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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第025話 刀折れ、矢尽きて

「よし、出るぞ!」


 今日何回目になるかわからない、ユートの指示が飛ぶ。

 既に駆け始めてから四時間が経とうとしている。

 もうすぐレビデム近郊にたどり着く。


 これが最後の下車戦闘かな、と思いつつ、五人は馬車から飛び降りる。

 さっきへたり込んでいた前衛の二人も、戦いになれば否応はない。

 ここら辺は妙に手慣れてきた感じが漂っている。


 今度もやはり魔犬(ダーク・ドッグ)

 今日何回目かわからない魔犬(ダーク・ドッグ)の群れだ。


 アドリアンとエリアが盾役となり、レオナが遊撃として前衛を支える。

 そして後ろからセリルとユートが魔法、あるいは弓で屠っていく。

 数匹を倒すと引き揚げていく。


「よし、本隊を追いかけるぞ!」


 ユートたちが戦い慣れたのもあるのだろうが、魔の森から離れたせいか、加速度的に魔物の勢いはなくなっていっている。

 今度は十分とかからずに魔物を追い散らすことが出来た。

 すぐに馬車に乗り込んで駆け出した。



「もうすぐレビデムです!」


 御者の声が響いた。


 レビデム近郊の麦畑があるあたりはレビデムを直接統治している西方直轄領総督府の管轄であり、レビデムの市域である。

 この為、あちこちに西方直轄領を守る西方軍の駐屯所や、総督府の出張所があるから、状況は総督まで伝わり、西方軍が出動してくれるだろう。

 いや、既にマシューの本隊はレビデムの市域に入っており、駐屯所や出張所に報告して、総督府が動き出しているかも知れない。


 御者の声から数瞬した後、周囲がぱぁっ、と明るくなった。

 今まで馬車は、深い森を切り開いた、まるで緑のトンネルのような街道を突っ走っていたのだが、そこから麦畑の広がるレビデム郊外へと飛び出したのだ。

 助かった。

 そういうほっとした空気が流れる。


「なんですか!? あれは!?」


 その空気を砕け散らせたのは、御者の悲鳴のような叫び声だった。



「どうした!?」

「あ、あれを……」


 御者が指す方を見ると、黒い津波が押し寄せてきていた。


「あっちは間道です……」


 ユートたちが逃げてきた主街道とは別の間道を通ってきた魔物がいたらしい。

 その黒い津波は、恐らく春になれば麦の穂が実るであろう麦畑を蹂躙していく。


「こっちにくるか!?」

「間道とはあと一キロも行かないあたりで合流します。奴らが道なりに進むならそこで……」


 その合流点に、黒い津波よりも早く着けなければ囲まれて生きては帰れない、ということだ。


「マシューさんたちは!?」


 遠目に見る限り、マシューの本隊とおぼしき馬車はかなり小さく見える。


「あれならマシューさんたちは大丈夫だな」

「あたしたちは貧乏くじ、ね……」


 エリアが脱力したような声を出す。

 そして青い顔をして続く言葉を絞り出した。


「ねえ、もしかしてあたしたちって魔物を狩ってるつもりで、実は狩られてたんじゃないの……」

「え!?」

「だって変じゃない……魔物って獣より体力あるのよ!? それなのに、馬車を牽いてる馬とあんまり変わらない速さでしか追いかけてこなかった。あたしたちが戦って、追い払ってるから大丈夫と思ってたけど、実際あいつらは狩りをしていただけだったとしか思えないじゃない……」

「あいつらは猟犬で、俺たちは魔物の掌で転がされてた、ってわけか……」


 アドリアンも同調したことで馬車の雰囲気が一気に暗くなった。

 否定したいが、思考力の鈍った頭ではそれを否定できなかった。


 沈黙が馬車を支配する。


「……どっちでもいいさ」


 沈黙を破ったのはユートだった。


「ユート!?」

「どっちでもいい。あいつらが猟犬だったとしても、これがただの偶然だったとしても、俺たちは生き延びる。出来ればこのまま逃げ切る。無理でも戦って、そして生き延びる!」


