第054話 里山の討伐依頼・前編
「ユート、前方に魔狐の群れがいるニャ」
レオナがそう報告してくる。
「よし、狩ろう!」
ユートはそう言って片手半剣を握りなおす。
そしてレオナの先導で魔狐の群れを包囲するようにアドリアンやセリル、エリアも動き、一斉に襲いかかる。
四方から矢や剣が襲いかかり、不意を突かれた魔狐の群れは一瞬で壊滅した。
「やったな!」
「一瞬だったわね。やっぱり狩りはレオナがいるのといないので大違いね」
ユートとエリアが拳を突き合わせて狩りの成功を喜ぶ。
既にここまで、魔狐や魔兎、魔鼬などの群れをいくつも討伐していた。
なぜこんなことになっているかと言えば、ユートがデイ=ルイスと会談した後、西方軍との間で討伐依頼の詳細を詰めることになった。
その際、交渉に来ていたサマセット伯爵領派遣警備兵大隊長であるピーター・ハルから、特に復興の妨げになっている、いくつかの里山に巣くった魔物を早い段階で討伐して欲しいという要望を受けたのだ。
この要望を受けてユートはパーティ限定の狩人依頼として討伐依頼を受け付けた上で、自分たちのパーティも受けることにしたのだ。
もちろん、受付をどうするのかという問題も生じることになったが、そこはマーガレットが一週間くらいならばと代役を買って出てくれたので、ありがたくマーガレットに任せて久々に五人で狩人をすることになった。
それだけでなく、一気に山から魔物を駆逐する為にベースキャンプとなっている山麓の軍のキャンプにはアルバに頼んで集めてもらったセラ村からの避難民たちを駐屯させて、エレルに運ぶことになっていた。
これでユートたちはベースキャンプと里山を往復するだけで狩りに専念出来るし、セラ村の避難民も安いとはいえ日銭を稼ぐことが出来る。
お陰で朝から戦い詰めで多くの魔物を狩ることが出来ていたのだった。
「ジミーたちもまさかこんな方法で俺たちが効率よく狩ってるとは思わんだろうな」
アドリアンは同じように討伐依頼を受けたジミーたちのパーティと、どっちが先に魔物を駆逐できるか賭けているらしく、そう言って笑う。
「まあこんなアイディアを出してくれたのはアーノルドさんですけどね」
アーノルドはさすが元軍人だけあって、補給や後方支援の概念はアドリアンよりも上だった。
今回の討伐依頼の話をユートから聞いて、それならば村の復興の為に軍が駐屯しているキャンプを使えばいいし、そこからエレルまでの間を往復させれば戦闘部隊と後方部隊を分けて効率化が計れる、と提案してくれたのだ。
また、実際に軍との交渉も引き受けてくれて、伝手を使ってキャンプに仮の獲物置き場を置いた上で自身はアルバとともに避難民を指揮する役割も買って出てくれた。
「とはいえ、ちょっとばかし味気ないけどな」
「まあね」
アドリアンの言葉にエリアも頷く。
倒した魔物は解体することなく放置して、もし魔物が寄ってくればこれ幸いと倒していく。
それはこれまでやっていたような用意周到な狩人としての戦いと言うより、殺戮に近い戦いだったが、エレルの復興を考えればしょうがない話でもある。
「まあ狩人は効率が一番でいいんじゃないですか?」
「それはそうよね! ていうか今回の報酬、いったいいくらになるのかしら」
「魔物そのものはちょっと安めにはしたけど、里山から駆逐できた時の成功報酬が大きいよな」
別に金に困っているわけではないが、それでもないよりあった方がいいのは当然だ。
「あたし、防具新調しようかしら?」
「それ、レイフも言ってたぞ。ランデルさんも大儲け出来そうだな」
冒険者というものはとかく金がかかるものである上に、そこまで堅実というわけでもない。
むしろ宵越しの銭は持たない刹那主義的な者も多く、今回の討伐依頼で稼いだ金もあっという間に使い切る者も多いだろう。
そしてそれらの金は飲み屋なり鍛冶屋なりで使ってしまい、最終的にはポロロッカ前よりも沈んでいるエレルの経済に対する財政出動に近いことになりそうだった。
