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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第039話 決戦Ⅳ

「エリア!」


 ユートが叫ぶ。

 人の倒れる音に振り返ると、倒れていたのはエリアだった。

 黄金獅子(ダーク・レオ)の体当たりを受けてはじき飛ばされた後、足を痛めていたはずだが、どうしたのか、と頭の中を疑問が駆け巡る。


「どうした!?」


 駆け寄ると、エリアの服が真っ赤に染まっているのがわかる。


「……大丈夫よ」

「さっきぶつかった時にどっか怪我してたのか?」

「ちょっと足を切っただけ。大丈夫よ」


 青い顔でそう言うエリア。


「どう見ても大丈夫じゃないだろ!」

「ユート、それより早く黄金獅子(ダーク・レオ)を追いなさい」


 そのエリアの言葉に返す言葉がない。


「セリーちゃん、悪いけど短弓貸してくれない? 動けそうにないからあたしはついてけないけど、足やっちゃってるから剣より短弓の方がまだ使えそう」

「それはいいけど……」


 この血の臭いに魔物が寄ってきたら一巻の終わりのエリアを一人、置いていっていいのか、と迷いが顔に出ている。


「早く追いかけるのよ」

「エリアを置いて行けるかよ」


 そんな押し問答にレオナが割って入る。


「ユート、あちきが残るニャ。エリアとあちき、二人いれば魔物にやられることはないニャ」

「いらないわよ!」

「あちきもさっきの魔法で血を失っているニャ。追いかけている最中に倒れるくらいならここで二人残る方がマシと思うニャ」


 真か嘘か、レオナはそんなことを言う。


「……じゃああたしたち二人が残るから、あんたたちは早く追っかけなさい」


 エリアの言葉に、ユートも頷く。


火治癒ファイア・ヘモスタシス!」

「ユート!? あんた、これから戦いなのに魔法使ってどうするのよ!?」

「せめて止血だけはしとかないとな」


 ユートの言葉にエリアは強い口調で言い返す。


「絶対黄金獅子(ダーク・レオ)を仕留めるのよ!」

「ああ」


 二人の視線が交叉した後、ユートはきびすを返す。

 それを見て、エリアはそれまでの怒っていた表情を緩め、笑った。

 その表情はユートのことを信頼している、と言っていた。




「おい、こっちだ」


 レオナがいなくなったこともあり、ベテランのアドリアンが先導する形となる。

 追跡は比較的楽だった。

 というのも、ユートが黄金獅子(ダーク・レオ)に付けた傷から出血しているらしく、足跡以外にも血が点々と残っており、それを追いかけるだけで済んだのだ。


「奴は恐らく前足の怪我でそこまでスピード出てないぞ。これなら追いつけそうだ」


 アドリアンは空を見上げながらそう言った。

 既に薄暮を迎えており、ユートは近くにいるアドリアンの表情も読み取りづらい。

 もう少し時間が経てば真っ暗になることは明らかで、アドリアンが作った即席の松明の明かりだけで戦うのは難しいだろうし、それまでに追いつけなければユートたちの負け、ということになる。