 必死に紡いだユートの言葉に、全員が黙りこくった。

 数瞬が過ぎる。

 自分の言葉は伝わらなかったか、と思った時、レオナが口を開いた。


「死ぬのは冒険者の定めニャ」

「…………」

「でも、あちきは最期まで足掻いて死ぬニャ。逃げて殺して、命乞いでも何でもして、必死に足掻いて、それでもダメなら死ぬニャ」

「……そうだな。誰も物語の悲劇の英雄みたいに死ねるなんて思っちゃいねぇよな。潔く死ぬなんか冒険者の辞書にゃないし」

「あんたの頭にはそもそも辞書なさそうだけどね。ていうかごめん。あたしが余計なこと言った!」

火球(ファイア・ボール)!」


 アドリアンとエリアの顔色が戻ってきたところで、不意にセリルの声が響いた。


 見ると御者台にセリルが立っている。

 そして、幌と荷台の間から、セリルが放った火球(ファイア・ボール)は黒い津波に吸い込まれ、遠目に黒い何かが飛び散るのが見える。

 それは火球(ファイア・ボール)にやられた魔物が、それとも足を止めたが為に仲間に踏み殺された魔物か。


「ほら、牽制よ!」


 引きつりながらも笑ってみせる。


「よし、俺も撃ちます。御者さん、全速でお願いします」


 そう言うとユートも御者の脇に立ち、火球(ファイア・ボール)を唱える。


「勿論です!」

「魔力切れに注意よ」

「あちきのナイフは数が少ないから取っておくニャ! セリー、弓を借りるニャ!」


 レオナが荷台の一番後ろに立ってセリルの短弓に矢を番え、次々と放っていく。


「ちょっと、レオナちゃん! 矢を使いすぎないでよ!」

「どうせこの数相手じゃ射ちきるニャ。今なら必中だから有り難いニャ」


 そんなことを言いながら次から次へと矢を放っていく。


「あたしたち、何したらいいのかしら」

「取り付かれないように見張るくらいじゃね?」


 蚊帳の外のアドリアンとエリアはそんなことを言いながら、それでも荷台の一番後ろで、“猟犬”に追いつかれないか警戒し、槍と剣は手放していない。


「あと五百!」


 御者が叫ぶ。

 馬車を牽く二頭の馬は汗を飛ばして駆ける。

 車輪ががらがらと音を立てて馬車が疾走し、周囲の景色は恐ろしい速さで後ろに流れていく。

 本来ならば御者台や荷台に立つのも怖い速さだが、ユートとセリルは構わずに魔法を放ち続ける。


火球(ファイア・ボール)!」

炎柵(ファイア・フェンス)!」

「ユートくん!?」

「少しでも食い止めるならこっちの方がいいかと……」


 炎柵(ファイア・フェンス)を行使したユートは気だるげな顔で言う。

 確かに食い止めることを考えたら炎柵(ファイア・フェンス)の方が効率はいいのかもしれない。

 しかし、津波のような魔物の群れの正面に炎柵(ファイア・フェンス)を行使するのは相当の魔力を使ってしまう。


「ちょっと休んでなさい。火球(ファイア・ボール)!」


 セリルはユートを無理矢理休ませながら更に魔法を放つ。

 そのセリルの表情にも余裕はない。


「あと三百!」

「いけるわ!」


 エリアが叫ぶ。

 合流点への競走はわずかにユートたちの馬車がリードしている。


火球(ファイア・ボール)!」


 ユートが座って休んでいる横でセリルが必死に魔法を放つ。


「二百! 駆けろ!」


 御者が悲鳴のような声をあげ、そして馬を叱咤する。

 馬も本能で危機を察して限界の更に上をいくようなスピードで駆け抜ける。


