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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第032話 エレル防衛戦・前編

 ユートたちはエレルに着いたその夜、魔物たちは夜攻めてこなかった。

 この為、ユートたちは怯えながらもゆっくりを眠ることが出来たのだが、同時に不思議なことでもあった。

 そして、翌朝から再び戦闘は始まった。



「おいおい、戦いってこんな暇なもんだっけ?」


 今にもあくびをしそうなアドリアンがそんなことを言い出した。

 既に太陽は中天に達しようとしているにも関わらず、ユートたちにはほとんど出番がなかったのだ。


「酒でも飲むか!?」


 誰かがそんなことを言い出した。


「いや、待って下さい。一応待機中なんですよ?」

「つっても俺たちはともかく、冒険者連中は雇われているわけですらないから命令に従う義理はないって言い出すと思うぞ?」

「なら余計にアドリアンさんがけしかけるのやめてもらえませんか!?」


 ユートの言葉にアドリアンが笑いながらわかったわかったと言って引き下がる。

 そこに伝令らしき歩兵が走ってきた。


「義勇中隊、急ぎ出動願いたい!」


 ちなみに義勇中隊というのは昨晩の会議で決まった、冒険者たちの呼び名だった。

 ユートは中隊長待遇、アドリアンたちは小隊長待遇ということもあり、世話役という名の司令部とのパイプ役となっている。


「はいよ。俺たちゃどこに向かえばいいんだ? 正門か?」

「向こうに魔物どもの火球(ファイア・ボール)の流れ弾が着弾した。急ぎ消火に向かってもらいたい」

「………………は?」


 思わずアドリアンが出した間の抜けた声を伝令は無視して帰って行く。


「おい、ユート、どういうことだ?」

「……火事を消しに行けってことでしょう?」

「いや、だから俺たちは戦闘要員だよな? なんで火事を消しに行くんだ?」

「……人に余裕がない、とか?」

「足りなくなるのは普通戦闘要員だろ?」

「……いや、普通はそうだと思いますが……正直僕に言われても……」


 ユートとアドリアンの困惑した会話に何事かと冒険者たちが集まってくる。


「おいおい、アドリアンの旦那よ。仕事入ったのか? どこに行けばいい?」


 アドリアンの旧知らしい冒険者がそう訊ねてくる。


「おう、ちょっと待ってくれ」


 アドリアンはそう返すと、小声でユートに言う。


「(こいつらに火事消してこいって言ったら暴動が起きるぞ?)」

「(……無視したら関係ない家屋が燃えます。エレルを守るためって考えたら断れないでしょう?)」

「(畜生、その通りだよ。そうなるように押しつけて来やがった。これだから貴族って奴は……)」


 一瞬だけ怒りを見せたアドリアンだが、すぐに真顔に戻る。

 そして、冒険者たちの方を向き直る。


「おい! お前ら! 聞け!」


 アドリアンの怒鳴り声に冒険者がユートとアドリアンを注目する。


「どうも魔物が侵入したのか、原因不明の火災が起きたらしい! 俺たちで魔物がいないか探しながら火を消すぞ! それとこいつが俺のパーティメンバーでリーダーのユートだ! よろしく頼む! では俺たちに付いて来い!」


 アドリアンはそのまま走り出す。

 ユートも、そして冒険者もそれに続く。


 幸い火災はすぐ消し止めることが出来た。

 水魔法を使える魔法使いこそいなかったものの、近くの井戸から各々たらいや桶で水を運んで二時間ほどで消し止めたのだ。

 これだけ早く消火できたのは既に被弾した家屋が燃え尽きかけていたことと、周囲に延焼していなかったことも大きかったが、何よりも冒険者がユートの指示に従ったことが大きかった。


