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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第062話 ギルドvsギルドⅦ

 西方商人ギルドの依頼を、西方冒険者ギルドが拒否する。

 なぜ、そんな事態になったのか、ユートにもデイ=ルイスにも、そして他の面々にも理解が出来なかった。


「西方通商路の凍結って、そしたらパストーレ商会がカバーしていないところはどうするんだ?」


 アドリアンの言葉にデイ=ルイスが頭を抱える。


 西方商人ギルドとパストーレ商会は西方直轄領で激しい商戦を繰り広げているライバルだが、パストーレ商会がレビデムから北に延びるエレルまでの北側通商路を基幹としているのに対して、西方商人ギルドは主にレビデムから西の中規模の村や街への通商路を基幹としており、その商圏はかぶっているわけではない。

 つまり、西方商人ギルドの通商路凍結は西側の村や街との交易が途絶することを意味しており、これまで西方商人ギルドが運んでいた生活必需品が手に入らなくなる恐れがあったのだ。

 特に塩や食料品の類の流通が滞ることで、下手をすれば飢餓の恐れすらあった。


 それだけでなく、本来ならば西側に流通するはずだった食料品を西方商人ギルドがレビデムで放出することで、レビデムの食料品の相場もめちゃくちゃになるだろうし、その相場の値動き次第では関係のない商人が破産してしまって、経済的な落ち込みすら想定された。


「プラナスさんはすぐにユートと会いたいって言ってたわ」

「私も行った方がいいでしょうね。すまないが誰か、パストーレ商会へ使いをお願いしてもいいですか?」

「俺が行ってこよう」


 言うが早いが、アドリアンが飛び出していく。


「それにしても、西方商人ギルドと西方冒険者ギルド(偽ギルド)の間で何があったんだ……」

「不思議よね」


 エリアは盛んに不思議がっていたし、ユートも困惑するだけだった。

 元々西方商人ギルドが母体となって西方冒険者ギルドが設立されたはずなのに、その西方冒険者ギルドが叛旗を翻す。


「考え方は二つあるわよね。一つは“盗賊”をやったり、エレル冒険者ギルド(うちのギルド)を襲撃したりするやり方に西方冒険者ギルドが反発した可能性。もう一つは西方冒険者ギルドがもっと金を払え、みたいな形で依頼を受けなかった可能性」


 想像はいくらでも出来たが、それを決定づけるような情報はなかった。




「おう、ユート。頼みがある」


 プラナスは単刀直入だった。


「西側通商路にうちの隊商を出したい。護衛(ガード)を増やしてくれ」

「……急ですね」

「こっちからしても寝耳に水なんだよ。ともかく西側の村の流通が滞ったら困るのは内務長官も俺たちもお前たちも利害が一致してるところだろう?」

「ええ、それはそうなんですが」

狩人(ハンター)を一時的に回してもらうんだ。金ははずむ」


 プラナスは建前は流通をあげているが、もちろん西方商人ギルドの失態を絶好の商機ととらえているのは間違いないだろう。

 ここで西側通商路への拡大に成功すれば西方直轄領におけるパストーレ商会と西方商人ギルドの商戦は大きくパストーレ商会有利に傾くことは明らかだった。


「プラナス殿、それはパストーレ商会の意思、ですか?」

「ええ、若旦那――うちの代表支配人エリックからの指示です」

「ふむ」


 デイ=ルイスは腕組みをして考える。


「パストーレ商会の隊商はどのくらい用意できるのですかな? 先日の“盗賊”事件を抜きにしても、ポロロッカでかなりの損害を被ったと聞いておりますが」

「本来は機密事項なので他言無用でお願いしますよ。レビデムとエレルの間を往復している隊商の休暇を切り上げさせれば四隊商ほどは編成できるかと思います」

「西方通商路を確保するのには足りません。やはり他から隊商を持ってくる必要があるように思います」


 デイ=ルイスは内務長官と言うだけあって、西方通商路の規模や必要な隊商の数もその頭の中に入っているらしい。


「しかし、大規模な隊商を持っているのはうちだけですし、他の馬車持ちの商人はほとんど西方商人ギルドの会員でしょう」


 これはプラナスの言う通りだった。

 西方商人ギルドはせいぜい馬車を一台しか持っておらず大規模な隊商を組むほどの資金力がない中小の商人たちが集まって、隊商を組み護衛(ガード)を共同で雇うことを最大の目的としている隊商だ。

