第036話 決戦Ⅰ
翌朝。
ユートたちと、アーノルドの騎兵たち、そしてウォルターズの法兵たちは東側の市壁の上に集まっていた。
ピーター・ハルの歩兵たちがそれを遠巻きに見守る。
「点呼!」
アーノルドの号令できびきびと騎兵たちは整列し、人数を告げる声を上げていく。
「よし、騎兵第二大隊、総員六二四名。〇六〇〇を期して壁下へ下り、浸透作戦の掩護を行う」
アーノルドがそう告げると、騎兵たちは無言で頷く。
「俺たちはああいうことをする必要もないな」
アドリアンが騎兵たちを見ながら笑った。
たった五人、数える必要もなければ目的も共有されている。
持っているリュックの中身、食糧が尽きるまでに黄金獅子を探し出し、そして討ち果たすこと。
たった三日分しか食糧は持っていないが、丘陵を登ることを考えればそれが限界だった。
時間が刻々と過ぎる。
空は真っ暗なままであり、魔物たちがどうしているかはわからないが、恐らく朝からまたエレルに攻勢をかけるため、待機しているのではないか、とユートは思う。
そして、その数を想像して、同時に整列する騎兵たちの少なさを見てぞっとした。
果たして騎兵たちは魔物たちを抑えきれるのだろうか。
「ユート殿、騎兵が窮地となっても脇目を振らずに進むようお願いしますぞ」
いつの間にかユートの傍に来ていたアーノルドがそんなことを言った。
「アーノルドさん……」
「貴殿らが無事に浸透することが出来れば我々は全滅しても構いませんがそれに失敗すれば部下たちは無駄死にとなります」
そう言いながらじっと真っ暗な東側の空を見る。
「日の出は〇七〇〇を回りますがこちらは東側ですので、〇六三〇ごろには空が白んでくるでしょう。それまでにユート殿たちは上手く包囲網をすり抜けて浸透しなければ作戦は失敗です。ですから、まず我々が下りて、ウォルターズ殿たちとともに攻勢に出ます。そして、それで戦場が混乱しているうちに闇に紛れて丘陵へ入り込んで頂きたい」
アーノルドの言葉にユートは無言で頷いた。
「大隊長殿!」
不意に後ろからアーノルドを呼ぶ声がした。
「時間か?」
「はっ! 攻勢発起まであと十分です」
「では下りるとしよう」
アーノルドは部下にそう返すと、もう一度ユートの方を見た。
「では、エレルを救う戦い、よろしくお願い致しますぞ」
そう言って莞爾と笑い、きびすを返した。
アーノルドたち騎兵は徒歩のまま、無言で進んでいく。
馬から下りて、歩兵として魔物の群れに突撃し、そしてほぼ確実に死ぬ。
そんな前提であるのに、彼らの背中からは全く怯みは見えない。
ユートたちはそこから少し距離を置いて付いていく。
「ユート、どのタイミングで離れる?」
「アーノルドさんたちが戦い始めた直後に、上手く横から抜けるつもりだけど……」
「わかったわ。じゃあタイミングを計ってユートが指示を出しなさいよ」
エリアとそんな会話をしながらゆっくりと歩く。
「いたぞ! 魔物だ!」
十分と経たず、騎兵たちの間からそんな声が聞こえてきた。
「ユート、指示を頼むぞ」
アドリアンがもう一度確認する。
それにユートは無言で頷く。
「騎兵第二大隊、抜剣。目標、眼前の敵魔物集団、躍進距離百」
そこでアーノルドは言葉を切り、そして鼓舞するように大声を出す。
「我が白兵の優越を確信し敵を圧倒せよ! 突撃に進め! ――駈け足ー! 前に!」
アーノルドの命令。それを受けた騎兵たちが駈け足となる。
「突っ込め!」
喊声と絶叫と咆哮が響き、魔物たちと騎兵たちがぶつかり合う音が響く。
その声を聞いて市壁から法兵たちが次々と魔法を放つ。
視界を確保するためか、攻撃力が高いからか、火球だ。
火球の着弾とともに、あたりは少し明るくなる。
そこでユートはようやく状況が掴めた。
眼前は混戦だった。
もしかしたら魔物たちも日の出とともにエレルを攻撃するべく準備を進めていたのかも知れない。
その機先を制した形となり、アーノルドたちが押している。
しかし、同時に無秩序に、無数の魔物たちがアーノルドたちに群がっていた。
「これじゃ……」
アーノルドたちは全滅しかねない。
そう言おうとして口をつぐんだ。
出撃直前にアーノルドに言われたことを思い出したのだ。
「ユート……」
心配そうにエリアが声を掛ける。
