第059話 ギルドvsギルドⅣ
“盗賊”の数、どのような配置か、必死にユートは頭に叩き込んでいく。
素人として作戦などはわからないが、敵兵の数や位置がわかっていればそれだけで有利になるくらいのことはわかっていた。
「ふむ、敵兵の位置と数はこのようなものですか……」
戻って報告すれば、アーノルドがユートが反古紙に書き付けた配置図を見て考え込む。
「混成団長殿、どう考えられますかな?」
総裁殿が混成団長殿に変わったな、と思いながら自分の書いた配置図を見る。
盗賊たちは楕円形の野営地を築いていて、周囲を簡単な木造の柵で囲った中に二十ばかりの小型のテントと、中央に大きなテントが一つ。
木造の柵はユートたちがいる西側に切れ目があり、出入り口となっているほか、反対側の東側にも何の為なのかわからない切れ目があった。
「この東側の裏口って何の為にあるんですかね?」
「ふむ、ここは水汲み場ではないですかな?」
「てことは水場を抑えれば有利になります?」
必死になって歴史の授業で習った記憶を蘇らせて、兵糧攻めみたいな攻め方があったのを思い出して出た答えはこの疑問形だった。
「攻城戦ならばそれでよいでしょう。しかし、今回は攻城戦ではありません。更にいえば我々の食糧は手持ち分の十日分ほどしかありません。そう考えれば短期決戦をしなければなりません」
「じゃあ西側の門か、両方から攻めるのが一番ですか?」
「それも一つでしょう。こうした野営地を攻めるには、包囲するか誘い出すかの二択となります。今回の場合、敵兵の数はテントの数、それにデイ=ルイス殿の情報を考えれば八十人ほどですから、どちらでも構いませんが、慣れない警備兵を動かして裏手に回り込むよりは誘い出す方が最上です」
まるで教師と生徒のような会話が続いたが、ユートは今から警備兵や冒険者たちが死傷するかもしれないのに、と思うとこの会話の間も緊張が耐えなかった。
「それじゃ、誘い出す方向でいきましょう」
「了解しました。では――」
アーノルドはそう言いながら適切な部署を命じていく。
ヘルマン率いる警備兵の二個分隊二十五人が誘引部隊となり、左翼と右翼に警備兵一個小隊五十人ずつ、中央をユートの本営小隊と警備兵二個小隊の合計百三十人、戦術予備として警備兵二個分隊の二十五人を後方に置く。
「これが妥当な形でしょう」
アーノルドの言葉にヘルマンも頷いていたので、ユートはこれが正しいものと信じて命じる。
「ユート、緊張してきたわね」
「ああ」
エリアが身震いをしたのは武者震いなのか緊張なのかわからなかったが、敢えて何も言わない。
ユート自身もエリアのこと笑えるような余裕はなく、ほうっておけば手が震えそうになるのを必死に理性で抑え込む。
まるで鉛のようになったかのような重たい空気が場を覆い尽くし、一秒が一時間にも思えるような時間がじりじりと過ぎていく。
一体何分経過しただろうか、と思いながら、ふう、とため息を一つついたその時、不意に怒声が聞こえた。
続いて連打される鐘の音、そして恐らく剣を打ち合う金属音が響き渡った。
「始まりましたな」
落ち着いたアーノルドの声。
「団長殿、我々も出ますぞ!」
アーノルドが勢いよく立ち上がるのを見て、周囲の警備兵たちも動き、そしてユートたち冒険者もそれに合わせるように動いていく。
寄せ集めの部隊であるのにこのようなあうんの呼吸による連携が成り立っているのは奇跡と言えることであり、アーノルドは満足げに頷いていたが、ユートはそれに気付くような余裕もない。
「中央部隊、前に!」
ユートが教えられたように叫ぶ声は少し裏返っていたがそれを笑う者はいない。
周囲を見回せば、警備兵も冒険者もみな緊張に包まれた面持ちをしている。