 西方商人ギルドに入らず、馬車一台に護衛(ガード)をつけるとどうしても商品が割高になってしまうのでまともに価格競争できないし、そんな商人はいない。


「私に案があるのですがね」


 もったいをつけて話し始めた。


「レビデムには馬一頭レベルでの小さな行商人やらがいます。彼らを組織化すれば足りない分はある程度、補えるでしょう。それに西方軍の輜重段列が保有している馬車を貸し出すことも総督閣下に進言するつもりです」


 商人をかき集め、軍の馬車があれば隊商かそれに近いものは作ることは出来る。

 それで西方商人ギルドが凍結した西側通商路の補いはつく、というのがデイ=ルイスの目算だった。


 このあたりはデイ=ルイスとプラナスの立場の違いもある。

 プラナスからすれば西方直轄領民の生活という建前も嘘ではないし、真摯に彼らの生活のことも考えていたが、同時に最大の目的はパストーレ商会の拡大であり、その為に西方商人ギルドから西側通商路の商圏を奪い取れれば言うことはない。

 一方でデイ=ルイスからすれば一つの商会に西方直轄領の経済を大きく依存してしまうのは様々な意味で危険性が高まることを恐れていた。


「ともかく、私は一度レビデムへ。総督閣下とも話し合わねばなりませんし」

「僕らは狩人(ハンター)から護衛(ガード)に転向してくれる人を探します。特にパーティで狩人(ハンター)をやっている連中に、指導者になる冒険者をつける方向で動きます」

「頼みますよ。その後レビデムへ来て下さい。十日後にレビデムで会いましょう」


 デイ=ルイスはそう言うと、席を立ち、すぐにレビデムへと向かったようだった。



 ユートたちが冒険者から護衛(ガード)を募ると、予想外に多かった。

 その多さは、総督府から出ている討伐依頼を滞らせることなく、護衛(ガード)を編成しなければならないことが問題になるほどだった。


「やっぱり護衛(ガード)信仰って強いわね」


 セリルが呆れたように言う。

 もともと、エレルの冒険者は傭人(ゴーファー)から始めて信頼できる仲間と狩人(ハンター)になったあと、臨時の護衛(ガード)として雇われて、最終的にパストーレ商会の専属護衛(ガード)に収まれば勝ち組、という価値観があったようだった。

 まあ確かにパストーレ商会の専属護衛(ガード)ともなれば実入りもいいし、安定もするだろうからその考えを否定は出来ないが、その護衛(ガード)信仰とも言うべきものが、既に専属護衛(ガード)という存在がなくなった今もしっかりと残っているのには驚きを隠せなかった。


「まあ、信頼されれば指名依頼が出やすいですからね」

「そこまで考えてるとは思えないけど。まあ山中泊が基本の狩人(ハンター)よりも楽と言えば楽かも知れないけど」

「そんな甘いものじゃないのにね。むしろあたしは狩人(ハンター)の方が気楽よ。護衛(ガード)は隊商のリーダーとの話し合いとか、気をつかうことが多すぎるしね」

「私もエリーちゃん寄りかな」


 セリルとエリアはそんな会話をしていたが、ユートもまた同感だった。

 もっともこのあたりは事実上初めて護衛(ガード)をやった時にポロロッカに遭って散々な結果だった、ということもあるのだろうが。

 そんな中で、冒険者をよく知るアドリアン、そしてエレル冒険者ギルドの冒険者を数字の側面からよく知っているユートとセリルの三人を中心に臨時の護衛(ガード)を指名依頼する冒険者を選抜していく。


「ジミーさんたちはさすがに危ないですよね」

「“盗賊”と関わっていた奴がいたパーティだからな。恐らく機密事項扱いだが、万が一バレたら信用問題だ」


 それは案外難しい作業であったが、ともかく指名する十組のパーティを選ぶことが出来た。

 そして、その十組を伴ってユートたちもまたレビデムへと向かった。




「おお、ユート殿、よく来てくれた」


 レビデムへ着いた時、意外なことにサマセット伯爵の歓待を受けることになった。


「今回の一件でタウンシェンド侯爵の目論見はほとんど潰えたと言っても良い。その功労者はデイ=ルイス内務長官とユート殿だ」


 デイ=ルイスはサマセット伯爵の派閥に入ったつもりはないらしく、その言葉に苦笑いを浮かべながらサマセット伯爵の後ろに立っていた。


 サマセット伯爵との話が終わると、すぐにデイ=ルイスが出てきて現状を報告する。


「行商人には話をつけました。行商人同職連合(ギルド)を結成して、この行商人ギルドに軍が馬車を貸す形となり、同時にエレル冒険者ギルドと契約して護衛(ガード)を派遣してもらう形になります。それでことが収まるまで、行商人ギルドの代表もユート殿にお願い出来ませんか?」


