第038話 決戦Ⅲ
「待ちやがれ!」
ユートたちと同時にアドリアンたちも飛び出したようだった。
黄金獅子の行く手を四人が塞ぐ。
レオナはその間に後ろに回り込んで退路を断っている。
だが、ユートたちにとって誤算だったのは黄金獅子が一頭だけで戻ってきたわけではないことだった。
左右には、剣のように牙の長く、まるで剣歯虎のような魔物が二頭、一緒に帰ってきていた。
強そう、という以上に牙の鋭さ、長さに恐怖を覚えるような存在だった。
「あいつは……なんだ……?」
アドリアンが困惑しきったような声を上げる。
「魔虎の変異種、か?」
「スミロドンとか、そこらへんの……剣歯虎の魔物じゃないですか?」
「魔歯虎、か……」
「アドリアン! ユート! そんなことはどうでもいいでしょ。黄金獅子さえ仕留めちゃえばあたしたちの勝ちよ!」
エリアの声にアドリアンが我に返る。
その間に、黄金獅子も目の前の五人の人間どもが、自分に敵意を向けていることを理解したようだった。
小癪な人間ども。
そう言わんばかりにユートたちを睥睨する。
そして、咆哮。
ただの吠え声のはずが、びりびりと空気が震えるような錯覚に陥るほどの咆哮。
ユートは思わずびくりと体を強張らせてしまう。
「ふざけるなよ!」
思わずそう叫んでいた。
それは自分の中の恐怖心に打ち克つためだったのか、それともこれまで殺された人々の無念に対する怒りだったのかは叫んだユート自身にもわかっていなかった。
ユートの叫び声でアドリアンが我に返ったかのように槍を握りしめる。
黄金獅子と、近くにいる
五人の人間と、三頭の魔物が対峙する。
動いたのは魔物の方が先だった。
魔歯虎が黄金獅子を庇うように一歩前に出る。
それにあわせるようにして、アドリアンとエリアも一歩前に出て、白兵戦では一人劣るセリルを庇うように動く。
再び睨み合いとなるかと思ったその刹那。
三頭が不意を突くように駆けた。
「畜生!」
アドリアンが叫びながら槍で突き、エリアが片手剣を構える。
アドリアンと一頭の魔歯虎が交錯し、エリアと黄金獅子が衝突する。
パッと赤い飛沫が飛び散り、そしてエリアが宙を舞う。
ユートの脳裏に、同じように魔物の突進を受けて死んだカーライルのことが重なる。
「エリア!?」
「火球!」
間髪入れずにセリルが放った火球が、エリアを追撃しようとしていた魔歯虎に直撃するが、ダメージは少ないようだった。
それでもその間にユートがはじき飛ばされたエリアに駆け寄り、付け込む隙を与えない。
「大丈夫か、エリア?」
爪でやられたのか腕から血を流れているが、。サムアップで応じるあたり、大きな怪我ではなかったようだった。
平気そうな様子にほっと胸をなで下ろすユート。
「火治癒」
「ありがと」
腕から流れる血が止まったのを見てエリアは礼を言いながらブーツを脱ぎにかかる。
「どうした?」
「足をやっちゃった」
そう言いながらブーツを脱ぐと、右足首が腫れ上がってきているのがわかる。
「えっと、冷やした方がいいんだが……」
「ちょっと、ユートくん! エリーちゃんが大丈夫なら戻ってきて!」
後ろからセリルが大声を上げる。
見るとアドリアンが魔歯虎と黄金獅子を相手にして、不利な戦いを強いられていた。
それでも致命的な一撃を避けて、上手くいなしているのはさすがだったが、そんな戦いが長く続くわけもない。
「あんた、早く戻りなさい」
エリアに急かされて、慌ててアドリアンのところに駆けつける。
「遅ぇぞ!」
アドリアンはそう言いながら槍でフェイントを入れて黄金獅子を牽制する。
「すいません!」
ユートは謝りながら、黄金獅子を睨みつける。
二頭と二人、再び睨み合いとなる。
一方でレオナは殿となったらしい魔歯虎と一対一で戦っていた。
本来ならばレオナの鎧通しではこうした大型の魔物と戦うのは不利だったが、今回は頑丈な両手剣であるからどうにか魔歯虎の攻撃をいなし、時折反撃することが出来る。
これがいつもの鎧通しだとどこかでへし折られていただろう。
「素直に仕留められるニャ!」
ふざけた口調でそう言いながら、鋭い突きを放つ。
両手剣ではあるが、ついつい普段の癖で突きを多用してしまう。
レオナという剣士の持ち味は間違いなく一撃必殺の突きであり、特に相手が気付いていない状態の、奇襲となる突きはどんな魔物でも仕留めるだけの力があると言える。
