第049話 スパイ摘発大作戦・中編
「まずは、レイフについてだけどよ」
翌日の夜、すっかりギルド幹部会の会議室となっている、ギルド二階の居住スペースでアドリアンが話し始める。
「レイフが言うにはベゴーニャは直接の知り合いではないんだが、リンジーという知り合いの冒険者から推薦を頼まれたらしい。ちなみにリンジーは俺も知っている冒険者だし、ずっとエレルでやってきた狩人だな。今はD級冒険者だかのはずだ」
すぐにセリルが名簿を繰って登録用紙を探す。
「確かにいるわね。登録用紙にも特に不審な点はないわ」
「リンジーに聞いてみた方がいいか?」
そう言いながらアドリアンが四人を見回す。
「無実の冒険者を僕らがスパイと疑ってることがバレたら不味い気もします」
「あら、あんた昨日と言ってること違うんじゃない?」
「昨日のは、あくまでスパイの自覚がある人にわかる程度の圧力の話だろ。今日のは明らかに探りを入れにいく話だしな」
ユートの言葉にエリアも考え込む。
「とりあえず保留にしましょう。他の人がスパイとわかればいいんだから」
セリルがそう纏めたところで、今度はレオナが話し始めた。
「あちきは今日はオスニエルとしか話せなかったニャ。最初は獣人と舐めてたけど、ギルド役員と知ったらしっぽ振ってきたニャ」
「え、獣人なの!?」
「……ものの例えニャ」
エリアの言葉を一刀両断するとユートの方を見る。
「どう思うニャ?」
「一つはレオナのことを知らなかったってのはスパイじゃなさそうな理由にはなるな。少なくともこっちのギルドの役員くらい、スパイに教えているだろう」
「確かにそうよね」
「じゃあ違うと読むニャ?」
「今のところは、な」
ユートの言葉に頷く。
まだ怪しい冒険者が二人いるのだから、そちらを優先しようというのだ。
「本当にいるのかしら?」
「いると考えて行動してるだけニャ。いなければ取り越し苦労で終わりニャ」
「まあそれだから疑わしくても余り強く出るべきじゃない、って話でもあるんだがな」
「しょうがないですよ、アドリアンさん」
ユートの言葉に頷きながら、次の議題へと移っていった。
その翌日、九月三日は珍しくユートは休みだった。
「ユート、狩人の仕事受けるわよ!」
ストレスの溜まったエリアやアドリアンのお守りは仕事以上に大変だったが。
ギルドにはセリルとレオナが残り、三人で組むことになった。
「そういえばこの三人って初めてよね?」
「そういやそうだな。まあ戦い方はお互いわかってるからそこまで連携で心配しなくていいだろ?」
「ええ、大丈夫です」
「お前、外では敬語使うなよ……正騎士の総裁サマが平民の一役員に敬語ってわかったら色々言われかねんぞ」
アドリアンは苦笑交じりにそんなことを言う。
何度か敬語にするか、普通にしゃべるか迷っていたが、今は結局敬語に落ち着いている。
とはいえ、身分を考えても立場を考えてもセリルやアドリアンにも普通にしゃべった方がいい時はくるのだろうな、とユートは漠然と考えていた。
「まあ山の中ですから、いいってことで」
「しょうがねぇ」
そう言いながら、アドリアンは油断なくあたりを警戒していた。
受けた依頼の獲物は魔鹿であるが、山中深くまで進むとなると他の魔物――例えば魔狼や魔熊のような強力な魔物に気をつけなければならない。
ポロロッカから既に半年が経過するとはいえ、なぜかエレル近くには未だにこうした本来ならば魔の森の深淵に住む魔物が出没していた。
これを見てポロロッカがまた起きるのではないかと思う人々もいたが、ユートたちはポロロッカ直前のような魔物の爆発的増加は見られないことから、単に深淵から周縁部に出てきた魔物が居着いているだけと思っている。
「こっちだな」
アドリアンはゆっくりと進んでいく。
「前よりも浅いところに出るから、魔鹿仕留めるのに野営する必要がなくなったのはいいけどよ」
何か言いたげなアドリアンの呟きを聞いたエリアも頷く。
「お陰で復興は遅れてるもんね」
「ギルドにも何回か依頼は来てるんですけどね……間引く程度にしか役立っていないみたいです」
「まあしょうがねぇ。今何人だっけか?」
「今は千人をだいぶ超えてますね。まあほとんどはポロロッカでやられた農村の人ですが……」
そこら辺の農村で鋤や鍬を手に取っていた若者が、いきなり剣や槍に持ち替えてもそうそう上手くいくはずはない。
