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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第037話 決戦Ⅱ

 空が白んで動き始められるようになったのは、エリアが光るなにかを見つけてから三時間ばかりたってからのことだった。

 その間、エリアは黄金獅子(ダーク・レオ)は逃げやしないか、とやきもきしていたようだったが、ユートは必死に自分に言い聞かせて泰然自若としていた。


「あんたはなんでそう落ち着いていられるのよ!?」


 八つ当たりに近いエリアのそんな言葉も頂戴したが、それでもユートは焦るな、焦るな、と自分に言い聞かせて、笑っていた。

 そして、長い長い三時間が過ぎて、ようやく動き始められるようになった。


「尾根から沢側に下っていきます。視界が悪くなるし、足場も悪いので気をつけてください」


 ユートの言葉に全員が頷く。


「水は昨日のうちに汲んどいたニャ」


 レオナがそう薄い胸を張る。


 そして、そのレオナを先頭に五人は尾根から沢へと向かって下りていく。

 幸い、下りている最中に魔物に襲われることはなかったが、下りた途端、レオナとアドリアンが妙な顔をしていた。


「どうしたんですか?」

「どうした、じゃねぇよ。あちこちに魔物がいそうだ」


 アドリアンは虚空を睨みつけるようにそう言う。

 ベテラン冒険者としての勘が、周囲に魔物がいる、と告げているようだった。

 あれだけ狩人(ハンター)として、微に入り細に入り準備と下調べを怠らないアドリアンだが、最後は勘なのか、とユートは少し可笑しく感じた。


「レオナもその表情だと同じ感じみたいだな」

「アドリアンの言う通りニャ。魔物に見張られているような、変な気分ニャ。こんなのは北方の森ではなかったニャ」


 ユートの言葉に、レオナはそう言いながらきょろきょろと辺りを窺う。


「嫌な感じね」

「魔物にいきなり襲われるとか嫌よ」


 その雰囲気に当てられたのか、エリアとセリルもまた、きょろきょろと周囲を警戒し始める。


「……当たり、ですかね?」


 ユートの短い言葉にアドリアンは呆気にとられたような表情をしていたが、すぐに声を立てずに大笑するという器用なことをしてみせる。


「確かに、当たり、だな」

「そうね。よく考えたらあたしたちは魔物の大将を仕留めにここにきたんだものね。このビリビリするような雰囲気もラッキーと思わないと」


 エリアはそう言うと、いつでも抜き打ちざまに魔物を切れるように片手剣の柄に手をかける。


「進むニャ」


 レオナもまた、握り慣れない両手剣の柄を片手で握ると、短弓を背中に背負い姿勢を低くして進んでいく。

 その後ろをユート、エリア、セリルと続き、アドリアンが最後尾を務める形で森の木々を縫うようにして進む。



「何かいるニャ」


 三十分も進んだ頃、レオナが小声でそう言った。

 その声に慌ててユートが確認すると魔猪(ダーク・ボア)が二頭に、魔狼(ダーク・ウルフ)が一頭。


「厄介な相手だな」


 アドリアンがぼそりと言う。


「魔法は使わない方がいい、かな」

「ですね。じゃあセリルさんは弓で魔狼(ダーク・ウルフ)を狙って下さい。魔猪(ダーク・ボア)一頭は俺とエリア、もう一頭はレオナ、いけるか?」

「あちきが一番に仕掛けていいならいけるニャ」

「よし、アドリアンさんは取り逃したところをお願いします」

「ああ、わかった」


 言うが早いか、レオナはするすると魔猪(ダーク・ボア)の後ろ側に回り込んでいく。

 狩りをする獣のようだな、とふと思ったが、いざ戦闘という時に何を考えているんだ、と慌てて頭からそんな考えを叩き出す。

 そして、抜き放った片手半剣を握り直した。


 戦いは一瞬だった。

 気付かれずに近寄ったレオナが一撃で魔猪(ダーク・ボア)の目に突きを入れ、そしてそれを合図にもう一頭の魔猪(ダーク・ボア)にユートとエリアが躍りかかる。

 そちらに気を引かれたところで、セリルの長弓から放たれた矢が綺麗に魔狼(ダーク・ウルフ)に突き刺さる。

 最後に残った魔猪(ダーク・ボア)も、ユートに前足を刈られ、バランスを崩して腹を見せたところにアドリアンが槍で止めを刺した。


「あっさりだったわね。あたし何もすることなかったわ」

「まったくレオナはチートだぜ」


 エリアが笑い、アドリアンはそう混ぜっ返す。

 本来ならば魔猪(ダーク・ボア)ももっと手数をかけないといけない相手なのだが、レオナが先に先に発見してしまうため、あっさりと先手を取れてしまうのだ。


「あちきの努力と鍛錬の賜だニャ。狡い(チート)と思うなら一度北方の森で過ごしてみればいいニャ。何日も山の中を彷徨って獲物を一度取り逃せば餓死するかもしれない恐怖と戦ってみるといいニャ」


