第061話 ギルドvsギルドⅥ
「ベゴーニャが!?」
後ろでセリルやレオナも驚いている。
「間違いないですか? それを総督府で証言してもらうことになるかも知れませんよ?」
「間違いありません。あの時は髪がもっとストレートで今のような巻き髪ではありませんでしたが、美人でしたし見忘れるわけもありません」
アクセスは相変わらず眉尻が下がりっぱなしで泣きそうな顔をしており、ユートやこのギルドの雰囲気を怖がっているような感じはあったが、それでもきっぱりと断言する。
「そうですか。わかりました」
そこに、レオナから知らせを聞いて二階から降りてきたらしいエリアとアドリアンも加わる。
三人は何気なく――それこそジミーたちの酒宴に混じるような態度で彼らのテーブルに近づき、それとなくベゴーニャを囲むような形を作る。
「おう、アドリアンの旦那! こないだは済まなかったな。アドリアンの旦那もエリアも総裁も、みんな一杯やっていくか? もちろん奢るぜ!」
少し酔っているらしく赤ら顔のジミーが笑いかけるが、アドリアンは作り笑いを顔に貼り付けたままだ。
「いやー、ジミーの酒もありがたく飲みたいとこなんだけどよ、ちょいとばかしベゴーニャに用事があってな」
「おいおい、アドリアンの旦那、セリルの嬢ちゃんにどやされてそっちにいるリンジーに刺されるぞ?」
「おっと、ジミー、冗談じゃねぇんだ。ちょっといいか、ベゴーニャよ?」
「なんだい?」
「あっちにお客さんだ」
アドリアンの指先には、ギルドの受付の方にいるアクセルがいた。
アクセルの顔を見てベゴーニャの顔色が変わる。
「その顔色、やっぱあんたが!」
エリアの追及をかわすように、ベゴーニャはすぐに顔色を消す。
「はっ!? なんのことだい!? あの貧相な兄ちゃんがあたしのお客さんなのかい!? どんな冒険者かと思ったらちょっと驚いちまったじゃないかい」
「なんだ、アドリアンの旦那、あの兄ちゃんは?」
「ベゴーニャならあれは誰かわかってるし、なんで俺たちがお前を囲んでいるのかもわかってんだろ?」
アドリアンの言葉にベゴーニャは何も返さず、ちっ、と舌打ちを一つした。
「さあ、何言ってるかわかんないね」
「そう。じゃあちょっとエレルの役所まで来てもらうわ」
「おいおい、エリア。それじゃまるで囚人じゃねぇか。俺たちの仲間が何したって言うんだ!?」
立ち上がろうとするジミーとエリアの間にユートが割って入る。
「ジミーさん、これは単なるギルド内の問題じゃないんです」
「総裁までもかよ。いったいベゴーニャが何したって言うんだよ!?」
「それは後で言います。ともかく、まずは役所まで。アドリアンさん、ベゴーニャを拘束してください」
「はいはい。拘束しますよー。といっても官憲連中みたいに捕手術知ってるわけじゃねぇけどな」
そう言いながらアドリアンがベゴーニャの二の腕を掴む。
エリアは剣帯を外して立てかけてあったベゴーニャの剣を奪い取ると、そのままギルドの方にいるレオナの足元へと床を滑らせる。
「さて、行きましょう。何もしてなければ役所に連れて行かれるくらい構いませんよね?」
ベゴーニャは下唇を噛み、般若のような表情をしているだけだった。
挑発するかのようなユートの言葉はベゴーニャには空振りだったが、予想外のところに火が着いた。
「望むところだ。どこにでも行ってやるよ!」
リンジーだった。
「ベゴーニャは何もしていないし、何か出来るような奴じゃないことは俺がよく知っている。役所でしっかり無実であることを調べてもらおう!」
ユートは恋は盲目、というのはこういうことなのかな、と自分と大して年齢の変わらないリンジーのことを冷静に見ていたが、ともかくリンジーのこの言葉でジミーとレイフも役所に行くのはやむを得ない、という雰囲気となった。
アドリアンがベゴーニャの二の腕を掴んで先頭を歩き、エリアが抜き身の両手剣をひっさげて後に続く。
ユートは周囲に目を配って敵襲に備え、その後ろをアクセルとアクセルの護衛役のレオナが続き、そして最後尾にリンジーをなだめながらジミーたち、という構図だった。
幸いなことに恐れていた敵襲もなく、すぐに役所につく。
「デイ=ルイスさん、例の穀物を購入していた女を捕らえました」
ユートの言葉にデイ=ルイスは目を見開いて驚く。
冷静な男の珍しい表情のユートは一瞬笑ってしまいそうになったが、すぐにこれは真面目な場面なんだ、と口元の笑いを消す。
「ユート殿、説明を頂いてもいいですか?」
「ええ、簡単です。あの購入先の穀物商になっていた中にアクセルさんという方がいらっしゃったんですが、その方がちょうどエレルに滞在されていたので、どのような人物だったか詳細に聞こうとしたところ、このベゴーニャが買った人物だ、と」
