第042話 辿り来て気がつけば
「おい、その廃材はちゃんと置いとけ!」
「へい!」
「馬鹿野郎! こっちの廃材だ! その廃材は使い道ねぇから処分しろって言っただろ!」
喧騒に包まれているのはマーガレットの店――いや、もう半分以上取り壊されている、店だったところだった。
ユートたち五人とマーガレットが、威勢のいい声を挙げて店を解体している大工たちの動きを見つめていた。
「この店はね、死んだ旦那と一緒に建てたんだよ……」
威勢のいい声が響き渡る中、ぽつりとマーガレットが呟いた。
その寂しげな声に、年長のアドリアンすら何も言えなかった。
「寂しいけど、しょうがないとわかってるけど、それでも泣けてくるもんだよ……」
そういうマーガレットの双眸からは、涙が止めどなくあふれ出していた。
「マーガレットさん……」
「ごめんよ、ユート。店が新しくなって続けられるのは嬉しいのさ。でもね、それだけで割り切れるもんじゃないんだよ……」
ただただマーガレットは無言でむせび泣き続き、ユートたちはそれを黙って見守るしかなかった。
「なあ、エリア」
「何よ?」
「マーガレットさんが、大事な店を解体して俺らのギルドを建てさせてくれたんだ。絶対に成功させような」
マーガレットの店の解体があらかた終わった帰り道、ユートがそう言うと、エリアは一瞬呆気にとられたような顔をしていたが、すぐに破顔する。
「当たり前じゃない!」
ギルドの建設は急ピッチで進められた。
とはいえ、半壊した建物の解体ならばともかく、建設となるとそう簡単に終わるわけもなく、ユートたちは大工の棟梁と設計を何度か確認した後は手が空くことになった。
「この間を活かして勧誘を続けよう」
ユートはそう宣言して動き始めようとしたが、実際の勧誘はアドリアンとエリアの天下だった。
アドリアンは古株の冒険者として知り合いを次々に勧誘した。
例えばエレル攻防戦の時に冒険者義勇中隊の中心的な存在だったジミーとレイフ。
他にも何人もの古参冒険者を勧誘してギルドが出来た場合、加入を前向きに考えてもらうことに成功している。
エリアはエリアで冒険者にも剣を教えていた亡父デヴィットの伝手を使って冒険者を勧誘していた。
デヴィットが剣を教えていた当時、まだ幼かったエリアはそのかわいらしさもあってマスコット的存在だったらしく、そのエリアから頼まれて検討しようという者も多かった。
一方でユート、レオナ、セリルはほとんど勧誘することが出来なかった。
まだエレル活動し初めてから短いユートとレオナはともかく、なぜそれなりに経験のあるセリルが、と不思議に思ったのだが、ユートがセリル本人に聞いてもはぐらかすだけだった。
エリアはそれを聞いて、あーやっぱりね、と一言言っていたので、恐らく理由はあるのだろうが、本人が隠していることをあばくのも、とユートは気にしないことにした。
「ところでさ、加盟した冒険者って何をするの?」
「依頼、だろ?」
エリアの言葉に何を馬鹿げたことを、とアドリアンが言う。
「それはわかっているわよ! じゃなくて、誰がどの依頼をするか、どうやって割り振るのよ?」
「早い者勝ちでいいんじゃないか?」
エリアの言葉にアドリアンが相変わらずの適当さで答える。
「あちきはそれには反対だニャ。依頼が上手く行くか考えずに早い者勝ちってことは、例えば初心者が護衛や狩人の依頼を受けたりしてしまうかもしれないニャ」
「それのどこがダメなの? 初心者も冒険者になる伝手がないような初心者にも道を開くのがあたしたちが冒険者ギルドを作ろうとした理由の一つでしょ?」
今度はエリアがレオナに反論する。
「そうよね? ユート?」
「ああ、その通りだな」
「初心者とベテランがいるなら、ベテランに受けてもらった方がギルドの為にもなる初心者の為にもなるニャ。初心者の背伸びを許す理由がないニャ」
「つまり、レオナは初心者は初心者で、身の丈にあった依頼を受けた方がいいって言いたいのか?」
「ユートの言う通りニャ」
ふむ、とユートは考える。
そもそもユートが知る冒険者ギルドというものはゲームや小説の話であり、その知識では確かにランク分けというようなことがされていた。
勿論小説の類と現実は違うのだろうが、今のレオナが言うような弊害を考えればA級、B級というような区分で分けるのはありなのだろう、と思う。
「じゃあ冒険者をランク付けしたらどうだ? すごく実績のある冒険者はA級とか一級とかにランク付けして、初心者はJ級とか十級とかそういう形にして、ギルドの方で依頼の困難さを把握すれば適切なランクの冒険者が派遣されると思うぞ」