 このあたりはややこしいところだが、冒険者は基本的に束縛を嫌うので貴族であっても指示されることは好まない。

 しかし、同時に貴族や王室と対立したら仕事がなくなることもわかっているので、つかず離れずを一番好むのだ。

 それ故に、西方軍司令部と伝手があり、かつアドリアンがパーティリーダーとして認めているユートの立場は多くの冒険者にとって好ましいものだったのだ。



 太陽が傾き始めても事態は変わらなかった。

 冒険者たちの義勇中隊は無聊を託つだけであり、戦いの音は聞こえるものの直接関わることはない。

 自分たちの街であり、腕に自信があり、そして昨日までは自分たちが防衛の主役だったという自負がある冒険者たちにとってフラストレーションが溜まる時間が過ぎる。

 ようやく夕暮れになって、伝令が再びやってきた。


「魔物どもは引き揚げていったようです」


 伝令の言葉にほっとした空気が流れる。

 だが、次の言葉で雰囲気は一気に剣呑なものになった。


「義勇中隊は夜間の見張りをして頂きたい」



「アドリアンの旦那、俺たちはどう思われてるんですかね?」

「火消しや見張りって俺たちは戦闘できんと思われてるのか?」


 場の雰囲気を見たユートが相談する、と伝令を帰らせた途端、冒険者が口々に不満をぶちまけた。


「ユート、さすがにちょっと扱いが悪すぎるだろう? 総予備と言いながらあちらさんとの差がありすぎる」


 アドリアンはそう言いながら隣の部隊を目で指した。

 そこにいるのはアーノルドの率いる騎兵第二大隊。

 アドリアンは同じ総予備だったが彼らは何度か救援要請が入って出動しているのを見ている。

 市壁では馬は使えないので慣れない歩兵として、だ。


 総予備のはずだが朝から市壁に出突っ張りとなった法兵はしょうがない。

 彼らは彼らで切り札になる魔法を使える存在なので、一番に出て行くのは理解できる。

 しかし、魔物相手が本職の冒険者より、下馬戦闘も魔物相手が本職でもない騎兵を使う、という命令に冒険者の面々は司令部への不信感を募らせていたのだ。


「……そうですね。ちょっと上が何を考えているのかわからなくなっています」

「だよなぁ……」


 アドリアンとユートがそう言ってる横で、冒険者の一人が勝手に戦おう、と言い出す。

 そして、フラストレーションが溜まっていたらしく、何人かの冒険者はそれに同調し始める。


「ちょっと待って下さい。一度司令部に配置換えしてくれと言ってみるんで、せめてその話し合いが終わってからにして下さい」

「あぁん!? なんだ、てめぇ!?」

「貴族様のご意向なんざ知ったこっちゃねぇよ。普段なら逆らわねぇが、この緊急時に冒険者だ軍隊だとえり好みしてるような貴族様なんざ知ったこっちゃねぇ。負けたら死ぬんだから嫌なことにゃ嫌って言わせてもらうぞ」


