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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第三章 ギルド設立編
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第043話 明と暗

「奉勅」


 精巧な刺繍の入ったマントを着け、左胸が煌びやかな勲章で埋め尽くされた金髪の男が、朗々たる声で詔勅を読み上げていく。


「外務卿、臣フレデリック、ここに畏まりて勅を奉ず。臣ユート、我、汝を正騎士とす。勇ましく、礼儀正しく、忠誠であれ」


 そう言いながら、外務卿フレデリック・ハントリー伯爵は頷くと、一本の剣をユートの前に恭しく捧げ持つ。

 ユートも事前に教えられた通り、ハントリー伯爵の捧げ持つ剣を恭しく受け取る。


「謹んで。常に勇ましく、礼儀正しく、忠誠を」


 そして、一呼吸置いて、片膝をついていたユートが声を張り上げる。


「陛下におん代わりて祈る。騎士ユートに名誉と武勲あらんことを!」


 ハントリー伯爵がそう言いながら祈りを捧げると、西方総督府の大広間に居並ぶ貴族や官僚たちが同じように祈りを捧げた。

 同じように、僧侶の一人が出てきて祈りを捧げ、同時にユートにマントを与える。

 剣を帯び、マントを着けたユートが振り返ると、そこには共にポロロッカと戦った騎兵大隊長サイラス・アーノルドや、歩兵大隊長ピーター・ハルの姿が見える。


 そして、その後ろには先ほど叙勲されたばかりのエリアたちが緊張した面持ちで立っているのも見えた。

 ふとエリアと目があったユートは、お互い目だけで笑う。

 照れくさいような、なんとも言えない空気だった。



「いや、めでたい!」


 叙勲式と叙任式が終わると、サマセット伯爵主催の、ユートの叙任を祝う祝宴となった。

 そして、祝宴が始まると同時にサマセット伯爵がユートの傍に寄ってきて、祝福する。

 主賓としてここで祝われている気恥ずかしさはあるものの、喜びを露わにするサマセットの姿を見て悪い気はしない。


「本来ならば陛下おん自ら叙任されるおつもりでしたが、どうもこのところ臥せりがちでして」


 勅使として叙任式で国王を代理したハントリー伯爵がすまなそうにそんなことを言う。


「陛下のご容態は相変わらずよろしくないのか?」

「ええ、サマセット伯爵が王城におられた頃よりも悪化されておられるようです。アーネスト宮内卿はひた隠しにされておられますが……」


 眉をひそめながらサマセット伯爵とハントリー伯爵はそんな会話をする。


「えっと、それって僕に聞かせていいんですかね?」


 ユートは場違いではないかと思いながら、おそるおそるそう訊ねると、サマセット伯爵は頷く。


「構わんよ。ハントリー伯爵が困るだけだからな」

「ははは、これは手厳しい。しかし、この程度のことは王城の者ならば誰でも知ってることです。格別サマセット伯爵に便宜を図っておるわけでもない以上、私も世間話――いや、これはさすがに不敬――ふむ、陛下のご病状を心配するとともに貴族として平癒を祈っておっただけです」

「まったく、お主は相変わらずよの。七卿の中で相変わらずの中立派を気取っておるのだろう?」

「いや、なに。ものの(ことわり)というものに従っておるだけですよ」


 そう呟く、この金髪の美男子はどこからどう見てもマイペースさで満ちあふれていた。


「そう言えば勅使としては挨拶申し上げましたが、私個人としてはまだ挨拶しておりませんね。恐れ多くも陛下より外務卿を仰せつかっております、フレデリックと申します。爵位は東部ハントリー伯爵領を有しておる者でございます」


