第060話 ギルドvsギルドⅤ
「お疲れ様でした」
エレルに戻ると、アーノルドの知らせを聞いていたらしいデイ=ルイスが城門まで迎えてくれた。
そして、そのまますぐにギルドの応接室で会議を始めることになった。
「そのミッキーという首領が何か知っていそうなわけですね」
デイ=ルイスはあらましをユートから聞いた後、深く頷いた。
「私の方から後で尋問してみましょう」
「お願いします」
「そうそう、それとユート殿が捕まえた“盗賊”の持っている穀物も持ち帰って頂けましたか?」
「ええ、戦利品ということで持ち帰ってきています。ヘルマンさんのところで換金してもらって、参加者で分配する形になると思います」
「その換金の前に少し見せて下さいね」
「なぜです?」
「その袋からあの奇妙な相場の動きをした時、穀物を売った穀物商のものと一致すれば、“盗賊”と買い主が繋がることになります。一つ一つ証拠を積み上げていけば、案外早く西方商人ギルドまでたどり着けるかもしれませんよ。もちろん、もうレビデムには急使を出してあります」
用意周到なことだ、とユートは苦笑しながらも、これだけ怜悧な頭脳を持つ男が味方であることに感謝した。
少なくとも敵に回せば非常に面倒くさいことは間違いない。
そう言ったところでアーノルドがグラスとワインを持って入ってきた。
「アーノルドさん、これは?」
「総裁殿、これはデイ=ルイス殿の手土産でございます」
「一応、戦勝を祝して、ということですから手土産の一つでも持ってこないと失礼に当たりますからね」
「――それならエリアも呼んでやっていいですか?」
「ああ、あの幹部の女の子ですか。彼女も従軍者であり、小隊長格と言えば士官待遇ですから構いませんよ」
デイ=ルイスの理屈っぽい許可が下りるのとほとんど同時に、誰も呼びにやっていないのにエリアが応接室へ飛び込んでくる。
「おい、エリア……一体どれだけ待っていたんだよ!?」
「待ってないわよ! 酒呑みの勘よ、勘!」
「絶対、アーノルドさんからデイ=ルイスさんがワイン持ってきてくれたこと聞いて隙あらば飲もうとしてただろう!?」
「……そんなことないわよ!」
騒々しい二人の言い争いを、笑いをこらえながらデイ=ルイスが見守っているのに気付いてユートは慌てて取り繕い、そしてアーノルドが用意してくれたグラスを取る。
「アーノルドさんも一杯どうですか?」
「そうですね、アーノルド殿もまた功労者と聞いております。それを労う意味でもどうか」
「わかりました。では僭越ながら同座させて頂きましょう」
「どうせならここじゃなくてマーガレットさんの店にいけばいいのに」
「あちらはあちらで祝勝会でしょう。ここで良いですよ」
そう言うと、デイ=ルイスがワインの注がれたグラスを持ち上げる。
「ユート殿、そして皆様の戦勝を祝して、乾杯」
小さくグラスを掲げ合い、そしてワインを飲み干す。
「それにしても、ユート殿は初陣とは思えない――ああ、といってもあくまで戦闘という意味ですが――見事な戦いぶりだったと聞いております」
「いえ、火球をひたすら撃ち続けただけですよ」
「それもまたすごい。私は法兵のことは詳しくありませんが、そうそう戦闘中ずっと撃ち続けられるものではないのでしょう?
