうことになり、タウンシェンド侯爵に依頼して冒険者を派遣してもらったこと、そしてその中にベゴーニャと名乗る女がいたことも証言されていた。
一方でパーシヴァルは西方商人ギルドは“盗賊”事件には関与していないことを断乎として主張しており、西方冒険者ギルドやベゴーニャの独断である可能性も出てきた、とデイ=ルイスは言っていた。
続いてユートも西方商人ギルドで手に入れた証拠の資料を示す。
おおむねパーシヴァルの主張と書簡の内容は一致していることを確認してデイ=ルイスは会心の笑みを漏らす。
「パーシヴァルの証言を補強する書証が手に入ったのは大きいです。これであとはベゴーニャや西方冒険者ギルドが“盗賊”事件に関与していたことを明らかに出来ればいいのですが」
「ベゴーニャを抑えるのが一番ですかね?」
「ですね。それと、もう一つ解けていない謎は西方冒険者ギルドの護衛報酬の値上げについてです」
確かに西方冒険者ギルドがベゴーニャを筆頭とするタウンシェンド侯爵が派遣してきた冒険者が主導する組織ならば護衛報酬を値上げして西方商人ギルドと対立するのはいささか違和感がある。
「どう見ますか?」
ユートが考え込む。
「分裂してるんじゃないの? 冒険者は利にさといところがあるわ」
「ほう、なるほどなるほど」
エリアがユートにかわって答えたのをデイ=ルイスは面白そうに見る。
「分裂、ね。エリーちゃんの言う通りありえる話とは思うわ」
「まあパストーレ商会みたいに面倒見が良けりゃそうでもないんだろうけどな。聞くところによると西方商人ギルドは個々の商人は自分ところの専属護衛って意識がないからそこまで護衛に対する待遇はよくなかったみたいだしな」
セリルとアドリアンも頷く中、一人剣呑な目つきとなっていたレオナが口を開く。
「あちきは西方に来て日が浅いからそこら辺はよくわからないニャ。ただ、今から踏み込んでみたらどうニャ?」
余りにも好戦的すぎる意見――
思わずユートもデイ=ルイスも顔を見合わせる。
「どっちにしても、西方冒険者ギルドには踏み込まなきゃだめニャ」
「確かにレオナの言うとおりなんだけどな……」
「じゃあ早くするニャ」
「どうしたんだ?」
急に好戦的になったレオナにユートが目を丸くする。
「別に大したことじゃないニャ。ただ、今が攻め時と思ってるだけニャ。早くしないとベゴーニャが口封じされるかもしれないニャ」
それは獣人の本能だったのか、それともレオナなりの“盗賊”事件で死んでいった冒険者に対する怒りなのか、あるいはホル村の一件を根に持っているのか、そこまではわからなかったが、少なくともレオナが怒っていることだけはユートにもわかった。
「そうだな」
「それはそうとして、ユート殿、また西方混成団を編成して欲しいのですが……」
「え?」
「西方軍の指揮官が足りていない上に再編中なのですよ」
要するにユートの家臣であるアーノルドを借りたい、ということらしい。
その為にはユートが指揮官となってアーノルドが助言する形しかないので、西方混成団を編成し、その指揮官にユートを据える、ということなのだろう。
「……まあアーノルドさんがいいって言うなら構いませんけど。冒険者も集めた方がいいですか?」
「そこら辺も含めてアーノルド殿にお任せしたく思います」
丸投げかよ、と突っ込みたかったが、完全無欠に見えるデイ=ルイスにしてもサマセット伯爵と同じく王立大学を出ているだけであり、王立士官学校を出ているわけではないので軍事については素人らしかった。
「そして西方混成団には、西方冒険者ギルドへの立ち入り検査をお願いします」
デイ=ルイスの言葉にユートは頷いた。
総督府内の宿舎に戻ってアーノルドに相談すると、アーノルドは西方混成団の事実上の指揮官を務めることを快諾した。
「なぜ、そんなに指揮官を?」
「ここで武勲を上げれば総裁殿の評価が高まります」
「いや、でも別にそんな評価はいらないんですが……」
「何を仰っていますか? 評価が高まればその分だけエレル冒険者ギルドの武名も上がるのですぞ」
エレル冒険者ギルドの為、と言われればユートにも否やはない。
「ところで冒険者は?」
「それは動員するべきですな。一つはエレル冒険者ギルドの武名を上げる為、そしてもう一つは相手が冒険者というのに、警備兵やらを中心とした編成では危険極まりない、ということです」
「ねえ、アーノルドさん、警備兵中心で冒険者を相手にするのは危険ってどういうこと?」
「簡単なことです。軍の操典の類では、法兵は後方において火力支援をするのが基本です。最前線で直接掩護するような運用はあまり考えられておりません。これは法兵は白兵戦の習熟度が低いことと、法兵一人を養成するコストを考えればおいそれと失うわけにはいかないという事情によるものなのですが……」
