第005話 初めての狩人・前編
翌朝、ユートが起きてみるともうエリアは支度していた。
「ユート、あんたも早く装備整えなさい!」
いつもより更にハイテンションのエリアか満面の笑みでそう言った。
(傭人卒業して、嬉しくて仕方ないって顔だな)
昨日、アドリアンが言っていたところによると、遠征が出来ず、討伐系の依頼もまず来ない、雑用に近い傭人稼業というのは出来れば早い内に卒業して、一人前の冒険者になりたいものらしい。
それを聞いていたからこそ、ユートもエリアの妙なハイテンションに苦笑しつつ、装備を整えるしかなかった。
「さて、行くわよ!」
「いや、朝飯食ってからにしようぜ」
「何言ってるの! この一分一秒は貴重なの! 朝食なんか食べて時間つぶしてる余裕はないの!」
相変わらずテンション高くそう宣言するエリア。
「昨日も言われただろ。遠征だといつ飯が食えない戦闘が起きるかわからないんだから、食える時に食わないと」
ユートのその一言、そしてその話を聞きつけたマリアが、目の笑っていない笑顔で食べないの、と一言聞いたことでエリアは不承不承食卓に着いた。
そして、瞬く間にそれなりの量の朝食を平らげると、ユートを急かして家を飛び出していった。
城門にくると、アルバは来ていなかったが、アドリアンとセリルは来ていた。
門衛に滞在証を返すと、頷いて受け取ってくれた。
「また戻ってくるのか?」
「ちょっと依頼を受けてセラ村まで行くだけです」
「そうか。じゃあ一週間後くらいだな。無事を祈っているよ」
門衛はそう言って笑顔で笑いかけてくれた。
城門の外に出たところで、ユートとセリルと昨日の続きを始めた。
「なんっつーか、のどかだな」
練習中の二人を見ていたアドリアンがぽつりとつぶやいた。
「ずっとこんな日が続けばいいのにね」
エリアもそう返す。
「ああ、それが一番。でも無理な相談だ。俺たち――冒険者だったか。冒険者として生きていく限り、こんなのどかな日を送ってばっかじゃいられない。もうちょっと太陽が昇れば血なまぐさい日常の始まりさ」
そのまま二人は黙り込んだ。
冒険者という稼業は過酷である、ということを既にベテランの域に入っているアドリアンはその身に沁みて、エリアは父親を失ったことでよくわかっている。
だからこそ、この宝石のように貴重な、のどかな一瞬を味わいたかったのだ。
一時間も過ぎた頃、ようやくユートたちの練習が終わった。
そしてアルバも合流した。
「ユートくんは火魔法の初歩なら出来るようになったわ。油断や過信はしちゃいけないけど、まあユートくんなら大丈夫ね」
「本当なら装備を見て、防具くらいは見繕ってやった方がよかったのかもしれないが、お前の持っている剣は相当な業物だ。それで戦う限り、大丈夫だろう」
「ありがとうございました」
二人のそんな挨拶にユートは頭を下げる。
「そろそろ俺たちも狩りに行かないとならん刻限だ。最後に言うが、エリア、本当に気をつけてな」
「エリアちゃんは実力はあるけど、向こう見ずなところがあるから……」
二人のそんな評価を受けてエリアは頬を膨らませる。
「何よ、そんなこと言わなくてもいいじゃない……でもありがとう。じゃ、行くね」
「ああ、半月後、元気に会えることを祈ってる」
その言葉を聞いて、エリアはくるりと背を向けた。
「なんか、しんみりしちゃったわね」
二人の姿が振り返っても見えないくらいの距離までやってきて、エリアはそうぽつりと呟いた。
「冒険者は何時死ぬかわからない稼業って分かってるんだけどね。傭人ならともかく、狩人になると危険も多いし……」
エリアは独白するかのように言葉を紡ぐ。
「ま、そんなしんみりしてるのあたしらしくないわね! ねえ、アルバさん、ここからセラの村までどのくらいあるの?」
「えっと、時間だと一日半くらいですかね。距離だと六〇キロ、といったところでしょうか」
「徒歩だと十五時間くらいか……」
アルバの答えにすぐにユートが計算する。
「あんた、計算速いのね」
「普通だよ」
「いや、速いと思いますよ。自分は次の村長になる以上、計算を勉強していますけど、そんな速さで暗算は出来ませんし……」
アルバもそう言ってユートを褒める。
「一時間に四キロのペースってちょっと遅くない?」
「いつ起きるかわからない戦闘に備えて体力を温存しろって言われただろ」
しんみりモードから朝のハイテンションが戻ってきたらしいエリアにユートは苦笑しながらそう押しとどめた。
「言ってみただけよ。とりあえず今のペースで昼まで歩きましょう。たぶんあと二時間くらいだし」
エリアはそう言うと勇んで歩みを進めた。