 だが、アドリアンはそうはならないだろうと踏んでいたのだ。


 そして、そのアドリアンの直感は当たっていた。

 一キロも追跡したあたりで、不意を突くように魔歯虎(ダーク・スミロドン)がその姿を見せたのだ。


「おうおう、こいつがいるってことはよ……」


 アドリアンが不敵に笑う。


「近くに黄金獅子(ダーク・レオ)もいますよね」


 動きを見ている限り、この魔歯虎(ダーク・スミロドン)はあの黄金獅子(ダーク・レオ)の側近か親衛隊か、そういう立場の魔物のようだ。

 その魔歯虎(ダーク・スミロドン)が現れるということはいよいよ逃げられないと悟った黄金獅子(ダーク・レオ)が近くにいるのだろう。


「天晴れな忠義、だな」


 アドリアンは魔歯虎(ダーク・スミロドン)をそう評する。


「ユート、お前は血の跡を追っかけろ。こいつが時間稼ぎをしている可能性もある。俺とセリルもこいつを倒したら後を追うから、無理するんじゃねぇぞ」


 アドリアンはそう言うと、剣を構えた。




 セリルが持っていた松明を受け取ると、アドリアンたちを置いてユートは独りで追跡をする。

 血は相変わらず点々と続いており、まず迷うことはなさそうだった。


 正直にいえば、ユートに後ろ髪を引かれるような思いがないわけではない。

 動けないエリアや、それを守るレオナも心配だし、魔歯虎(ダーク・スミロドン)と相対しているアドリアンやセリルも心配だった。


 だが、追いかけないわけにはいかない。

 ここから自分が追いかけて、黄金獅子(ダーク・レオ)を追い詰めなければならない。

 ここまで自分が来れたのは、彼ら四人や、アーノルドとその騎兵隊、そしてその他多くの人たちのお陰なのだ。


「重いな……」


 ユートはつい独り言ちた。

 余りにも多くの人からの期待や、信頼や、責任や、その他色んなものを背負い込んでしまっていた。

 この半年で慣れたはずの剣の重さが、急に十倍にもなったかのような錯覚に囚われる。

 それでも必死になって前に前に歩こうとする。

 もし一度立ち止まってしまえば、足がすくんで二度と動けなくなりそうだった。


 そんな思いを抱きながら、少しの間気もそぞろに歩いていた。

 だが、すぐに我に返ることになった。


 そう、咆哮が響いた。



 見ると黄金獅子(ダーク・レオ)だった。

 暗闇など関係なく、その魔物は輝く黄金のたてがみをたなびかせ、雄々しく咆哮していた。

 ユートに付けられた左前足の傷からは相変わらず出血していて、他にも小さな傷はあるのだろうが、そんな不利を感じさせないほど、雄々しく咆哮していた。


 ユートも叫んだ。

 いや、それは吠えたという方がよいのかもしれない。

 それは自分に活を入れるため、勇気づけるために理性がそうさせたのか、それともただ闘争本能に任せたものだったのかはユートにもわからない。

 何を叫んでいるのかもわからず、ただ吠えた。


 そして、剣を構える。

 三度、ユートと黄金獅子(ダーク・レオ)は対峙する。


 お互いに吠えるのを止めた一瞬の間の後、ユートが仕掛けた。

 飛びかかるユートに、黄金獅子(ダーク・レオ)はじっと待ち構える。

 そして、さっと身を引くことで生じた、ユートの剣が地面を叩く隙を突いて躍りかかろうとする。

 ユートもそれを読んでバックステップを踏んでかわし、剣を浅く薙ぐことで隙を作らせようとするが、黄金獅子(ダーク・レオ)もそれには乗らない。


 何度かユートの胸甲(キュイラス)あたりを黄金獅子(ダーク・レオ)の爪が掠め、何度かユートの剣が黄金獅子(ダーク・レオ)のたてがみの辺りを掠める。

 剣と爪の、激しい応酬が続く。

 しかし、お互いに決定打にはならない。


 何度目かの応酬を終えた後、ユートは数歩下がって距離を取る。

 剣では致命傷を与えられない、と考えて、魔法に切り替えようとする。


(何にする!?)


 激しい応酬のせいで体の筋肉はとめどなく酸素を要求し、早鐘のように心臓は打っている。

 それでも酸素が行き渡らず、よく回らない頭で必死に考える。


火球(ファイア・ボール)は威力が小さい。じゃあカーライルさんたちが使っていた火爆(ファイア・ボム)か……ダメだダメだ。いきなり使える程、簡単なもんじゃない)


