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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第051話 公開処刑と涙

 フラビオを捕まえたすぐ後に西方軍の兵がやってきた。

 マーガレットか、あるいは冒険者の誰かが気を利かせて事実上のエレルの市長であるデイ=ルイスに通報したのだろう。


「ユート殿、ご無事ですか!?」


 親しげにそう呼びかけてきた男を見ると、あのポロロッカをともに戦い抜いた歩兵大隊長ピーター・ハルだった。


「ハルさん、なんとか……」


 そう言いながら、止血しても真っ赤に染まった布を見せる。


「失礼ですが、それはナイフでやられたのですか?」

「ええ、そうです」


 ユートが恥ずかしげに答える。

 傭人(ゴーファー)程度の冒険者に手傷を負わされるというのはいくら相手がスパイでも外聞が悪い。

 そんなユートの様子を見てハルは苦笑いしながら、様々な事情を質問し、ユートもそれに素直に答える。

 特に、恐らく西方冒険者ギルドによるものではないかというユートの推論を聞かされたハルは眉をひそめた。


「まあ、罪状は強盗と殺人未遂となります――それも正騎士に対するものですから重罰規定が適用されますな。法務長官の判断次第ですが、十中八九斬首でしょう」


 斬首、と聞いてユートが複雑な表情を見せる。

 異世界で生きてきて、これまで幾多の魔物は殺してきていたし、アンドリュー・カーライル法兵中隊長を含めて人が死ぬところも多く見てきたが、人を殺したことだけはない。

 それが自分が関わる形でフラビオが斬首になると聞いて、あまりよい気持ちがするものではなかった。


「当然よね!」


 エリアはそう言うし、ユートも日本で強盗致傷なりをやったならば、執行猶予のつかない実刑判決になるだろうことは想像がついていた。

 とはいえ、いきなり死刑は、と思うのだが、刑罰によって矯正するという概念がないのだからしょうがないのかもしれない、と自分の中で出来るだけ折り合いをつけようとした。


「それが、貴族ってことだな」


 珍しく剣を帯びたアドリアンが、ユートの内心を慮ってかそう呟くように言った。

 そういえばアドリアンの両親もまた貴族絡みで殺されていたな、とユートは思い出す。


「あんた、あたしを守っての名誉の負傷なんだからそんなしょぼくれた顔しないの!」


 エリアもまた、そのアドリアンの言葉でユートが沈んでいることに思い至ったのか、そう言って励ましてくれた。


「ああ、しょうがないんだよな。日本だったら、もっとちゃんと更生させようとしてたけど」

「……ホント、ニホンっておかしいわよね。ばっさり首切っちゃえばいいじゃない」


 エリアの身も蓋もない感想にユートは苦笑するしかなかった。


「それにしてもあんた、よく火治癒ファイア・ヘモスタシスを使わなかったわね。使ってたら傷跡がなくなってたし、ああも簡単に殺人未遂まで認められなかったかもしれないわ」「えっと……」