 レオナは褒められているのか貶されているのかわからないアドリアンの言葉に仏頂面でそう答える。


「まあレオナ様々だよ」

「でもあちきも一人じゃ二頭いる魔物は相手にできないニャ。そこら辺は感謝してるニャ」

「レオナの一族は群れ……集団で狩りはしないの?」

「しないニャ。というかこんな風に不意を突けるのはあちきだけニャ」

「無駄話はそこら辺にしなさい」


 魔狼(ダーク・ウルフ)に刺さっていた矢を四苦八苦しながら回収したセリルがそう二人をたしなめる。


「すまないニャ」


 レオナはそれだけ言うと、再び姿勢を低くして先頭に立った。



 その後も五人は沢筋に下りていく道を進んでいく。


「意外と遠いのね」


 昼過ぎになって、昼食のための休憩を取っている最中、エリアがそんなことを言う。


「戻れるようなところを選んで下りるとこのくらいかかるニャ」

「確かにな」


 アドリアンも干し肉に噛みつきながら頷く。


「それにしてももっとマシなご飯がよかったわ」


 セリルの言葉に全員は無言で同意する。

 乾パンと干し肉という食事に嘆きながら、それでも無理矢理水で流し込んで腹を満たすだけの食事なのだ。

 柔らかくなくてもいいからせめて白パンが欲しい、とユートも思ったが、無い物ねだりをしても仕方が無い。


 そんな食事を終えると、再び動き始める。


 何度か魔物に遭遇するが、一頭ならばレオナが奇襲で屠り、二頭三頭と現れた場合は上手く連携して倒していく。


「意外と少ないな」

「不思議よね」


 何度目かの戦いの後、アドリアンとエリアはそう不思議がった。

 確かに黄金獅子(ダーク・レオ)がいるにしては魔物が少ない、と感じるのはユートも同じだった。


「まあ多いよりはいいけどな」


 アドリアンはそう笑う。



 それからさらに二時間ほど経ち、下り坂が少し登りになり始めるあたりでレオナが立ち止まった。


「昨日エリアが言ってたのはここら辺ニャ」


 恐らくここが沢筋の一番低い部分であり、ちょうど真ん中なのだろう。

 だが、そこには何もいない。


「……何もいないな」


 ユートの言葉にエリアは落胆する。

 あの光は幻だったのか、それとも何科の見間違いだったのか、と思っているのが表情にも表れていた。


「とりあえず手分けして辺りを探してみよう。アドリアンはセリルさんと……」

「あちきは一人でいいニャ」

「じゃああとはエリアと俺で、三組でいいかな?」


 ユートがそう言うと、五人は三組に分かれて辺りを探し始めた。


「ねえ、ユート。もしかしてあたしの見間違いだったのかな?」


 エリアが所在なげな表情を浮かべながら、そんな言葉を吐く。

 いつもの快活な口調でないのは、一つのミスにエレルの街一つがかかっているからか――


「どうせエリアのが見間違いだったとしても、手がかりはゼロなんだからどこかで尾根から下りて黄金獅子(ダーク・レオ)を探しただけだろ」

「でも……」

「それに、尾根から下りてきた時に明らかに違う空気だったってアドリアンもレオナも言ってたしな」

「ユート……」