「なるほど。なんというか……ちなみにこのベゴーニャは冒険者、ですか?」
「ええ、うちのギルドの冒険者です」
デイ=ルイスはふむ、と少し考え込んだがすぐに口を開く。
「ああ、これは失礼。ともかく拘束しましょう。それと、そっちがアクセルですか? まずあなたの話を聞きましょう。レビデムの住民証はありますか?」
デイ=ルイスは我に返ると優秀な官僚らしくてきぱきと指示をしていく。
アドリアンがベゴーニャの二の腕を離し、拘束するためにやってきた、当直の警備兵らしい男に引き渡そうとした時、邪魔が入った。
「ちょっと待てよ! ベゴーニャは何もしてないんだろう!? なんで拘束されなきゃならないんだ!?」
「彼は?」
「ええっと、ベゴーニャのパーティメンバーで……」
「ベゴーニャの恋人のリンジーだ。いくら代官でもやり過ぎじゃないのか!?」
リンジーは名乗りながら怒りに満ちた視線をデイ=ルイスとユートに向ける。
「リンジー、ちょっと落ち着け。総裁、もうちょっとしっかり説明してくださいや。俺は恋人でもなんでもないんですがね、パーティメンバーがいきなり拘束ってなっちゃ相当混乱しますし、ましてこいつみたいに若いのは錯乱してもしょうがないでしょう」
ジミーがリンジーを押さえつけながら、ユートたちとリンジーの間に割って入って場を落ち着かせると同時に貴族に対して不敬と取られないようリンジーのは錯乱だと片付けようとする。
そのあたりの処世術はさすがベテランと思うところだったが、ジミーたちにどこまで告げていいものなのか、と考えると、そんなことに感心している場合でもない。
「簡単なことですよ」
デイ=ルイスが事も無げに言った。
「先立ってパストーレ商会の隊商が“盗賊”に襲われたのはご存知でしょう。その“盗賊”が活動する為の兵糧をレビデムで購入した者がいる。そして購入先の一人がそっちのアクセルで、アクセルが買った者として証言しているのがベゴーニャなのですよ」
デイ=ルイスの整然とした説明にリンジーもジミーも声も出ない。
「さて、では――」
デイ=ルイスがそう言った瞬間だった。
警備兵がいきなり二メートル近く吹っ飛ばされた。
「しまった!」
誰かが叫んだ。
今の一瞬の隙を突いてベゴーニャが警備兵を蹴り飛ばした、と気付いた時には既にベゴーニャは出入り口を目指して一目散に走り始めている。
レオナがすぐに反応したが、アクセルが邪魔になってたたらを踏む間にベゴーニャは部屋の出入り口から飛び出していった。
「追うぞ!」
すぐにレオナが追い、その後ろをユートとアドリアンが追いかける。
だが、レオナに比べて長身のベゴーニャの方がストライドが長い分、単純に真っ直ぐ走るだけなら有利だった。
レオナが脱落し、夕闇に包まれたエレルの通りを、ユートとアドリアンが疾走した。
だが、ベゴーニャは大通りには出ず、裏通りから裏通りを飛ぶように駆け抜け、地の利があるはずのアドリアンすらそのすばしっこさにどんどんと離されていく。
「ちっ、どこ行きやがった」
何回目かもわからない曲がり角を曲がった時、すでにそこにはベゴーニャの姿はなかった。
逃げられた、してやられた、という気持ちが心中にわき上がる。
「畜生!」
アドリアンの罵声がエレルの夜空に木霊した。
「そうですか……」
帰ってベゴーニャを逃がしたことを告げると、デイ=ルイスは落胆した表情で言った。
「こちらの不手際です。ユート殿、折角捕らえたキーマンを逃がすとは申し訳ない」
「いえ、誰の責任か、よりも、ベゴーニャを捕まえることが先決です」
「もちろんです。先ほど警備兵中隊を警急配置に就かせました。既に各班ごとに市中を巡回しております。ベゴーニャを逃がしたのは……」
「南側だな」
「城門は既に閉じられていますから、今晩は袋の鼠です。どこかに隠れ家でもあるならばともかく、そうでないならばしらみつぶしに当たれば捕まえられる可能性は十分以上にあるでしょう」
デイ=ルイスはそこでジミーたちの方を向き直る。
リンジーは肩を落としまるでこの世の終わりのような表情をしているし、ジミーもレイフも自分たちが“盗賊”の片棒を担いでしまったのでは、と青い顔をしている。
「申し訳ないですが、あなたたちも今晩は軟禁します。ベゴーニャとあなたたちが同志ではない保証はない」
「おいおい、さすがにジミーたちは大丈夫と思うぞ?」
アドリアンの言葉にもデイ=ルイスは冷たく一瞥する。
「彼らもベゴーニャのことをそう思っていたと思いますよ。何が敵で何が味方かなどわからないものです」
翌朝より、ジミーたちとアクセルの取り調べが行われた。
といってもアクセルからは形式的にベゴーニャが穀物を買いに来た女である、ということを聞き取るだけであり、大したことはなかった。
