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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第029話 エレル城門前の戦い・前編

 魔物をあっさりと追い払った西方軍は行軍再開に向けての準備を始めた。

 輜重段列の空き馬車には負傷者が収容されたが、法兵たちが治癒魔法を使ったので血なまぐささはない。

 戦死者はその場で火魔法を使って荼毘に付されたらしい。

 結局、二時間もしないうちに行軍が再開された。



 しかし、それから一時間ほどしたところでまた魔物の群れに遭うことになった。


「さすがに楽はさせてくれねぇな」


 アドリアンの呟きにウォルターズも含めてみんな頷く。

 とはいえ、今回はサマセット伯爵も強引の行軍隊形のまま突っ切ることにしたらしい。

 いちいち戦闘隊形に切り替えていたら日暮れまでにエレルに着かないだろうし、魔物の数もそう多くはないので犠牲を省みずに時間を優先したらしい。


「俺らは側面を衝かれないように警戒しとこうぜ」


 ユートがそう言うと、エリアや他の面々も硬い表情で頷いた。

 普段の魔物との戦いとは全く違う、戦争じみた戦い方に緊張を隠せないのだ。


「何、あんたたちなら慣れてるからなんとかなるよ」


 ウォルターズはそう言うとまたへらへらと笑った。


 幸いなことに、そのまま側面を衝かれることもなく、何度か魔物たちと戦うだけで済んだ。

 そして、夕方の日没直前、ようやくエレルを望む丘の上にたどり着いた。


 そこから見えたエレルは魔物の群れに包囲されており、正門は猛攻を受けているようだった。

 予想されたこととはいえ、陥落寸前でどうにか駆けつけられた、というのが現状だった。


 サマセット伯爵が慌てて解囲を試みようとして、アーノルドに止められる。

 足手まといの輜重段列を抱えたまま解囲の為の機動戦など出来るわけがない。

 まずは正門を奪還した上で輜重段列をエレルに入れよう、ということで衆議は決した。


 そして、アーノルドの騎兵が、軽歩兵とともに正門までの経路を啓開し、ユートたちのいる輜重段列が警備兵とともに動き始めた。



「魔物たちがこんな怖いとは思わなかったわ」


 エリアがぽつりと言う。


「確かにな」

「まあでも寄ってくる奴は倒すけどね」


 エリアはそう言うと、剣の柄をを撫でた。

 ユートも剣をもう一度確認する。


「そういえば足の傷は?」

「まあ――大丈夫よ。あんたが火治癒ファイア・ヘモスタシス掛けてくれたから血もあんまり失われないで済んだみたいだしね」

「そりゃよかった」


 ユートがそう言った時、アドリアンが叫んだ。


「抜けてきたぞ!」


 見ると魔犬(ダーク・ドッグ)らしい一群の魔物が、輜重段列へ向かってくる。


「警備兵!」


 カーライルが叫んだが、周囲にいる兵隊たちの動きは鈍い。

 全速力の魔犬(ダーク・ドッグ)はみるみるうちに輜重段列へ迫る。


火球(ファイア・ボール)!」


 ユートが牽制に火球(ファイア・ボール)を撃ち込む。

 直撃を受けた魔犬(ダーク・ドッグ)が断末魔の悲鳴を上げ、真っ赤に燃えた。


「出るぞ!」


 アドリアンが抜き身の槍をひっさげて飛び出していく。

 エリア、レオナも続き、最後にユートとセリルが飛び出す。


「五匹だけだ!」


 そう言うや否や、アドリアンは一匹を串刺しにした。

 ユートとセリルが相次いで火球(ファイア・ボール)を唱え、二匹が火だるまになる。

 狙い澄ましたレオナの突きが決まって、あと一匹。


 その一匹と相対していたのはエリアだった。

 エリアは右に左にフェイントを掛けて魔犬(ダーク・ドッグ)を牽制し、通さない。

 だが、何度目かのフェイントで不意に右側に倒れ込んだ。


「エリア!?」


 ユートは思わず飛び出そうとし、魔犬(ダーク・ドッグ)は好機と見てエリアに躍りかかった。

 だが。

 エリアの剣が一閃、綺麗に魔犬(ダーク・ドッグ)の首を刎ね飛ばした。


「大丈夫か!?」

「誘おうと思ってバランス崩したふりしたら膝思い切り擦りむいたわ」

「それならいいんだが、傷が痛むのかと思ったぞ」

「……そんなわけないでしょ」


 事も無げにエリアは笑った。


 ユートたちが六匹の魔犬(ダーク・ドッグ)を倒し終えた時、ようやく警備兵たちが人垣を作り終えていた。

 だが、それ以上抜けてくる様子もなかったので、すぐに散開して再び行軍隊形に戻る。


「おいおい、あいつら大丈夫なのか!?」


 アドリアンが警備兵には聞こえないようにそんなことを小声で言った。


「大丈夫じゃないよ。あいつら警備兵だからね」


 いつの間にか近くにいたウォルターズが苦笑いしながら答える。


「ん? どういうことだ?」

「アーノルド大隊長と一緒に戦ってる奴らは軽歩兵――つまり戦闘することが本職の奴らさ。ここにいるのはそうじゃなくて町や村に駐屯して犯罪者を捕まえたりするようなことが仕事の奴らなんだよ」

「なんでそんな奴らを連れてきたんですか?」

「兵隊がいないからに決まってるじゃないか。警備兵すら動員しないと軍勢を揃えられなかったんだよ」

「西方軍ってあたしが思ってたのより随分少ないのね」

「まあ南方軍や北方軍みたいに敵国と国境を接してるわけじゃないからね。治安維持と魔物退治ならそんな数はいらないのさ。それなら無駄なお金は使わないでおきましょう、ってね」