そして、そうした変則的な剣士であるが故に、普通の両手剣を使った場合、その力を十全に生かし切れているとは言えなかった。
それでも獣人特有の膂力と俊敏さでカバーして互角には持ち込んでいたが、魔歯虎の、いや動物一般の弱点である目を突きで狙ったところで、やすやすとそれが通るわけはない。
レオナの突きを最小限の動きでかわした魔歯虎は態勢を整えてレオナに飛びかかる。
それを見てレオナは右側に飛びながら、片手両手剣を叩きつけるようにして受け流して魔歯虎をかわす。
「まだまだだニャ!」
そう言いながら再び魔歯虎と対峙する。
レオナは魔歯虎の攻撃をかわす自信はあったが、同時に魔歯虎に自身の突きが易々と通るとは思えなかった。
つまるところ、レオナと魔歯虎の一騎打ちは膠着していた。
黄金獅子の巨躯から発せられる威圧感に、ユートは少し心が粟立っていた。
「来るなら来い!」
己を奮い立たせるように叫ぶ。
黄金獅子もまた咆哮で応じる。
びりびりと空気が震える。
睨み合いから、黄金獅子は勝ち誇ったように歩を進める。
ユートはその動きに圧倒的な勝者の余裕を見たような気がして、すぐに首を振ってそんなことはない、と自分に言い聞かせる。
そして、先手を取るべく一歩踏み込むと中段に構えた片手半剣を黄金獅子目がけて振り下ろす。
だが、切っ先が軽く黄金獅子に触れたくらいでさっとかわされる。
続いて黄金獅子の突進。
「火球!」
咄嗟に魔法を放つ。
パッと火花が散って直撃したことを知らせるが、黄金獅子は頓着せずに突っ込んでくる。
もしぶつかればエリアの二の舞だ、と慌ててサイドステップを踏んで避けようとする。
すんでの所でかわしきって、再び対峙する。
じっと観察すると、金色の毛並みが、火球が直撃したところだけ少し焦げているような気がした。
(魔法の方が効くのか!?)
ユートはそう思うと、精神を集中させる。
一度のミスが命取りになる。
それは取りも直さず、エレルの街の命取りだ。
魔力の残り具合はいまいちよくわからないが、朝から使ったのは火治癒とさっきの火球だけ。
まだまだ魔法も使えるだろう。
黄金獅子はユートの魔法に少し警戒をしているのか、先ほどよりは警戒心を見せつつ、それでも余裕があるように見える。
ユートは左手をかざして唱える。
「火炎放射!」
ユートの得意な魔法の一つ、火炎放射だ。
セリルに火球を教えてもらっていた時に、間違って使ってしまった魔法だが、案外使い勝手がいいので多用している。
ユートの左手から放たれた炎は、黄金獅子をなめ回す。
ちりちりと焦がす炎に苛立ったのか、今度は黄金獅子から飛びかかってきた。
咄嗟に片手半剣を片手で振るって足を狙う。
片手で堅い頭蓋骨をたたき割ることは出来ないし、動物は足さえ止めてしまえば怖いことはない。
これはユートが半年に及ぶ狩人としての生活で学んだことだった。
ユートの剣は片手であるが故にそこまでの力が籠められていなかったが、飛びかかってきた黄金獅子の勢いが加味されていたらしく、ざっくりと左前足に食い込んだ。
そして、ユートの力が負けて剣ははじき飛ばされる。
「あっ!」
痺れる右手と飛ぶ片手半剣を見ながら、そんな声を上げていた。
咄嗟に体をよじって黄金獅子と衝突しなかったとはいえ、剣を手放してしまったことにまずい、と思いながら右手で魔法を放つ。
火球が黄金獅子を直撃すると同時に、火炎放射を放つのを止め、剣のところまで駆け寄る。
「大丈夫!?」
少し離れたところで座り込んでいるエリアの声が聞こえる。
見ると、片手にエリアの片手剣が握られているあたり、もしユートの剣がダメならば自分の剣を貸し与えよう、というのか。
エリアの亡父デヴィットの剣。
他人に使わせるどころか、持たせることも滅多にないほどエリアがその剣を大事にしている剣であり、それを知っているユートは少し驚きながら、自分の剣を見る。
幸い歪みも欠けも無いようだった。
「大丈夫だ!」
そう言いながら剣を構え、そして黄金獅子を見る。
ユートの剣が跳ね飛ばされるほどの黄金獅子は左前足から結構な出血があった。
お互いに仕掛けるタイミングがないまま、じりじりと時間が過ぎる。
三人の中で、アドリアンは一番有利だった。
まず武器がいい。
別に業物ではないが、魔物――特に大型の魔物と戦う時には槍というリーチのある武器が一番とアドリアンは考えている。