 丁寧な挨拶に、ユートはどうしていいかわからず慌てて頭を下げる。


「ええっと……ユートです。この度は正騎士に叙任して頂きありがとうございます」

「ははは、私が叙任したわけではありません。勅使として陛下に言上しておきましょう」

「ありがとうございます」

「時にユート殿、もし家名を決められたならばそれも併せて陛下に言上したく思っておりますが、如何でしょうか?」


 家名、と聞いてユートはエリアに釘を刺されたことを思い出す。

 従騎士を含む全貴族は家名を持つことが出来る。

 ユートはそれを聞いて何の気なしにじゃあアオヤギでいいか、と言ったところ、エリアにニホンの家名みたいに珍しいものを出して、由来を聞かれたらどうするんだと怒られたのだ。

 結果、ユートは家名はまだ考えている最中、ということにすることにしていた。


「家名はまだ考えておる最中でして……」

「そうですね。まあ正騎士の場合は家名を持たないまま、という人も多いですし、そこまで急がれなくてもいいですよ」


 ハントリー伯爵はそう言うとにこやかに笑う。

 ユートはその笑顔を見てこの人がなんで外務卿という役職に就いているのかわかるような気がした。

 物腰柔からで相手に不快感を与えないのに、どこかつかみ所が無くて、相手に言質を取られたりするような男ではないのがよくわかる。


「そう言えばハントリー伯爵は外務卿と仰いましたけど、長いんですか?」

「いえいえ、まだ就任して二年ほどの若造ですよ。長く内務卿を務められたサマセット伯爵には在職中は散々お世話になっておりましたし」

「お主は就任して以来、慣例も慣習も全て無視してものの(ことわり)とやらにばかりこだわっておったから私の言うことなど聞いておらなんだだろう」

「いえいえ、大先輩のサマセット伯爵の仰ることを噛みしめてものの(ことわり)を考えておっただけですよ」


 ハントリー伯爵は飄々とそんなことを言い放つ。


「まったく……こういう奴なのだよ」


 そう言いながらもサマセット伯爵も決して嫌っているわけではないのは端から見ててよくわかった。


「お二人は仲がよろしいんですか?」


 ユートがそう訊ねると、サマセット伯爵は満更でもない顔で頷く。


「まあ、な。ハントリー伯爵領と私のサマセット伯爵領はすぐ近くなのだよ。間に小領主がおるが、ほとんど隣接しているといってもよい。先代ハントリー伯爵とも懇意にさせて頂いたし、ここにおわす外務卿閣下も子供の頃から知っておる」

「あの当時は何も知らずパトリックおじ様、パトリックおじ様と言っておりましたなぁ……十を超えたあたりで貴族としての常識を知って、王国内務卿閣下をそのように呼んでおったと知って青くなったものです」

「青くなっておったのはお主ではなくお主の御父上だろうに……まあユート殿の言う通り、仲が良いというのだろうな。だから七卿――ああ、閣僚のようなものだが、それに選ばれた時も私の派閥に入るものと思っておったのに」

「ものの(ことわり)ですから」

「いつもこの調子だ」


 そんな甥っ子とおじさんの会話のようなものを見て、いつの間にかユートも笑っていた。


「そう言えばユート殿も私の派閥に見られるから注意したまえよ」

「え?」

「当たり前だろう。私の下で武勲を挙げ、正騎士に叙任された。余人は私の派閥と見るだろうし、それ故に私以外の派閥からは当然に叩かれるだろうな」


 ユートは勿論内心で勘弁して下さい、と思っていたが、さすがにそれを表に出さないだけの分別はある。


「そうですか……」

「まあ、何か困ったことがあれば私を頼ればいい。いくら今は西方総督となったとはいえ、前内務卿だ。そこらの貴族風情の嫌がらせなどものの数でもない」


 サマセット伯爵はそう言いながら大笑してみせた。

 サマセット伯爵の機嫌がいいのを見て、何人もの貴族が近づいてきてはサマセット伯爵と談笑していく。

 ハントリー伯爵もまた笑顔で自分に近づいてくる貴族をさばいており、ユートはその二人に次々と貴族を紹介されて辟易しつつ、ハントリー伯爵を見習って作り笑いを顔に貼り付けていた。