 ウォルターズはそういうと、ししし、と笑っていた。

 いまいちつかみ所のない人物だが、少なくともユートたちに好意的で、知らない情報をくれるのは有り難かった。



 当てにならない警備兵に苛立ちながらも再び輜重段列が動き出す。

 護衛の警備兵や法兵の足に合わせているので、とても遅く感じられる。

 だが、それでも正門までの距離の過半が過ぎた時、ユートは右手の魔物の群れから何かが光ったかのような気がした。

 慌ててそちらを見ると、魔物の中でもかなり強い部類に入る魔熊(ダーク・ベア)が、数十頭も右翼から殺到していた。

 エリアが叫ぶ。


「ちょっと、アドリアン! あれって!?」

魔熊(ダーク・ベア)、だな」


 その魔熊(ダーク・ベア)を食い止めようとした騎兵が、一撃で馬をやられて投げ出されるのが見える。


魔狼(ダーク・ウルフ)より手強い相手だ。俺たちは一度やり合ったことがあるが、その時はセリルの魔法で牽制しまくって、俺が弓使って必死に逃げるのが精一杯だった」


 アドリアンが遠い目をしているうちに、右翼で魔物の群れをいなしていた騎兵が次々とたたき落とされ、そして殺されていっている。

 魔犬(ダーク・ドッグ)魔狐(ダーク・フォックス)といった魔物ならば人馬の質量を活かして体当たりで蹴散らしていたのだが、魔熊(ダーク・ベア)にはそれが通用しない。

 頼みの騎兵がやられていく中で軽歩兵たちは魔熊(ダーク・ベア)を進ませないように必死に槍衾を作る。

 それによって向かってきた魔熊(ダーク・ベア)たちを足を一時的に止めることには成功した。

 しかし、同時に自分たちの足は止まり、輜重段列に向かう魔熊(ダーク・ベア)を遮るものもなくなった。



「こりゃまずいね」


 馬車に併走するウォルターズが飄々と呟く。


「出ます!」


 ユートは叫ぶと、馬車から飛び降りる。

 それなりの高さ、それなりのスピードだったが、無事に着地。

 残りの四人も飛び降りる。


 その間に追いすがる格好になった魔熊(ダーク・ベア)の群れと輜重段列の間には警備兵が必死になって人垣を作る。


「第二小隊、法撃用意! 目標は各個射撃、法種は火爆(ファイア・ボム)、放て!」


 足を止めたウォルターズが魔法を撃つことを命じる。

 放たれたのは火球(ファイア・ボール)の火の玉とは違う、赤く輝く球体だった。

 四つのその球体のうち二つが魔熊(ダーク・ベア)に命中し、火球(ファイア・ボール)の比ではないほどに爆ぜる。

 命中した二頭のうち一頭は倒れたものの、残り一頭はもんどり打って倒れ、すぐに起き上がって輜重段列の追撃に戻る。

 まして他の魔熊(ダーク・ベア)たちは全く動じる様子も見せずに追いすがってくる。