それを見てユートは自分だけではない、と気が楽になって表情が弛緩したのを自覚する。
そして、ユートたちは森を出て戦いの場へと進む――
森を出たところで二百メートルほど先にヘルマンが必死の形相で戦っているのが見えた。
二個分隊で八十人以上を相手にしているのだから劣勢に立たされており、ヘルマンの周囲の原野には既に何人もの兵士が倒れている。
その倒れている兵士がまだ生きているのかどうかはユートにはわからなかったが、駆けつけて火治癒を掛けてやりたい衝動に駆られる。
「団長!」
アーノルドの声で我に返ったユートは抜剣する。
「中央部隊、隊伍を成せ! ――突撃に進め! 駈足、前に! 躍進距離……百!」
警備兵が蛮声を以て応え、命令通りに隊伍を成して突撃へと移る。
「本営小隊はあたしに続きなさい!」
エリアがそう怒鳴って周囲に冒険者たちを留める。
「突っ込め!」
その言葉とともに、激しい金属と金属のぶつかる音がそこかしこで響き渡った。
戦いは意外なことに激戦となった。
ユートは最初の段階で相手は多くて百人、自分たちは二百八十人で、しかも包囲して戦うのだから有利に戦いが進められると思っていた。
それが一進一退の激戦となっていたのは、両翼の合計百人が未だに姿を見せず、ヘルマンを後衛に収容したことから事実上百三十人対百人となっていたからだった。
「両翼は何をやっている……」
アーノルドは表情こそ平然としながらも、内心は焦れているようだった。
事実上の指揮官であるアーノルドの焦燥はユートにも伝わってきて、緊張感と焦燥感は増す一方だった。
そんなさなか――
「来たわ!」
エリアが叫んだ。
「ってあいつら、何やってんのよ!」
ようやく森から姿を現した両翼の警備兵たちだが、森を行く間に乱れたのか隊伍をまともに組まず、しかも左翼は敵に近いところに、右翼は逆に味方の隊伍を邪魔するような位置に出てしまったのだ。
“盗賊”どもは盗賊らしからぬ統制だった戦いを続けていたが、両翼の大失態を見てすぐにつけ込んでくる。
左翼は隊伍が整わぬうちに整然と隊伍を組んだ敵に蹴散らされて、右翼は味方と衝突しそうになって罵声が飛び交っているどころか同士討ちすら起こしているところに突撃を受ける。
「あれは、まずいですな」
流石に人数に勝っているので右翼が抜かれることはないだろう、とアーノルドは読んでいたがユートはそこまでわからない。
「アーノルド殿、冒険者と一緒に右翼へ行きます!」
「お待ち下さい。右翼は突破はされません。それよりも中央から数の利を活かしてじりじり押し出す方が確実です!」
「でも、あのままじゃ……」
完全に隊伍が崩れきった右翼は味方の邪魔になって戦死者を続出させているのがユートのところからもはっきりと見えていた。
「わかりました……ここは私が支えましょう」
ユートの言葉、そして表情に決意を見出したらしいアーノルドは、ちらりと後衛のヘルマンの方を見やったあと、首を縦に振った。
もし後衛が完全な一個小隊だったならば右翼から逆襲させることも可能だったろうが、誘引して損害を被った関係で無事なのは半個小隊しか存在していない。
「エリア、行くぞ!」
「ええ、ようやくね!」
じっと本営で待っている、というようなことは性格的に合わなかったらしい両手剣を抜き放つと笑った。
ユートもいつの間にか緊張感が消え失せ、妙な高揚感に溢れてきていたが、エリアもまた同じだったらしい。
「魔法を使える者は?」
すぐにジェイクが答える。
「三人います。火魔法が二人と、風魔法が一人です」
「よし、火魔法使いは一緒に来てくれ。火球で掩護しながら突撃する」
「弓もユートたちの方へ! 他はあたしと一緒に前に来なさい!」
冒険者はすぐに指示通り二手に分かれる。
