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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第一章 異世界転生編
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第004話 魔法を初めて使う日

 エリアに手を引かれるようにしてユートたちが向かった先は、昨日のパストーレ商会だった。


「ここは覚えてるわよね? パストーレ商会という、レビデムに本店がある西方直轄領の商会のエレル支店よ。代表のパストーレさんのお祖父さんがローランドからやってきて、西方直轄領の拡大にあわせて拡大した商会ね」


 そう言いながらエリアは店内に入っていった。


「あら、エリアちゃん」


 昨日はいなかったおばさんがエリアを目敏く見つけて話しかけてきた。


「伝書使のお仕事は上手くいったの?」

「それなら昨日渡したわ。今日はこのユートの紹介に来たの。支配人はいる?」

「支配人ならさっき会議が終わったところだから、執務室にいると思うよ」


 おばさんはそう言われると、エリアは店の奥に入っていく。

 そして勝手知ったる、と言わんばかりに何度か廊下を曲がった後、一番奥まったところにある一つの部屋のドアをノックした。


「エリアです」

「おーエリアか。入っていいぞ」


 エリアがノックしたドアの向こうからは野太い声が帰ってきた。


 入ってみると、プラナスというのは白髪の交じった髭をたくわえた、厳つい大男だった。


(どちらかと言えば商会の支配人より冒険者の方が似合ってるんじゃないのか?)