「そうですな。私も兵科は違いますが、軍時代の同僚から、法兵の錬磨とはいつ魔法を放つか、という判断の錬磨に尽きる、と聞いたことがあります」
「ちょっと、アーノルドさん! それじゃまるでユートが全然錬磨してないみたいじゃない!」
エリアの冗談交じりの抗議にアーノルドが一本取られた、とばかりにぴしゃりと己の額を叩く。
諧謔を解さないわけではないが謹厳実直なアーノルドの、そんなおどけた様子も普段は見れないものであり、珍しいものを見た、と言わんばかりのエリアがけたけたと笑う。
「そういえばそちらの方はユート殿のフィアンセですか?」
ほどよく酒も回ってきた頃合いで、デイ=ルイスがそんなことを言い出した。
「え!?」
「違いますよ」
「……そうよ、違うわ!」
鳩が豆鉄砲を食らった、というのはまさにこういう顔を言うのだろう、とエリアの顔を見ながらユートは思い、そして恐らく向こうもそう思っているのだろう、と思いながら、慌てて否定する。
「そうですか、てっきりそういうことなのかと……これはとんだ粗忽を……」
デイ=ルイスは本当にそう思っていたらしく、思いがけない反応に困ったように頭を掻く。
「相場の機微は読めても人の心の機微は読めぬ粗忽者ですので、ご容赦ください」
「いえいえ、別に僕は気にしていませんよ」
ユートが鷹揚に手を振って笑い飛ばす。
「そういえば総裁殿はおいくつになられたのでしたかな?」
「僕ですか? 二十一です」
「貴族ならばもう結婚していても全くおかしくない年齢ですぞ」
アーノルドがデイ=ルイスの発言でおかしくなった空気を修正する気なのか、拍車をかける気なのかわからない話題を出す。
「冒険者ですからね。どうしても危険がつきまとう職業ですし、だいたいエレル冒険者ギルドもこんな状態ですから、しばらくは考えられません」
「そうよね。だいたい今結婚したらどこに住むのって話だしね!」
「まあひと段落してから考えられればよいことです。その為にも早く西方商人ギルドの問題を片付けねばなりません。明日からはあのミッキーなる男を尋問せねば」
「証拠が挙がるまで待たないんですか?」
「それも考えたんですがね、とりあえず攻め手を考えるためにも先に一度尋問しておこうかと。今朝急使を出したので、三日後くらいには戻ってくるでしょうし」
デイ=ルイスは再びワインをあおるように飲む。
すでにその顔は赤くなってきており、それなりに酔っているはずなのだがろれつが回らなくなったりしないあたりはさすがだった。
「それにしてもこれで穀物商と“盗賊”の関係を立証出来れば素晴らしいことになります。これで一気に黒幕まで迫れる証拠に繋がる可能性も十分でしょう。そう考えると、ユート殿の今回の働きは素晴らしいものでした」
「いえ、自分よりもヘルマンさんの警備中隊ですよ」
「私の目から見れば総裁殿は立派な団長ぶりでしたぞ。まだ二十一、軍人ならば士官学校を出てまだ小隊長もしておらんような年齢です。その年齢で増強中隊を率いて見事な指揮ぶりというのは称賛に値します」
アーノルドの褒め言葉にこそばゆくなる感覚しかない。
「さすがは私が見込んだ御仁です。ユート殿、もしよろしければあなたとは同じ西方で王国に仕える正騎士同士、友として付き合っていただきたい」
酔っているのか、デイ=ルイスがそんなことを言い出す。
ユートとしても否やはない。
西方総督府の重鎮の一人であり、怜悧な頭脳を持っている実力派官僚との関係というのは大切な人脈となることに疑いの余地はないし、またこのデイ=ルイスという男が信頼できるのはよくわかっている。
「もちろんです」
「ではこれからもよろしくお願い致します」
そう言ったあと、デイ=ルイスがそろそろ明日に差し障るので、と辞去していった。
「ねえ、ユート」
デイ=ルイスの残したワインをリビングで飲みながら、エリアがユートに話しかけた。
「あんたさ、前にフラビオが処刑された時、ものすごく落ち込んでいたわよね?」
「……落ち込んでいたというか……まあ……落ち込んでいたな……」
「今回は大丈夫なの?」
言われれば確かに今回は人を自らの手で殺している。
それなのに、フラビオが処刑された時のような心の落ち込みはなかったのは自分でも不思議だった。
「いや、前ほど心にきてはいないなぁ……」
「あんた、気を張ってるんじゃないの? 気をつけなさいよ」
「大丈夫さ。無理してるつもりはない。もしかしたらミッキーのあの態度で罪悪感がなくなったのかもしれないな。エリアこそ大丈夫か?」
「まあ大丈夫よ。人を殺したのは初めてだけど、殺すのを見ていたことはあるしね」
「え?」
「父さんが、人を斬っていたのを、ね」
「そうか」
二人の間に沈黙が流れる。
「ねえ、もう寝ましょうか」
エリアが沈黙に耐えかねたのか、珍しくワインを残したまま、自分の部屋に戻っていった。
三日後、アドリアンたちが戻ってきた。
