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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第045話 不安と希望を胸に

「プラナスさん、どういうことですか?」


 慌てて全員を叩き起こして、プラナスの話を聞く。


「どうもこうも、西方商人同職連合(ギルド)が冒険者ギルドの新設を発表したのですよ」

「つまり、うちの対抗馬をその西方商人ギルドが作った、ということですか?」

「そういうことになりますな……」


 プラナスの言葉に、全員、顔が引きつる。

 確かにユートたちの冒険者ギルドはパストーレ商会の後ろ盾を得ているが、西方商人ギルドはそのパストーレ商会と並ぶ規模、ということだった。


「一つ聞いていいですかい?」


 アドリアンがプラナスに剣呑な視線を向ける。


「なんだ?」

「そいつに西方総督府が絡んでる――もっと言えば西方総督府が両天秤にかけている可能性はどのくらいと見込んでるんですかね?」


 アドリアンの言葉にプラナスは難しい顔となる。


「ない、と信じたい。と言いたいところだが……」

「貴族をそこまで信用することは出来ない、ってわけか……」

「そうだな」


 アドリアンはすぐにユートをの方を向き直る。


「おい、ユート。こいつは大事だぞ。とりあえずアーノルドのおっさんには一切情報を入れるな」

「なんでですか!?」

「総督府があっち側についてる可能性があるなら、アーノルドのおっさんを通じて情報が流出する可能性があるだろうが!」

「アーノルドさんは大丈夫でしょう! あの人はこれまでの経緯にしてもそうだし、人柄も信用できます」

「なんでそこまで信用できるんだよ!?」


 珍しくアドリアンに怒鳴られて、ユートはなぜ自分がそこまでアーノルドを信用しているのか、と自問自答する。


(人柄もそうだけど、それだけじゃないよな……)