デイ=ルイスが重視していたのはジミーたちへの取り調べだった。
ユートも途中同席していたのだが、なぜパーティを組んだのか、なぜエレル冒険者ギルドに推薦したのか、厳しく追及され、特に傷心のリンジーは何度も泣いていたほどだった。
「うーん……これだけではなんとも言えませんね。唯一の収穫はリンジーがベゴーニャと一緒に十月二十三日から二十六日までレビデムに滞在していた、ということですか。ちょうど穀物商の記録でもこの期間ですから、整合的です」
「ですね。ところで警備兵中隊の方はどうなったのですか?」
「残念ながら発見できなかったようです。ただ、警急配置は解いていませんので、今も多数の警備兵が巡回中ですし、城門の検査もいつもとは比べものにならないくらい厳しいはずです。エイムズ殿には苦労をかけますが」
そう言いながらデイ=ルイスは羽根ペンを弄ぶ。
「結局、ベゴーニャは何なんですかね?」
「ユート殿、それはどういうことですか?」
「いえ、プラナスさんに聞いたところ、レビデムの商人で女性はいない、ということだったわけです。となると、彼女は西方商人ギルドの中心的なメンバーではない」
「ええ、それはそうですね」
「じゃあ、彼女は西方商人ギルドの下請けのような存在なんでしょうか? でも、アドリアンさんが知らなかった冒険者がいきなり下請け、というのはちょっと考えにくいでしょう。“盗賊”といい、どこから沸いたかわからない者が多すぎます」
「うーん、難しいですね」
デイ=ルイスは腕組みをして天井を見上げる。
「一つはベゴーニャやミッキーは西方商人ギルドの人間ではなく、タウンシェンド侯爵が派遣した彼の裏の持ち駒、という考え方が出来ます」
「しかし、それはリスキーじゃないですか? 少なくともサマセット伯爵は……」
「ええ、確かにその通りです。しかし、タウンシェンド侯爵がサマセット伯爵が思っている以上に、サマセット伯爵やエレル冒険者ギルドのことを敵視、あるいは危険視しているとしたら? それならば危険を冒して持ち駒を使ってきた可能性もあるでしょう」
「それは否定しませんが……でも八十人って多すぎませんか?」
「うーん、確かに……」
そう考えると、誰がベゴーニャに穀物を買い集めさせ、“盗賊”を組織したのかわからなくなってくる。
「ベゴーニャの裏を洗ってみるしかないようですね」
デイ=ルイスは大きなため息をついた。
穀物を買った者がわかれば、そのまま西方商人ギルドなり、タウンシェンド侯爵なり、あるいは西方冒険者ギルドなり、どこかに繋がると思っていたのだ。
「ともかく早くしませんと……ベゴーニャが一味ということを逆手に取り彼女を生贄にしてエレル冒険者ギルドこそが“盗賊”の黒幕だ、と攻撃されかねません。公には彼女はエレル冒険者ギルドに加入していて、しかも特例に近い推薦による傭人の免除をもらっているのですから」
デイ=ルイスの言葉にユートもまたため息をついた。
だが、ベゴーニャ自身の捜索も、ベゴーニャの裏を洗う作業もなかなか上手くいかなかった。
デイ=ルイスは自分の人脈に加えてサマセット伯爵の人脈もフル活用しているのだが、それでもベゴーニャが過去に何をしていた人物なのか、というのは掴めなかった。
「これは、この七月以前には西方にいなかった人物ですね。東部から来たのか、南方か北方かまではわかりませんが……」
デイ=ルイスは十日ばかりの調査の結果、そう断言した。
「どうやって彼女は逃げたんですかね?」
「もしかしたらもう殺されているのかも知れませんよ。まあ私が見ていますから無駄なんですがね」
そう言いながらデイ=ルイスとユートはどうしたものか、と頭を悩ませていた。
そうしているうちに、妙な情報が入ってくるようになった。
「ユート殿、どうも西方商人ギルドが慌ただしいようです。これは何かあったとみるべきでしょう」
デイ=ルイスはギルドにやってくるなりそんなことを言った。
「おいおい、そりゃ年末だからじゃねぇか?」
アドリアンはジミーたちの弁護をデイ=ルイスが聞き入れなかったことを根に持っているのか、剣呑な表情でそう言ったが、デイ=ルイスはどこ吹く風だった。
「まさか。そもそも彼らは個々の商人の独立色が強いギルドですから年末だからといって個々人の仕事は増えてもギルドが慌ただしくなることなんかありませんよ」
「じゃあ慌てるようなことがあった、ということニャ」
「このギルド同士の対決の絡みの可能性が高いですね」
デイ=ルイスがそう言った時、エリアが慌ただしく駆け込んできた。
「ユート! すごい知らせよ! 西方商人ギルドが西方通商路を一時的に凍結したわ! 西方冒険者ギルドが護衛を拒否したのよ!」
エリアの言葉に、そこにいたデイ=ルイスを含む全員は固まった。




