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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第048話 スパイ摘発大作戦・前編

「というわけで、我々西方冒険者ギルドは西方直轄領発展の礎となるべく、王室尊崇の念を新たにし……」


 退屈な演説が続く。


「眠い、ですか?」


 後ろからアーノルドが声を掛けてきた。

 ユートはなぜか西方商人ギルドが作った、西方冒険者ギルドの設立式典に招待され、家人であるアーノルドとともに参加していたのだ。

 ユートの席次は末席に近かったが、上座には西方総督であるサマセット伯爵や、内務長官のデイ=ルイスの姿も見える。


「まあ眠いけどね」


 そう小声で言って笑う。


「しかし、気宇壮大ですな」


 アーノルドは眠気覚ましか、小声で話し続ける。

 それは式典中のマナーとしてどうなのか、と思ったが、意外と周囲も小声で談笑している者は多い。

 これが王室主催の式典などであれば静粛にしているのだろうが、前でしゃべっているのは所詮正騎士でもない平民、という思いもあるのだろう。

 つい先頃まで平民だったユートは平民をそこまで差別するつもりはなかったが、同時に周囲が小声でしゃべっている中、自分だけが粛然としているほど生真面目でもなかった。


「まあ、ね」


 既にあちこちから得ている情報だと、冒険者の数はせいぜい四百人程度。

 その大半は西方商人ギルドに参加している中小の商人たちが抱えていた護衛(ガード)たちであり、それにレビデムの冒険者たちが一部参加している程度、ということだった。


「レビデムの冒険者がこっちに参加しているとはちょっと意外だったけどな」


 レビデム近郊は魔の森が大分縮小しており、大物の魔物は少ない。

 魔兎(ダーク・ラビット)やせいぜい魔狐(ダーク・フォックス)程度の小型の魔物がほとんどであり、しかも生息密度が低いので狩人(ハンター)をやっていくには足りるか足りないかぎりぎりのところだ。

 その為、レビデムの冒険者が狩人(ハンター)として一人前になる為にはエレルを拠点とするだろうに、西方冒険者ギルドはエレルにはほぼ地盤が存在していない。

 そこはパストーレ商会の地盤であり、ひいてはユートたちエレル冒険者ギルドの地盤である。


「まあ、例のポロロッカの時にレビデムの冒険者は総督閣下の不興を買ってしまいましたからな」


 アーノルドに言われてユートは思い出す。

 そう言えば義勇部隊を編成しようとしてユートたちしか集まらず、一時期ユートも西方軍内において胡散臭そうな眼で見られたりしたのだった。

 幸いなことにエレルに着いた後は、エレルの冒険者が率先して戦っていたこともあり、そうした疑問視する視線はほとんど消えてくれたし、ユートの戦功で今では西方軍内にも冒険者に好意的な者が多くなっているようだったが。


「それで、総督に敵対する組織へ、ということか……」

「タウンシェンド侯爵の後ろ盾があれば、サマセット伯爵に睨まれても大丈夫と思っているのでしょう。ただ、西方直轄領は僻地――おっと、失礼。遠隔地ゆえに総督の権限は七卿を以てしても侵すべからず、なのですがな」


 アーノルドはそう言って忍び笑いを漏らす。

 七卿とは要するに国政を司る七人の貴族のことであり、その七人をしても侵せない総督の権限を、七卿の一人とはいえただの有力貴族に過ぎないタウンシェンド侯爵が侵せるわけはない。

 それを知らないで踊らされているのはどこまでか、とユートは思案する。


「まあ西方商人ギルドはそれを知っておるでしょう。彼らは貴族とも繋がりが深い」

「じゃあ、西方冒険者ギルドも知っていますかね?」

「上層部は、確実に。しかし、末端まではどうなのでしょうか」


 アーノルドの見解を聞いてユートはふむ、と考え込んだ。




「何よ、その名前!」


 帰ってきて設立式典の話を聞くなり、エリアはそう怒り出した。


「どうしたニャ?」

「あいつら、西方冒険者ギルドなんて名前を付けやがったのよ!? これじゃまるであたしたちがあいつらの傘下みたいじゃない!」


 確かに西方冒険者ギルドとエレル冒険者ギルドだと、ユートたちエレル冒険者ギルドが西方冒険者ギルドのエレル支部、みたいに受け取られる可能性は十分にある。

 日本だとこういう場合って公正取引委員会みたいなのがあったんだよなぁ、と思いながらも、ユートはどうしようもない、と諦めていた。


「何を言ってるニャ? あちきらがここ三ヶ月やってきたのはそういうのを含めて名前を浸透させる為ニャ。あっちは名前だけ大きく打ち上げても、一番魔の森に近くて一番冒険者の需要が高いこのエレルで冒険者ギルドと言えばあちきらのことって思ってくれているはずニャ」