「魔箆鹿を仕留めたらそれで終わりだったぜ。この十日ばかしでジミーたちもだいぶ良くなったから普通に歩いて帰って来れたしな。というか、お前ら、盗賊の討伐に行ったんだって?」
「そうよ! ユートが指揮官で混成団長になって、三百人ぐらいでね!」
「すげぇスケールのでかい話だな。こっちは三人だぜ!」
そう言いながら笑い飛ばす、アドリアンの豪快な笑い声にずいぶんと懐かしさを感じる。
「でもよく魔箆鹿倒せましたね」
「そういえばお前は魔箆鹿倒したことないんだっけか?」
「ええ、前に戦った時は撤収しただけですし」
「あいつらは魔法使うけど、奇襲されずに近づけさえすれば魔鹿と変わらんぞ。足場が悪いところだときついけどな」
前にいきなり風弾を食らってあばらを折った時のことを思い出しているのか、少しばかりばつが悪そうにしている。
「今回はベゴーニャとリンジーもいたからな」
「あれ、リンジーもいたんですか?」
「おう、途中から戻ってきてな。そういえばリンジーとベゴーニャ、いい仲だったみたいだぞ?」
「そういえばレイフさんにベゴーニャの推薦頼んだのもリンジーでしたっけ?」
「そうそう。その時からみたいだな」
そんな他愛もない会話を繰り広げながら現状報告をし合っている間に、気付いたら夜になっていた。
また、デイ=ルイスがレビデムへ送った急使が戻ってきたのもこの日の夜だった。
すぐにユートが呼ばれて、役所に行くと、デイ=ルイスが浮かぬ顔をして考え事をしていた。
「どうされましたか?」
「この報告書、ですよ」
挨拶もそこそこに本題に入ったユートに、デイ=ルイスは恐らく今し方レビデムから届いたであろう報告書を無造作に渡す。
「穀物商から穀物を買った者についての情報をもらったんですがね……大規模な取引を隠す為でしょうが、あちこちから少量ずつ買ったと聞いたときはしめたと思ったのですが……」
歯切れの悪いデイ=ルイスの言葉を聞きながら報告書を読み進める。
「買ったのはロングヘアーの女性、ですか?」
「ええ、妙な話です。西方商人ギルド――いや、ほかもそうなのですが、女性が表に立つというのは珍しい話です」
「うちのギルドには幹部に三人もいますが……」
「それが珍しいのですよ。普通は男しか商会の幹部やギルドの幹部にはならないものです――ああ、ついでに言えば西方商人ギルドの幹部や主立った商会の幹部には女性は一人もいません」
「じゃあこの穀物を買い集めていた女性は!?」
「それがわからないから考えているのです」
デイ=ルイスはため息を一つつくと、また考えるポーズに戻る。
「とりあえずミッキーにぶつけてみるのはどうですか?」
「それも考えたんですがね、誤魔化す為の嘘を考えられると厄介とも思いますし、もう少し情報を集めるべきか、悩むところです」
そう言いながら、デイ=ルイスは他にもレビデムから送られてきた資料を繰っていく。
「随分と資料が多いですね」
「サマセット伯爵が本腰を入れてこちらの支援をしてくれているみたいです。まあ関係のあるものないもの全て送られても困るんですが……」
「他に重要なものはあるんですか?」
「うーん、“盗賊”関係ではないですね。せいぜい西方商人ギルドが少し前から大騒ぎをしている、とかそういう情報ですし。だからこそ、この女性の情報をどうするか、というのに悩んでいるのです。人相書きは一応作ってありますが、こんなものはあてになりませんよね」
見ると人相書きと言っても絵ではない。
文字でその女性の特徴が書き連ねてある人相書きで、これではそう簡単に見つけられそうにもない。
「――じゃあ、プラナスさんに聞いてみたら?」
黙考し始めたデイ=ルイスを前に、珍しくエリアが恐る恐る発言する。
それでも敬語を使っていないあたりはエリアらしかったし、デイ=ルイスもなぜか自然とそれを受け容れてしまっていて、何も言わずにふむ、と考える。
「パストーレ商会のプラナス氏ですか。確かに西方商人の仲でも顔が広いですし、彼に聞いてみるのも一つかも知れませんね」
「じゃああたしたちは明日プラナスさんのところに言ってくるわ。何かわかったら戻ってくるし、わからなかったら――そうね、冒険者の方に聞き込みをするっていうのはどうかしら? ホル村の事件の方から何かわかるかもしれないし」
「わかりました。ではその方向で動きましょう」
そして、明日の夜にギルドで情報交換をすることを約して別れた。
だが、翌日のプラナスに訊ねたところ、百人分からの穀物を買い入れる権限を持つような女性がいれば目立つし、間違いなく西方商人にそんな者はいないと断言された。
もっともこれは収穫がなかったということはなく、顔の広い彼がそう言うということは西方商人ではない、ということが判明したと考えてよいものだった。
「ロングヘアーで、泣きぼくろがあって、切れ長の目をした、一六〇センチ前後の女、か……正直こんな女、呆れるくらいいるぞ。それこそセリルだってそう見えないことはないし、ベゴーニャだってそうだ」