「つまり、警備兵は魔法使いとは戦えないってことね」
アーノルドの話をばっさりと纏めたエリアにユートは苦笑いしか浮かばなかった。
「だけどよ、出来るだけ早く踏み込みたいんだろ? 今からエレルに使いを出して冒険者を編成してこっちに戻したら、たっぷり十日はかかるぜ?」
「用兵にはこのような言葉があります。拙速は巧遅に勝る、と。多少足りなくても素早く動く必要があります。まあ二、三日はかかりそうですがね」
そう言いながらアーノルドは西方冒険者ギルドへ踏み込むのは三日後、それまでは証拠が集まっていない不利をするため、ユートたちは西方商人ギルドへの査察を続けること、パーシヴァルやルーパート、その他西方商人ギルドの幹部を拘束したままにしておくことをてきぱきと決めていく。
「冒険者に関してはパストーレ商会に泣いてもらいましょう。しばらくの間、交易が滞っていた西側通商路はともかく、北側通商路は一週間やそこいら滞っても致命的にはなりません。あそこの護衛と、何らかの理由でレビデムにいる狩人たちを動員すれば十分に部隊を編成できます」
ユートたちは頷くしかなかった。
そして三日後――
アーノルドの指示通り、パストーレ商会の護衛やたまたまレビデムにいた狩人を動員して五十人ばかりの部隊が編成できていた。
この護衛や狩人たちへの報酬、パストーレ商会に対する違約金は全て総督府が持ってくれるらしい、というのもユートにとっては朗報だった。
また、西方軍からは従騎士セオドア・リーヴィス先任中隊長率いる戦列歩兵第一大隊から二百人ばかりの戦列歩兵が派遣されていた。
彼らはあのポロロッカの時には重装であるが故に強行軍に耐えられないと判断され、レビデムに残った部隊である。
故にポロロッカでは唯一損害を被っておらず、また警備兵のような治安維持を目的としているわけではなく正規軍との戦闘を旨としている数少ない部隊であったのでサマセット伯爵の肝煎りで派遣されてきたのだ。
「アーノルド殿、お久しぶりであります」
「リーヴィス殿も久しぶりだな」
「ポロロッカには参加できず残念でありましたが、士官学校の営庭で教官殿より叩き込まれたこと、十全に発揮したく思います」
「ははは、肩に力が入りすぎだな、リーヴィス候補生」
ユートが二人の掛け合いを怪訝そうに見ているのに気付いたアーノルドが笑いながら説明する。
「リーヴィスは私が王立士官学校の教官をしていた時の候補生――生徒だったのです。こう見えて負けん気の強い男ですから、今回の戦いでもいい働きをしてくれるでしょう」
一礼をするリーヴィスにユートもまた会釈して応じる。
「ともかく、参りましょうか」
アーノルドはまるでちょっとそこまで買い物にでも行くような気軽さでそう言った。
西方混成団の兵が隊列を組んで西方冒険者ギルドに到着すると、既に西方冒険者ギルドの建物は固く扉を閉ざしていた。
ユートたちのエレル冒険者ギルドに比べれば一般人からの依頼を受けることは少ないとはいえまだ昼前、普通ならば開いている時間帯なのに、これということは――
そうユートが思った直後、火球が着弾する。
「戦列歩兵、怯むな! 隊伍を維持せよ! 躍進距離二十! 駈け足、前に! 突撃へ進め!」
リーヴィスの命令に従い、戦列歩兵が堅く隊伍を組んでゆっくりと押し出していく。
だが、そこに火球が着弾、直撃を受けた戦列歩兵はそのままひっくり返ったものの、後続の戦列歩兵がその穴を埋める。
「魔法で掩護します!」
「頼みます。戦列歩兵、戦線を維持せよ!」
リーヴィスの返事を聞いて、火球を西方冒険者ギルドのドアに叩き込む。
一発では少し炭化した程度だったので、二発、三発と撃ち込んでいくと、ドアのちょうつがいが壊れたのか、がたんと大きな音を立ててドアがこちら側に倒れてきた。
それを見た戦列歩兵たちからは歓声が上がる。
「魔法を使える冒険者はめいめい魔法を!」
そう言いながらユートは再び火球による攻撃を再開する。
本当ならば火爆あたりを使いたいが、それをやるとオーバーキルになって建物ごと焼き払ってしまいそうだった。
西方冒険者ギルドがどうなってもユートの良心以外は何の問題もないのだが、さすがにそれは、という気持ちと、万が一隣接の建物にまで延焼したりすれば大変なことになるので自重した。
「よし、突撃を再開せよ! 突っ込め!」
リーヴィスの声とほぼ同時に、戦列歩兵たちから己を鼓舞する蛮声があがり、そしてそれはすぐに歓声に変わった。
「団長殿、白色旗です」
アーノルドが冷静に告げる。
見れば西方冒険者ギルドの二階から、白く大きい布――旗というよりはシーツか何か――が盛んに振られていた。
それは、降伏を意味していた。