 そんな失礼な内心を押し殺したユートだった。


「今日はどうした? また次の伝書使を頼むとは思うが、まだ出来とらんぞ?」

「今日はあたしの相棒になったユートを紹介しようと思って」

「ほう、とうとうエリアも男を見つけたのか」

「ちょっと! 何言うのよ!」


 エリアが顔を真っ赤にして怒っているのを、プラナスは笑いながら見ていた。


「いや、よちよち歩きだったお前さんがなー」

「怒るわよ!?」

「まあそう言うな。儂ら年寄りとばかり付き合いがあって、同年代の友達がおらんかったから心配してたんだぞ?」

「……なんかあたしが友達いないみたいじゃない?」

「ははは、実際そうなんじゃないのか?」


 プラナスの言葉にエリアはふくれっ面のまま黙り込む。


「君がユートか。エリアのことをよろしく頼むよ。エリアは小さい頃から知っているが、どうも無鉄砲なところがあるから心配していたのだ」

「あ、はい」


 ユートとしては二人の関係がいまいち分からず、困惑しながらそう答えるしかなかった。

 プラナスはそんなユートを好ましげに見ていた。


「そうそう、エリア。次の伝書使はたぶん十日後くらいになるからまた頼むぞ。ユート、君もな」


 プラナスの言葉にエリアもユートも頷いた。




「あの支配人、父さんの古くからの友達であたしのことも小さい頃から知ってるから……」


 帰り道、エリアはそんな風に嘆いていた。

 どうやらああやってからかわれるのはいつものことらしい。

 エリアの死んだ父親もまた冒険者であり、プラナスの下でエリアのように働いていたらしい。

 そして、五年前、護衛に出たまま帰らなかった、と言う。


 そろそろいい時間になってきたので、大通りに出店していた屋台で売っている串焼きを食べる。


「意外と美味いな」


 塩味だけしかしない肉だが、素材がいいのか日本で食べたものよりも数段美味いように感じた。


「そうね。あたしも母さんの料理の次に好き」


 エリアもそう言いながら串焼きを頬張った。

 ユートにとっては美味い肉だが、エリアにとっては故郷の味の一つなのだろう。


「だから無理なもんは無理なんだ!」


 二人が串焼きに舌鼓を打っていると、不意に大声が響いた。


「何だ?」

「あっちの方ね」


 ただならぬ大声にユートたちが慌てて走って行くと、二人の冒険者のような男女の、男の方に、みすぼらしい格好をした一人の男がすがりついていた。


「どうしたの? ってアドリアンじゃない」


 どうやら旧知らしいエリアが声を掛けると、アドリアンと呼ばれた男が応じた。

 男は無精髭に長めの金髪を後ろで束ねている三十路前後の男で、短槍と盾を持っている。


「エリアか。どうもこいつの村が魔物の襲撃を度々受けているみたいでな。助けを求めに来たんだが……」

「それで?」

「俺たちはさっき狩猟の契約をしたところで明日から遠征なんだ。それが終わった月末からなら構わないんだが、それじゃダメだと言われてな」


 どうしたものか、とアドリアンが首を振る。


「あの、そっちのお嬢さんも狩人(ハンター)の方でして?」

「おい、エリアは無理だ。こいつは剣の腕前はともかく相棒になれそうな奴が全くいないから遠征は出来ん」

「……なんかあたしに友達がいないみたいな言い方ね。ここにいるユートが相棒になったから遠征は出来るわよ」

「でしたら!」


 男が身を乗り出してエリアに迫る。


「話を聞かせない。相手はどんな奴?」

「大きな兎です。えっと、角があって……」

「角のある大きな兎。ほぼ間違いなく魔兎(ダーク・ラビット)ね」

「だろうな。俺もそう思う」


 アドリアンもエリアの見立てに頷く。


(全く関係ないはずなのに、面倒見はいい人なんだな)


 ユートはアドリアンのことをそう思いながら、エリアと男のやりとりを見守った。


魔兎(ダーク・ラビット)は群れるから厄介だけど、どのくらいの数が出てるの?」

「せいぜい十匹かそこいらです。ただ、畑が荒らされているんで、早く退治しないと」

「それで急いでたのね。でも魔兎(ダーク・ラビット)の十匹程度ならあたしたちに依頼しなくても村の男手駆り出したらどうにかなるんじゃないの?」

「それが……村の男手は昨年末に魔狼(ダーク・ウルフ)が出た時に襲われて……そのせいで今年は作付けもなかなか上手くいっていないんで早く魔兎(ダーク・ラビット)を倒さないと……」


 ユートは兎ならば羽じゃないのか、と突っ込みを入れたくなったが、魔物だけにそこまで細かい呼び分けはしていないのだろう、と自分に言い聞かせた。

 もしグリフォンのような存在がいたら頭なのか匹なのか羽なのか困りそうだから、羽を使わないで数えるというのは妥当なのかもしれない。


 それはともかく、魔物を退治したり、畑を耕したりするのは基本的に男手に頼ることが多い。

 だが、その男手が魔狼(ダーク・ウルフ)にやられているとなれば、作付けが上手くいかないのも当然である。


「行き先はどこ? 報酬は?」

「行き先はここから二日のところにあるセラの村で……報酬は……十万ディール……です」


 男がそう言った途端、場を沈黙が支配した。

 気まずい沈黙が数十秒にわたって流れ続ける中、口を開いたのはエリアだった。


「あんたね! 片道二日なのはいいわ。最初からアドリアンの話聞いててそうだと思ったから。でも往復で四日かかる場所に二人で行って命がけで魔物退治して金貨一枚ってどういうことよ」


 アドリアンも首を横に振っている。


(相場より大幅に安い、ということなんだろうな)


 考えてみると、エリアがレビデムとの往復で稼いだのが金貨一枚、十万ディール。

 比較的安全な伝書使、しかも一人で行くのが十万ディールなら、二人で行って命がけの魔物退治が同額と言われれば安いのだろう。


「すいません……でもそれが目一杯なんです……秋の収穫後の後払いでいいなら、あと金貨二枚出しますから……」


 男は必死に、すがりつくようにエリアに頼む。


「……しょうがないわね。じゃあ公印持ってる? 役場で公証契約してもらったらそれでいいわ」

「は、はい!!!」


 男はエリアの言葉を聞いて喜色を満面に湛えた。


「公印は預かっています。早く行きましょう!」

「ちょっと待って。アドリアン、あんた、この後時間ある?」

「ああ、エリアの傭人(ゴーファー)脱出の祝いだ。先輩としてアドバイスしてやるよ。セリルもいいよな?」


 アドリアンはそう言いながら後ろの、セリルと呼ばれた女性を振り返る。

 セリルもすぐに頷いた。


「エリーちゃん、よかったわね」

「ありがとう! セリーちゃん」

「あ、それと役場に行く前に私の家に寄って。確か前に使った魔物退治の契約書があったはずだから、それをひな形にすればいいわ」

「ありがとう!」


 セリルの言葉に、エリアがもう一度笑顔で礼を言った。


(いちいち契約書を作りに役場まで行くんだ……)