殴ることも突くことも出来るし、一撃で死にかねない牙や爪の射程外から攻撃することが出来るからだ。
勿論下手な者が使えばあっさり懐に入られて死ぬ未来しかないわけだから、誰彼構わず槍を薦めようとは思っていなかったが、狩人としての自分には槍が一番合っていると感じている。
また、後ろにはセリルがいた。
セリルは時折火球を放ち、時に魔歯虎を牽制し、時に直撃させてダメージを与え続けている。
そして、セリルの魔法で作った隙をアドリアンが槍で突き、アドリアンがフェイントやなぎ払って作った隙をセリルが魔法で突く。
その槍と魔法の優位、そしてセリルとの連携の優位があったからこそ、アドリアンは魔歯虎相手に、その鋭い牙の範囲外から戦うことが出来た。
勝てる、と踏んで攻勢に出る為に大盾を捨てて槍だけで何度も突きを繰り出す。
魔歯虎はそれを躱しきれずに何度も受ける。
だが、槍と言えども無敵ではない。
アドリアンの槍に翻弄されてた魔歯虎は、くるりと背を向けると距離を取る。
アドリアンがそれに目がけて追撃の突きを放とうと踏み込んだ時、さらにもう一度反転した魔歯虎が突っ込んできた。
「死ねや!」
アドリアンはそう呟きながら槍を繰り出した。
槍の穂先は狙いを過たず、きっちりと魔歯虎の背を突いていた。
しかし、毛皮で穂先が滑る。
「くそ!」
罵声を浴びせながら、穂先が滑ったことで勢いがつきすぎてたたらを踏む。
「火球!」
隙を見せたアドリアンに躍りかかろうとしていた魔歯虎を火球が直撃する。
「助かったぜ!」
そう礼を言うと、すぐに槍を構え直して、再び渾身の突きを放つ。
一方で体勢を崩された魔歯虎もその巨体を躍らせてアドリアンに飛びかかる。
至近距離から一人と一頭が交錯する。
「へへへ、どんなもんよ!?」
交錯の後、立っていたのはアドリアンだった。
手に握られているのは柄が半ばから折られた槍。
しかし、その片割れはアドリアンを食い殺そうとした魔歯虎の、口から後頭部まで突き通していた。
どう、と魔歯虎が倒れる。
アドリアンが魔歯虎を仕留めたことで、形勢は一気にユートたちの有利に転がりそうだった。
手空きとなったアドリアンとセリルがユートに加勢して黄金獅子を仕留めようと動く。
もう一頭の魔歯虎はレオナがしっかりと抑え込んで、仕留めきれないにしろ拘束している。
この優位を活かそうと、ユートはアドリアンとともに黄金獅子を包囲するように動く。
逆にその不利を黄金獅子も悟っていたようだった。
咆哮一声。
今までの咆哮よりも、一段と強くなされたそれに、ユートたちは体がすくむ。
「悪あがきかよ!」
アドリアンが毒づきながら、柄だけになった槍を捨てて腰にぶら下げていた剣を抜き放つ。
だが、違っていたのは魔歯虎の動きだった。
今まではレオナの相手をしていたのだが、その咆哮を聞いてぱっと反転すると、黄金獅子のすぐ傍に駆け寄る。
余りに鮮やかな身のこなしに、レオナは追撃を放つことも出来ず、二頭への囲みに加わる。
魔歯虎が加わったとはいえ、ユートたちにもレオナが来たことで、特段不利になったとはユートは思わなかった。
その時、黄金獅子の輝く毛並みが、一段と輝きを増す。
パッと砂煙のような、旋風のようなものが立つ。
「なんだ!?」
アドリアンが叫ぶ。
「魔法よ! 炎結界!」
セリルの声を聞いてユートも反射的に炎結界を展開した。
だが、それが届かなかったアドリアンやレオナは小石や砂を巻き上げた激しいつむじ風に呑み込まれてしまう。
かまいたちが暴れ狂う。
数瞬してつむじ風がようやく収まった時、既に黄金獅子の姿はなかった。
「逃げられた!」
ユートが叫ぶ。
「痛いニャ……」
声のした方を見ると炎結界に守られないまま、つむじ風にやられたアドリアンとレオナはあちこちに切り傷だらけとなっていた。
特にレオナはもろに食らったらしく、腕や足に深い切り傷を作っており、かなりの出血があった。
「火治癒!」
セリルが魔法で止血をする。
「すまないニャ」
ぺたん、とネコ耳を寝かせてレオナが謝る。
うかつに近づき過ぎてもろに黄金獅子の風魔法を食らってしまったことに対する詫びか、それとも貴重な魔力を使わせたことに対する詫びか。
「あれは防げないわ。それより追わないと」
セリルがそう言った時、後ろで人が倒れる音が聞こえた。




