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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第052話 牧歌的風景とテンプレ

 翌朝――

 ユートはベッドでだらだらと寝ていた。

 今日はギルド本部に待機するのはセリルとアドリアンなので、特にやることもない。


「ユート、狩りには……」

「行きたくないな」

「そう」


 エリアはいつものように強引に誘うことをしなかった。

 ユートが精神的に少し参っているのを敏感に察知していたのだろう。


「なあ、エリア」

「なによ?」

「今回のスパイ摘発ってよかったんだよな」

「当たり前じゃない。あのままほっといたらギルドの資料が盗まれるか燃やされるかしたでしょうし、燃やされてたら二階に住んでるあたしたちも無事じゃなかったわ」


 そういうと、エリアは真っ直ぐな瞳でユートの目を見る。


「ユート、フラビオは悪いことをしたのよ。西方冒険者ギルド(偽ギルド)の為に、あたしたちのギルドを破壊しようとしたのよ。あたしたちを殺すかもしれなかったのよ」

「そう、だよな」


 ユートはまだもやもやしていたが、それでも幾分気分はましになった。


「エリア、ありがとう」

「……あんたにお礼言われるとなんかむずっかゆいわね」


 エリアは照れくさそうに笑う。


「仕事、する? それとも狩りに行く? こういう時は何かしてる方が気が紛れるわ」

「……それ、どっちも仕事な気がするけどな」

「いいじゃない。どうせほかにやることないでしょ?」


 ユートは苦笑で返す。



「とりあえず、これが最近の問題だニャ」


 ここ数日、スパイ摘発をメインにしていた為に、些細な問題――特に早急な対応が必要ではない問題は積み残してきていた。

 それをレオナが整理してユートのところに持ってきてくれたのだ。

 アドリアンとセリルは受付の手伝いもあるので、今日は珍しく二階のリビングではなくギルド本部の会議室で幹部会議を開いている。


「やっぱり傭人(ゴーファー)の依頼達成率が微妙ですね……」


 依頼達成率に関しては護衛(ガード)に関してはほぼ百パーセントであり、狩人(ハンター)は期日遅れや魔物の逆襲を受けて死傷した結果、達成できなかった場合が多かったが信頼を揺るがすほどの依頼達成率にはなっていない。

 一方で傭人(ゴーファー)はユートたちが間口を広げる意味で多くの依頼を取ってきたことに加えて、狩人(ハンター)護衛(ガード)になれない冒険者が受けるもの、という風潮のせいで冒険者のモチベーションが下がっていることもあり、妙に達成率が低くなっていた。


「自暴自棄な冒険者が多いってことですかね?」

「それもあるだろうな」

「他にも?」

「ああ、俺が知ってる限り、仕事が粗くて苦情が入ったケースもあったはずだ」

「ええっと――ああ、これですね」

「私が対応したのもあるわ」


 アドリアンとセリルの指差す報告書を読むと、依頼先で冒険者が依頼者を怒らせた事例がいくつも出てきた。

 例えば郊外での放牧を頼んだが、気付いたら居眠りをしていたという少し緊張感に欠けるものから、草刈りに行って態度が悪かった上に依頼者に悪態をつくような頭を抱えたくなるようなものまで揃っている。

 いずれも依頼失敗という扱いで報酬は渡していないし、アドリアンやセリルが依頼者のところに謝りに行って事なきを得ているが、こういう事案が増えるのが好ましくないのは当然のことだった。


「これ、懲罰規定適用はしてないんですよね?」


 ギルド規約には当然ながら、ギルドからの除名や資格の停止といった重たい処分から、ランキングの降格、罰金、厳重注意まで素行不良の冒険者に対する懲罰が規定されている。


「ええ、保留扱いにしてるわ」

「どうしますかね?」


 ユートが腕組みをして考える。


「あたしはとっとと懲罰に掛けちゃえばいいと思うわ。別に除名とかしなくても厳重注意で名前を掲示されるだけで少なくとも依頼中に寝る、みたいな腑抜けた問題は減ると思うし」