 ユートはばつが悪いな、と思いながら笑って誤魔化そうとする。

 今エリアに指摘されるまで火治癒ファイア・ヘモスタシスで止血する、ということをすっかり忘れていたのだ。


「あんた、忘れてたのね」


 エリアに呆れられるか、と思ったが、存外、好意的な笑みを見せた。


「まあそりゃ人を殺そうとするのが初めてだったらしょうがないわな」


 アドリアンがそう言って笑い飛ばしてくれた。




「ユート殿、無事でよかった」


 エレル冒険者ギルドを訪れたサマセット伯爵は開口一番、そう言った。

 ユートが襲撃されたと聞いて、サマセット伯爵が総督護衛の騎兵とともに駆けつけてくれたらしい。

 すぐに滅多に使われない応接室に通される。


「すいません、給仕もいないので……」

「ああ、構わんよ。あくまでここに来ているのはお忍びだ」


 サマセット伯爵は鷹揚に頷くと、声を潜めて話を始めた。


「アーノルドがついているので大事には至らんと思ったが、それにしても奴らの狙いは何なのだ?」

「まあ、情報とは思いますが……」


 フラビオはあの後、頑として口を割らなかった。

 ユートはデイ=ルイスから詳しくは聞いていなかったが、恐らく口外するのははばかれるような手段を用いてもなお口を割らなかったらしい。

 これ以上、尋問しても無駄と判断したサマセット伯爵が死刑執行書にサインをしたらしく、近々処刑される予定だった。


「冒険者の情報か……それとも依頼先の情報か……そこまでは判断がつきません」

「ふむ……いずれにしても持ち出された形跡はないのだな?」

「ありません。役員を務めているセリルという女性が二日がかりで全部確認しましたが、加入申請書、依頼書、その他もろもろの書類全て揃っていました」


 幸い日本とは違って、書類を簡単にコピーができるわけでもないので、書類さえあれば安心だろう。


「ふむ……それにしても法務長官のランドン・バイアットから詳細な報告書をもらったが、それなり以上――貴族の邸宅に使うような鍵を使っていて解錠されたとか?」

「ええ、鍵だけはお金を掛けてたんですがね……」

「本職は盗賊かもしれん、と言っていたが、正直私もタウンシェンド侯爵がそこまでやるのか、と少しばかり違和感を持ってはおる」


 サマセット伯爵はそういうと腕組みをしながらそう言い切る。


「どうしてですか?」

「宮中の派閥だよ。タウンシェンド侯爵は宮中でも大きな派閥の領袖だ。大きな権限を持っている半面、対立派閥――まあ私の所属している派閥だな――に政治的に狙われやすいのだ。それなのに対立派閥の私が総督をしている西方直轄領に盗賊を送り込むというのはリスクが大きすぎる」

「それに加えて、タウンシェンド侯爵からすればエレル冒険者ギルドなどそこまで歯牙に掛けるものでもない、でしょうか?」

「……まあ、それもあるな。タウンシェンド侯爵の認識はせいぜい私が私兵組織を作っている、か、対立派閥に組するパストーレ商会が何やら西方で蠢動している、程度で、自分の政治生命を脅かすようなことにはなるまいと踏んでいるはずだ。それに対して政治生命を賭するような真似はするまい」

「西方商人ギルドの暴走という可能性は……ああ、これはないですね」

「その通りだ。元々、盗賊と魔物に対して中小の商人が護衛(ガード)を共用する意味で作った西方商人ギルドが盗賊とそう縁があるとは思えん。その西方商人ギルドに首根っこを押さえ込まれている西方冒険者ギルドにしてもそうだろうな」


 本当にタウンシェンド侯爵や西方商人ギルドのあたりの関係者なのか、と疑問が尽きぬまま、サマセット伯爵とユートの会談は終わった。


「まあいずれにしても、敵対的な組織の先手を潰したのは大きい」


 サマセット伯爵はフラビオを捕らえたことをそう評した。

 これはユートも同感だったし、恐らくアドリアンたちパーティのメンバーも同感だろう。


「明日、フラビオは処刑される。貴族襲撃など、西方直轄領ではまずなかった大罪であるし、おおっぴらに処刑をするつもりだ。君も参加してくれ」


 サマセット伯爵の言葉にユートは不承不承頷いた。




 翌朝、ユートは憂鬱な気分で目覚めた。


「ユート、すごい人よ!」


 エリアはそう喜んでいたが、ユートの憂鬱さは晴れなかった。


「屋台もものすごく出てるわ。あ、あの屋台ってあたしたちがレビデムで食べた美味しい串の屋台じゃない? 食べに行きましょうよ」


 渋るユートをエリアが無理矢理連れ出して屋台を巡る。

 貴族なのにいいのか、と思うところもあったが、貧乏正騎士もいるようだし大丈夫だろう、と軽く考えて屋台巡りに付き合った。


「おお、あなたがエレル冒険者ギルドの総裁殿ですな」

「お怪我をされたかと思いましたが大丈夫でしたか?」


 道行く人々はエリアとユートに気付いて、そんな風に声を掛けてきてくれる。

 意外だったのはエレルの住民以外に、西方直轄領の珍事とも言うべき、この公開処刑にあわせてレビデムから来た商人も多いようだった。

 彼らは西方商人ギルドのメンバーであるはずなのに、ことさらにユートに好意的なのはどうしたわけか、と思いつつ、笑顔で対応していた。


 だが、そうした楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。

 そう、ユートにとって憂鬱以外のなにものでもない、公開処刑の時間だった。


「……そろそろ、行かなきゃいけないのよね?」

「……だな」


 そう言いながら、ユートはエレルの街の広場に設けられた、処刑場へと重い足を向ける。

 自然、エリアとユートの間の会話も少なくなる。


「ユート殿、こっちだ」


 先に処刑場に来ていたアドリアンが気持ちの悪い敬語を使ってユートに場所を示す。


 処刑場はまるでお祭りの会場のようだった。

 人々が集い、喧騒を生みだしていた。

 屋台がたくさん出て、再び夏が来たような熱気に溢れていた。


 広場に真ん中にしつらえられた柵で囲まれたところ恐らく処刑場なのであり、そしてその正面の少し離れたあたり、一段高くなったところにユートたちの席があった。


「特等席だな」


 ユートはぼそり、と呟く。


「ええ、そうね」


 エリアはそう応じただけであり、アドリアンも黙って聞いている。

 なんとなくギリギリまでその“特等席”には着きたくなくて、ユートはエリアと顔を見合わせた。


「お、アドリアンじゃねぇか」


 不意に後ろから声が聞こえた。

 見るとジミーとレイフのベテランコンビに、もう一人アドリアンと同じくらいの年齢の冒険者然として出で立ちの男、そして確か前にベゴーニャと紹介された女が連れ立っていた。