「矢が尽きたニャ!」


 矢筒に二十本はあった矢を射尽くしたのだろう。


「射ち過ぎよ! 火球(ファイア・ボール)!」


 セリルが必死に魔法を放つ。

 ふらふらとしているのがわかるが、それでも必死に放ち続ける。


「百!」


 みるみるうちに黒い津波が大きくなってくる。

 黒い津波が、無数の魔犬(ダーク・ドッグ)魔狐(ダーク・フォックス)魔鼬(ダーク・ウィーゼル)といった魔物たちで構成されているのが、はっきりと見える。


「あたしも魔力が限界かも……」

「かわります!」


 ユートは叫ぶと、集中して魔法を行使する。


火球(ファイア・ボール)!」

火球(ファイア・ボール)!」


 セリルはその火球(ファイア・ボール)を放つとへたり込む。


「後は任せて下さい!」


 ユートはそう言いながら次々と火球(ファイア・ボール)を放っていく。


「あと五十!」


 そう言いながら御者は鞭を振るう。


「いけるぞ!」


 ユートが叫ぶ。

 御者の鞭が更に馬の尻を叩き、馬車はもの凄いスピードで駆け抜けていく。

 そして黒い津波の鼻先を掠めるようにして、合流点を駆け抜けた。


「助かった!」


 馬車の中が喜色に満ちる。

 ユートとセリルも御者台から荷台の後ろに移り、追いつかれないように魔法を放つ構えを取る。


 だが、次の瞬間。

 馬のいななきとともに、馬車ががくりとスピードを落とす。

 御者が悲鳴を残してはじき飛ばされ、そして馬車は何かに衝突――そして横転する。


 立っていたユートとセリルは当然として、エリアたちも荷台でもんどり打った。


「何よ!?」


 エリアが怒りの声を上げる。


「出るぞ!」


 ユートはすぐに剣を引き抜き、幌を斬り破って飛び出した。


 外に出て、ようやく何が起きたかユートは理解した。

 どうやら逃げ切れたと思ったその時、魔物が更にスピードを増して馬に襲いかかったらしい。

 馬を失った馬車はそのまま馬に追突、その衝撃で御者は跳ね飛ばされ、そして馬車は車軸を折って見るも無惨な姿となっている。

 馬車が追突した時に打ったあちこちが痛いがそれどころではない。


「御者の人は?」


 見ると数メートルも前方に投げ出され、うめき声を上げている。


「レオナ、御者の人をこっちに連れてきてくれ。アドリアンは……」


「もう出てるぜ!」


 見るとアドリアンは大盾と槍を構えて、ユートたちと魔物の群れの間に割って入っていた。

 黒い津波は、緩やかにユートたちの周囲で動きを止め、そしてユートたちを虎視眈々と狙っている。


「セリーちゃんが!」


 エリアの声が響く。

 見るとセリルは顔中が血まみれになっている。


「どうしたんだ!?」

「転んだ時に額を切っただけよ」


 事も無げに言うと、幌の破れたところから長弓を取り出した。

 セリルは既に魔力が枯渇しているので回復するまでの時間稼ぎに長弓を使うつもりらしい。


 アドリアンはそうしたセリルを顧みず、大身の槍をしごくと、魔物たちを睥睨する。

 しかし、その背中がいかに心配しているかを物語っているようにユートには見えた。


「ユート、御者は連れてきたニャ」


 気を失っているらしい御者をかついでレオナが戻ってくる。


「厳しい戦いになりそうニャ」


 それだけぽつりと呟くと、レオナはアドリアン、そしてその横に並んだエリアの方を向き直り、鎧通しを抜き放った。