 ユートの脳裏には、あのエレルの決戦の時に、死を覚悟したアーノルドの姿がありありと思い出される。

 アーノルドを信用できるのは、お互い死をも覚悟した仲だからこそ。


「――アーノルドさんは、一緒に戦った仲間だからだ。だから俺はみんなや、冒険者の仲間たちと同じように、アーノルドさんを信用している!」


 ユートの言葉を聞かされて、アドリアンは毒気を抜かれたような表情になる。


「お前……」

「ちょっと、ユートもアドリアンもいい加減にしなさい。一番に考えるのはそこじゃないでしょう?」


 セリルがクールダウンに割って入って、ようやく二人とも立ち上がっての怒鳴り合いを中断する。


「……まず、一番注意しないといけないのは冒険者の取り合いですよね」


 少しばかりの気まずさとともにユートが話し始めた。


「……アドリアンさん、冒険者にもう一度確認をお願いしてもいいですか?」

「……わかった」


 アドリアンの返事を聞くと、今度はプラナスを向き直る。


「それと、西方商人ギルドの冒険者ギルドはいつ、どこに出来るんですか?」

「まだわかりませんが……恐らく本部はレビデムではないかと思われます」


 そう言えばいつの間にかプラナスは敬語を使うようになっているなぁ、とやくたいもないことを考えながら、プラナスの言葉を吟味する。


「セリルさん、レオナ、申し訳ないけど、俺らの冒険者ギルドの設立、早められないかな?」

「どのくらい?」


 ユートたちの予定では十月一日付で設立するつもりだった。

 今日が五月二十日なので、まだあと四ヶ月くらい準備するつもりだったのだが、それを早めるとなると様々な問題が起きることも予想される。


「出来れば六月一日、といいたいところだけど、七月一日まで三ヶ月早めたい」

「なるほど、その時期ならば向こうはまだ動き出せませんな」

「ギリギリだけど、間に合わせるしかないってことよね?」

「ええ、こういうのは先にどれだけ差を付けられるか、です。冒険者ギルドと言えばエレルのギルドだ、という空気が出来てしまえば、後追いはそう簡単じゃないはずです」


 ユートの言葉にセリルとレオナは頷く。


「エリア。エリアは悪いんだけどギルド本部の建設を急がせて欲しい」

「わかったわ。七月一日に間に合わせるのね?」

「出来ればあと一月くらいで竣工させてもらえると嬉しいかな」

「なんで?」

「一度どういう風に動くことになるかシミュレートしてみないとならないだろ?」

「了解っ!」


 エリアはそう言うやいなや、家から飛び出していく。


「ここから四十日間、戦争だ」


 ユートはそう小さく呟いた。




 ユートの言った“戦争”は全ての関係者を巻き込んでいった。

 一番に巻き込まれたのは、プラナスだった。

 彼に依頼されたのは人集め。

 それも冒険者ではなく、ギルド本部で働く人員の募集だった。

 たった四十日で信頼できる者を集められるのかとユートは思っていたが、意外と集めるのは簡単のようだった。


 基本的に募集は人づてで行うものであり、プラナスのように人脈が豊富な者ならば、信頼できる職場があるのだが、と投げかけるだけで、そうした希望を持つ者を誰かがすぐに紹介してくれるようだった。

 しかも、プラナスという社会的地位を考えた時、その信用を失うのは怖いので、紹介者もまた紹介する者を厳選するので、自ずから信用できる者が集まる、という具合だった。

 お陰でユートは労せずにして信用できそうで、かつ仕事も出来そうな受付を二人得ることが出来た。



「あんたら、しっかり名前を覚えるんだよ!」


 そう言いながら、受付の二人は何故かマーガレットの屋台で働いていた。

 マーガレットはギルド本部が竣工するまで、悠々自適の暮らしをすると言っていたのだが、常連の冒険者からの要望が強かったので屋台を出すことになっており、冒険者の名前を覚えるために二人も手伝うことになったのだ。


「済まないな……こんなことさせて。ええと、レベッカさん?」

「とんでもありません!ねえ、キャシー?」

「ねえ、私もベッキー――レベッカも早いうちから仕事に備えられて幸いです」


 客として様子を見に来たユートにレベッカとキャサリン――いや、ベッキーとキャシーが恐縮したように言う。

 エレルの英雄であり、貴族であり、雇い主という立場は、ベッキーやキャシーにとっては相当に緊張する相手なのかもしれない。


「あんたら、油売ってないで次はこっちを持っていっておくれよ!」


 自分の店を一人で切り盛りしていたマーガレットのことだから、別にベッキーとキャシーがいなくとも屋台一つくらい切り盛りできるのだろうが、出来た食事は全部二人に持って行かせている。

 今のうちに名前を覚えさせようということに留まらず、顔を売らせようとしているのだろう。


「マーガレットさん、後はよろしくお願いしますね」


 ユートはほとんど立ち食いで食事を終えるとマーガレットにそう言い残して屋台を後にした。



 そのマーガレットやベッキー、キャシーが働く予定のギルド本部は急ピッチで作業が進められていた。

 幸いなことに大工の棟梁が余裕を持って日程を組んでいたこともあって、エリアが交渉に行った際、万が一竣工しなくても責任は持たない、という約束だけで済んだのだった。

 その場合は二階のユートたちの居住スペースより一階を、一階の中でも食堂兼酒場より本部の竣工を優先させてくれ、ということで話がついて終わりだった。

 そして、六月の半ばに既に外装は殆ど完成しており、あとは細かい内装――特に酒場の厨房周りの内装を行うだけになっていた。



 アドリアンが担当していた冒険者を引き入れる工作は比較的簡単に進んだ。

 というのも、意外なことに西方商人ギルドの手はエレルの冒険者には伸びておらず、ジミーとレイフのベテランコンビも含めて三人で回ったところ、殆どの者、特にあの義勇中隊に加わった中堅からベテランの冒険者はよっぽど不利な規約でもない限り、入ると明言してくれていた。

 また、パストーレ商会の護衛(ガード)たちは当然のごとく、西方商人ギルドの息がかかった冒険者ギルドよりユートたちの冒険者ギルドを取ると明言しており、一番問題になるかと思われた冒険者の引き抜き問題に関しては拍子抜けする思いだった。