「それはいい考えと思うニャ」
「問題はギルド側に相当な知識が求められること、よね。セリーちゃんどう思う?」
「定型的なものなら出来ると思うわね。例えば魔猪なら五級、魔牛なら三級、みたいな感じかしら。数字はてきとうだけど」
「ああ、それなら確かに出来るわね」
「細かいランク付けはあとで考えるとして、方向性としてはそういう感じでいいか?」
エリアとセリルがうなずき合っているのを見て、ユートが纏める。
「あたしは異議無しよ!」
「あちきもいいニャ」
「俺も構わん」
三人が即答する傍でセリルは何やら考え込んでいる。
「どうしたんだ? セリル?」
「ちょっと気になったんだけど、例えばレオナなら忍び寄って魔猪は一対一で倒せるでしょ? でもあたしは無理だし、アドリアンもちょっと厳しいわよね?」
「まあ倒して倒せないことはないが、出来れば仲間と一緒にやりたいわな」
「そういうのをどう扱うのかしら?」
「パーティってことですよね……そうだなぁ……」
「もう一つあるわ。ここにいる五人は狩人としては優秀な部類に入るし、かなり上のランクの冒険者になるわよね。でも、私たちが探検家みたいな依頼を受けるとなっても、同じ高ランクの冒険者として扱っていいのかしら?」
「……確かにそれも考えないといけませんね」
冒険者の評価方法を考える、とユートはメモにしている反古紙に書き付ける。
「まあゆっくり考えましょ。どうせギルド本部が建って、人も依頼も集められてからの話なんだし」
エリアはそう軽く言うが、ユートの悩みは絶えなかった。
「そういえばユート、依頼はどうやって集めるニャ?」
今度はふとレオナがそんなことを言い出した。
「営業活動……もしなくちゃいけないよなぁ……」
「御用聞きは必須ニャ。というかそれ以前の話ニャ。今のままでギルドにちゃんと来てくれるかニャ?」
「どういうことだよ?」
「簡単なことニャ。街の人たちはギルドなんか知らなくて、今まで通り、御用聞きに回ってきた冒険者に依頼するんじゃないかニャ?」
レオナにそう言われてユートも気付いた。
「そういえば宣伝もしなきゃいけないんだなぁ……」
「それだけじゃないニャ。これまで冒険者に依頼してた店とかにもちゃんと話を通しにいかないといけないニャ」
また一つ――いや二つ、やることが増えた、とユートは頭を抱えた。
ようやくギルド本部建設の目処が立った、と考えたところで次々と問題が出てくることに、ユートの頭は痛んでいた。
そんな中、また一つユートの頭痛を増やす使者が、エリアの家を訪れた。
「至急、総督府に来られたし」
使者の持参した書状にはそれだけが書かれていた。
送り主は総督府の主であるサマセット伯爵。
どうせよからぬことだろうというのは容易に想像がついたし、この忙しい時期にエレルを離れることも出来れば避けたかった。
しかも、ご丁寧に五人全員来ること、という念押しを使者が口上で述べたことで、否応なくレビデムまで出頭することになったのだった。
「おう、ユート殿。よく来られた!」
宿場町となっていた村がポロロッカによって消滅してしまったため、前のような木賃宿ではなく野営しつつ五日かけてレビデムまで行くと、サマセット伯爵がにこやかに出迎えてくれた。
その顔はエレル攻防戦の時に見せた情けない顔ではなく、冷静沈着な内政家とも評すべき顔になっていた。
「どうされたんですか?」
「いい知らせだ。アドリアン殿、セリル殿、エリア殿、レオナ殿の四名には先立ってのポロロッカに対する功労を称え、陛下より野戦武勲勲章が下されることになった」
「え?」
「俺たちが?」
エリアとアドリアンが遠慮無く声をあげて驚いていた。
セリルとレオナは何も言わなかったが、内心では驚いているに違いなかった。
「そしてユート殿、ユート殿は叙勲のみならず勿体なくも正騎士に叙任されることになった」
「正騎士、ですか?」
「すごいじゃない!」
「ちっ、お前も貴族様かよ。死にやがればいいのに」
やはり遠慮無く声をあげるエリアとアドリアン。
「いや、ちょっと待って下さい。正騎士ってどういうことですか?」
勿論、ユートも正騎士という言葉は聞いたことがある。
一代限り、正確には役職に就いている間しか叙任されない従騎士とは違い、代々受け継がれる貴族の最下級、という程度の話しか知らないが、ともかく貴族であるということはわかっている。