 沈黙が続く中、それを破ったのはユートだった。


火球(ファイア・ボール)!」


 先手必勝、そんな気持ちがあったのかも知れないし、或いは自棄だったのかも知れない。

 ユートの魔法の火が照り返したのか、魔物たちの眼がぎらり、と輝いたように見えた。


 そして、乱戦となった。


 背後に馬車を背負っているお陰で、全周包囲されながら魔物たちの攻め手が限定されているのが唯一の救いだった。

 アドリアンとエリアが盾で食い止め、後ろに抜けようかというのをレオナが一撃で葬り去っていく。

 そして、ユートが魔法で、セリルが長弓で数を減らそうと奮闘する。

 それは、いつものユートたちのパーティだった。

 しかし、相手はいつもの魔物の群れではなかった。


「矢が切れたわ」


 まずセリルの長弓の矢がなくなった。

 いつもの戦いならば二十本ほどの長弓の矢、そして二十本ほどの短弓の矢があれば十分だった。

 しかし、今回はたった二十本の矢、というしかなく、既に短弓の矢はレオナが射ち尽くしており、彼女には後は魔法と、恐らくは何の役にも立たないであろうナイフしかなかった。


火球(ファイア・ボール)!」


 セリルは迷いなく魔法を放った。

 立て続けに火球(ファイア・ボール)で魔物を焼き払い、なぎ倒していく。

 ユートも負けてはいられない、と魔法を放つ。


 それでもユートたちはしばらくの間、明らかに押していた。

 圧倒的多数の魔物たちは包囲の利を活かせないまま、アドリアンとエリアに押しとどめられているうちに、ユートとセリルの魔法で命を刈り取られていった。


 だが、それは長くは続かなかった。


「――――」


 まず、セリルが苦しげな表情となって倒れた。

 回復しただけの、わずかな魔力が切れたのだ。


「セリーちゃん!?」


 エリアが倒れたセリルに振り返る。

 背負っている馬車の陰から魔物が現れたのか、と思ったのかも知れない。

 それは魔物の前では致命的な隙だった。


 隙を作ったエリア目がけて、数匹の魔犬(ダーク・ドッグ)が飛びかかる。

 完全に見えていなかったエリアはそのまま押し倒され、そして腰のあたりに噛みつかれた。


「――――痛いっ!」


 エリアの悲鳴が響く。


「死ねニャ!」

「やめろ!」


 レオナとユートが慌てて魔犬(ダーク・ドッグ)に躍りかかる。


「エリアを離せ!」


 ユートの一撃でエリアに噛みついていた魔犬(ダーク・ドッグ)は首を刎ねられ、即死する。

 その間にレオナも一匹を倒し、油断なく周囲を警戒する。


「大丈夫か!?」


 エリアはユートの声に頷くが、顔は青白くなり、周囲には血だまりが出来つつあった。


「太ももか!?」


 そう言いながらエリアのワンピースをまくり上げると、引き裂かれたレギンス、そして太ももの深い傷が見えた。

 そこからは、まるで脈拍に合わせるかのように血が噴き出している。

 思わず目を背けそうになったが、傷をもう一度見つめて、ユートは集中する


「――火治癒ファイア・ヘモスタシス!」


 そう言いながら大量の魔力を注ぎ込んでいく。

 これでもか、と魔力を注ぎ込んで、ようやくどくどくと噴き出していた出血は止まった。


「……あんた、馬鹿でしょ。止血したところでどうせあたしは戦えないし逃げるにも走れないから、その魔力、最後の最後の時まで取っといたらよかったのに……運が良ければ逃げられたかも知れないわ」