 そう言いながら黄金獅子(ダーク・レオ)がいないか、あちこちの茂みや木の陰を探していく。


「……いないわね」

「……いないな」


 二人が諦めそうになった時、不意に声が響いた。


「おーい、集まれ!」


 アドリアンだった。


「どうしたの!?」


 駆けつけてみると、地面にうずくまったアドリアンがにやりと笑っていた。


「これを見ろ」


 アドリアンが指さす先には柔らかそうな落ち葉が集まっており、そして、その落ち葉に混じって金色の毛のようなものがあちこちに落ちている。


「それだけじゃない。その木の向こうには何かを食ったらしい骨も転がっている」

「てことは!?」

「大当たりだろ、これ」


 アドリアンの言葉にエリアが膝から崩れ落ちる。


「どうした、エリア!?」

「よかったぁ……あたしさ、見間違ってたらどうしよう……それでエレルが陥落しちゃったらどうしよう……って思ってた……あってよかった……あっててよかった……」


 そう言いながらエリアは涙声になる。

 ユートもアドリアンもどうしたらいいのか、とお互いに顔を見合わせる。

 アドリアンは我関せずという姿勢を貫くことを決めたらしく、ユートは諦めて剣帯に挟んでおいたタオルを渡す。


「涙を拭けよ」

「……泣いてない」


 エリアは強がりながら、ユートのタオルを受け取る。


「まだ黄金獅子(ダーク・レオ)は仕留めていないんだ。こっからが本番だろ?」

「……そうね」


 エリアはそう言うと、きっとユートの方を見る。


「そうよ! 早く探し出して仕留めなきゃ!」


 エリアはそう言うと、勢い込んで立ち上がる。


「早く行くわよ!」

「ってどこにだよ!?」

「そこら中探し回らないと! 逃げちゃったらどうするのよ!?」


 アドリアンはいつものエリアに戻ったな、と苦笑いを浮かべる。


「ふふふ、エリーちゃん元気取り戻したみたいね」


 セリルはそんなことをいいながら意味深長に笑ってみせた。


「エリア、どこに行くニャ?」

「そこら中探すのよ! 早く!」

「待つニャ」


 慌ててどこかに行こうとしているエリアをレオナが引き戻した。


「当てずっぽうに彷徨っても見つかるわけないニャ。というか、それで見つかるならこの巣を見つける前に見つけてるニャ」

「……それもそうね。全くこんな真っ昼間からどこほっつき歩いてるのかしら」


 エリアがそう言いながら笑う。


「アドリアンさんはどう思います?」

「昼間は狩りに行ってるとかじゃねぇか?」

「狩り、ですか?」

「ああ、魔物の種類にもよるが、昼間に狩りをする魔物は多いぞ」


 ぴんとこないユートにアドリアンはそんな風に言う。


「その狩りって人間狩りかニャ?」

「おいおい、いくらなんでもそんな野蛮な魔物ばかりじゃねぇよ」


 アドリアンはそう笑ってみせる。


「まあ今回は人間狩りの可能性もあるけどな」

「つまり、エレルを攻めに行っている、ですか」

「そうだな。このあたりの地形は険しいし、街道からは見えん。あのアーノルドのおっさんがどのくらい馬術が上手いのか知らんが、ここら辺まで入ってくるのは無理だろうしな」