 そう考えているうちに、黄金獅子(ダーク・レオ)が一段と輝きを増す。


「マズい!」


 ユートは思わず叫んでいた。

 同時に炎結界(ファイア・バリア)を張る。

 疲労で反応は遅れたが、どうにかあのかまいたちの魔法を防ぐことに成功する。

 逃げ切られたらどうしよう、と思ったが、暗闇が幸いして黄金獅子(ダーク・レオ)の光り輝く巨躯を見失うことはなさそうだった。


 とはいえ、風の魔法が荒れ狂っており、炎結界(ファイア・バリア)の特性上、ユートの魔力もどんどん削られていく。

 このままでは魔力が切れて、風魔法で切り刻まれる未来しか見えなかった。


「一か八かだ!」


 ユートはそう叫ぶと、炎結界(ファイア・バリア)を維持しながら魔法のイメージを練る。


火炎旋風(ファイア・ストーム)!」


 仲間がいるわけではないから、叫ぶ必要はなかったのかも知れないが、思わず叫んでいた。

 そしてそれと同時に炎結界(ファイア・バリア)を解除――炎で出来た旋風と、土を巻き込んだ旋風、二つの旋風が激突する。


「まだいける!」


 ユートは魔力が枯渇しないように、出来るだけ絞りながら、それでも押し負けないように十分な威力の魔法を叩きつける。

 同じような魔法同士の押し合いはたっぷり二分も続いた。

 お互いに必死になって魔力をつぎ込んでいたが、不意に黄金獅子(ダーク・レオ)の、光りがすうっと薄くなった。

 と、同時にユートの火炎旋風(ファイア・ストーム)が、黄金獅子(ダーク・レオ)の風魔法を弾き返し、黄金獅子(ダーク・レオ)そのものを包み込む。


 荒れ狂う炎が収まった時、それでも黄金獅子(ダーク・レオ)はまだ四本の足で立っていた。

 輝いていた毛並みはあちこちが焦げて見るも無惨な姿となっていたが、それでもまだ雄々しく立っていた。


「しぶといな」


 ユートはふらつく足で踏ん張りながら、剣を構える。

 黄金獅子(ダーク・レオ)もまた、そのユートの様子に身を低くして飛びかかろうとする。

 もう何回目になるかわからない対峙。


 今度もまた、先に仕掛けたのはユートだった。

 切っ先は避けられたが、それでもその動きは随分と精彩を欠いているのがよくわかった。

 だが、油断せず、一撃、二撃と様子見の斬撃を見舞う。

 黄金獅子(ダーク・レオ)もまた、それをかろうじてかわすが、斬撃で出来た隙を突くほどの体力は残っていないらしい。


 十回も切り結んだだろうか。

 とうとう黄金獅子(ダーク・レオ)が大きな隙を見せた。

 ユートは、頭の芯の、どこか冷静な部分が冷静に働いて、その隙を突くべく剣を動かす。

 それはもう考えている、ではなく、反射的に斬りつけたといってもよかった。


 刹那。

 ユートの視線と、黄金獅子(ダーク・レオ)の視線が交錯する。


「あっ!」


 ユートは短くそう叫んでいた。

 黄金獅子(ダーク・レオ)の瞳の奥に、何か自分と同じものを見たような気がした。


 そして、ユートの剣が黄金獅子(ダーク・レオ)の立派なたてがみに入る。

 力の乗ったその切っ先は、黄金獅子(ダーク・レオ)のたてがみで滑らず、たてがみと皮膚を斬り裂き、頸動脈まで達する。

 パッと赤い血しぶきが舞い、ユートを返り血が襲う。


 ユートが慌てて避けようとして一歩飛び退いた時、黄金獅子(ダーク・レオ)の瞳は既に光を失っていた。

 そのまま、黄金獅子(ダーク・レオ)はどう、と倒れた。




 しばらくの間、ユートはその黄金獅子(ダーク・レオ)の亡骸の傍で放心していた。

 それは、何よりも疲労によるものだった。

 後で考えても、へたり込まなかったのは奇跡であるくらい疲れ切っていた。

 既に夜のとばりは下りており、いつの間にかユートの持っていた松明も消えており、そして黄金獅子(ダーク・レオ)もその輝きを失っており、原初の暗闇の中に、ユートはたたずんでいた。