「ふう……」


 挨拶もようやく一段落したところで、ユートは少しばかり総督府の庭園に出て一息ついていた。


「さすがに疲れられましたかな?」


 不意に声を掛けられて振り向くとパストーレ商会の総支配人エリック・パストーレだった。


「エリックさん……」

「いえいえ、エリックかパストーレと呼び捨てにして下さい。私は家名こそ許されているとはいえ平民」

「しかし……」


 ユートはそういうことは関係なしにお世話になっている人に対しては敬語を使いたいと思っていたのだが、それを言い募る前にエリックが手で制した。


「下手に丁寧に話しかけられれば貴族に敬語を使わせている、と余計な反感を買うのです。わたくしのことをお考えでしたら、どうか」


 そう言われたらユートも不本意ながら黙って頷くしかない。


「ユート殿の御武勲、そして此度の叙任、まことにおめでとうございます」

「いえ、ありがとう……」


 思わずございます、と言おうとして慌てて口をつぐむ。


「ルーカスも泉下で喜んでおりましょう」


 かつてユートたちが初めて護衛(ガード)をやった時、指導してくれたルーカスはポロロッカで戦死している。

 伝え聞くところによると魔の森開拓の最前線の村で、いつも通り籠城しようとする人たちを説得してエレルへ逃げることを主張し、自ら殿を務めて村人を逃がした後、魔物に囲まれるという最期だったらしい。


「ルーカスさん、生きていてくれれば……」

護衛(ガード)としてもそうですし、冒険者ギルドのメンバーとしてもまだまだ働けたでしょうに……」


 二人は瞑目してルーカスの冥福を祈る。


「すいませんな。湿っぽい話をしてしまいまして」

「いえ、大丈夫で……大丈夫」


 思わず「です」と言いかけて誤魔化したユートにエリックは微笑を浮かべる。


「無理にとは言いませんよ。特に今は人の目もありませんし」

「助かります」

「ところで、ギルドのことなのですが、とうとう建築が始まったようですね」

「ああ、聞いておられますか?」

「ええ。プラナスが連絡を寄越しました。近いうちに当商会の護衛(ガード)たちもそちらに移るように言おうかと思うております」


 驚きの一言だった。

 確かにプラナスやエリックはこれまで将来的には護衛(ガード)はギルドが担当して、自分たちで抱えるようなことはしないと言っていたのだが、もっと未来の話と思っていたのだ。


「細かい話はプラナスと詰めて下さい」


 エリックがそう言った時、ユートを呼ぶ声が聞こえた。

 またどこかの貴族がユートと会いたいと言っているようだった。

 話はまだ残っていたし、護衛(ガード)の移籍についても気になったのだが、さすがにサマセット伯爵が呼ぶのを無視するわけにはいかない。

 後ろ髪が引かれる思いでユートはまた祝宴の場へと戻ることになった。


 祝宴は夜更けまで続いた。


 ポロロッカはレビデムにも無縁ではない。

 確かにレビデムは近郊の麦畑が被害を受けた程度で人的被害は限られているが、エレル近郊の村々で発生した大量の避難民はレビデムにも相当数が流入してきている。

 故にレビデムにもポロロッカの爪痕が強く残っている中、夜遅くまで祝宴を続けるのはいかがなものかとユートは思ったのだが、そこら辺、政治家であるサマセット伯爵の考えは違っていた。