「火球!」
ユートが火球で掩護するのを見て、すぐに他の魔法使いも火球を放つ。
三つの火の玉の直撃を受けた“盗賊”が燃え上がるのが見え、嫌な臭いが鼻をついたが、それでもユートの奇妙な高揚感は収まることはなかった。
「撃ち続けろ!」
そう叫びながら、火球を連発する。
次々と火球の直撃を受けて“盗賊”を焼き払っていく。
「くそ! あいつら法兵がいやがるぞ!」
「突撃!」
“盗賊”が混乱した隙を突いてエリアが冒険者と一緒に斬り込んでいく。
冒険者たちはもちろん隊伍など全く整えていないが、“盗賊”もまた火球の攻撃を受けて隊伍がめちゃくちゃになっているので、あっという間の混戦となった。
そして、こうした混戦ならばあうんの呼吸で戦うことを旨とする冒険者の十八番だ。
「一気に押し切るわよ!」
エリアの声が響き、“盗賊”の左翼は切り崩されていく。
そして、ユートたちが押し込んでいるうちに、味方右翼の警備兵も小隊長や下士官が声を嗄らして兵を怒鳴りつけ、ようやく沈静化して隊伍を組み直し、今までこっぴどくやられた仕返し、とばかりに前進を開始する。
「ユート! ちゃんとついてきなさい!」
エリアからの声にユートは右翼の各隊を確認するのを止めて続く。
あと一息で押し切れる。
そう確信した時、とうとう“盗賊”は一人が逃げ始めた。
味方右翼だけで百人近くが殺到しているのだ。
これだけで敵を圧倒する数がある上に魔法まで撃ってくるという圧力の前にとうとう心が折れる者が出たらしかった。
一人逃げれば、二人目が逃げ始め、三人目、四人目と続き、あっという間に全体が算を乱して逃げ始める。
アーノルドもこれを好機と見たらしく中央部隊を押し出してくる。
そのまま押し切れば孤立した敵右翼を叩くのは容易だろう、と思いながら、ユートはエリアと合流する。
「エリア、もっと回り込んで、戻るのを防ごう!」
「わかったわ!」
ユートの言葉を聞いてエリアはすぐに冒険者たちを動かす。
味方右翼に追撃されて乱戦になっている場所を大きく迂回してほとんど敵の背後まで到達する。
何人かの敵がユートたちが回り込んでいることに気付いて阻もうとしたが、すでに指揮系統が崩壊している敵が数人で挑んできたところで怖くはない。
エリアたちがあっという間に斬り伏せてしまっていた。
「火球!」
ユートは野営地の入り口付近まで到達したことを確認して火球を放つ。
既にユート以外の二人の火魔法使いは魔力を使い果たしたらしく、乱戦でやることのない弓使いの冒険者に肩を借りて歩いている。
かわってユートの傍にいた風魔法使いが風弾で近づく敵をはじき飛ばしていく。
殺傷能力では火球には劣るようだが、それでもどこから来るかわからないという特性上、牽制にはもってこいの魔法のようだ、と思いながらユートは無我夢中で火球を撃ち続けた。
「ユート、もうやめなさい!」
何発目になるかわからない火球を放った時、不意に羽交い締めにされた。
「――!?」
「ユート、見なさい!」
エリアに怒鳴られて見ると、既に“盗賊”たちはあちこちで戦意を喪失して倒れたりへたり込んだりしていた。
そして、大きく白い旗がたなびいていた。
「団長殿、見事な包囲でしたぞ。まるで騎兵のような動き、驚きました」
興奮気味にアーノルドがしゃべっている傍で、ヘルマンとその部下の警備兵たちは淡々と生き残った“盗賊”に縄を打って盗賊犯として拘束していっている。
ユートはそんな様子のアーノルドに少し引いていたが、ともかくほっとした気持ちも強かった。
「まあ、勝ててよかった」