「つまり、昼間はエレルの近くで……指揮を執ったりしていて、夜はここに戻ってきている、ということですか?」

「この様子だとその可能性が高いと思うな。まあ俺の勘が半分だが」


 アドリアンの言葉を聞いて、ユートは腕を組んで考える。

 数瞬、考え込んだが、すぐに決断する。


「よし、ここら辺で待ち伏せしましょう。下手に動くよりその方が可能性が高いと思います」

「だな」

「待ち伏せならあちきに任せるニャ」

「ちょっと退屈だけどね」

「もう、エリーちゃんは……」


 先が見えたせいか、四人の顔も笑顔だった。



 それから五人は手分けして待ち伏せの準備を始める。


「一番の問題は臭いだニャ。人間の臭いがすれば絶対に逃げるニャ」


 レオナの言葉にアドリアンも頷く。


「確かにな。どの程度臆病かはわからんが、風下に位置取るのがいいだろうな」

「山は多分風が吹き下ろすだろうから、沢側に陣取るのが定石ですかね?」

「そうなるだろうな」


 そう言うと、アドリアンは適切な場所を選んでいく。

 その間にレオナは草を刈って、服に結わえ付けていく。


「それは?」

「少しでも目立たないように、ニャ」

「匂い苔とか強い花とかを混ぜておくとはどうだ?」

「それもいいニャ」


 そう言いながらあっという間に緑色の怪しげな塊が完成した。


「これで見た目は大丈夫ニャ。どこまで誤魔化せるかはわからないニャ。でもやらないよりはいいニャ」


 そんなレオナを見習って、四人も刈った草でカモフラージュする。


(そういえば日本では映画で軍人がこんな格好してたな)


 そんなことを思い出して、まるで映画の中の主人公になった気分になり、何を馬鹿なことを考えているんだ、と慌ててその考えを打ち消すが、口元には笑いが浮かんでしまっていたらしい。


「余裕ね」


 それを見とがめるように、エリアがそんなことを言う。


「別に余裕ってわけじゃないけどな」

「まあいいわ。あんたが混乱しているよりはよっぽどマシ。あんたはそこに隠れなさいよ」


 エリアは自分のすぐ横を指さす。


「アドリアンさんたちは?」


 そう言いながら辺りを見回すがアドリアンたちの姿はない。


「ここだ、ここ」


 ゆさゆさと少し離れたところの茂みが揺れる。

 人の目には全くどこに隠れているのかわからないのに、ユートは少し驚きながら笑いかける。


「笑ってないで早くしやがれ。もういい時間だぞ」


 アドリアンにそう言われて、ふと空を見上げるとすでに日は大きく傾いていた。

 黄金獅子(ダーク・レオ)がいつ戻ってくるかわからない以上、早く隠れた方がいいだろう、と思い、慌ててエリアに言われたところに伏せる。



 時折すぐ隣のエリアが、ユートの方を向いて唇の動きだけでまだか、と話しかけてきて、それにユートも唇の動きだけでまだだ、と返す。

 空は夕焼けに赤く染まっており、ユートのところからはエリアがいることはわかっても、表情までは読み取れなくなる。


 じりじりと時間が過ぎる。

 日はどんどん傾いてきて、辺りは暗くなっていく。

 だが、黄金獅子(ダーク・レオ)は現れる気配も見せない。


(ダメだったか……)


 暗くなっていく中、ユートはそう思った。

 これで終わりというわけではないが、一日かけて待ち伏せしているのに、失敗に終わればダメージは大きい。


 ユートが諦めかけた時、隣にいるエリアが緊張するのがわかった。


(来たか!?)


 ユートは目をこらす。

 確かに何かが近づいてくるのが見える。


 首までを覆う立派なたてがみ。

 立派な毛並み。

 まるで意思があるような、強い眼。


 そして、それはぼんやりと輝いていた。


 エリアがユートの方を見て、頷く。


「行くわよ!」


 それだけ言うと飛び出す。

 ユートもそれに続いた。


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