 エリアは相変わらず真っ青な顔でそう呟くように言った。

 ユートがそれに反論しようとしていたところで、アドリアンの声が響いた。


「ユート、魔法をくれ!」


 見るとアドリアンはセリルの方に魔物の群れを行かせないように槍を振り回し、必死になって突き倒している。

 エリアが倒れ、レオナが掩護に行ったことでアドリアンの負担も一気に増えたのだ。


火球(ファイア・ボール)!」


 ユートが牽制に魔法を叩き込む。

 それで魔物の群れがアドリアンからユートの方に狙いを変える。


「レオナ、アドリアンさん、伏せて!」


 そう叫ぶと、一気に魔力を放出した。


火炎放射(ファイア・スロー)!」


 周囲に炎が踊り狂い、そして焼き尽くしていく。

 ユートが怒りに任せて放ったそれは火炎放射というよりも、火炎旋風だった。

 伏せているレオナとアドリアンの髪もちりちりと焦げる。


 たっぷり十秒も炎が荒れ狂ったところでぱったりと魔法が止まった。

 ふらふらとユートは倒れ込みそうになる。


「まだ来やがる!」


 アドリアンは叫びながら盾を構えなおした。

 魔物たちはユートの魔法を警戒してか、遠巻きにしつつそれでもアドリアンの隙をうかがっていた。

 ユートに数十匹を焼き払われながら、彼らは諦めることを知らなかった。

 それは勇猛と言うべきか、蛮勇と言うべきかユートにもアドリアンにもわからなかった。

 ただ、死が足音を立てて忍び寄っていることだけは自覚できた。


「ユート、あんたしっかりしなさい!」


 横たわったまま、エリアが叱咤する。


「エリアはとっとと下がるニャ! そこにいたら集中して戦えないニャ!」


 そのエリアを今度はレオナが叱りつける。

 どうにか意識を取り戻したらしいセリルが、ふらふらしながらもエリアに肩を貸して下がらせる。


「バランス良く三人残ってくれて助かったニャ。まだあちきは戦えるニャ!」

「俺もまだまだいけるぞ!」


 アドリアンとレオナが気勢を上げる。


(なんとも頼もしい仲間だな……)


