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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第057話 ギルドvsギルドⅡ

「アーノルドさん!? どういうことですか!?」


 びっしょりと汗をかいたアーノルドに負けないくらい、冷や汗が出る思いで、ユートはアーノルドに焦りながらそう訊ねる。


「ユート、落ち着け。とりあえずテントに戻ろう」


 アドリアンにそう言われて、それまで焦っていたユートは我を取り戻すようにぱしり、と自分の頬を叩いて頷く、


「いえ、ことは簡単なのですが……パストーレ商会につけていた護衛(ガード)が盗賊に襲われて隊商ごとやられました」

「やられた、というのは……」

「御者一人を残して皆殺し、です。御者がエレルに昨夜駆け込んで発覚しました」


 沈鬱な空気が場を支配する。

 仮にその冒険者が知っていようがいまいがギルドの仲間であり、また商人にしてもパストーレ商会と縁の深いユートたちからすれば、どこかで会っていたかもしれない人たちだ。


「……場所は? それとエレルより魔の森側なのか?」


 その沈鬱な空気を振り払うように、恐らく意識してアドリアンが大声を出した。


「エレルからレビデムの方に馬で一日、といったところでしょう」

「あの、ごめんなさい。私は馬の速さがよくわからないけど、距離に直すと?」

「ああ、これは失礼。恐らく四十キロかそこら、といったところでしょう」

「隊商と護衛(ガード)の規模はどのくらいだニャ?」

「すこしお待ち下さい」


 アーノルドは軍人時代から使っていた、少し痛んだ軍用リュックサックから手帳を取り出すと、それをぱらぱらと見る。


護衛(ガード)の人数は五名、総合ランクはいずれもD級冒険者、護衛(ガード)としての経験は既にエレルとレビデムの間の通商路を複数回往復したことのある冒険者だったそうです。また、マーガレット氏の記憶によりますと、腕のいい狩人(ハンター)だったのがエレル冒険者ギルド設立後に護衛(ガード)に転向したそうです」


 すらすらと答えるアーノルドとは裏腹に、五人は悼んでいるのか何をするべきか考えているのか再び沈黙する。


「ともかく、帰らないとダメですね」


 少しばかりの沈黙を破ったのはユートだった。


「そうだな」

「とりあえず僕は戻ります。申し訳ないんですが、昨日受けた依頼を放置するわけにもいかないので、アドリアンさんはこっちに残って里山の討伐をお願いしてもいいですか?」

「ああ、任された。セリルもこっちだよな?」

「ええ、本当にギルドの事務に通じているから一緒に戻って欲しいですが、セリルさんの魔法や火治癒ファイア・ヘモスタシス魔箆鹿(ダーク・エルク)を倒す上で必要と思いますから」

「じゃあ後はあちきだニャ。あちきとエリアなら索敵じゃあちきの方が上ニャ」

「そうだな。エリア、一緒に戻ってくれ」

「わかったわ。すぐに行きましょう!」


 エリアの言葉に全員が頷いた。




「総裁殿、エリア殿は私が後ろに乗せますので、総裁殿は私に続いて下さい」


 そう言いながらアーノルドは馬に跨がった。

 エリアがアーノルドと二人乗り(タンデム)して、ユートはすぐその後ろにハルから借りた馬で続くが、かつての騎兵大隊長の馬術はたかだか一週間習っただけのユートとは比べものにならない。

 それでもなんとかついていけるのは、アーノルドが時に馬体を合わせ、無理にスピードを上げず、少し速めの常歩(ウォーク)、くらいの速さでユートに合わせてくれているからだ。

 恐らくアーノルドの単騎ならば軽速歩(ライト・トロット)で一気に駆け抜けられるくらいの力量はあるだろうし、エリアを後ろに乗せてなおユートよりも馬の扱いは圧倒的だった。