 そんな三人の笑顔の輪から少し離れたところにいて、一人ちょっと面倒くさいな、と思ったユートだったが、よく考えれば日本でも確実な契約書にするために公正証書を作ることを考えれば、同じことだ、と思い直す。




 役場まで歩く間にアルバと名乗った男は、実はセラ村の村長の息子だったらしい。

 そのアルバとエリアの契約は非常に時間がかかった。


 まずアドリアンとセリルにもらった契約書のうち、報酬、契約解除の条件、契約期間のあたりをアルバとエリアの間で一々話し合って見直した上、それを書き直して契約書を完成させねばならなかった。

 これだけでもたっぷり時間が取られたのに、その後、役場まで行って、エリアが住民証を、アルバが住民証と委任状を出して身分を証明して、役人の承認を受けてようやく契約が成立したのだ。

 村とエリアの間で、魔兎(ダーク・ラビット)の討伐に成功するか、規定の日数の間戦い続ければ、麦の収穫が終わる八月末に二十万ディールを受け取るという契約が公に認められたのだが、その時には既に夕暮れが近くなっていた。


 契約が終わった後、アルバは翌朝に城門での再会を約して、宿を取るために姿を消した。


「セリーちゃん、魔法使えたわよね?」

「ええ、使えるわ。火魔法だけだけど」

「ユートに教えてやってくれない? まだ魔法試したことないらしいから」

「試したことがないって珍しいわね。じゃあ最初から教えた方がいいかな?」

「そうね。頼める?」

「いいわよ」

「おいおい、その前に買い物に行くぞ。遠征するなら買うもの沢山あるだろ? アドバイスしてやるから一緒に来い」

「あーそうだった。忘れてたわ。アドリアン、よろしく!」


 ユートを置いてきぼりの会話が続いていたが、どうやら買い物に行くことに決まったらしい。


「というか、俺よく考えたら挨拶してねーわ。アドリアンって言います。エリアの父上にはお世話になった狩人(ハンター)です」

「アドリアンの相棒でセリルです」

「あ、挨拶が遅れました。ユートと言います。えっと、ちょっと色々と事情があって、しばらくエリアと行動を共にすることになりました。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。今から遠征用の毛布やらを買いに行くからついてきな」