 一方で一番苦労させられたのは、規約や仕組みを考えていたセリルとレオナだった。

 勿論二人だけではなく、比較的手が空いていたユートや、ギルド本部の建物が概ね完成して手持ち無沙汰となったエリアも手伝っているが、それでもまだまだ問題は山積していた。


「ねえ、ユートくん……やっぱり探検家(エクスプローラー)の評価なんか無理よ……」


 セリルとユートはかねてよりの懸案だった各冒険者のランク付けと評価について話し合っていた。


「いっそのこと、探検家(エクスプローラー)は指名制にしたらどうですか?」

「つまり、それって冒険者ギルドは関わらない、っていうこと?」

「いえ、そういうわけじゃなくて、過去の実績を出しながら、個別に指名してもらう、というやり方です。どちらかといえば斡旋にちかいのかな?」

「ああ、それならどうにかなるわね。あんた冴えてるじゃない!」


 エリアが褒めるが、セリルは難しい顔をしている。


「セリーちゃん、どうしたの?」

「実績を出す、っていうのがちょっとね……だって実績ってどんな珍しいものを得たか、とかそういうことでしょ。それを勝手に公開していいのかしら……」

「契約時にちゃんと了承取っとけば大丈夫でしょ?」

「理屈としてはね。でもそんなギルドを使いたがるのかな、と思うのよ」


 確かにセリル言う通り、貴族は自分のコレクションを公開するのが大好きなことを、勝手にどこかで漏れるのにまで寛大と考えるのは早計というのはユートとエリアにもわかった。


「難しいわね……」


 エリアが頭を抱える。


「ならこれまで得た報酬総額はどうだ?」

「報酬総額?」

「そう、探検家(エクスプローラー)をやって稼いだ額を公表するんだ。ある程度得手不得手はあるだろうが、だいたいのところ探検家(エクスプローラー)としての実力に近い数字になるんじゃないか?」

「あんた、冴えてるじゃない!」

「でも、冒険者の方も報酬総額をバラされるのは嫌がらないかしら?」

「あ、そこら辺は大丈夫と思うわ。それがちゃんと発表されて、実力順と考えられるならむしろ他に勝ちたいと思うのが冒険者でしょ?」


 エリアの言葉にセリルは苦笑する。


「というか、その報酬総額を全部の冒険者に対して発表しても面白いかもしれないわよ! みんな、目の色変えて競うんじゃない?」

「ああ、それも面白いかもな。ただ、例えば狩人(ハンター)なんかは魔狐(ダーク・フォックス)百匹狩って得た報酬と、魔熊(ダーク・ベア)一頭狩って得た報酬が同額でも何の意味も無いけどな」

「そこら辺は倒した魔物の実績を加味して、狩人(ハンター)としてのランクを別に出せばいいわ。事務仕事は増えるけど、ベッキーとキャシーに頑張ってもらえばいいし!」


 エリアはさらっと新人の受付二人の負担を激増させるようなことを言うが、苦笑しつつもユートも頷く。

 最悪は自分たちが手伝えばいい、と思っているのだ。


「つまり、冒険者の総合ランクとして報酬総額、それとは別に分野別に実績ランキングを置くことになるのね」


 セリルが確認するように言う。


「そうですね。実績ランキングは分野によって違ってて、狩人(ハンター)なら狩った魔物ごとの等級次第、探検家(エクスプローラー)なら報酬総額、みたいな形にしたらいいと思います」