 殺気だった冒険者はユートにも食ってかかる。


「おいおい、ジミーにレイフ。魔物どもは引き揚げた後なんだ。夜の間くらい待ってもいいだろう?」

「なんだよ、アドリアンの旦那? お前も貴族嫌いで通ってる男だろ。まさか貴族様に従っとこうなんぞ言うわけないよな?」


 レイフと呼ばれた冒険者がそう反論する。


「ああ、俺だってむかっ腹は立ってるんだ。ただな、夜に打って出るなんぞ、馬鹿のやることだ、って言いたいだけだ。ここはベテランの言うこと聞いとけ」

「……確かに夕闇の中で魔物どもと戦うのはぞっとしないな」

「わかったら晩飯食っとけ。夜に攻められて腹減って戦えません、なんぞ恥ずかしくてやってられんぞ」

「そりゃそうだな」

「よし、ついでの飲むか」

「アホか、それこそ攻められてへべれけになってて笑いものだろ」


 アドリアンの言葉でどうにか冒険者たちは鎮火したようだったが、気分が紛れただけで根本的に解決したわけではない。

 それをわかっているアドリアンは冒険者たちの空気が弛緩したのをみて、すぐにユートを物陰に連れて行く。


「ユート」

「わかってます。上を説得してきます」

「悪いな」

「いえ、僕もこの扱いを喜んでいるわけじゃないですから」

「お前に妙な立場を押しつけちまったが、このままだと義勇中隊は自然に瓦解して勝手に戦いかねん、と言ってくれ。あいつら明日も同じ扱いだと勝手に戦い始めるぞ」

「ですね」


 そう言いながらユートはため息をついた。




「なんだと? 警備は出来んというのか?」


 司令部にやってきたユートの言葉にサマセット伯爵は目を剥いた。

 いくらサマセット伯爵が士官学校を出ていないとはいえ、軍と言えば上官の命令は絶対、ということくらいは知っている。


「今日一日、戦いに一切参加せずにやったことは消火活動だけ、あとは夜の警備では、義勇中隊の士気に関わります」

「だが義勇中隊しかおらん。やってもらうしかないのだ」

「義勇中隊は元々軍の部隊ではありません。個々の冒険者の使命感や義侠心で成り立っている部隊です。上から無理矢理命令したところで瓦解するだけです」

「しかしな……」


 サマセット伯爵がそれでも、と押し切ろうとした時、アーノルドがやってきた。

 彼も司令部に用事があったのか、先ほどの冒険者たちの言い争いを見ていて、心配してやってきたのか。


「どうしましたか?」

「今晩の夜間警戒を義勇中隊に頼もうと思っていたのだが、どうも義勇中隊はやりたくない、ということなのだ」

「やりたくない、というわけではないですが、やっていることが戦闘そのものに関わらないことばかり、しかも……横で騎兵が歩兵として駆り出されているのを見てたら司令部に信用されていないんじゃないか、となっているんです」


 部隊の窮状を聞いたアーノルドはふむ、と考え込む。


「軍の一般論で言えばユート殿は部下も統率出来んのか、と一喝すべきところですが、義勇中隊は特殊な部隊、ユート殿と冒険者たちも上官と部下の関係ではない、ということになるので難しいですな」

「すいません……」


 自分の統率力が、と言われてユートは思わず謝った。

 命令に従わせられないことはともかくとして、アドリアンが助けてくれなければ中隊長格の世話役としての立場も全うできない自分に苛立ちと情けなさを感じていたところに、ぐさりとくるアーノルドの指摘を受けたからだ。


「いやいや、これはユート殿の責任ではありません。そもそも義勇中隊は協力者であるのに、まるで部下のように接した司令部の責任も大きい」


 アーノルドのそう言われると、サマセット伯爵はばつが悪そうな表情をする。

 この二人は本来ならば上官と部下の関係なのだが、サマセット伯爵が王立士官学校を出てはいない軍事の素人で、アーノルドが西方軍で最も経験豊富な先任大隊長であることから、単なる上官飛ぶかの関係ではない、不思議な関係となっていた。

 ちょうどそれは、軍における新米士官と経験豊かな伍長の関係と同じであり、部下でありながらアーノルドの言葉はサマセット伯爵にとって十二分の重みがあるものとなっていた。


「すまんな。どうも軍人らしく、軍司令官らしくと考えていて肩に力が入っていたようだ。それで、アーノルドはどうしたらよいと考える?」

「そうですな……ともかく問題を一つずつ解決しましょう。まず一つは誰かが夜間警備をやらないとならないにも関わらず、決まっていない。義勇中隊が揃って出ることは難しいのでしょう?」

「すいません……義勇中隊を統率するのは……」

「それは今は言いっこなしです。ならば騎兵大隊と義勇中隊から志願者を募る、というのはどうでしょうか? 私の感じているところ、義勇中隊は上から押しつけられることを嫌っている、という部分もあるように見えます。それに志願でしたら、もし義勇中隊から満足な人数が出なければ私の騎兵大隊から人を出せます」

「なるほど、それならば義勇中隊が出ても出なくてもよい、ということか」

「ええ、ただ一度軍命令が下された以上、それを当該部隊からの抗議によって撤回するのもまた軍統率上よくないことです。ゆえに、あくまで先の命令は齟齬があり、志願者を募るものであったわけです」