「…………アーノルドさんたちが囮になってくれたんだ。左手が薄い。行くぞ」
五人は屈みながら、時には地に伏せて魔物に見つからないように進む。
じりじりと、しかし確実に進んでいく。
たっぷり三十分もかかって、ようやく丘陵地帯の茂みに入ることが出来た。
「どうにか、ね」
エリアが立ち上がって
「急ぐぞ。アーノルドさんたちの犠牲を無駄には出来ない」
ユートが厳しい声でそう言った。
そこから三十分もしたところで、ようやく手近な丘の上までたどり着いた。
そこでようやく一息ついた。
既に太陽は昇っており、あたりは明るくなっている。
「ここまできたら魔物はいないみたいね」
「油断は出来んけどな」
セリルがそう言いながら伸びをしている横でアドリアンが周囲を警戒しながらそう返す。
「あそこ……」
何かを見つけたのかエリアが遙か下を指さした。
見ると、アーノルドの騎兵が、多くの魔物に襲われていた。
既にその数は五百を切っているだろう。
更に、丘のふもとを魔物の集団が殺到していくのが見える。
「もう大丈夫なのに……」
「そんなこと、あっちにはわからないニャ」
レオナがぽつり、と呟く。
「五分休憩したらまた行こう」
ユートの言葉に四人は頷いた。
それからのユートたちも悪戦苦闘の連続だった。
丘陵地帯はエレル周辺の平地と比べて魔物が少なかったとはいえ、全くいないわけではない。
出来るだけ見つからないように気をつけながら進んでいたが、それでも全ての魔物の目や鼻をかいくぐれるわけがない。
「諦めて殺すしかないニャ」
レオナはそう言った。
眼前の茂みの向こう側には魔猪がいる。
少し前から動かないかと待っていたのだが、全くその気配を見せないのだ。
勿論、殺したことが何らかの形――例えば魔法やテレパシーのような手段で黄金獅子に伝わることは怖かったが、殺さないが為に進めなくなれば元も子もない。
「一撃で、頼む」
「当たり前ニャ。ああ、ユートたちは来るなニャ」
ユートの言葉にそう応じると、レオナは単身音もなく忍び寄っていく。
そして、茂みの中に消える。
「大丈夫ニャ」
十秒もした後、レオナが茂みからひょっこり顔を出した。
茂みを抜けると、魔猪が見事に打ち倒されている。
鎧通しではなく剣になっても急所を一撃で突く戦い方は相変わらずのようだった。
「流石だな」
魔猪の傷口を一瞥したアドリアンの言葉に、レオナは声を出さずに笑う。
「これがあちきの戦い方だニャ」
そう言うと、レオナが先頭に立った。
レオナが先導するようになって、少しスピードが上がった。
魔猪を倒した後も単体の魔物に何度か遭遇したが、全てレオナが先手を取って一撃で倒している。
「すごいわね」
「なんというか、動物みたい」
エリアとセリルが目を見はる。
「獣人の特技みたいなものニャ」
レオナはそう言いながら魔狐を一撃で仕留めて見せる。
「それよりそろそろ昼ニャ」
レオナの言葉にユートは天を見上げた。
確かに太陽はかなり高いところまで上がっている。
「さっきから木が邪魔で見えないけど、ちゃんと進んでるのかしら?」
「大丈夫ニャ。もう半分以上来てるニャ」
レオナはそう言うと、サンドイッチの入った包みを取り出す。
「ユート、昼を食べていいかニャ? 働きづめで腹が減ったニャ」
「ここは大丈夫か?」
「それは大丈夫ニャ。近くには魔物はいないニャ」
「じゃあ休憩にしよう」
そう言うと、ユートもサンドイッチの包みを開いた。
昼からも五人の動きは同じだった。
時折、エレルの方から聞こえる轟音や喊声、そして魔物たちの咆哮に焦れながらも、レオナに先導されてゆっくりと進んでいく。
何度か魔物に遭遇しては、やはりレオナが一撃で倒していく。
そのまま三時間も進んだ頃、先導するレオナが不意に止まった。
そして、ユートの方を見て、両腕でバツマークを作る。
ユートはそれを見てすぐに下がっていく。
「さっきのところは進めないニャ」
十分な距離を取った後、レオナは合流してそう言った。
「どうした?」
「魔猪が二匹、ニャ」
二匹いれば不意を突いて一撃で、というわけにはいかない。
片方はそれで倒せても、もう片方はそれは出来ないだろう。
「全員でかかるか? それとも別のルートを探すか?」