「あちきは反対だニャ。今、傭人(ゴーファー)連中の依頼達成率が低いのは精神面に問題があるのはその通りだニャ。でもそれは、傭人(ゴーファー)狩人(ハンター)護衛(ガード)から見下されていることにあると思うニャ。それを解決しないで厳重注意されたらますます見下されるようになると思うニャ」

「あー確かに見下してる奴は多いな。特にA級冒険者の推薦で傭人(ゴーファー)やらずに狩人(ハンター)になった奴に多い」


 アドリアンにもレオナが言うことに思い当たる節があったらしい。

 一方でまだエレル冒険者ギルドが出来る前とはいえ、冒険者になってすぐにアドリアンと組んで狩人(ハンター)になった経歴の持ち主であるセリルは複雑な表情を見せる。


「うーん、それだと試用期間を短くするとか、ですかね?」

「それはダメよ。新人狩人(ハンター)で命を落としてる冒険者もそれなりにいるのよ。準備不足や経験不足は大きすぎるわ」

「試用期間は短く出来ない、でも傭人(ゴーファー)のモチベーションは低いまま……」


 ユートは悩んで、そして答えを出す。


「じゃあ、こういうのはどうですかね?」


 その後、ユートの話す言葉に、四人は聞き入った。




 それから数日後、放牧する馬について歩いているユートがいた。


「いや、まさか傭人(ゴーファー)の依頼をユート様が受けて下さるとは思いませんでしたよ」


 そういうのは、ポロロッカの発生時にユートが護衛(ガード)として護衛していた隊商のリーダーだったマシューだ。

 パストーレ商会に所属する彼は、自分の隊商の馬たちを放牧するにあたって万が一魔物が出た時に備えて傭人(ゴーファー)を依頼してきたのだ。


「あの時の荷馬車の馬もいるんですかね?」

「ほとんどはそうですよ。ユート様の馬車の馬だけは……」


 魔物の群れに追いつかれた時、ユートたちの馬車は破壊され、馬も殺されてしまっていた。


「なんか、すいません」

「いえいえ、ユート様が気に病まれる必要はありません。むしろ馬車一台の損害で済んでよかったですよ。あの時逃げた人々の大半は……」


 そんな会話をしながら馬たちを郊外の放牧用の牧場に連れてくる。

 エレル郊外はまだまだ危険なので、この一箇所だけが牧場として機能しており、それも日中は放牧して日の入りとともにエレルの厩舎に連れて帰らなければならない。

 前まではパストーレ商会に所属する護衛(ガード)たちがついてきていたのだが、それらの護衛(ガード)は全てエレル冒険者ギルドに移籍した為、こうして傭人(ゴーファー)を頼んでいるらしかった。


「それにしてもユート様ならば依頼は選び放題でしょうに……」


 マシューが言う通り、ユートの腕があって、エレル冒険者ギルドの総裁という立場があれば、割が決して良くはない――少なくとも一日で一万ディールくらいにしかならない傭人(ゴーファー)の依頼など受けなくても、狩人(ハンター)の依頼なり護衛(ガード)の依頼なりを受けるのが


「そこら辺は色々とありまして。まあマシューさんには顔なじみだからとでも思ってもらえれば」

「ははは、それは光栄に思います」


 マシューもエレル冒険者ギルドの内情について突っ込んだことを聞くほど礼を失する男ではない。


 ユートが考えていたのは、ユート自身が傭人(ゴーファー)の仕事をこなすことで少しでも傭人(ゴーファー)に対する偏見をなくそう、というものだった。

 少しばかり迂遠だとは思ったが、根本にあるのが偏見となるとこういう解決策しか思いつかなかったのだ。


「では、放牧の方は私どもでやりますので、何かありましたらよろしくお願いします」


 何か、というのは勿論魔物が現れれば、ということだ。

 とはいえ、この牧場は比較的安全なところに作られており、ユートの出番になる可能性はそう高くはない上、仮に魔物が出たとしてもせいぜい魔兎(ダーク・ラビット)魔鼬(ダーク・ウィーゼル)、運が悪くて魔犬(ダーク・ドッグ)魔狐(ダーク・フォックス)程度なのだから魔物に対してはそこまで心配はしていない。