「総裁殿、この分ならば昼ごろにはエレルにつきますぞ」


 アーノルドが併走しながらユートにそう笑いかける。


「ユート、あんたいつの間に乗馬なんか覚えたのよ?」

「こないだ傭人(ゴーファー)の依頼受けてた時に放牧警護やっただろ? あの時にたまたまアーノルドさんと一緒になったんだよ!」


 ユートは必死に手綱を操りながらエリアと言い合う。


「ずるい! アーノルドさん、今度はあたしにも教えて下さい!」

「総裁殿の許可があるならば」

「いいわよね? ユート!?」

「アーノルドさん、僕も今度お願いします!」


 端から見ていても馬を操るのに四苦八苦しているユートもまたアーノルドに頼む。

 それは今まさに苦労していることもあったが、となりでエリアがアーノルドにしがみついているのを見るのに、少しばかりの苛立ちを覚えたから、という理由もあった。


「ええ、また落ち着いたら国風馬術をお教え致しましょう」



 アーノルドの見立て通り、三人は昼ごろにエレルに着くことが出来た。

 城門をくぐろうとすると、馬が近づいてきたのを見て敵襲か何かと思ったのか警備兵たちが詰め所から飛び出して来て抜剣する。


「アーノルドさん!?」

「ああ、大丈夫ですよ」


 アーノルドがそんな軽い返事をしたところで、警備中隊長のヘルマン・エイムズの声が響いた。


「捧げぇー、剣!」


 その声に合わせて抜剣した警備兵たちが一斉に剣を肩に当てて直立不動となる。


「貴族に対する礼ですよ。お気になさらず」


 そう言いながら、アーノルドは軽く片手をあげてそれに応えるので、ユートもまたそれに習う。

 そうしているうちにすぐにギルド本部が見えてきた。

 馬はアーノルドに任せてすぐにギルド本部に入る。


「馬って楽ね」

「そういう問題じゃないだろう」


 場違いなエリアの言葉に呆れながら、キャシーから受け取った正式な報告書を見ていく。


「盗賊であると確定したのは、残された遺体の傷からで、損害は馬車六両に隊商が十二人、それに護衛(ガード)が五人、か……この地域での盗賊って報告あったっけ?」

「え、ええっと……」


 キャシーが慌てて資料を繰っていくがなかなか目当ての資料はないようだった。


「ない、のかな?」

「恐らく……」


 なんとも頼りない返事にユートもまた困った顔になる。

 こういう時はセリルがいれば、とちらりと思わないでもなかったが、とはいえ里山で魔箆鹿(ダーク・エルク)を含む魔物を三人で討伐しなければならないアドリアンから、火治癒ファイア・ヘモスタシスを使えて火力のあるセリルを取り上げるわけにはいかないのもわかっている。


「エリア、覚えてるか?」

「覚えてるわけないでしょ。あたしはセリーちゃんとは違うの――あ、マーガレットさん! 最近盗賊出たって話とか聞いたりしない?」


 エリアの問いかけにマーガレットは首を横に振る。


「あたしもその話を聞いて昨日の夜にうちに来た冒険者連中に聞いたんだが、誰一人盗賊なんて話は知らないって言っとったよ」

「さすがマーガレットさんね。冒険者の母」

「おだてても何も出やしないよ」


 満更でもない表情でマーガレットは笑い、エリアもまた笑う。


「間違いなくこれまで盗賊は出てないわね。マーガレットさんの情報網にひっかからないなら、ないと言い切れるわ」


 どの世界でもうわさ話というものは信憑性はともかくとして一番広く情報を集められる手段であることは間違いない。

 そして冒険者のうわさ話に一番通じているマーガレットがそう言うのならば間違いないと言ってよい、とエリアは太鼓判を押した。

 そして、ユートの耳に口を近づける。


「――ユート、怪しすぎよね」


 エリアの小声に、ユートもまた頷く。


「ともかく、プラナスさんのところに謝りに行きましょう。損害賠償のことも考えないといけないし、それに……」


 エリアが口ごもった先はユートも想像がついた。

 冒険者が死んでいても、生前、損害賠償を契約していたならば、その遺産から取り立てることになるわけであり、同時に遺族から取り立てることになる。

 家制度が存在しているノーザンブリア王国においては、個人の借金という概念はなく、公印によってなされた借金は全て家の借金であり、その家に所属している遺族もまたその借金を支払う義務を負うということだ。

 それはつまり夫や父、或いは母や妻を失って悲嘆に暮れている遺族から損害賠償を取り立てるということを意味する。

 それも、ちゃんと簡易契約について訴訟して役所が認めた上でならば、生活に必要な品を売らせることはおろか、身売りさえさせて取り立てることも可能という日本のヤミ金も真っ青な取り立て方法であり、今回の莫大な損害賠償の額を考えれば冒険者たちの遺産だけでは足りないことも明白であった。

 そして、ユートたちからすれば出来ればそんなことはしたくはない、というのが本音だった。


「とりあえず謝るのが先だな」


 ユートはそれ以上考えないようにする。


「ええ、そうね」


 ユートの脳裏には、これもまた西方冒険者ギルド(偽ギルド)の仕業であっててほしい、という気持ちがわき上がってきており、そしてそれはエリアも同様だった。




 ユートたちはそのままプラナスのところに行って詫びを入れる。

 プラナスは複雑な表情をしながらもユートたちの謝罪を受け容れてくれた。

 こういう交易稼業をやっている以上、危険は承知の上であり、死人が出たことは悲しいことだが、同時にしょうがないことでもあると考えつつ、それでも同僚を失って悲しいという気持ちが抑えられなかったのだろう。


「損害賠償は商品の有高帳も出納帳も失われているので少しばかり時間がかかりますが……」

「わかりました。額が確定し次第、請求して下さい」

「私が言うことではありませんが……恐らく賠償の上限となります。ユート殿、大丈夫ですかな?」


 隊商一つあたり、エレル冒険者ギルドは一千万ディールの賠償上限を定めていて、それを冒険者たちにも依頼票で通知してある。

 本来ならば冒険者が負担することになっているものだが、冒険者からそれを取り立てられるかわからないという回収リスクがあり、もし回収出来なくなればエレル冒険者ギルドがその分を負担しなければならない。