「近くには魔物はいないニャ。今日はここまでにしとくニャ」
斥候役となっているレオナがいつの間にか戻ってきてそんなことを言う。
「そしてあちきはそれよりもパーティのランキングの方が気になるニャ」
「ああ、そういえばパーティ登録ってあんまりいなかったのよね?」
「今回ジミーたちが登録したニャ。あれで二十組くらいニャ」
ユートにとって意外なことだったが、パーティ登録はあまり進んでいなかった。
これはシステム上、パーティのランキングと個人のランキングが分けられていることが原因であり、ほとんどの冒険者はジミーたちのように事実上パーティとして活動していながら、依頼は個人で受ける、というようなやり方をしていた。
「その二十組も、あたしたちみたいな開店休業中のパーティも入って、よね?」
「さすがに開店休業中のパーティは私たちだけよ。他は恋人同士だったり、幼馴染みだったり、でずっと一緒にいるようなパーティだしね」
他にも実力が劣る為、常にパーティで行動しなければ危険極まりない、というのもあるのだが、それについてはセリルは黙っていた。
「あたしたちも一緒にはいるんだけどね」
エリアがそう言いながら笑う。
確かに一緒のところに住んでいるのだが、ギルドの受付業務の関係で一緒に依頼を受けることが少なく、その為にパーティは開店休業状態だった。
「これからは全部パーティで受けてもいいかもしれないニャ。個人で稼いでる額を全部パーティの報酬にしてしまえばA級冒険者は簡単ニャ」
「それよりもパーティと個人のランキングシステムの見直しが先じゃない?」
そんなことを言い合いながら、大量の獲物をロープで縛って担ぎ上げ、山を下りる。
「総裁殿、今日も大量ですな!」
キャンプに戻るとアーノルドとピーター・ハルが笑顔で迎えてくれた。
ハルの大隊はこの村も含めたいくつかの村の復興を担当しているらしいが、今日は何か用事でもあったのだろうか。
「ユート殿、首尾はどうですか?」
「かなりいいですよ。アーノルド殿のお陰で随分と楽をしていますし」
「そうですか。それならば早いうちに里山の林道を復旧させられますかな?」
どうかな、と思って斥候をしていたレオナの方を見る。
「あと二、三日狩れば落ち着くと思うニャ」
レオナの言葉にハルが頷く。
「それならば里山に入る部隊を用意しておきましょう。畑は既に耕し終わっていますし、破壊された家も建て直しておりますから、林道を再建して里山を復興できればこの村の復興は終わりです」
「でも里山の生態系はだいぶ狂っていそうですけどね」
それまでの生態系がどうなっていたのかは知らないが、里山というからには単に薪を切るだけではなく、山菜などを採ったり鳥獣を狩ったりするのだろうが、前者はともかく後者についてはそれよりも圧倒的に強い魔物が居座っていたせいでどの程度狩れるのかは未知数だ。
「まあそれは時間に解決してもらうしかないでしょう」
ハルも想定はしているが、復興させる方法は思いつかない。
「ともかく、あと三日、よろしくお願いします」
夜は完全な野営ではなく軍が用意してくれたテントで眠る。
セラ村の避難民からなる輸送隊の面々はアーノルド以外は毛布だけでテントもなしに眠っているが、ユートは正騎士ということもあって軍の方が気をつかってくれたのだ。
軍の用意してくれたテントは真ん中に支柱があるタイプでかなりがっしりしているので相当快適だった。
セラ村の避難民にちょっと悪いな、と思いつつも一番働いているということもあって遠慮なく使わせてもらっている。
「そういえばレオナ、本当に三日でどうにかなるの?」
「大丈夫ニャ。というか、もうほとんど魔物はいないニャ」
山狩り、というのは本来ならば非常に難しいはずなのに、レオナはそれをいとも容易くこなす。
なにせ気配を消すのが一級品で、魔物を逃がすことはないし、勘がいいのか魔物の群れを効率よく発見してくれる。
黄金獅子と戦った時もそうだったが、レオナというのは魔物と戦う上での最高の斥候役と言えた。