「まあ、眠たくなる気持ちもわからんではないよなぁ……」


 青空と、そして広々とした牧場の光景を見てそんなことを思った。

 既に山野は色づき始めており、それでいながら決して寒くはなく、吹き抜ける風は心地よかった。

 日差しもほどよく、正直ユートでもここで居眠りをしてしまった冒険者の気持ちがよく理解出来た。


「のどかだなぁ……」


 牧場には他に放牧に来た者もいるらしく、数十頭の馬がのんびりと草を食み、時折ゆっくりと駆けていた。

 まさに牧歌的と言うべき情景であり、この世界に来て一年以上、ほぼ戦い詰めだったユートにとっては新鮮な情景だった。


「――ユート様!」


 不意に声を掛けられて我に返った。


(いや、居眠りはしてないぞ)


 振り返るとアーノルドだった。


「アーノルドさん?」

「ここではアーノルドかサイラスでお願いします。それと私に対する敬語も必要ございません」


 小声でそうアーノルドが注意する。

 ユートたちの家ならばそれなりにフランクに接している彼だが、そこら辺はさすが年の功、ちゃんと外ではユートを主君として立てるだけの切り替えはしていた。

 一方でユートは赤銅色に焼け歴戦の軍人としての貫禄も十分のアーノルドを呼び捨てにするのは流石に気がひける。


「えっと、アーノルド……いや、やっぱり変な感じがするんでアーノルド殿でいいですかね? それと僕のことはせめて総裁でお願い出来ませんか?」

「承りました、総裁殿」

「それでアーノルド殿は何をされてるんですか?」

「愛馬をたまには広いところで走らせてやらねば可哀想なので、放牧に来ておったのですよ」


 そう言いながら、手綱を引く馬に視線をやる。

 ユートは馬のことは何もわからなかったが、さっきまでマシューが連れていた馬よりも体格は一回り大きく、毛並みも綺麗なように見えた。


「アーノルド殿は馬に乗れるのですか?」


 聞いてからしまった、と思う。

 アーノルドの前職は騎兵大隊長であるから、馬に乗れないはずがない。


「勿論ですよ」


 柔和な笑顔でアーノルドは応じる。


「総裁殿は馬術はたしなまれないのでしょうか?」

「ええ、冒険者には必要なかったので。ただ、乗れたら便利だなとは思います」

「もしよろしければ私が教授致しましょうか?」


 アーノルドの申し出にユートは少し躊躇したが、マシューに許可を取ると教えてもらうことにする。

 マシューもアーノルドがいたことには驚いていたが、むしろユートとアーノルドが馬に乗ってくれた方が自分たちの馬も安全になると思ったのか、二つ返事で了解していた。



 日暮れにマシューが馬を引き連れて戻るまで、ユートはアーノルドに馬術を教わった。


「筋がおよろしい」


 アーノルドはそんな風に褒めてくれたし、一度も落馬はしなかったが、それはアーノルドの教え方がいいか、アーノルドの馬が賢いか、どちらかと思っていた。



 ユートは一週間にわたってそうした牧場とエレルを往復する日々を続けた。

 また、アーノルドもまたその間、毎日牧場にやってきては、マシューが放牧に入るとユートに馬術を教えていた。

 一週間ではさすがに簡単に動かせる程度だったが、それでも馬に乗れるようになったことで今後はレビデムに移動する時なども長い距離を歩かなくて済むな、とユートは喜んでいた。




「では私はここで」


 一週間目の夕方、マシューたちとともにエレルの街に戻ると、城門のところでアーノルドはそう言って別れた。

 ユートはこれからマシューと一緒にパストーレ商会に行って依頼票に依頼完了のサインをもらわないとならないのだ。


 そしてサインをもらってパストーレ商会のエレル支店支配人であるプラナスと挨拶をして、ギルド本部の前まで歩いて戻ってくる。


(さすがにこの時間は混んでるなぁ……)


 エレルの城門が閉まる夕方に戻ってきた冒険者たちが依頼を終えて報酬の支払いを受ける為に受付に集中している。

 ベッキーとキャシーはもちろん、ユート、エリア、アドリアンが傭人(ゴーファー)の仕事をしている間、受付専属になっているセリルとレオナも大わらわで依頼完了の処理に追われていた。


(そろそろ受付の増員も考えないとダメだよなぁ……)