 寝耳に水、という奴だった。


「なぜ、僕なんですか?」

「理由は二つあります。まず、私や総督府の役職者が直接商業に関わるのは立場上よろしくありません。ユート殿は立場上は総督府付なのでその問題は回避されますし、そうでありながら総督府の強い後援があることを示せます。またもう一つはエレル冒険者ギルドという、盗賊や魔物と戦う組織のトップが代表になることで、行商人たちの安心感が出ます」

「自分は商業のことはあまりわかりませんよ?」

「それはこちらで詳しい者を用意しますし、パストーレ商会からも顧問を派遣してもらう予定です。それと、保証契約は総督府が持ちましょう」


 そのギルドが何らかの賠償――例えばエレル冒険者ギルドが今は保留にしてもらっている“盗賊”問題の賠償や、討伐依頼失敗の賠償など――が生じた時はギルドの会員は連帯して賠償する義務がある。

 ユートが代表になれば行商人が何かしでかした時、ユート自身も賠償の責を負うことになるが、それは総督府が肩代わりしてくれる、という。

 要するに神輿になれということか、と思ったが、考えてみてもユート以外に適任者がいないことはわかっていた。

 いや、例えばプラナスなども適任者と言えば適任者なのだろうが、それではデイ=ルイスが意図する、パストーレ商会に西方直轄領経済を全て握られない、という点と反してしまうし、行商人たちもまるでパストーレ商会の傘下に入れられるようでいい気分がしない者もいるのだろう。


「ユート、エリックさんに一応話を通しておいた方がいいんじゃない?」


 エリアの危惧はユートもまた同じだった。

 パストーレ商会はエレル冒険者ギルドの大口顧客先と言ってもよい相手であり、そこと敵対――とまではいかないまでも商売敵となりそうな行商人ギルドに手を貸す、となるとやはりこれまで通りの関係を続けていけるか不安が残る。


「ああ、パストーレ商会の方には私から許可をとってあります。というか、あちらもパストーレ商会と総督府の双方に縁がありながら直接的な関係のないユート殿の就任は歓迎されているようですよ」


 相変わらずのデイ=ルイスの手回しの良さに、ユートは苦笑しつつ行商人ギルドの代表を受けるしかなかった。



 その後はさすが手回しの良いデイ=ルイス、と言うしかなかった。

 あっという間に行商人たち――中には馬を持たない者もいた――が集まり、軍の馬車に分乗して西側通商路の村々へと散っていき、交易を再開させた。

 ユートは何もしていないのに、なぜか通商路が正常化していた、と言ってもいいくらいの早業だった。




「あとは、引導を渡しに行くだけね」


 すっかり通商路が正常化し、恐れていたレビデムでの物価暴落も起きなかったことにユートが安堵していた時、エリアが突然そんなことを言い出した。


「西方商人ギルド?」

「ええ、そうよ。今回ので西側通商路は行商人ギルドと西方商人ギルドの争いが激しくなる、というかここら辺で護衛(ガード)をどうにかしないと西方商人ギルドはなくなるわ。恐らく総督もデイ=ルイスさんもそれは考えてるでしょ」


 要するにここで完全に軍門に下してしまおう、というのだ。

 事実、西方商人ギルドから商人たちが離脱して行商人ギルドに鞍替えしようとする動きも出てきているようであったし、このままならば近い将来西方商人ギルドが消滅、というところに至りそうだった。


「まあ消滅させてもいいんじゃないか?」

「ギルドが消滅するのは勝手だけど、ギルドの構成員をどう受け容れるか考えないとダメでしょ。行商人ギルドに加盟させたら規模の違いから行商人ギルドが則られる形になって遺恨が出るでしょうし、それくらいなら力を削いだ西方商人ギルドを残すことを選ぶと思う」