この世界は時間の単位も日本と同じなのだが、時計がないので日時計と方位磁石を組み合わせておおよその時間を計るだけである。
ちなみにレビデムまで行けば大きな機械仕掛けの時計も売っているらしいが、エレルではそうしたものを持っているのは一握りの上流層だけらしい。
エリアの言通り、二時間ほど歩いたところで小休止を取った。
「そういえば今朝、母さんに包んでもらったパンを食べないと! はい、これはユートの分!」
そう言うとエリアは自分の持つリュックサックの一番上に放り込んであった包みを投げた。
中には薄切り肉を挟んだサンドイッチ様のものが入っている。パンはライ麦を焼いた黒い堅パンではなく、小麦を使った白パンだった。
アルバはどうやら食事がないらしかったので、サンドイッチを少しユートは分けてやった。
「白パンに肉とか久々の贅沢です」
アルバはそう言って喜んでいる。
(村の代表らしくない格好をしている上に白パンもずっと食べていない、というのはセラ村はよっぽど追い込まれているのか……)
エリアの家では大体の場合、白パンが付く。
昨日夕食を共にしたアドリアンたちもそれを当然としていたことから、白パンがそこまで贅沢品というわけでもない、というユートは想像していた。
それを村長すら食べられない、というのなら、去年の魔狼の襲撃によって男手を失った村は相当追い込まれている、と考えるべきだろう。
ユートはそんなことを考えつつ、エリアを見ると、エリアも同じ気持ちだったらしい。
「さて、食べたら行くわよ。あたしたちを待っている村の人が大勢いるんだから!」
エリアはそう宣言すると、またも先頭を切って歩き出した。
その日は日暮れ前に丁度いい河原を見つけたので、そこでキャンプをすることにした。
「もうちょっと小高いところの方がいいんじゃないか?」
「そういえばアドリアンもそう言ってたわね」
河原にテントを張ろうとしたエリアにそう言うと素直に小高いところにテントを移した。
河原は便利だが、夜中に雨が降って増水すればテントごと流されてしまう。
「じゃあアルバさんは水くみして干し肉でスープをお願いね。ユートは薪。あたしはかまどを作っておくわ」
言われるがまま、薪を集めて火魔法で火を着けるユートと、水を汲み、干し肉でスープを作るアルバ。
すぐにスープはいい匂いを立て始めた。
「今日はまだ白パンの残りがあるからそれを食べるわ。明日には堅くなっちゃうし」
そう言いながらリュックサックから白パンを取り出してナイフで薄切りにする。
干し肉の出汁を塩で味付けしただけのスープ、その出汁を取って柔らかくなった干し肉、そして白パンだけの食事だ。
それでもアドリアンに聞いた話、遠征ではかなり上等な食事にあたるらしい。
場合によっては戦闘の合間に堅焼きパンをかじるだけ、の食事をすることもあるらしい。
「干し肉というのも中々美味いな」
水で戻した干し肉の、意外な味にユートの口から思わずそんな言葉がこぼれた。
「意外と美味しいでしょ。家で食べることもあるのよ」
エリアはそう言いながらパンと干し肉をお腹に詰め込んでいく。
「自分は初めてですが、こういうのもいいもんですね」
アルバもそう言いながら自分の作ったスープを一気にかき込んだ。
食事を負えたところで夜中の見張り番を決める。
最初はエリア、一番きつい真ん中は戦闘要員ではないアルバ、そして最後はユートとなった。
本来ならば依頼者であるアルバは関係ないはずなのだが、そこら辺もエリアとアドリアンが契約に盛り込んでいたらしい。
「これ、帰りは二人だからきついわね」
エリアはそう言いながら、装備を身につけたまま、テントからほど近いところのたき火を囲む。
気がつけばすっかり日は暮れていて、近くの森からは不気味な鳴き声、吠え声が聞こえてきていた。
「よし、ユートとアルバさんは休んで。後はあたしに任せなさい」
ユートもアルバも何の異存も無く、テントの中の毛布に潜り込んだ。
翌朝まで結局何事もなかった。
朝食も同じスープに堅焼きパンをふやかして食べる。干し肉は昼食用に大きな木の葉に包んで取っておく。
動き出してからも平穏無事、昼食も平穏無事だった。
そして夕刻。日がとっぷりと暮れようという頃、ようやくセラ村に着いた。
セラ村は集落全体が低いながらも石垣に囲まれており、物々しい雰囲気だった。
警戒していたらしい門衛がすぐにユートたちのことを見つけて飛び出してきて、アルバが二人の狩人を連れて戻ってきた、と大騒ぎだった。
ユートたちもアルバの父である村長のところに案内され、報酬のことなど、細々とした契約の確認をしているうちに、すっかり夜は更けてしまった。