問題はなぜユートがそんなものに任じられたのか、ということだった。
「此度の武勲を陛下に奏上したところ、黄金獅子の首を取った冒険者は正騎士に任じるべし、と即断されたそうだ。近く勅使が下向され、恐らくこのレビデムで叙任式が行われることになっておる」
「は、はあ……」
ユートとしては余りに虚を突かれてなんと言っていいのか、と言葉を探す。
「いや、僕みたいなのが貴族になっていいんですかね? 正直、反発を招くだけな気がするんですが……」
誰にも言っていないとはいえ、ユートは異世界人なのだ。
身元の保証など何もない異世界人が、ぽっと貴族になっていいものではないだろう。
「貴族か……まあ貴族だな……」
サマセット伯爵もまた、言葉を探すように思案する。
「今から話すことはあくまで私個人の――そう、君と私の友人関係の中で述べていることと思って欲しいのだが……」
えらく勿体を付けて、サマセット伯爵が話を始めた。
「まずな、貴族といっても大きく分けて二つある。一つは私も含めた知行地を持つ貴族で、これは爵位を持つ貴族でもある。一方でもう一つは知行地を持たず俸禄を頂く貴族で、これは爵位を持たず、正騎士と呼ばれる。正騎士はかつて騎士と呼ばれていた階級だな」
そこでサマセット伯爵は一度言葉を切って、じろりとユートを睨めつけた後、再び口を開く。
「ここからが肝要なのだが、かつて行われた王国改革の際、騎士団が廃止され、全て貴族となったのだが本来は全く違うものだ。騎士団は陛下をお守りすることを存在意義とする、能力第一主義であり、平民であろうが王が有能と見込めば登用するのが騎士団だった。そして、その系譜を引くが故に、平民であっても武勲を挙げた者は正騎士に叙任されることを、貴族――ああ、知行取りの貴族も正騎士も全く何も思っておらんのだ」
「じゃあ正騎士に叙任されても……」
「少しばかり人付き合いが増えて、俸禄が頂けるだけで何も問題は無いな。もっとも、正騎士は代々の家柄ではなく、父が高等官――重要な官僚や軍人になれなければ平民に戻る故、精進せねばならんがな」
なるほど、とユートは頷いた。
制度として案外よく出来ているんだな、と思いつつ、自分が貴族の端くれ――サマセット伯爵が言うにはそこまで重く考えなくてもいいのかも知れないが――になることには違和感しかなかった。
「ユート、いいじゃない。あの叙任された英雄が始めたギルドなんですって説明できたらちょうどいい宣伝よ!」
エリアは人ごとと思ってか、笑いながらそんなことを言う。
「全く、軽く考え過ぎだろう……」
「申し訳ないがユート殿には選択の自由はほとんど無いのだ。陛下の勅命である以上、我々も含めてみな叙任をやめろと言うことは出来んからな」
「わかりました。ただ、貴族だからといって変な仕事をさせられるのは……」
「わかっておる。貴族としての教育を受けておらんユート殿をいきなりどこかの役所に放り込んでもどうにもならんのもわかっておる。当面は西方総督府付か、西方軍司令部付となるだろう」
「まあ、それなら……俸禄も入るのであれば……」
ユートは釈然としないながらも、何もせず俸禄が入るならば、と了承した。
いや、現実には了承せざるを得なかっただけなのだが、面倒ごとがなければそこまで拒否する気持ちもなかった。
「それにしてもサマセット伯爵はなんでさっきあんなに念押ししたの……ですか?」
エリアがぎこちない敬語を使いながらそう訊ねる。
「それは決まっておる。私の立場で、知行取り貴族と俸禄取り貴族は別物だ、などと言えばあっという間に王国改革を批判するとは不敬の極み、貴族は対等であるということもわからぬ粗忽者と論難されるのが目に見えておる」
「あ、そういう見方もあるんですね……」
「ユート殿、いいか。君もその貴族の一員になるのだ。おしゃべり一つにも公の場ではちゃんと考えないといかんのだよ」
ユートはその言葉を聞いて嘆息した。
叙任までは貴族ではないとはいえ、貴族に準じる存在であるということで、ユートは総督府の宿舎があてがわれた。
エリアたちも同じであり、そしてあてがわれた部屋はいつぞやポロロッカの情報を求めて古文書を漁った部屋でもあった。
「そういえばもうすぐあれから二ヶ月、ね」
そう言いながら、エリアはメイドが用意してくれたワインを飲み干した。
「早いものだな」
ユートもまた、ワインを飲み干す。
「あんたが貴族様で、あたしが勲章持ち、ね。想像もしてなかったわ」
エリアはそれだけ言うと、虚無的な笑みを浮かべた。