「ちっ、やっぱり火爆(ファイア・ボム)程度でびびっちゃくれないね」


 ウォルターズが吐き捨てる。


「じゃあもっと強力な魔法を……」

「邪魔ななんだよ、味方の歩兵が」


 確かに味方の警備兵と魔熊(ダーク・ベア)の距離は数十メートルしか離れていないだろう。

 強力な魔法は範囲も広くなるのが一般的であり、それ故に味方を巻き込む可能性があって撃てない。

 だからこそ、ウォルターズは先ほど、敢えて強力な火球(ファイア・ボール)に過ぎない火爆(ファイア・ボム)を放ったのだ。


 そうこうしているうちに警備兵の人垣に魔熊(ダーク・ベア)が躍り込んだ。

 警備兵たちが二メートルはある魔熊(ダーク・ベア)に剣で立ち向かっていく。


「せめて槍でも使えりゃ別だったんだろうけどな……」


 走りながら息も切らさずアドリアンがそう呟く。


 リーチの短い剣では、ただでさえ魔熊(ダーク・ベア)のような巨大な魔物には分が悪い。

 しかも警備兵たちの戦い方は不揃いながらも戦列を組んでいるので自由度がなく、冒険者がよくやる、相手の懐に飛び込んでいくような戦い方も出来ない。


 何人もの勇敢な警備兵が、魔熊(ダーク・ベア)の爪で切り裂かれ、屈強な前足で吹き飛ばされていく。

 そして、警備兵が恐慌状態に陥るのに時間はかからなかった。

 指揮官らしき男が声を嗄らして踏みとどまらせようとしているが、一度崩れた兵を立て直すのは容易ではない。


「すまない、総崩れだ!」


 見ればユートも何度か会議で顔を合わせているピーター・ハルだった。


「見りゃわかるよ! ともかく法撃で支援する間に立て直しておくれ。法兵が白兵戦なんて真っ平御免だよ!」


 ウォルターズはハルにそう言うと小隊に命令を出す。


「いいか、あんたたち。こっからは各個射撃だよ。魔力を使い切ったら馬車を追っかけて乗り込んでよし。じゃ、放てぇ!」


 軍の命令としては相当砕けた調子だったが、ウォルターズの小隊は、警備兵を鏖殺している魔熊(ダーク・ベア)に向けて次々と火爆(ファイア・ボム)を放つ。

 中には風斬(ウィンド・カッター)を放つ者もいるが、厚い毛皮に防がれて効果が薄いらしい。

 彼らの火爆(ファイア・ボム)のうち、二発が直撃した一頭をなぎ倒した。


 ユートたちも負けていない。


「俺たちも。火球(ファイア・ボール)!」

火球(ファイア・ボール)!」

「こっちは弓を射つニャ」


 ユートたちの火球(ファイア・ボール)魔熊(ダーク・ベア)に直撃しているが一頭が火だるまになっただけで、多少のダメージは与えたようであったが、すぐに転がって火を消し、突っ込んでくる。