「明日の朝……はもう夜更けだから昼から始めるわ」
一泊とは言え、野営をしたせいで身体は疲れている。
無理して戦う必要が無いならば、ゆっくりと休んで戦いたい、というエリアの希望はあっさり通された。
翌朝、日は高くなっりつつある頃合いに、漸くエリアとユートは起き出した。
「ユート、行くわよ!」
「ああ!」
二人とも剣を持ち、防具を着けている。
ユートは革のベストだが、それでも無いよりはマシだろう。
アルバに案内されて村を取り囲む柵の外にある畑に行ってみると、いきなり魔兎がいた。
「いたわ!」
言うが早いが、エリアが駆けた。
おおよそ二十メートルほどの距離を一瞬で駆け抜けて跳躍した。
「まず一匹!」
エリアはそう叫びながら、魔兎の耳をつかんで、綺麗に落とした頭をこちらに示す。
「どうよ?」
「いや、無理に突っ込みすぎだろ。一匹だったからよかったけど……」
油断なく周囲を警戒しながら近づいてきたユートがそう言った途端、畑の畝にでも隠れていたらしい魔兎がエリアに体当たりをした。
「痛っ!」
エリアの悲鳴が響く。
「任せろ!」
言うが早いか、ユートは突きを放つ。
エリアに再び飛びかかろうとした魔兎はユートの突きに捉えられ、致命傷となったらしくそのまま地面に落ちて動かなくなった。
「エリア、大丈夫か!?」
「角は当たってないわ。ちょっとした打ち身よ」
エリアはそう強がってみせる。
「もう一度確認な。魔兎は素早いし、群れで戦うこともある。武器になるのは歯と角。いきなり足回りに噛みつかれると身動きできなくなって危険だし、飛びかかっての角の一撃はダメージが大きいから気をつけること」
「わかってるわよ」
アドリアンからもらった情報を確認するユートに、自分の失敗を責められたように感じたのか、ふて腐れたようにエリアが言う。
「なら突出するな。俺がサポートできる範囲にいろ」
「わかったわよ!」
そう言いながらエリアの目は次の魔兎を捉えていた。
「次はあいつよ!」
「突出するなよ!」
「わかってる!」
今度は周囲を警戒して突出せず近づき、そして跳躍する。
跳躍にタイミングが崩されたのか、魔兎はあっさりとエリアに斬り倒された。
続いて近くに潜んでいた魔兎をユートが相次いで見つけて二匹仕留める。
「いい感じね!」
そう言いながら狩っていると、魔兎が見当たらなくなってきた。
「もう終わり?」
「ていうか十匹どころじゃないな。これ」
そう言いながら集めた魔兎を数えるユート。
その数はゆうに二十匹を超えていた。、
「どうする?」
「……契約に従うしかないわね。契約では獲物はこっちのもので、全部退治するか、期限が過ぎたらあたしたちの任務は終わり」
「つまりあと百匹いても……」
「期限が来るまで戦わないといけないわね……」
エリアはちょっとうんざり、と言いたげな表情を作る。
「まあ今日はこれで終わりにしよう」
ユートも全身に徒労感がわき上がってくるのを抑えきれずにそう言った。
「ねえ、ユート」
「どうした?」
村長の家でアルバと共に夕食を摂った後、エリアは不意にユートに耳打ちしてきた。
ユートも何かあってのことと察して小声で返す。
「あんまり村の人を脅かしたくないんだけど、この数はちょっと異常だわ。もしかしたら族長個体が生まれてるのかも知れないわ」
「族長個体?」
「ええ、普通魔兎はせいせい群れて一家族、両親と子供で十匹程度なの。今回もそういう家族か、せめて複数の家族がいる程度って思ってたんだけど、この状況でしょ。成体が沢山群れているとしか思えないわ。そういう群れが形成されるには、族長個体って呼ばれる、統率力のある個体がいるのが普通なの」
「なるほどな。じゃあ族長個体とやらを倒せばこの村は大丈夫なのか?」
「群れを保てなくなるからこんな数に畑を荒らされることはなくなると思う」
小声で会話するユートたちをいぶかしげにアルバや村長が見てきたので、会話はそこで打ち切りとなった。
翌日は朝から畑に待ち伏せて、やってくる魔兎を狩っていた。
「昨日より減ったわね。というか、見ると一目散に逃げて行くし」
「俺たちを恐れているならいいんだが……」
「あたしの勘だと、そうじゃない気がする」
「残念なことに俺も同感なんだ。どうも偵察というか、こっちがどこにいるか把握しているように思える」
エリアとユートは同時にはため息をついた。
「統率された動き、ね。族長個体がいるのは確実ね」
「とりあえず深追いはやめようぜ。俺たちがいなくなった後に畑を狙ってくるかも知れない」
結局、二日目は巡回に徹したことから六匹を狩っただけだった。