 ユートとしては散々エレル冒険者ギルドに妨害工作を仕掛けてきた相手だけにひと思いに潰したい気持ちしかなかったし、それは恐らくエリアも同じなのだろうが、政治的に見れば、ということを考えると、納得せざるを得ないのか、と思った。



 果たしてエリアの言葉通り、それから四日後にサマセット伯爵の主催で昼食会が開かれることになった。

 ユートも招待されたわけであるが、他の招待客に西方商人ギルドの代表であるルーパートも招かれていると聞いていた。


「この度はお招きに預かりまことにありがとうございます」


 ルーパートは腰の低い、初老の紳士然とした男だった。

 あの“盗賊”、ギルド襲撃、ジミーたちへの魔箆鹿(ダーク・エルク)なすりつけといった悪行を企んだ人物とは思えないが、人は見た目によらないのだな、と妙な感想を抱く。


「西方商人ギルドは代表が交代したのか? パーシヴァルは如何した?」

「パーシヴァルは今回の失態の責任を取り辞任致しました。屋敷にて謹慎しておるはずです」

「ふむ」


 どうやらこのルーパートは最近代表に就任した男らしい。

 前代表のパーシヴァルという男がエレル冒険者ギルドへの妨害工作の首謀者だったのかまではわからないが、少なくともこのルーパートは関わっていないのかな、とふと思う。


 昼食会は比較的和やかに進んだ。

 もちろん、みな笑顔ながらも目は笑っていないという緊張感に溢れる和やかさだったわけではあるが。


「それで、だな」


 昼食を終え、食後のデザートと紅茶が出されたあたりでサマセット伯爵が重々しく口を開いた。

 いよいよ本題、ということなのだろう。


「まず一つ聞きたい。今回の西方商人ギルドと西方冒険者ギルドの関係悪化は何が原因なのだ?」


 サマセット伯爵も総督府で情報は集めているのだが、当事者から得られる情報はまた別、ということだろう。


「あれは……西方冒険者ギルドから、突然護衛(ガード)の料金を四倍に値上げする、という通告がありまして、それに当時のパーシヴァル代表がせめて値上げ幅を下げようと交渉したものの、西方冒険者ギルドが譲らず……」


 ルーパートが語ることの顛末はサマセット伯爵やデイ=ルイスが得ていた情報と一致したらしい。

 もともとパストーレ商会のように面倒見がいいわけでもなかったことも悪かったのだが、西方商人ギルドと西方冒険者ギルドの間には溝があったのだ、とルーパースは愚痴り始める。

 どこまで本当かはわからないその愚痴がひと段落したあたりでサマセット伯爵が念押しをする。


「では、今後は西方冒険者ギルドは使わない、という方向でよいのだな?」

「ええ、あれでは安定した商売が出来ません。もう信頼できない、というのが西方商人ギルドの総意です」


 サマセット伯爵がユートの方を向いて頷く。


「ええっと、信頼は大事だと思います」


 ルーパートも頷く。


「で、ですね。そちらの主体となって行った工作をご存知ですか? いや、僕も西方商人ギルドが主体なのか、西方冒険者ギルドが主体なのか、他の誰かが主体になってやったのか、わかりませんが」

「えっと、それは……」


 困惑するルーパートにユートはこれまでエレル冒険者ギルドに行われた妨害工作を説明する。

 それが確証がないとはいえ、西方商人ギルドなり西方冒険者ギルドなりの関与が疑われていると聞いて、ルーパートは青い顔をしていた。

 サマセット伯爵主催の昼食会で持ち出す、ということは、総督や同席しているデイ=ルイスたちも関与を疑っている、ということであるからだった。


「この一件は総督府としても強い関心を持っております」


 デイ=ルイスが後を引き継ぐ。


「はっ……」

「それで、ですね。西方商人ギルドにも協力して頂きたい。まあ嫌といっても査察に入るんですがね」


 捜査に協力をしなければ、内務長官のデイ=ルイスの権限で立ち入り検査などを行う、というのだ。

 相手の背後にタウンシェンド侯爵がついているのだとしても、タウンシェンド侯爵では今の西方商人ギルドの苦境を救えず、救えるのはユートたちエレル冒険者ギルドしかないのだから、多少強権的な方法を採っても大丈夫、と踏んでいるのだろう。

 このデイ=ルイスの言葉に、ルーパートは頷くしかなかった。


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