「それでやってみるわ」

「あと、傭人(ゴーファー)は分野別ランキング置かなくて誰でも受けられる依頼、みたいな形にしたらいいんじゃないかしら?」

「それもいいわね。伝書は宿場町が復興していない現状だと護衛(ガード)の方に割り振った方がいいかもしれないけど」


 ユートの報酬総額をランク付けに使うアイディアで一気にランキング問題は解決し始めた。

 そこに幽鬼のような表情のレオナがやってくる。


「ユート、パーティに関する規則、出来たから確認して欲しいニャ……問題なければ羊皮紙に筆写するニャ……」


 そう言いながら反古紙の束を渡すと、どう、と倒れ込む。


「おいおいレオナ……」

「大丈夫ニャ。自分の仕事を早く片付けないと落ち着かないニャ」


 感心な一言を吐きながら、目を瞑って眠りに落ちていく。


 ユートはレオナの持ってきた反古紙の束を見ると、事細かにパーティに関する規則が書かれていた。


「どんな感じ?」


 反古紙の束を熟読しているユートにエリアが訊ねる。


「パーティ登録と個人登録は別で、評価は相互に影響しないこと、パーティは個人と同じように評価されること、依頼を受けた場合、パーティ全員が連帯して責任を負うこと、報酬の分配についてはギルドは関知しない、とかそういう感じだな」

「ふーん。まあ悪くはないんじゃない?」

「俺もそう思う。このまま通してもいいんじゃないか? 一応後で全員で確認して問題なければそれで清書してしまおう」

「そうね」


 夜になると、バラバラに動いていた五人が集まって、会議をする。

 この数ヶ月、冒険者ギルド設立に向けて動いているうちにユートがリーダーとして問題ないと思ったものを五人で最終確認して決定事項にする仕組みが自然と出来ていた。

 当然、レオナの作ったパーティに関する規則、そしてギリギリ間に合ったセリルの作ったランクに関する規則も最終確認の後、決定事項になる。


「じゃあこれを清書するニャ」


 レオナが反古紙の束を指差しながらそう言う。

 意外なことだが、この五人の中で一番字が上手いのはレオナだった。


「ホントあんたが一番字が上手いって意外よね」

「あちきは獅子の子ニャ。当然のことニャ」

「黙れ、猫」


 そんないつものやりとりがなされた後、レオナが羊皮紙に清書する役割を担うことが決まっている。


「あとは報酬と手数料だけど」

「五パーセントで大半の冒険者は納得してくれたぜ」

「パストーレ商会の護衛(ガード)連中は護衛(ガード)にも指名依頼制度を作るのと引き替えに五パーセントの手数料は飲んでくれたわ」


 ユートの言葉にアドリアンとエリアが即座に答える。

 報酬のうちからギルドが受け取る手数料については散々議論した結果、五パーセントとということに決まっていた。

 マーガレットの食堂は独立採算であり給料の必要はないが、ベッキーとキャシーの二人には給料を払わないとならない。

 給料は二人で合計十五万ディール。

 これに加えて、経費にユートたちの給料に間口税まで考えると、報酬総額で最低二千万ディール、出来れば五千万ディールくらいは欲しいところだった。


 パーティ規則、ランク規則、そして手数料の割合のあたりが決まって、ほとんど決めるべきことは決め終えていた。

 もう六月二十九日、明日はシミュレーションをやって、明後日がいよいよエレル冒険者ギルドの設立の日だ。




(予定より三ヶ月前倒しにしたから、不安しかないけどな)


 そう思っていたのが表情に出ていたようだった。


「ユート、そんな顔しないの」

「いや、だって心配だろ」

「大丈夫よ!」


 そう言いながらエリアはとびきりの笑顔を見せた。

 ユートはその笑顔を見て、なぜか心が和らいだのを感じながら、周囲を見回す。


 ギルド本部の併設された、マーガレットの酒場。


 アドリアン、セリル、レオナのいつもの顔ぶれ。

 マーガレットやベッキー、キャシーといったギルド職員になるはずの三人。

 買い取りを担当するパストーレ商会から支店支配人のプラナスに買い取り担当としてギルドに詰める予定のマルセル。

 他にもユートの従騎士であるアーノルド。

 そして、ジミーやレイフに代表される冒険者たち。


 ユートの仲間たちがいた。

 既にエリアが、全員のコップにエールを注いで回っている。


「ユート、挨拶しなさいよ!」

「じゃあ……僕らの、新しい冒険者ギルドに、明るい未来があらんことを祈って!」


 コップがぶつかり合う音が、弾けた。



次回更新はいつもどおり土日休みの6月8日で19時更新予定です。

感想など、お待ちしております。

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