ユートの言葉にみんな考え込む。
「レオナ、他のルートはありそうなの?」
エリアがそう訊ねた。
獣人の本能なのか、レオナの力なのかはわからないが、自分の位置すらわからなくなる丘陵の森の中で、レオナは地図もないのにここまで比較的歩きやすい道を選んできている。
「一応あることはあるニャ。ただ、一度沢を越えることになるニャ」
「大騒ぎになって魔物が集まってきたら元も子もないわ。そっちを迂回しましょう」
エリアの意見に、ユートも頷く。
「わかったニャ。じゃあもう少し東側に迂回するニャ」
レオナはそう言って屈んだままするすると茂みの中を通っていった。
慌てて後ろについてしばらく歩くと、斜面が急になっている。
「ここからは急になるからしっかり木に掴まるニャ。アドリアンとセリルは槍や弓を先に下ろした方がいいニャ」
「俺は大丈夫だ」
アドリアンはそう言うと、槍を杖代わりにして下りていく。
セリルは長弓に体重をかけたくなかったのか、斜面を滑らせるように弓を投げると、ユートたちと同じように木に掴まりながら斜面を下りていく。
「このまま沢を進むニャ。魔物はこっち側はほとんどいない見たいニャ。でも気をつけるニャ」
そう言いながら、両手も地面について這うように屈んだまま、岩場の多い沢を上流へと登っていく。
比較的軽装なユートやエリアはともかく、長弓や槍を持つセリルやアドリアンはひどく苦労しながら沢を登る。
「あそこを登ればさっきより一つ東側の尾根に出れるはずニャ」
レオナはそういうと、指さした斜面をするすると登っていく。
セリルは諦めたのか、とうとう長弓を杖にする。
尾根に上り終えると、ようやく一息がつけた。
「とりあえず休むニャ。たぶんこの尾根から稜線を少し登ったらアーノルドが言っていたあたりニャ」
レオナはそう言いながらあたりを警戒する。
「レオナ、あんた実はすごかったのね」
「獣人にしろエルフにしろ普通は森に住むニャ。生まれた時から森の中に住んでいればすぐに慣れるニャ……って実はってどういうことニャ!?」
「そのままよ、そのまま。というか足が痛いわ」
得心がいかないようにレオナを見ながら、エリアは水筒の水をあおった。
「そろそろ進むニャ」
少し経ってそう言ってまたレオナが先導し始めた。
だが、そこからは何度もつまずくことになった。
「こっちもダメニャ」
「これで三度目よ?」
「黄金獅子が近いと思うニャ。魔物の数が全然違うニャ」
どっちに進んでも複数の魔物がいて、進めないのだ。
だが、それは同時に魔物の首魁とも言うべき黄金獅子が近づいてきた証、と思い、必死に迂回するルートを探す。
「ダメニャ。どこに行っても魔物がいるニャ」
「……しょうがない。これ以上時間もかけられないだろう」
気付けば、太陽が中天を過ぎている。
「強行突破か?」
「ですね」
アドリアンはようやく出番か、と言わんばかりに槍の鞘を払った。
「この先にいるのは魔猪が二頭だニャ」
「レオナ、一頭は仕留められるか?」
「任せるニャ」
「じゃあレオナが仕掛けたのを合図に俺とアドリアンさんでもう一頭の魔猪を狙う」
「あたしは?」
「セリルさんの護衛を頼む」
「わかったわ」
ユートの作戦に全員が頷く。
まずレオナの一撃。
これは本人の言葉通りに、左目を鎧通しが食い破り、恐らく脳まで達して致命傷を与える。
痙攣する魔猪を横目に、アドリアンとユートが飛び出した。
魔猪は傍らにいた同族が一撃で倒され、混乱しているうちにユートの剣で前足を刈られ、そしてアドリアンの槍を土手っ腹に突き立てられる。
「よしっ!」
手応え十分とみたアドリアンが叫んだ。
「声が大きいニャ」
レオナはそう言いながらも魔猪に何もさせずに倒してしまったことには満足しているらしい。
「早く移動するにゃ」
レオナに急かされて、再び移動を始める。
それからも数回、魔物と戦ったが、いずれも一撃か二撃、長く戦うことはなく進むことは出来た。
「多分ここがこの丘陵の一番高いところニャ」
レオナはそう言いながら止まった。
時刻で考えると、午後三時かそのくらいだろう。
「朝からずっと歩いてようやく、って感じね」
セリルが疲れたように言う。
いや、実際に疲れているのだろう。