 それが強がりであったとしても、いや強がりであるとわかっているからこそ、ユートは諦める気を毛頭見せないアドリアンとレオナに尊敬の念を覚える。

 見るとセリルはナイフを抜き放っており、エリアも座ったまま、剣を構えている。


「おらぁ! かかってこいやぁ!!!」


 アドリアンが気魄の籠もった叫びを上げ、そして槍をぶん、と振り回す。

 魔物たちはじりじりと包囲の輪を縮めてくる。

 そして、一匹の魔犬(ダーク・ドッグ)の吠え声とともに、再び火ぶたが切られた。



 アドリアンは必死に防いだ。

 アドリアンは槍使いであるが、豪放磊落な人柄に反して、その槍さばきは巧緻を極める。

 盾で巧みに防ぎながら、隙を突いて必殺の一撃を放ち、魔物を仕留めるというスタイルだ。

 そのアドリアンが、いつしか盾を失い、槍で薙ぎ払いたたき伏せ、時に突き刺した魔物を力任せに振り払い、それでも槍を振るい続けた。


 レオナはレオナで鎧通しで魔物の急所を突いていたのだが、それも覚束なくなり、とうとう殴りつけて戦うようになっていた。

 本来ならば細身の鎧通しで殴りつけることはない。

 そんなことをすれば歪んでしまうし、下手をすれば折れるからだ。

 しかしそんなことを言っていられないほど、周囲に囲まれて過酷な戦いを強いられていた。


 そしてユートはくらくらするほど魔法を放ち、魔力が切れる前に剣で斬り掛かり、そして魔力が回復すればまた魔法を叩き込む、という戦い方だった。

 何度も倒れそうになり、その度に必死に立ち直っていた。

 もはや、気力だけで立っているような状態で、それでも剣を振るうのを止めなかった。


 既に三人は泥にまみれ、血にまみれていた。

 致命傷こそないものの、あちこちに小さな怪我があった。


 そんな戦いがどれくらい続いたのだろうか。

 不意に魔物たちが下がっていった。


「助かった……か?」


 アドリアンが呟いた。

 もし助かったとわかれば、その場で倒れ込みかねないほど、疲労困憊だった。


「アドリアン、新手が来てる!」


 エリアの叫び声が響いた。


 その声にはっとして見ると、魔犬(ダーク・ドッグ)よりも更に一回り大きな体躯の魔物が見えた。


「そんな……魔狼(ダーク・ウルフ)だなんて……」


 セリルが叫んだ。

 かつてエリアが一対一でやられそうになったあの魔狼(ダーク・ウルフ)が、十頭はいた。

 灰色の毛並みは輝かんばかりであり、いつ飛びかかろうかと目を爛々を輝かせているようにユートには見えた。


「クソ!」


 アドリアンが罵声を飛ばした。


「最期ね」


 セリルはそう言うと、火球(ファイア・ボール)を飛ばし、それは魔狼(ダーク・ウルフ)に当たって爆ぜた。

 その魔狼(ダーク・ウルフ)は多少のダメージは受けたようだが、その魔狼(ダーク・ウルフ)はごろごろと転がって、すぐに火は消える。

 そして、セリルは魔力を使い果たしてそのまま気を失い倒れた。


火炎放射(ファイア・スロー)!」


 ユートも魔力の限界寸前までつぎ込んで必殺の火炎放射(ファイア・スロー)を放つ。

 だが、その火炎放射(ファイア・スロー)は全周を覆い尽くす踊る炎などではなく、ただ魔狼(ダーク・ウルフ)をなめ回す炎となっただけだった。

 魔力のほとんどを使い切りながら、それでもユートはなんとか立っていた。



「いよいよ、か」


 アドリアンがぐい、と槍を持つ手に力を籠めた。


「レオナ、これ使って」


 エリアがそう言って、自分の剣を渡そうとする。

 見ればレオナの剣は先端で折れ、根元から曲がって、もはや鈍器としてすら使えるか怪しいものとなっていた。


「……わかったニャ」


 レオナがその剣を受け取ろうとした時、不意に轟音が響いた。


「なんだ!?」


 アドリアンが混乱しつつも魔狼(ダーク・ウルフ)からは視線を外さない。

 しかし、その魔狼(ダーク・ウルフ)が次々と火の玉に呑み込まれていっていた。

 続いて、地鳴りのような音が響く。


「馬よ!」


 エリアが叫んだ。

 数十頭か、百頭を超えるような馬が、兵を乗せて魔物たちの群れに突撃を敢行していた。


「西方軍だニャ!」


 レオナが叫んだ。

 西方軍の騎兵たちは魔物の群れを蹂躙していく。


「助かったか……」


 アドリアンがへたり込み、薄笑いを浮かべながらその様子を見守る。

 気付けばユートも座り込んでいたし、レオナもまた同様だった。


 そのうち、騎兵の一騎がユートたちの方へ駆け寄ってきた。

 革製の胸甲(キュイラス)に毛皮の帽子を被り、胸に煌びやかな徽章を付けたその騎兵は、ユートの目の前でさっと下馬すると、敬礼をして口を開いた。


「ご無事ですかな? 私は西方軍驃騎兵第二大隊長を務めます従騎士サイラス・アーノルドであります。今回の貴君らの勇戦に敬意を表します」

「……いえ、ありがとうございます」

「貴君らの奮戦のお陰で領民と避難民の被害を最小限に食い止めることが出来ました。見れば怪我も多いご様子。ともかく野戦救護所の方までお越し下さい」


 ユートは何か言おうとしたが、アドリアンの哄笑に遮れられた。

 その哄笑は騒音としか言えなかったが、生者の放つものであるが故にユートには心地よく聞こえた。

 その笑い声をが頭の中に響き渡る中、ユートの記憶はゆっくりと暗闇に落ちていった。


第21話~25話はゴールデンウィークで変則更新となりましたが、来週からはまた平日更新に戻ります。

今後とも『異世界ギルド創始譚』をよろしくお願い致します。

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