 サマセット伯爵はむしろ叙任式やその祝宴はポロロッカが終わったと国民に広く知らしめる効果が強いのだから、盛大にやるべきであり、夜遅くまで騒ぐべきという考えだった。


 そして、その結果、ユートは散々飲まされて疲れ切って、ようやく解放されることになったのだった。




 そうしてユートがポロロッカに対する武勲を賞されて名誉を与えられている一方で、名誉を失おうとしている者もいた。

 それはサイラス・アーノルド、ユートともに戦った騎兵第二大隊長だった。

 彼はどうやら直属の上官であるサマセット伯爵に辞表を提出したらしかった。

 そのことを人づてに聞いたユートはすぐにアーノルドの下へ駆けつけた。


「アーノルドさん!」

「これはユート殿。どうされましたかな?」

「なぜ、なぜ辞めるんですか!?」


 息せき切って駆けつけて、まだ息も整わない傍から絞り出すようにしてそう訊ねる。


「……ユート殿、少し落ち着かれよ」

「は、はい」

「よいですか。今回、西方軍は大きな損害を受けたことはご存知でしょう」


 アーノルドの言葉にユートは頷いた。

 エレルへ入城する際に軍直属法兵中隊長アンドリュー・カーライルを失ったことは記憶に新しかったし、他にも混成歩兵大隊長も戦死者が相次いでいたはずだ。


「その責を負わねばなりません。西方軍において責を負うならば、司令官であるサマセット伯爵か、先任大隊長であり、事実上の司令官と目される私の、どちらかです。そして、西方直轄領の復興を急がねばならない今、総督たるサマセット伯爵を我々は失うわけにはいきません。ですから、私が辞職するのが一番なのです」

「しかし、あれだけの魔物に相対すれば誰が司令官でも損害は免れなかったのでは……」

「それでも、です。私が辞職するか、サマセット伯爵が責を問われるかしかありません。もし、誰が司令官であっても損害を被るものであったと主張するならば、それは西方軍を現在の規模とした陛下の判断が過ちであったと批判することになります。仮にその主張が通ったとしても、サマセット伯爵は貴族の間から爪弾きに遭い、結局西方総督を解任されることになるでしょう」

「アーノルドさん……!」


 ユートは自分が泣きそうな顔をしているのがわかった。

 勇猛果敢でありながら冷静沈着なこの騎将がいなければ、エレル攻防戦で確実に負けていたことはあの場にいた全員が認めるところだろう。


「そんな顔をしないで下さい。作戦部長をしていた私の同期生も北方軍へ異動となったようですし、誰かが責任を取らなければならないのです。大人の責任の取り方とはそういうものなのです。まあ、しばらくは引き継ぎやらで西方に留まるつもりですし、いつでも会えますよ」

「…………」

「ああ、そうだ。ユート殿のところで雇ってもらう、というのも一興ですな」


 そういっておどけて笑ってみせる。

 ユートは涙が出そうだったが、それでもアーノルドに併せて笑ってみせた。




 パストーレ商会の護衛(ガード)たちがユートたちのギルド加盟を前向きに考えているという話、そしてアーノルドが辞職するという話は翌日の夜にはエリアたちにも伝わっていた。

 みな、アーノルドの辞職を惜しみ、そしてパストーレ商会の護衛(ガード)たちも加盟を前向きに考えてくれることについては喜んでいた。

 そんな中、アドリアン一人だけは難しそうな顔をしていた。


「どうしたの? アドリアン?」


 セリルが聞くと、しかめっ面のまま、ぼそりと言った。


「何か俺たち、上手くいきすぎだな」

「まあ確かにマーガレットさんのことも、叙任叙勲のこともそうだけど……でもこれまで私たちがやってきたことじゃないかしら?」

「そうなんだけどよ……」

「どうしたのよ? アドリアン?」


 エリアにまで不思議そうな顔をされて、アドリアンはしょうがない、と言わんばかりの顔で言った。


「こいつはただの勘だから笑わねぇで聞いて欲しいんだけどよ。なんか嫌な予感がするんだよ」

「嫌な予感って?」

「わからん」


 それだけ言うと、アドリアンは黙り込んだ。

 場の空気が少し悪くなる。


「まあ油断大敵ともいうニャ」

「そうだな。油断しないでやっていくにこしたことはないよな。人が増えるってことは問題も起きやすくなるんだしな」


 レオナとユートがそう纏めたが、アドリアンはどこか浮かない顔をしていた。


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