ほとんどの新人はまだ傭人だから問題が起きているわけではないが、一年経ってどれだけ残るのか、残ったとして傭人から脱却できるのかは近い将来の課題になるだろう。
「稽古をつけてやった方がいいのかもな」
アドリアンもユートと同じ危惧を持っていたらしい。
そう言えば小説だとかのギルドには訓練所が併設されていたな、とふと思い出す。
ユートの周りにはエリアにしてもアドリアンにしても自分で素振りのようなトレーニングや、体力を作るようなトレーニングをすることはあってもかかり稽古のような実戦に近い形の戦いは滅多にやらない。
怪我をする危険が高い上に人と戦うことより魔物と戦うことが多い冒険者にとって、対人戦の訓練は余り必要ではないからだ。
しかしそれはあくまで剣にしろ槍にしろ基礎が出来ていての話であり、いきなり傭人になった者はそうはいかないのだろう。
「そういう施設が必要かも知れませんね」
「そうよね。あ、あれ魔鹿じゃない?」
エリアの言葉とともに、三人は茂みに伏せて隠れる。
「間違いないな。いくぞ」
アドリアンはそう言うと、槍の鞘を払った。
ユートもエリアもすぐに剣を抜く。
無言で飛び出したアドリアンが魔鹿に槍をつける。
続いてエリアが躍りかかろうとしたところで、魔鹿がエリア目がけて突進してきた。
予想外の動きに慌てて転げるように避けるエリア。
当然、魔鹿は最後尾のユートに突進してくる。
「火球!」
火球を叩きつけて体勢を崩すと、そのまま抜き身の剣で斬りつけようとして、魔鹿の角と押し合いとなる。
「エリア!」
がっぷり四つに組み合っている状況で、横合いから放ったエリアの斬撃が魔鹿の首筋に入り、血しぶきが舞う。
そのままどさり、と崩れ落ちるように魔鹿から力が抜けた。
「わりぃ、逃がしちまった」
「あたしもまさか突っ込まれるなんて思ってなかった……三ヶ月のブランクって予想以上に大きいわね」
魔鹿の解体をしながら反省の弁を述べる二人。
この三ヶ月、書類仕事や依頼先回りの営業に明け暮れてまともに狩人の仕事をしていなかったつけ、というのだろう。
「今度はレオナを連れてきましょう」
エリアがそう笑った時、森の中に悲鳴が響き渡った。
「悲鳴よ!」
「アドリアンさんはここで解体しながら待ってて下さい。僕とエリアが行きます」
ユートの判断に表情を引き締めたアドリアンが頷く。
一番経験豊富なアドリアンならば一人で山中に待つことになっても上手くやるだろう。
ユートやエリアが一人だとそうはいかないし、悲鳴の主がどんな事態に遭遇しているのかわからない以上、そちらを一人というわけにもいかない。
アドリアンが頷いたのを見たユートは悲鳴の方に向けて走り始めた。
「魔熊よ!」
エリアはユートよりも十メートルくらい先行していたので、エリアの方が先に悲鳴の原因に気付いた。
すぐにユートもエリアも剣を抜いて臨戦態勢を取る。
「ユート、あそこの木の陰に誰かいる!」
恐らくそれが悲鳴の主なのだろう。
すぐにユートは火球を作ると、その木と魔熊の間に叩きつける。
それでユートたちに気付いたのか、それともユートたちの優先度が上がったのか、魔熊は向き直ると吠え声を放つ。
身の毛もよだつような吠え声のはずだが、あのポロロッカを生き抜いたという自負のせいか、そこまで恐ろしいとユートは感じなかった。
そして、それはエリアも同じだったらしい。
「いくわよ!」
そう言いながら両手剣で斬り掛かっていく。
ユートも片手半剣を握りしめながら、機先を制するべく再び火球を叩きつける。
今度はしっかり狙っていたこともあり、火球が直撃して魔熊はよろけるが、それでもすぐに立ち直って斬り掛かったエリアを迎撃――斬り合いとなったが、エリアも魔熊も致命傷を与えられないまま距離を取る。
「火爆!」
黄金獅子との戦いで火爆が使えなかったから、必死になって見よう見まねで覚えた魔法を叩きつける。
エレル城門前で戦った時、法兵中隊が同じように魔熊相手に使って抜群の威力を発揮した火爆は狙いを違わず魔熊の脳天に炸裂――そして、今度は大きく傾いだ。
「つけ込むぞ!」
エリアに叫ぶと二人で躍りかかる。
だが、斬撃は分厚い毛皮と脂肪の層で阻まれて致命傷を与えることは出来ない。
そうこうしているうちに魔熊も体勢を立て直して再びユートたちとの戦いは膠着してしまった。
「アドリアンさんを置いてきたのは失敗だったな!」
「今更言ってもしょうがないでしょ」
そう言いながらもエリアも焦りの色を濃くしていく。