 ユートはそんなことを思いながら、まあ自分はここが家だし、最後でもいいかとのんびり構えていた。


「よう、兄ちゃん」


 不意に後ろから声を掛けられる。

 振り返るとユートより少し背の高い、くすんだ金髪の男がにやにやとユートの方を見ていた。


「なんですかね?」

「何の依頼受けてきたんだよ?」


 妙に挑発的にそんな台詞を吐きながら、ユートの依頼票を奪い取る。


「ああ!? 傭人(ゴーファー)駆け出し(ルーキー)かよ。だせぇ」


 相変わらずユートの方をにやにや見ながら、軽蔑するように言う。


「俺はよ、D級冒険者で狩人(ハンター)のジャックてんだ。てめぇみたいなペーペーからしたら雲の上の人ってわけよ。でよ、その偉大な先輩を立ててよ、この金で一杯おごれや」


 そう言うと、にやつきながら剣の柄に手を掛けてちらりと刀身を見せる。

 露骨な脅しだが、ユートは言葉を失う。


(なんというか……)


 勿論、恐怖しているわけではない。

 心のどこかでまさかこんなタイミングでテンプレ的展開か、と思うところもなきにしもあらずだったが、それも含めてただ驚いているだけだ。


 この小声のやりとりは周囲には聞こえていないらしく、誰もユートとこのジャックという男には注意を払っていない。


(どうしたものか……)


 それこそ懲罰からこの場で無礼打ちまで解決方法は無数にある。

 しかし、この手の荒事をしている男は恐らく一人ではないだろうし、問題になっている傭人(ゴーファー)のモチベーション低下も考えるとどういう解決をするのが一番いいのか、と考える。

 その沈黙をジャックは恐怖している、と見てかさにかかって強気に出る。


「嫌とは言わねぇよな? なんとか言ったらどうだ?」


 そこまで言った時、不意にジャックの肩に誰かが手を掛けた。


「おい、若ぇの。やめときな」


 その言葉と同時にひっくり返るジャック。


「何しやがる!」

「お前こそ何してやがる?」


 そう静かに言ったのはジミーだった。


「俺は後輩冒険者に色々教えてやる為に飲みに誘っていただけだぞ? お前には関係ないじゃねぇか!」


 そこまで聞いてジミーは豪快に笑い飛ばす。


「おいおい、そこにいるのが後輩冒険者? まったく笑わせてくれるなぁ」

「え?」

「そいつは正騎士ユート卿だぞ? もっとわかりやすく言えばエレル冒険者ギルド(俺たち)総裁(ボス)だ」


 途端にジャックはひっくり返った姿勢から跳ね起きてそのまま土下座、という器用極まりない動きを見せた。

 ジャンピング土下座ってこうやってやるのか、と思うユート、そして謝罪しようにも謝罪の言葉も出てこないジャック。


「よう、総裁自ら傭人(ゴーファー)とはお疲れ様だな」


 ギルド本部中に聞こえるような大声でジミーがユートに声を掛ける。

 その前のジャックがひっくり返されたあたりからギルド内の注目を浴びていたが、ジミーの大声でますますユートたちに注目が集まる。


「ええ、一週間ほど牧場で放牧の警備してきましたよ」

「ああ、そいつは眠たくなりそうな依頼だな」

「でも大事と思うんですよ」

「間違いないな。あの程度の依頼、なんて舐めたことぬかす声もあるみてぇだが、俺たちゃそっから少しずつ鍛えられていったんだもな」

「ええ、だからちょっと初心に返る意味も込めて傭人(ゴーファー)の仕事を受けてるんです」

「なるほどなぁ、いい心がけだ。俺も今度受けてみっかな?」


 ジミーはそう言いながら、相変わらず土下座の姿勢で硬直しているジャックに一瞥をくれる。


「最近の促成栽培の馬鹿にはわかんねぇかもしれねぇけどよ。俺たちゃ傭人(ゴーファー)から叩き上げられてきたんだ。それと同じ道を今通ってる、俺たちの後輩連中を馬鹿にしてんじゃねぇよ」


 ジミーの言葉に、ギルドはしんと静まって、しわぶき一つ聞こえなかった。


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