「……大丈夫です」


 ギルドの運営資金に一千万ディールもあるわけないが、ともかくそう言うしかない。


「それにしてもあんなところに盗賊が現れるとは、予想外ですな……ギルド本部の方でそうした情報はなかったのですか?」

「ありませんでした」

「そうですか……いささか妙な話……」


 プラナスは腕組みをして黙りこくり、気まずい沈黙に、ユートとエリアは顔を見合わせる。

 しかし、じゃあ、と言って去るわけにもいかず居心地の悪いプラナスの執務室で黙って座っているうちにプラナスの秘書が呼びに来て、内心助かったと思いながら帰途についた。



「ユート、どうするの?」


 夜、事務処理を終えてギルド本部の二階、“非公式のギルド幹部会議室”となっているリビングでエリアがユートにそう話しかけた。

 いつもならば五人いるそこは、今日はエリアと二人きりであり、晩秋の冷え込みと相まってどこか寒々としていて心細くなる。


「最悪は借金だな」

「あんた、それは止めときなさいよ。絶対に!」

「まあ最悪の話だ」


 そういなすと、エリアもため息を一つつく。


「せめて借金する前にあたしに言いなさいよ。で、あたしのどうするってのはそれじゃないわ」

「え、じゃあ何がだ?」

「盗賊よ。捕まえに行かないの?」

「俺たちがか?」


 今度はユートが驚く番だった。


「そうよ。盗賊を捕まえればそいつらから賠償金取れるでしょ? プラナスさんも喜ぶし、ギルドの信用も回復するわ」

「でも盗賊って一人や二人じゃないんだろ? 危険過ぎる」

「やってみないとわからないでしょう。別に捕まえなくても盗賊の隠れ家を見つければいいじゃない!」

「レオナならともかく俺たちには一番不慣れなことじゃないか、それ?」

「……それもそうね――そうだ、アルバさんに頼めばいいじゃない!」

「アルバさんはニールについててもらってるだろう」


 ユートの、これでその話はおしまいだ、という態度にエリアは少しばかりむっとなったのか、ふくれっ面になる。


「ユート、あんたねぇ……」


 エリアがなおも言い募ろうとした時、ドアノッカーが鳴った。

 アーノルドだ。


「総裁殿、お客様がお見えです」




「デイ=ルイスさん、どうしたんですか? こんな夜に……」


 ユートが一階の応接室に降りると、総督府内務長官にしてエレルの代官を務めているデイ=ルイスが待っていた。

 眉間に深く刻まれた皺と目の下の隈が、端正なその容貌を大きく崩している。

 ユートはホル村の討伐依頼が失敗した損害賠償の件かと思ったが、その表情をそうではないようだった。


「夜分に申し訳ありません。内密かつ火急の用事がありまして――ユート殿は盗賊の一件をお聞きになりましたか?」

「ええ、うちのギルドも直接の被害者です」


 デイ=ルイスが頷いて話を続ける。


「盗賊がエレルからせいぜい数十キロのところで出るとは前代未聞の事態です――しかも、近隣の村の住民たちはエレルかレビデムに避難しているか、西方軍の警護のもとに帰村している状態ともなれば」

「どういうことでしょうか?」

「ユート殿、腹を割って話し合いたい」


 柔和な普段の表情とは違い、鋭い眼光がユートを射すくめる。


「私は王国官吏であり、サマセット伯爵の身内ではありません。故に総督府内務長官として、政争に関わるつもりはありませんでした。しかし、今回の一件は度を超えている」

「デイ=ルイスさんも、今回の一件はタウンシェンド侯爵一派の仕業、と考えているのですか?」

「決まっているでしょう」


 デイ=ルイスは持ってきた鞄からいくつもの書類を取り出す。

 そして、じっと意味ありげにユートの方を見る。


「ユート殿、ここから先は内密にお願いします」

「ええ」

「こちらが今年の収穫予定高、そしてこちらがレビデムとエレルの市場の穀物の流通量と価格になります」

「ええっと、意味がわからないんですが……今年の収穫予定が多分ポロロッカのせいでほぼゼロなのはわかりますが」


 大量の資料を前にユートは頭を掻く。


「その通りです。まさにその通り。そして、エレルとレビデムの穀物の価格は最近――ユート殿が討伐依頼を出すまで高止まりであり、そこから一気に相場は落ちています。ところが――」


 そう言いながら、デイ=ルイスはレビデムにおける小麦価格の上を指を滑らせてゆき、一箇所で止まった。


「この日だけ、なぜか反発しています。そして流通量も妙に増えている」

「底を打つ、と思ったのでは?」

「投機に参加していた誰かがそろそろ下げ止まると読んで買い注文を出した、ということですよね。それも調べましたが、あちこちの穀物商から少量ずつ買われているのです。そして、盗賊がいる場所はポロロッカの被害を受けた地域のまっただ中」

「盗賊が買った、ということですか?」

「それもまた妙な話でしょう。この穀物価格は下落しているとはいえ決して安いものではない。そんな金があれば、普通は盗賊をやろうとは思いませんよね」

「つまり、デイ=ルイスさんはあれは()()()()()()、と仰っているんですか?」

「ええ、その通りです。この資料から読み取った限り、あれは()()()()()()()()()。王国の治安を乱す叛徒どもです」


 デイ=ルイスはそう言い切った。


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