「よし。というわけだ、ユート殿」

「わかりました。すぐに戻って伝えます」

「それと、義勇中隊の配置については夜の会議で話し合いましょう。どうせ再編も必要でしょうし」


 アーノルドがそういうのを背で聞きながらユートは情けない気持ちで司令部を後にした。




 帰って事情を伝えると、義勇中隊のおおよそ半数、二百名ほどが志願した。

 不承不承ではあったが、隣にいる騎兵大隊からも志願を募ると聞かされて数で負ければ冒険者の恥と考えて志願した者も大勢いたようだった。

 彼らは日暮れとともに、それぞれの配置箇所へと散っていった。

 そして、それとほぼ同時刻、ユートもまた会議という名の戦場へ赴くことになった。



「まずはご苦労だった」


 サマセット伯爵は一同にそう挨拶した。

 ただ、いつもよりも人数が少ない。


「混成歩兵大隊の大隊長は再編を優先してもらっている」


 ユートの顔に疑問符が浮かんでいるのに気付いたのか、サマセット伯爵が補足する。


「まず今日の戦いについてハル大隊長から報告して欲しい」

「はっ。予想通り魔物ども、特に大型の熊のような魔物――魔熊(ダーク・ベア)でしたか、あれには弓はほとんど通じず、市壁に寄せられることになりました。魔物は市壁をよじ登ってくるものも多く、ほとんどの戦いは市壁の上で、隊伍を上手く組めず行うことになりました」


 ハルの言葉をアーノルドもウォルターズも黙って聞いている。


「慣れない市壁上での戦いでしたので、侵入を許すことはありませんでしたが、犠牲者は多くなりました。また、変異種(モーフィング)には我々では対処のしようがなく、法兵中隊の支援を乞うことになりました」

「法兵中隊としては……ともかく数が足りません。魔力切れになる者が相次いで、増強中隊であるのに……えっと、戦えない感じです」


 最後は全力でぶん投げた感のあるウォルターズの説明にサマセット伯爵は苦笑する。


「ふむ、そうなるとやはり冒険者に出てもらった方がいいか?」

「私個人としては賛成です。他の大隊長がどう言うかは知りませんが、今日の戦いを経験して私の警備大隊では法兵なしに戦うのは自殺行為と悟っています」


 ハルがそう言う。


「ふむ、それでは……エイムズの大隊と組ませるのが一番か?」

「それがよいでしょう。気心も知れていますし、冒険者に対する偏見もない。ちゃんとやれると思います。それにエイムズの大隊は大隊と言いながら実質は中隊レベルにまで消耗していますし」


 確かにユートとしてもヘルマンの大隊と組むならば心安い。


 あとは淡々と配置が決められていった。

 ユートの義勇中隊が受け持つのは北側の市壁。

 ここは南側の正門とは正反対なので魔物の数は少ないが、同時に一番魔の森に近いので個々の魔物は強いところだ。

 腕を見込まれたのか、厄介払いなのかはわからなかったが、前者と考えることにする。




「ユート、ちょいといいかい?」


 会議が終わった直後にウォルターズが引き留めた。

 見れば目の下には隈を作っており、顔色も悪い。


「ウォルターズさん、どうしました?」


 そう言いながら連れ立って会議室を出る。


「あんたも新しく中隊を任されてるんだろう?」

「ええ。といっても僕の場合は指揮官っていうより代表者みたいな感じですけどね……」

「そうかい。それならカーライルさんの戦死で中隊を引き継いだだけのあたしは指揮官見習いだね……」


 自嘲気味にそう言った。


「どうしたんですか?」

「中隊長になってさ、こうやって会議に出て上に意見して通らなくても命令されて、下は下で勝手なことばっかをあたしに言ってきて。あたしは何も変わってないのに、どんどん周りの景色が変わっていってさ。どうしていいかわからないのさ」


 そう言うウォルターズの頬を一筋の涙が伝っていた。

 気持ちはユートにも痛いほどわかった。


 気付けばユートの頬にも一筋の涙が伝っていた。


 いつの間にか義勇中隊の中隊長格などという立場に置かれていたが、冒険者たちを統率するどころか、命令を実行するのにもアドリアンに頼りっぱなしで、アドリアンの方が中隊長に向いているのでは、と思ったのは一度や二度ではない。

 ユートはまだキャリアは半年そこそこの狩人(ハンター)でたった二回仕事をしただけの護衛(ガード)に過ぎないのだ。

 恐らくウォルターズも同じような立場なのだろうし、だからこそユートにこうやって声をかけてきたのだろう。



「悔しいね……」


 ぽつりとウォルターズが呟く。


「情けない……」


 ぽつりとユートが呟く。


 涙がこれ以上伝わないように、ユートは空を見上げる。

 そこには綺麗な赤い月が上っていた。

 二人の思いは行き場をなくしたまま、夜は更けていった。


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