「おい、ユート!」


 不意に後ろから声を掛けられた。


「アドリアン……?」

「おう、そうだ。何やってやがる? 黄金獅子(ダーク・レオ)は?」


 ぼう、と明るくなる。

 見るとセリルが小さな火球(ファイア・ボール)を傍の木にぶつけていた。

 松明代わり、ということなのだろう。


「ここ、です」


 ユートは足元を指さす。


「お! すげぇじゃねぇか。一人であいつを仕留めたのかよ!」


 アドリアンは驚きと喜びをいっぺんに露わにする。


「遅くなってすまなかったな。魔歯虎(ダーク・スミロドン)の野郎がものすごく粘りやがったんだ」


 そう言うアドリアンの顔は傷だらけだった。

 慣れない剣で戦ったと言うことを差し引いても、魔歯虎(ダーク・スミロドン)もまた死力を尽くして、黄金獅子(ダーク・レオ)のために戦ったのだろう。


「いえ、大丈夫です」

「暗闇で一人ぼーっとしてるのを見た時は気でも触れたかと思ったけどな」


 そう言いながらアドリアンは笑ってみせる。


「これで、解決するんですかね?」

「わからねぇよ。でもこれだけ強い奴を倒したんだ。何かあるって考えるのが普通だろうな」


 アドリアンは満足げにそう言った。


「確認しないといけないですね。とりあえずエリアと合流しましょう」

「お前、また口調が敬語に戻ってるぞ」


 アドリアンがからかうように言う。


「……しょうがないでしょう」

「背伸びしろとは言わんが、別に俺になんか敬意払う必要はねぇよ。お前は立派なリーダーなんだからよ」


 アドリアンはそう言って笑った。




 エリアたちと合流した後、そこで露営することになった。

 もうすでに夜も更けてきており、今から下山するのは危険、という判断と、まだ魔物が去ったとは限らない以上、夜間戦闘になれば戦うのは不利、ということからだった。


「あちき一人なら夜だって戦えるし、山だって歩けるニャ。でも怪我のエリアまでいるのにそんな無茶は出来ないニャ」


 レオナはそんなことを言っていたが、そのレオナも怪我と疲労でふらふらだった。

 魔力を使い切る寸前だったユートも、魔歯虎(ダーク・スミロドン)との死闘を繰り広げたアドリアンたちも同じであり、露営することには誰も文句はなかった。



 そして翌朝。

 薄明の頃からエリアがごそごそと起き出していた。

 うつらうつらしている見張りのレオナに気付かれずにユートを叩き起こす。


「あたしも、仕留めた黄金獅子(ダーク・レオ)を見たい」


 エリアの言葉にユートは笑顔で頷いた。



 二キロばかり歩くと、黄金獅子(ダーク・レオ)を倒した場所に着いた。

 黄金獅子(ダーク・レオ)は昨日のまま、そこに倒れていた。

 既に金色の毛並みは光ってこそいなかったが、それでも白んできた空を反射して輝いていた。


「こいつが、悪の元凶だったのかな」

「わからん」


 短くそう言う。


「これで、エレル助かるかな?」


 エリアが不安げにそう言う。


「見てみようぜ。ここら辺はもう尾根筋に近いから登ればエレルまで見えるんじゃないか?」


 ユートはそう言うと、傍らの木を指さす。


「あたし、足を怪我してるから登れないわ。傷口は塞がってても怖いし」

「上から引っ張り上げてやるさ」


 そう言うと、ユートは巧みに木に登り、エリアを引き上げる。


「あれが、エレルね」


 エリアが枝の上で背伸びするようにエレルを見る。

 朝日に照らされたその市壁に取り付くものはなかった。


「勝ったのね」

「ああ、そうみたいだな」


 そう言うと、二人は木の上で、気が狂ったように笑い出した。


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