 レオナの言葉を聞いて、エリアはむすっとしながらも少しだけ機嫌は直したようだった。


「まあ、ユートもそこまで考えて先にギルドを作ったんだろ?」

「名前を似せてくるとは思いませんでしたが、先に設立した方が信用は集まるだろうな、とは」

「じゃあ今回のはユートの思った通り、ってことでいいのね!?」


 エリアがそう聞いてくるのに、ユートは頷く。


「あとは、どうやってあいつら西方冒険者ギルド(偽ギルド)を叩きつぶすか、よね」

「ははは、西方冒険者ギルド(偽ギルド)か! そいつは面白いや」


 アドリアンはそう笑っていた。


「まあうちは地道にやっていくさ。こっちから仕掛けられることは少なそうだしな」

「甘いわね、ユート。あいつらが何してくるかわからないんだから、しっかり情報収集はしておかないとダメよ!」


 冷静に戻ればきっちり考えて正論を吐くエリア。


「情報収集といってもなぁ……プラナスさんには既に連絡入れてあるし、デイ=ルイスさんも何かあったら情報回すって言ってくれてるし……」

「それだけじゃ足らないわ。直接情報を取ってくるのが確実よ」

「どうやって、だよ?」

「簡単じゃない。誰か冒険者を潜入させればいいのよ。あっちだって新規冒険者が加入してくれるとなったら喜んで加入させるでしょ?」


 ふむ、とユートも考える。


「危険だけど、そのくらいしておいてもいいんじゃないかしら?」

「……保留しよう。危険だし、顔知られてる冒険者じゃダメだから、信用できて余り俺たちと近くない冒険者、とかいないしな」

「それもそうね」


 エリアも心当たりがなかったのか、少し黙る。


「あと、もう一つの問題はエリアが思いついたスパイを向こうも入れている可能性があることだよな?」

「確かにな」


 アドリアンの言葉に合わせて四人とも頷く。


「セリーちゃん、よく受付やっているけど怪しそうな人はいなかった?」

「疑う目で見ればみんな怪しく見えるわよ、冒険者なんて」


 身も蓋もないことを言うセリルだったが、それを否定できる者はいない。

 ベテラン冒険者はともかく、新米の冒険者など、みな一攫千金を夢見て命をチップに冒険者ギルドにベットしているようなものだ。

 そんな山師のような連中が胡散臭くない訳がない。


「見つける方法は思いつかないわね」


 セリルがあきらめ顔で言った時、レオナがにやりと悪い笑顔を見せる。


「簡単なことだニャ。アドリアンが名前を知らない冒険者で、ランキング急上昇している冒険者が怪しいニャ」


 レオナの言葉に四人は顔を見合わせる。


「……どういうことよ?」

「アドリアンが名前知らない冒険者が、ベテランやあちきに混じって上に上がってこれるわけがないニャ。そういう冒険者はどこかで経験積んでた可能性が高いニャ」

「なるほどな。全部が全部、とは言えんが、闇雲に探すよりは俺が知らない奴を探す方が手っ取り早いかもな」

「でもスパイが真面目に冒険者なんかするかしら? だいたい傭人(ゴーファー)の仕事しか出来ない試用期間なのよ?」

「やるさ。信用がなきゃいい情報なんか入ってこないからな。傭人(ゴーファー)ながらもランキングをガンガン上がっていく、なんてのは真面目さがアピール出来るし、信用される」


 エリアにそう反論するとアドリアンはユートの方を向き直る。


「ユート、こいつは俺に任せてくれ。俺にしか出来ない仕事だ」

「……汚れ仕事ですよ?」

「このギルドでお前を汚すわけにゃいかねぇだろ。俺が適任だ」

「……わかりました。よろしくお願いします」


 ユートが頷くと、アドリアンは意気込んでランキングの原本である羊皮紙を持ってきた。

 四人も手伝って、この三ヶ月でランキングが大きく上昇している冒険者を抜き出していく。


「あら、アルバさんしっかりD級まで上がってきてるのね」

「ああ、そいつは中々すごいニャ。あちきと変わらないくらい気配を消せるニャ」

「ふーん、ユートの推薦で試用期間すっ飛ばしてるし、いきなり狩人(ハンター)として活躍してるみたいね」

「ジミーとレイフの奴ら、サボってやがるな。なんであいつらがD級あたりをうろうろしてんだよ。真面目にやればA級になれるだろうに……ていうか一度A級まで上がったのに落ちてやがんのかよ……」