「いえいえ、勝利は動きませんでしたぞ。戦いは始まる前に九割が決まっておるものです。今回の場合、相手より多くの兵を動員し、相手に先んじて発見した時点で勝利は動かぬものとなっておりました。あとは如何に取り逃さないか、でしたが、見事なまでの包囲でそれを成し遂げられたのはこのサイラス、感服致します」
「……ありがとう。残り一割は?」
「英雄による起死回生の一撃、ですな。また、そうした起死回生の一撃を放てる者が英雄と呼ばれる者です」
アーノルドがまだ熱っぽくしゃべろうとしているのを遮るようにエリアが側に寄ってくる。
「ユート、“盗賊”の首領が生き残ってるみたいだわ」
ユートもアーノルドもすぐに反応する。
「どこだ!?」
「あっちよ。ヘルマンさんがあんたとアーノルドさんを呼んでくれって」
エリアに案内されてヘルマンのところにいくと、口ひげを蓄えた、筋骨隆々とした男がふてぶてしそうに縄についていた。
「お前が“盗賊”の首領か?」
「ああ、そうだよ。この盗賊団の首領ミッキー様だ。文句あるか!?」
ユートを見てにやにやと笑いながらすごんで見せる。
「パストーレ商会の隊商を襲って、商人や護衛を皆殺しにしたのはお前か?」
「パストーレ商会とやらかどうかは知らんが、襲って皆殺しにしてやったぜ」
その言葉を聞いてぎろり、とユートが睨みつけても、肩をすくめるだけだった。
「あーあ、折角一山当てようと仲間たちとしてたのによぉ……まさかこんな早く西方軍が来るとはよぉ」
「一山? 随分と食糧があったみたいだがな?」
「ああ、俺様は盗賊として生きていこうと決めてたのさ」
いけしゃあしゃあと言うミッキーにユートは腹が立つばかりだった。
「どこかにパトロンがいるんだろう!? 吐けや!」
ユートが胸ぐらを掴むが、ミッキーはにやにや笑うだけだった。
「おい、吐けよ!」
「おっと、軍人さんは乱暴でいけねぇや」
けらけらと小馬鹿にしたようにミッキーが笑い、ますますユートがヒートアップしていく。
「ユート、あたしたちは食事でもしましょう。ちょっとお腹減ったし」
ユートが剣の柄に手をかけかねないと見たらしくエリアが割って入って押しとどめる。
「なんなんだ! あいつは!」
エリアに引っ張られるようにしてミッキーから見えない
「ユート、そうやって怒らせるのがあいつの目的なのくらいわかってるでしょ」
「……わかってるけどな」
「それだけ隠したいことがあるってことよ」
そのエリアの言葉に、ユートはふぅ、と息を吐き出す。
その息を吐くと同時に怒りも少しは吐き出せたように思えた。
「ユート、あいつどうするの?」
「……ヘルマンさんが連行するだろ。あとはデイ=ルイスさんに投げるしかない。どうせ俺たちには取り調べの権限はないんだしな」
ヘルマンが一個小隊で拘束している間に、他の小隊は死傷者を集めていく。
負傷者にはユートが火治癒を掛けてともかくこれ以上出血して悪化しないようにしていく。
その間に恐らくパストーレ商会の荷馬車が使っていたと思われる馬を発見し、一番馬術に優れたアーノルドが急使として事の次第を伝えるためにエレルに向かうことになった。
大方の負傷者の治療が終わったところで、混成団の全員が集まり敵味方関わらず一箇所に積み上げられた戦死者の遺体に火がつけられる。
最初はなかなか火がつかなかったが、徐々にぶすぶす、と燃え始め、徐々にそれが燃え広がるにつれて、嫌な臭いがあたりをおおい始める。
だが、誰一人としてその臭いを嫌がる素振りも見せず、ただじっと両手を合わせていた。
戦友が死んだのだろうか。
泣く者もいる。
ユートはその燃え上がる炎を見つめながら呆然としていた。
何時間もかけてその送り火は燃え続け、燃え尽きた時には既に夜となっていた。
「ユート殿、行きます」
呆然としているユートにヘルマンはそう声を掛けると、もう一度、燃え尽きた遺体の山に敬礼した。