距離はともかく、高低差が激しい上に整備されているわけでもない山中を歩きづめだったのだ。
「問題はここからどうするか、だな」
ユートが難しい顔をした。
この丘陵地帯の最高点の位置が地図上、どこになるかはアーノルドに地図を見せられた時に覚えている。
ここは正門の真南にあたる場所だ。
そして、アーノルドが黄金獅子を見た位置よりも南側に当たる。
「こっからエレルの城門までの間の、どこかに黄金獅子はいるのよね?」
エリアがそんなことを言う。
「ああ、そうだな」
「じゃあただ北に進めばいいだけね!」
「方向としてはそれでいいと思うんだが、問題はどっちの尾根筋を通るか、だな」
地図ではこの最高点から北のエレル側に下りる尾根筋は大きいものが二つあった。
そのどちらを通るべきか、という点でユートは悩んでいた。
「順当に行けば東側の尾根よね」
東側の尾根ならば、黄金獅子を見つければ追い立てるだけで取り逃しにくい街道側に押し出せる。
これが逆だとずっと山中を追いかけることになり、取り逃す可能性が高まる、というのは全員の共通認識だった。
「ああ、本来ならそこから徐々に西側の谷に下りつつ進めばいいんだが……」
「東側の尾根は痩せているニャ」
レオナが言った尾根が痩せている、とは険峻である、ということだ。
当然ながら谷側が崖になっているところも多く、歩くだけでも危険度は高まる。
「無理矢理押し通るしかないんじゃない?」
「俺もそう思うな」
エリアとアドリアンは東側の尾根を推す。
「あちきは賛成出来ないニャ。何事もなけりゃいいニャ。でも魔物に襲われた時、足場が悪いと滑り落ちる危険が増えるニャ」
特に夜になっても魔法やランタンを使うわけにはいかない。
真っ暗闇の足元が不確かな中で野営中に、魔物に襲われれば、魔物にやられる前に滑落死、などという間抜けな展開すらありえるようになってしまう。
「そうね……私は西の尾根がいいと思うわ」
セリルはそのレオナの言葉で西側の尾根を推す。
これで四人の意見は二対二。
「ユートは?」
ユートは少し考える。
ここで大事なのは、黄金獅子を見つけることではない。
黄金獅子を倒し、エレルを解放すること。
それこそが囮になってくれたアーノルド、戦死したカーライル、そして多くの兵や冒険者たちの犠牲に報いることになる。
「……西側にしよう。無理するよりも確実に黄金獅子を捉えるべきだ」
ユートの言葉に四人は異論を唱えずに従う。
尾根を下りていくのは意外と難渋した。
「意外ね。あたし、下りはもっと楽かと思ったわ」
エリアがそう言ったが、ユートも同感だった。
ずっと歩きづめだった足が重たくなり、下りで踏ん張るのが段々きつくなってくるのだ。
「たっぷり八時間歩けばそうもなるニャ」
レオナは一人元気だったが、後は疲れ切っていた。
そうしているうちに尾根の途中で、あっという間に宵闇に包まれるようになってしまった。
「秋の日は釣瓶落とし、まして冬だもんな」
ユートがそんなことを呟くと、力なくエリアやアドリアンも頷いた。
「ここで露営するニャ」
「ビバークって何よ?」
「テント無しで野営することニャ」
「もうちょっと行けない?」
「無茶をいうニャ。だいたい余力なしで下ってどうするニャ?」
レオナはそう言いながら、議論はおしまいと言わんばかりにリュックから軍用の堅パンを取り出す。
乾パン、或いはハードビスケットとも呼ばれるこの品は、アーノルドが軍の糧秣庫から回してくれたのだ。
「後で水筒の水を補充するから全部飲みきっておくニャ」
そう言いながら、ばりばりと固い堅パンを噛み砕いていく。
ユートも堅パンをかじる。
味気ない風味が口の中に広がる。
栄養を摂っています、という感じだよな、と内心で思いながら、水筒の水で流し込む。
「はぁ……」
誰かがため息を漏らす。
一日掛けて、山に登っただけ。
「夜の番はあちきは一人でいいニャ。最初はあちきがやるから、四人は寝てほしいニャ」
水を汲みに行ったレオナは戻ってくるとそう言った。
「いいのか?」
「山慣れしてるあちきと、狩りでちょっと入っただけのユートたちじゃ疲労が違うニャ。無理に起きてて倒れられても困るニャ」
言葉に甘えて、ユートたちは眠る。
朝からの疲れ、特に精神的な疲れがひどく、すぐに熟睡した。