「こないだ三日間飲み倒したって自慢してたニャ」

「あの野郎ども……指名依頼割り当ててやろうか……」

「私怨で指名依頼割り当てないで下さいよ」


 指名依頼とは受けた依頼が特定の冒険者にしか出来ないと思われる場合にユートたちが依頼を受任することを強制できるシステムだった。

 アドリアンはサボっているジミーとレイフに無理矢理仕事をさせようとしていたので、さすがにユートが止めたのだが、いつか本当に指名依頼にしなければいけない時はアドリアンが優先的に割り当てそうだな、と思って内心で苦笑する。


「ま、とりあえずこいつらだな」


 アドリアンはそう言いながら反古紙に殴り書きした三人の名前を指差す。


「ふーん、ニール、オスニエル、フラビオ、ね」


 エリアがその三人の名を読み上げる。


「あと、こいつも怪しいんだがな……女性冒険者はよくわからん」


 そう言いながら、もう一人書き出したのはベゴーニャ、という名前だった。


「みんな、傭人(ゴーファー)ですか?」

「ベゴーニャだけは違うみたいだな」

「てことは推薦があったんですよね?」

「ちょっと待ってて。登録用紙見てくる」


 セリルはそう言うと、ギルドの地下にある倉庫に下りていった。

 倉庫にはギルド関係の書類が保管されており、ベッキーとキャシーですら入ってはならないことになっているほど厳重に管理されていた。



「これ、ね」


 ほどなくベゴーニャという女性冒険者の登録用紙を持ってくる。

 そこには推薦人としてレイフの名があった。


「……レイフかよ」

「ねえ、アドリアン? これは信用していいのかしら?」


 セリルの言葉にアドリアンは首を横に振る。


「ジミーなら信用していいんだが、レイフの奴は無駄にお人好しだ。頼まれたら危険でもない限りうんと言うだろうし、相手がスパイである可能性を考えたら全く信用できん」


 アドリアンの言葉にユートは頭の痛みを覚える。


「まあベゴーニャも怪しいけど、もしかしたらただ上昇志向が強いだけの冒険者かもしれないし、他の三人も含めて経過観察、かしら?」

「一応、レイフには俺からそれとなく聞いてみるわ。どんな奴を推薦してるのかの調査、みたいな理由付けりゃ怪しまれんだろう。あいつがスパイとは思わんが、ベゴーニャって奴に利用されてる可能性はあるだろうからな」

「あとの三人はレオナにマーク頼んでもいいか?」

「わかったニャ。でもあちきがギルド役員ってことはだいたいの冒険者が知ってるニャ」


 だから深入りし過ぎると疑ってるとわかりかねない、ということなのだろう。


「別に疑ってるとわかっても構わないんじゃないの?」

「いや、捕まえられないニャ?」

「だからあたしたちの目的はスパイを捕まえることじゃなくて追い払うことなんだから、レオナが疑ってるってわかったらそれでいいじゃない。関係ないならギルド役員にコネ出来たと思って喜んで近づいてくるでしょ?」

「それもそうニャ。じゃあ明日から積極的に絡んでいくニャ」


 レオナの言葉に、とりあえず当座の仕事は終わった、とユートはほっとする。


「あとは無事にあぶり出されてくれることを祈るだけ、だな」

「ああ、ユート。それとは別に依頼先をしっかり守っておくのも大事じゃないかしら?」


 エリアの言う通り、依頼先を切り崩されたら話にならない。


「まあ大口になるドルバックさんところとパストーレ商会は大丈夫と思うけど……」


 ドルバックはいつの間にか魔物肉を大量に仕入れて家庭で使う分を小売りする小売業も始めていた。

 ドルバックの料理の腕を知っている者はエレルには多く、小売の方も中々繁盛している様子で、魔物肉の仕入れ量は増える一方、エレル冒険者ギルドのいいお得意様となっている。

 護衛(ガード)を大量に依頼してくれるパストーレ商会の方は言わずもがなであり、この二つの取引先が守れればエレル冒険者ギルドが飢え死にすることはまずないと考えてよかった。


「じゃああとは足で開拓していく作業?」

「それもあるけど、何人かの狩人(ハンター)から、付き合いの深い依頼先から護衛(ガード)を依頼されたんだがどうしたらいい、という問い合わせも入ってる」

「へー、勝手に営業してくるとは感心ね」


 恐らく狩人(ハンター)しかやっていないから怖くて護衛(ガード)には手を出せないし、人も集められないのでエレル冒険者ギルドに振ってきたのだろうとは思うが、それでも有り難い話だった。


「まだまだ問題は山積ね」

「それだけ伸びしろがあるってことだろ」


 ユートの言葉に、エリアは疲れつつも充実した笑顔を浮かべ、そしてアドリアンやセリル、レオナも同じような表情で笑っていた。


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