 アドリアンはそう言うと先頭を切って歩き出した。




 そこまで買い物には時間は取られなかったが、それでも契約に時間がかかったこともあり、買い物が終わった頃には夕暮れになっていた。

 買った物は毛布二枚に小型のテント、そして大型の水筒と食糧だった。

 これだけでいいの、と訊ねるエリアに、物を増やせばその分だけ戦闘がしづらくなるとアドリアンは答えていた。


「今日はありがと! もしよかったらうちに寄ってかない? さっき晩御飯の材料も大目に買ったし、今日はご馳走するわ」

「エリアの飯かよ……」

「何よ、文句あるの?」

「エリーちゃんもそろそろ嫁入り修業しないとね」

「あたしは嫁入りなんてしないわ!」


 アドリアンとエリア、セリルは相変わらず他愛もない会話を続けていたが、夕食はエリアの家で摂ることになったようだった。


「あらあら、アドリアンにセリル。元気にしてた?」

「マリアおばさん、久しぶりです」

「ご無沙汰しています」


 マリアとも旧知だった二人を含めた、五人の食卓は、アドリアンやセリル、エリアの昔話で盛り上がった。


「そうだ、セリーちゃん、今から魔法の使い方教えてあげてくれない?」


 夕食が終わった後、思い出したかのようにエリアはセリルに頼んだ。


「いいわよ」


 セリルはそう言うとユートに説明を始めた。


 曰く、魔法には火土水風の四つの属性がある。

 曰く、魔力に属性を帯びさせて、それを放出することで様々な魔法を行使できる。

 曰く、魔力放出は簡単だが、属性を帯びさせるのは才能やセンスが必要。

 曰く、魔法はその属性ごとに特徴があり、それを掴まないと中々戦闘では活きない。

 曰く、魔力には限りがあり、その限界を超えると魔法は行使できなくなる。


「そういえば、エリアの身体強化ってどういう魔法なんですか?」

「エリーちゃんの身体強化は四属性のどれにも当てはまらないわ。属性を帯びない魔力を使って何かするのは魔法って言えるのかわからないけど……」


 ユートのそんな質問に、セリルは困ったような顔をして答えた。


「そもそも魔力があるかを調べる意味でも、まず魔力放出を出来るようになるべきね。その上で属性を帯びさせる練習をした方がいいわ」


 セリルはそういうと、掌を広げたまま、前に翳すように言い、言われるまま翳しているユートの右手の掌に自分の左手の掌を重ね合わせた。


 次の瞬間、ユートの右腕に、ひりつくように熱いような、何かが流れるような感覚が、掌から肘、肘から肩へと走った。


「今のは!?」

「私の掌から魔力を流したのよ。今の感覚を忘れないで。今度は自分で同じようなことをするつもりになってみて」


 言われるままユートは何かが流れたかのような、今し方の感覚を実践しようとする。

 と言っても、どうしたら流れるのかわからないが、ともかくユートは流れろ、流れろと念じ続けた。

 すると、さっきと同じような、ひりつくように熱いような、何かが流れるような感覚が、今度は肩から肘、肘から掌へと走る。


「うん、今のでいいわ。魔力もあるみたいだし、今のをもっと素早く出来るようになったら実戦的な魔力の放出は出来るようになるわ。後の属性を帯びさせるのは……やり方を覚えて、反復練習して、後はセンス次第かな」


 そう言うと、セリルはからりと庭に続く引き戸を開けた。


「もし魔法が行使できちゃったら大変なことになるから外でやりましょう」


 そう言って庭に出た。


「いい、魔法はこうやって行使するの」


 そういうとセリルは火の玉を作ってみせた。


「これは火球(ファイア・ボール)ね。ユートくんもやってみて」


 ユートも庭に出て、さっきの流れる感覚を再現する。


「ちゃんと魔力の放出は出来てるわ。その魔力が燃えるのをイメージして。魔法ではイメージが一番大事なの。それが出来たら魔力に火属性を帯びさせられるの」


 ユートは言われたように火をイメージしようとする。


(火ってことは燃焼だな……燃焼は、確か酸化だったか。炭素と酸素と結合する反応だよな)


 ユートは頭の中で魔力が炭素や酸素となり、それらが結合して炎となっているイメージをする。

 燃焼状態はプラズマだったか、などと余計なことも考えたが、それを考え出すとむしろ正確なイメージが出来なさそうだったので、頭から振り払う。


「イメージが出来たら、その魔力を放出してみて」


 言われるがまま、掌を誰もいない方向に向けて翳して、魔力を放出する。


 ごう、と音がして、紅蓮の炎が掌から放出された。

 日本を知っている者ならばそれは火炎放射器、と思っただろうが、ユートはともかく、教えていたセリルや、端から見ていたエリアにとってはそんな知識はなく、ただ驚愕するだけだった。


「ちょっと! 止めて! 家が燃えるでしょ!」


 エリアが大声で怒鳴った。


「ユートくん、魔力の放出を止めて!」


 エリアの怒鳴り声に我に返ったセリルが叫んだ。

 その声を聞いてユートもようやく魔力の放出を止める。


 セリルが唖然としている横で、エリアは怒髪天を衝いている。


「ちょっと、ユート! うちの家燃やすつもり!?」

「いや、まさかあんなことになるなんて……ごめん」

「エリーちゃん、私も最初からこんな風に魔法を使える人いるとは思わなかったわ……ごめん、庭で出来ると思ったけど甘かったわ……」


 なんとも言えない空気になった。


「で、でもユートくんはすごいわよ。あなたが使ったのは火魔法の中では火球(ファイア・ボール)の変形版、火炎放射(ファイア・スロー)とも言うべき魔法ね。私だって何回も魔法を教えたりしてきたけど、こんなすぐに強力な魔法を行使したの初めて見たんだから」


 セリルのフォローにエリアが相好を崩す。


「そうでしょう! ユートはすごいんだから!」


 エリアの余りの変わりようにセリルとアドリアンは苦笑いをしていたが、さすがにこの威力が出る可能性がある、となると庭では練習できないのでお開きとなった。


「明日の朝、出発前にちょっとだけ門外で練習しましょう」


 セリルたちはそう言って辞していった。


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