 恐らく公開処刑を見物に来たのだろう。


「なんだ、ジミーたちか」

「なんだはねぇだろ。俺たちのギルドに忍び込みやがった太ぇ野郎が処刑されるのを見に来たんじゃねぇか」


 ジミーはアドリアンにそう笑いかける。


「ところでよ、総裁! もしかしてよ、あの特等席に俺たちも入れたりしないか?」


 ジミーがユートの方を向き直ってそんなことを聞く。


「多分大丈夫と思いますけど……」

「そうかそうか、それじゃ頼むぜ。なにせ見物席になりそうな店は全部満員で立ち見になりそうだったんだ」


 ジミーはそう言いながらユートの肩を叩く。

 そばを通りかかった警備の兵士が、ユートに気づき、同時にそのユートにぞんざいな口を利くジミーに何か言いたげだったが、貴族相手に余計なことを言うのもはばかられる、ということで見て見ぬ振りを決め込んだようだった。



 太陽もゆっくりと傾きだした頃合いで、ようやく公開処刑が始まるようだった。

 街を行く、お祭り騒ぎの人たちはますます熱狂していた。

 その熱狂ぶりとは対照的にユートの心はささくれ立つ一方だった。


「なあ、エリア、まさかここまで人が死ぬのが心にくるとはな」

「……珍しいわね。あんたが弱音吐くなんて」

「たまにはいいだろ」


 ユートは後ろに座っているジミーたちに聞こえないように小声でエリアとしゃべる。

 エリアの後ろに座っているアドリアンやセリルたちは聞こえないのか、聞こえないふりをしているのか何も言わない。


 日が随分と傾いた中、五人の兵士が、厳重に拘束された男を、処刑場の真ん中へ引き出してくる。

 間違いなくあれはフラビオだ、とユートにはわかった。

 フラビオはセリルの矢を受けた足が治っていないらしく、足を引きずるようにして処刑場の真ん中まで引き出された。


 ふとフラビオから視線を外すと、正面奥、ちょうどユートたちと対面する形にひな壇の一番高いところに座るサマセット伯爵が見える。

 逆光になっているせいでその表情を読み取ることは出来ない。


「罪状!」


 フラビオが処刑場の真ん中に引きずり出されたのを見計らって、ひな壇の一番手前に座っていた男が立ち上がると、命令書のような見ながら大声を張り上げる。

 処刑場は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まりかえる。


「この男、フラビオは先立って正騎士ユート卿邸宅へ侵入して盗みを働こうとし、更にこれを止めようとした正騎士ユート卿及び家人二名に対してナイフを投げつけるなどの暴行を働き、もって正騎士ユート卿を傷害したものである」


 そこで一度言葉を切る。


「罰条、王国刑法典に定むる強盗罪及び殺人罪、並びに王国刑法典附則貴族の安寧に係る重罰規定。臣ランドン、ここに陛下より拝命したる西方直轄領総督府法務長官の権限によりフラビオの斬首を命じる」


 総督府のランドン・バイアット法務長官が朗々と述べる間、フラビオは身じろぎ一つせず、ただ淡々とその言葉を聞いていたようだった。

 静寂の中、かつん、かつんと足音を響かせて両手剣を持った覆面の男――死刑執行人が処刑場に入ってくる。

 そして、サマセット伯爵らに一礼をし、更にユートの方を向き直って一礼をすると、剣が大きく振り上げられた。


 ユートはそれ以上見ていることは出来ずに、思わず目を瞑った。

 鈍い音共に歓声が上がる。


 なんだ、これは、と困惑とも憤りともつかない気持ちがユートの心のうちにふつふつとわき上がる。

 確かに彼はスパイだったのだろうし、そうでなくともユートを襲撃した悪人であることは否定できない。

 だが、怪我をさせられてなお、殺されて快哉を叫ぶほどにフラビオのことは憎めていなかった。


 あの山の中で魔熊(ダーク・ベア)に襲われたフラビオを助けた時に、この結末は決まっていたのか、とやくたいもないことを考えてしまう。

 そうしているうちに歓声が小さくなってくる。

 観衆に目を瞑っていることが見られてはまずい、とユートは勇気を振り絞って目を開けようとする。

 そんなユートに気付いたのか、隣にいた恐らくエリアの、柔らかい右手がユートの左手を握った。


「ユート、大丈夫よ」


 エリアはそれだけ言った。

 ユートが目を開けた時には、処刑場にあるフラビオの遺体には何かがかぶせられ、観衆たちはそれに対してまるでブーイングするようなしぐさを見せていた。


 なんなのだ、この観衆は、と思った時、ふとユートの視界の端、少しだけ見知った男が引っかかった。

 黒髪のもじゃもじゃとした髪の男――ニールだった。

 ユートからは遠くてよく見えなかったが、彼はユートもまたそうしたかったように、両手を合わせており、そしてその目には涙が浮かんでいるように見えた。

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