「レオナの真似をするのはしゃくだけど……」
エリアはそう言いながら目を狙って突きを入れる。
ユートもそれを見習い、数回挑戦してとうとう目に突きが入った。
ひときわ大きい咆哮が木霊し、けいれんとともに魔熊がその力を失っていくのがわかった。
「危ないところをありがとうございました」
木の陰から出てきたのは小柄な男だった。
「フラビオと申します」
「あたしはエリア。こっちはユートよ。ギルドの幹部をさせてもらってるわ」
「あ、あの総裁ですか!?」
「ユートはね。あ、一応貴族だからユート様って呼ばないといけないんだっけ?」
そう言いながらエリアはからからと笑う。
「……どっちでもいいさ。というかもう手遅れだしな」
出来ればその気遣いは先にして欲しかった、と仏頂面のユート。
「ところでフラビオだっけ? どっかで名前聞いたことあるわね」
「え、自分みたいな冒険者のことも覚えているんですか?」
エリアは必死になって思い出そうしていた。
(いや、普通にスパイかもって言ってたうちの一人だろ……)
ユートは内心で突っ込みを入れながら、まあ戦いのあとだししょうがない、と諦めてフラビオに視線を移す。
「で、なんでこんな山の中に? 狩人依頼か?」
「ええ、そうです」
「……エレルじゃ見ない顔だけど、あんた試用期間じゃないの?」
エリアがどうやらようやくフラビオのことを思い出したらしく、追及していく。
「いえ、自分はまだ傭人の仕事しか受けさせてもらえないんですけど、北方で狩人の仕事していたこともあるんで、個人的な伝手で狩人の依頼を受けてるんです」
「ああ、ランキング急上昇してるのってそういうことだったの?」
「ランキング急上昇?」
「そうよ。あたしもギルドの役員だからやっぱりそういうのは気になるしチェックしてたのよ!」
「それはありがとうございます!」
フラビオが嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「まあいいわ。で、狩人の依頼は何だったの?」
「魔鹿です。狩ることは狩ったんですが……」
そう言いながら、木の陰に隠していた魔鹿を見せる。
「ふーん、あとは帰るだけじゃない。エレルに帰るならついてってあげるわよ!」
「ありがとうございます。ギルド幹部のパーティと一緒なら心強いです!」
「ちょっと待ってね、仲間を呼ぶから」
エリアはそう言ったところで、アドリアンがのっそりと現れた。
「遅いから様子見に来たぞ」
そう言いながら、じろりとフラビオを見る。
「こいつが悲鳴あげてた奴か?」
「は、初めまして。フラビオです」
「狩人、舐めるなよ」
アドリアンは短くそう言うと、背負ってきたユートたちの魔鹿を担ぎなおす。
「帰ろうぜ」
それだけ言うと、再び歩き始めた。
エレルに戻ったところでフラビオとは別れて三人はドルバックの店に向かう。
そこで依頼票にサインをもらって、依頼が完了したことを証明してもらうとギルド本部への道を歩き始めた。
「おう、アドリアンじゃねぇか」
不意にアドリアンが呼び止められたのが聞こえる。
ユートが振り返ると、ジミーとレイフが、もう一人の女性を連れて立っていた。
「こいつはベゴーニャってんだ。今から飲もうって言うんだが、アドリアンもどうだ?」
「お、そいつはいいな。おい、エリア、悪いんだがよ……」
「依頼票、受付に渡しとくわ」
「助かるぜ!」
アドリアンはエリアを拝み倒すようにして依頼票を渡す。
「おいおい、アドリアン、お前ギルドの役員だし、そっちにいるのは総裁だろ。そんなもんギルドが閉まった後でもどうにでも出来るだろ」
「ジミー、そんなこをするとセリルの怒りが下っちまう」
アドリアンはおっかない、と言わんばかりの表情を見せる。
「アドリアン、あたしはセリーちゃんの味方だからね」
エリアの言葉にアドリアンは口をつぐむ。
「ははは、あのアドリアンも形無しだな」
「うるせぇよ」
そう言いながら満更でもない笑顔を見せる。
「じゃああたしたちは帰るわ。アドリアンはあんまり遅くならないようにしなさいよ」
「ああ、あとはよろしくな」
そう言ってアドリアンと別れ、エリアと二人でギルド本部への道のりを歩く。
「ねえ、今日のフラビオさん、どう思った?」
「ちょっと間抜けな中堅冒険者?」
「あたしは悪い人には思えなかったわ」
「俺もそうだな」
ユートの言葉を聞いて、エリアが笑って頷いた。