「ただ、大型の魔物が少しいそうな気がするニャ」
「どうして?」
「一つは気配をなんどか感じたニャ。でも捕まえ切れていないニャ。あとはその魔物を狩れば終わりと思うニャ」
「まさか黄金獅子みたいな個体じゃないでしょうね?」
「あんなものがあちこちに転がってたら困るニャ。多分変異種程度ニャ」
事も無げに言ってのけるレオナ。
「いや、言っておくが変異種だって十分手強いんだからな?」
アドリアンがそう言いながら苦笑する。
「ユートもそうだが、レオナも大概に規格外だよな」
「え、僕もですか?」
「ああ、お前だって魔法も剣も一流の狩人だぞ」
「でもセリルさんも弓も魔法も使うじゃないですか」
ユートはセリルの例を出して反論するが、アドリアンが再びそれを苦笑で受け止める。
「一つの技術に習熟するという意味ではなくな。魔法や弓のように遠距離で戦うのと、剣や槍で近距離で戦うのは根本的に違うんだ。なんて言やいいのかな……」
そう言うとアドリアンはしばらく虚空を見つめる。
「なんというかな、頭の使い方が違うとでもいいのか……俺にしてもそうだが、遠距離で戦う時は広い範囲を注意深く見て、ここが最も適切だと思うところに矢を射て掩護するだろう。だが、近距離で戦う時は一番手近な、危険な奴を狙う。その切り替え――特に遠距離から近距離に入る時がなかなか難しいんだが、お前はそれをすぐにこなしちまう。そのお前のセンスが規格外なんだよ」
アドリアンの言葉にユートは照れくさそうに笑う。
「褒めてもおだてても何も出ませんよ?」
「ははは、そいつは残念。エールでもたかってやろうと思ってたんだがな」
ユートの照れ隠しの軽口に、アドリアンもまた軽口で返した。
「ともかく、お前が中衛に入ってるからパーティが安定してるし、リーダーとしての指示というか、なんというか戦闘中の意識の置き所が抜群だ。お前は誇っていいぞ」
「ちょっとアドリアン、あたしは?」
「エリアは突っ込む悪癖がなぁ……」
アドリアンにかわってユートがそう混ぜっ返すと、エリアがそんなことはない、と言わんばかりにユートを睨みつけるが、しばらく睨んでいるうちに自然と笑い出す。
別に何がおもしろいわけでもない。
しかし、久々に会議ではなくだらだらと話す夜の時間が楽しかったのだろう。
翌朝も朝から山に入って狩りをする。
アーノルドはアルバとともに昨日狩った魔物を朝からエレルに運んでいってくれた。
護衛をつけてはいないが、アーノルドは元軍人だけあって多少の魔物ならば戦えるし、現役のハンターでD級冒険者のアルバもいるのだから安全だろう。
山に入ってからはいつも通りレオナを斥候役にして、魔物を狩っていく。
レオナが昨日言った通り、魔物は相当少なくなっているらしく、半日掛けて魔兎が数匹と、魔狐を一頭狩っただけだった。
「やっぱり減ってるわね」
少し残念そうにエリアがそう言ったあと、ハルから陣中見舞いとしてもらった軍用の乾パンを昼食代わりに食べようとした時だった。
不意にレオナが何かに気付いたらしく、ぴんとしっぽを立てて警戒する姿勢を取る。
「どうしたんだ、レオナ?」
ユートの言葉に答えず、まるで毛が逆立った猫のようにレオナは警戒心を露わにして山の奥の方を睨んでいる。
「ユートたちは、静かについてきてほしいニャ」
しばらく睨んでいた後、レオナは短くそう言った。
ユートたちは全員狩人、それが何を意味するのかよくわかった。
昨日言っていた、大型の魔物がいるのだろう。
すぐにアドリアンが槍の鞘を払う。
ユートとエリアも剣を抜き放ち、セリルは短弓に矢をつがえる。
レオナは鎧通しを握りしめると、腰を落とした低い姿勢のまま、じりじりと山の奥へと進んでいく。
そして、ある程度の距離を進むと、手招きでユートたちを呼び寄せる。
それを何度か繰り返したあと、レオナはそれ以上進もうとせず、前方を指差して、小さな声でユートに言った。
「いた、ニャ」