 レオナが短弓で放った矢も多少当たった程度では厚い毛皮に弾かれてしまう。


 だが、その前にハルが指揮下の部隊を立て直して法兵小隊と魔熊(ダーク・ベア)の間に割り込んでいった。

 先ほどよりは少しましになったとはいえ、警備兵と魔熊(ダーク・ベア)では一方的に蹂躙されるであり、ハルの指揮下の兵はみるみるうちに倒れていく。


「ウォルターズ小隊長! よく持ちこたえた!」


 不意に後ろから声が聞こえた。

 カーライルが法兵たちと、そして警備兵の一部が駆けつけてきた。

 法兵は小隊ごとにまとまり、警備兵はハルたちに合流していく。


「輜重段列はエレルに入りつつある。後はきっちり離脱するだけだ!」


 そして、カーライルは高らかに命令を発した。


「法兵中隊、法撃よーい! 目標、眼前の魔熊(ダーク・ベア)! 小隊指揮官を基準と為せ! 法種、火爆(ファイア・ボム)! 放てぇ!」


 法兵中隊の残り五個小隊二十人が、四人ずつ纏まって火爆(ファイア・ボム)を放っていく。

 ウォルターズの小隊も遅ればせながら集まって四人纏まって火爆(ファイア・ボム)を放つ。

 さすがの魔熊(ダーク・ベア)も四発纏まって撃ち込まれた火爆(ファイア・ボム)には耐えられずにあちこちで倒れていく。


「新手! 魔熊(ダーク・ベア)五頭!」


 警備兵の誰かが叫ぶ。

 とはいえ、順調に魔熊(ダーク・ベア)が倒せたのだから、例えあと五頭きたとしても脅威ではない。

 そんな気持ちが全員の心の内に生じていた。


 だが、それは簡単に裏切られた。

 新手の魔熊(ダーク・ベア)火爆(ファイア・ボム)を受けるその刹那、身体が透き通るような青色に染まり、火爆(ファイア・ボム)をかき消した。


「なんだ!? あれは!?」


 カーライル以下、法兵たちの間で混乱が走る。

 そして、その隙に魔熊(ダーク・ベア)は散々に痛めつけられいるハルの警備兵に突っ込んだ。


「ちっ、あいつら多分魔羆(ダーク・グリズリー)だ」

魔羆(ダーク・グリズリー)?」

「見た目はちょっと大きい魔熊(ダーク・ベア)なんだが、火魔法を使いやがる。俺も聞いた話だが、な」


 アドリアンはそう言うと槍を持ち直す。


「火魔法を使うのか……」

「火魔法を使う魔物には火魔法が効かないのかしら?」

「そんなことはないと思うが……」

「くそ、効かんのか!?」


 カーライルが毒づく。

 だが、ユートはその消え方に見覚えがあった。


「カーライル中隊長、あれ、炎結界(ファイア・バリア)じゃないですか!?」


 ユートの言葉を聞いてはっとしたようにカーライルは怒鳴る。

 相手の魔法を同量の魔力によって消滅させる火魔法・炎結界(ファイア・バリア)

 ユートも使えるそれを、変形させたのが眼前で起きた、青く光る魔羆(ダーク・グリズリー)と言うことなのだろうと当たりを付けたのだ。


「ハル大隊長、後退お願いします! 法兵中隊! 法種変更! 水霧凍結ウォーター・スプラッシュ・フリーズ!」


 その声が聞こえたらしくハルが後退命令を出したらしい。

 勿論ハルは組織的に退こうとしたのだが、既に精神的に限界に来ていた警備兵たちはあっという間に崩れたってしまう。

 もはや後退ではなく潰走になったが、魔羆(ダーク・グリズリー)たちはその警備兵たちに追いすがらず、カーライルたちの方を向き直った。

 戦意を湛え、魔羆(ダーク・グリズリー)たちを睨む法兵中隊を、魔羆(ダーク・グリズリー)もまた、敵とみなしたようだった。

 おおよそ数十メートルを挟んで睨み合った。



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