アドリアンが人相書きを掌で弄びながら愚痴をこぼす。
今日はレオナとセリルがギルドで事務処理をしているので三人であり、いつもならばこの三人の休みが揃えばだいたい狩りに行くのだが、今日はそんなことを言ってもいられない。
「出来たら見たことのある人がいればいいんですけどね……」
「ああ、実際に取引した人に探してもらえばもっと早く見つかるかも知れないわね」
「レビデムでの取引だろう……当たるとしたらそれなりの規模の穀物商だが……」
アドリアンが渋い顔をする。
「ユートが借りてきた報告書の一覧を見る限り、大規模な商人はほとんど西方商人ギルドのメンバーだぞ? ポロロッカの関係で穀物相場を普段から監視してなけりゃ取引高すら情報出しそうにないくらいにな。西方商人ギルドに入っていない奴らはよっぽど小規模か、そもそも西方の商人じゃないからエレルまで来とらんだろうしな」
「西方商人ギルドに入っていない小規模の穀物商はダメなの?」
「小さな穀物商はレビデムで終わっちまうんじゃねぇか? だいたいレビデム以外に商いを広げるのに護衛の融通やらなんやらで便利だから西方商人ギルドに入るんだと思うしな」
「ああ、そうか……エレルとレビデムを行き来してる人を探すのは難しくなるわね。プラナスさんもそんな小規模な商人は把握してないだろうし」
「ともかく、露天で穀物売ってるような商人を当たってみるか……」
ユートは望み薄、と全く気乗りしていなかったし、エリアやアドリアンもまたそれは同じようだった。
そして、その予想通り、露天市で穀物商に聞き込みをしてみても全く成果は上がらなかった。
「やっぱりこうなりますよね……」
「どうかされましたか?」
不意に声を掛けられる。
「あ、マシューさん?」
パストーレ商会の隊商リーダーの一人であり、ユートともなんだかんだで付き合いの深いマシューだった。
「珍しいですな。露天市に来られるとは」
「いえ、マシューさんこそ」
「いや、私は付き合いがいろいろありますからな」
「ねえ、マシューさん、ちょっと聞きたいんだけど、このあたりの商人って知ってたりしない?」
エリアの差し出す反古紙に書き付けられた、数人の商人の名前をマシューは興味深げに見ていった。
「知っておる者ばかりですが、みなレビデムの者ですな――ああ、一人、行商をやっておる者も含まれますが」
「行商?」
「ええ、このアクセルという者はよろず屋といいますか、生活に必要なものを馬一頭に積み込んであちらこちらを回っておる商人です。私も魔の森に近い辺境の村のためにそういう商人が増えて欲しいと思っておるので、何度か行動を共にしたこともあります」
「今はどこにいるかわかりますか?」
「多分このエレルにおりますよ」
マシューが何気なく言ったその言葉に、ユートとエリアは顔を見合わせた。
「え、マシューさん、いるんですか!?」
「え、ええ。昨日、私の隊商と一緒にレビデムからやってきているので、おるはずですよ。もし近場に行商に出ていたとしても、よほどのことがない限り、明日か明後日には戻ってきます」
勢い込んで聞くユートに少し引いているマシューは、恐る恐る、といった様子だったが、それでもこう言葉を続けた。
「ユート殿のところに行くように言づてましょうか?」
「是非お願いします!」
「わかりました。数日かかるかも知れませんが……」
「それは構いません」
マシューの言った通り、アクセルはエレルにいたらしく、その日の夕方にはギルド本部に来てくれた。
「あの、ユート様が私をお呼びだそうで……」
その男は眉を下げてまるで泣きそうな顔をした、風采の上がらぬ小男だった。
ギルドの受付は依頼完了の報告に来ている冒険者たちでいっぱいで騒がしく、更に隣の酒場はジミーを筆頭に多くの冒険者がすでに飲み始めているので更に騒がしかった。
そんな荒くれ者どもの騒ぎの中で所在なさげににアクセルは受付にやってきた。
「あなたがアクセルさんですか?」
「ええ、その通りです……何か不調法をしでかしましたでしょうか?」
「いえ、聞きたいことがあるんです! あなたは一月ほど前――ああ、十月二十五日にロングヘアーの女性から麦五百グラムの発注を受けませんでしたか?」
「総督府の方に聞かれた件でしょうか?」
「ええ、その話です。デイ=ルイス内務長官から一つ、ことを任されていまして、その時、発注した女性のことを知りたいのです」
ユートの勢いに、なぜそんなことを聞くのだろう、という表情をしながらも答える。
「ええと、その方ならエレルでお見かけしましたよ?」
「え?」
今、なんと言った、と一瞬思考が止まる。
快気祝いだ、と騒ぐジミーたちの声が遠くなる。
「えっと、エレルで……」
一段と酒場の騒ぎの声が大きくなる。
「はい。えっと……あの人です」
アクセルが指差す先には、リンジーと肩を組みながら酒を飲む、ベゴーニャがいた。
今週の更新はここまで、次回は29日の月曜日になります。
多分来週で第3章完結します。