そして、ユートは夜中の二時か三時に叩き起こされた。
「交代よ」
起きてみるとエリアがいた。
「あんたとあたしが最後の夜の番よ」
「ああ、わかった」
そういえば順番を決めずに寝てしまったな、とユートは反省する。
レオナがアドリアンたちを起こしたのか、アドリアンたちが起きたのかはわからないが、ともかく何事もなく過ごせてよかった、と内心ほっとしていた。
「暇、ね」
魔物の群れのど真ん中にいるはずなのだが、魔物の吠え声一つ聞こえない。
「黄金獅子のリーダーシップ、なのかしら」
エリアはそんなことを言う。
「まさか、そこまですごいとは思わないけどな」
「でもさ、あれだけの魔物の群れを率いているのよ。どんな恐ろしい怪物なのか、と考えたら吠え声させないくらい出来そうじゃない?」
「確かにな」
「あたしたちに討てるかな?」
「討たないとダメだろ」
「わかってる………………ねぇ、ユート……」
エリアが何か言いかけて黙る。
「……どうした?」
「今、何か光らなかった?」
エリアはそう言うが、ユートは何も見えなかった。
「どこがだ?」
「あっちの方」
エリアが指さすのは東側の尾根との間に広がる沢筋を真ん中あたりのようだった。
「沢筋の真ん中らへんか?」
「そうよ。ちらっと光った、くらいだけど、見間違いじゃないわ」
エリアは自信を持って言い切る。
「……もしかして、あの魔物?」
「かもな……」
「行くわよ! ユート!」
エリアが大声を出す。
「静かに! こんな夜中に行ったところで取り逃すだけだ」
「何よ。じゃあ夜明けまでぼーっとしてろっていうの?」
「夜明けと同時に動くしかないだろ。ちょっと早めにみんなを起こすぞ」
ユートはそれだけ言うと、黙りこくる。
少し気まずい沈黙となった時、不意にユートの肩が叩かれた。
「だ、誰だ!?」
思わずうわずった声を出して振り返ると、そこにいたのはレオナだった。
「何があったニャ?」
「なんで起きてるんだよ?」
「さっきのエリアの大声で目が覚めたニャ。アドリアンたちも起きてるニャ」
レオナにそう言われて、エリアがばつが悪そうにユートとレオナを交互に見る。
「エリアがさっき、何か光のようなものを見たらしい」
「ホントよ!」
「なるほどな」
暗闇からアドリアンの声が聞こえる。
「で、そいつが黄金獅子かもしれん、と」
「そうよ」
「まあ少なくとも魔物に囲まれた山中で冒険者が煙草を吸っているよりは可能性はあるだろうな」
アドリアンが肯定とも否定ともつかない言葉でそう評する。
「どっちにしても下りられないニャ。いくらこっち側が緩やかな方の尾根でも夜に動くのは自殺行為ニャ!」
「でも……逃げちゃうかも知れないのよ!? 確かに危ないのはわかるけど、賭ける価値はあるでしょ!?」
エリアが勇むのもユートにはわかった。
ここまで数多くの犠牲を払ってきており、そしてもう一度ここまで来れる可能性はほぼゼロであることもわかっている。
それに敵と相対して何もしなければ、人間というのは悪い方に悪い方に想像力を働かせるものだ。
そして、勝手に怯えるようになるくらいなら、精神的に対等でいられるうちに多少の危険を押してでも挑みたい、というエリアの気持ちはよくわかった。
それでも――
「エリア、今はやめよう」
「なんでよ!? ユート!?」
「いくらなんでも危なすぎる。確実に黄金獅子を仕留めてこそ、みんなの期待に応えることになるんだ」
「それでも!」
「明日、その光の位置まで行ってみて何が原因か確かめてみよう。それに夜になればああやって見つけられるなら、明日の夜だって見つけられる。明日と明後日の昼間に探して捕まえられなかったら、明後日の夜に危険を冒すべきだと思う」
「……わかった」
ユートの言葉にエリアは頷いた。
「明日は朝から捜索ね。ああ、もうあと二時間くらいか」
「そうだな――ああ、レオナはあの位置をよく覚えて置いて欲しい」
「言われなくてももやってるニャ。だいたいの位置はわかってるから二時間もあれば着くニャ」
「狩りになったら俺の経験が活きるな。任せとけ!」
アドリアンはそう言うと胸を叩いた。
「明後日はないものと考えよう。明日、だ。明日、全てを決めよう」
ユートが小さな、しかし強い声色でそう言ったのを聞いて、四人は頷いた。