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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
243/247

第237話 最後の血戦・前編

一昨日、更新を忘れておりましたので本日は2回更新となります。

次の更新は19時です。

 ルーテル伯が剣を振り下ろすと同時に、蛮声が上がった。

 それは、死に対する恐怖を振り払おうとする本能の蛮声だった。


「お前ら、おめけ! おめけ!」


 ルーテル伯の軍勢の古参兵たちがそう怒鳴り、蛮声は更に強まっていく。

 誰よりも強く声を出すことで、兵は己の蛮声に酔い、一騎当千の勇士になったような錯覚に陥るのだろう。


「オレらにはあんなもんはいらんで!」


 ゲルハルトが兵たちに語りかけるようにそう言葉を発した。

 この期に及んで笑いながらそう語りかける姿はまさに一騎当千の勇士だった。


「儂に続け!」


 ルーテル伯の軍勢がとうとうこちらに向けて歩み始め、そしてそれは程なく駈歩の速さになったのを見て、アルトゥルが怒鳴り、飛び出していく。


「オレもいくで! ユート、状況次第で上手くあの王さん捕まえてや!」


 ゲルハルトはそう叫ぶと、兵の一部を残してアルトゥルに続き、飛び出していった。



 程なく、肉体と肉体がぶつかり合い、敵も味方も関係なく、その生命の終わる時を迎え本能のままに叫ぶ声が響き渡る。


 あっという間の乱戦――――

 ルーテル伯の軍勢がエーデルシュタイン伯爵領軍に襲いかかり、それをアルトゥル率いる数十人の妖虎族と、同じくゲルハルト率いる数十人の餓狼族が迎え撃つ。


「こなくそっ!」


 そう叫ぶのは先陣を切ったアルトゥルだった。

 アルトゥルは妖虎族らしからぬその膂力で得物の大木槌を振り回し、次々とルーテル伯の軍勢をなぎ倒していく。

 一人、また一人とアルトゥルの大木槌で肩や頭を粉砕され、原形を留めぬほどに破壊されてその生命を終える敵兵がいる。

 アルトゥルの凄惨なまでの戦い振りはルーテル伯の兵たちの心胆を寒からしめるのに十分であり、恐らく彼らは今後獅子心王(ライオン・ハート)の名を聞けば、腰を抜かして震えながらお祈りをするくらいしか出来なくなるだろうとすら思えた。



「口ほどにもないで!」


 そう叫ぶ声には多分に嘲りの成分が含まれていて、まだまだ余裕さえ感じさせられるものだった。

 もちろんその声の主はゲルハルト。


「相変わらずね」


 すぐ隣にいるエリアが苦笑いとともにそんな感想を口にする。


「ああ、流石ゲルハルト、だ」


 ユートもまた苦笑いを隠せなかった。

 本来ならば圧倒的な劣勢であるはずなのだが、アルトルゥが獅子心王(ライオン・ハート)の異名を証明したように、ゲルハルトもまた雷神(トール)の異名が伊達ではないことを実証していた。

 つまり、ゲルハルトもまた狼筅(ろうせん)を抱えて敵中に殴り込み、当たるを幸い次々と敵兵をなぎ倒している。

 縦横無尽に狼筅(ろうせん)を振り回すせいで敵はおろか、味方さえ近づけない一人舞台となっているが、それもまたゲルハルトだった。


「なんか、戦術とか考えるの馬鹿らしくなっちゃうわね」

「まあ、な」


 ゲルハルトやアルトゥルは当代きっての戦士と言えるだろう。

 しかし、本来ならばノーザンブリア王国軍は王国改革以来、そうした並外れた戦士ではなく、並みの兵を戦術的に運用することを軍の根幹としてきていた。

 なぜならば、一騎当千の勇士を一人得ることよりも、並みの兵を一万の兵得ることの方が容易であり、その並みの兵を用いて一騎当千の勇士を討ち取ってしまえばいいだけのことだからだ。

 とはいえ、実際にその一騎当千の勇士を目の当たりにすれば、王国改革以来ノーザンブリア王国が必死になって組み上げてきた戦術や、ユートが冒険者の用いる戦い方をまとめた猟兵戦術などというものは、木の葉一枚の勝ちもないのではないかとすら思えるほどだった。


「馬鹿なことを言うもんじゃないニャ」


 ゲルハルトとアルトゥルの奮戦を冷静な目で見つめていたレオナがそう呟いた。


「なんでよ?」

「たった二人で一個大隊を押しとどめられるなら苦労はしないニャ。なんであちきらが北方大森林に追い詰められたと思ってるニャ?」


 レオナは冷徹な(まなこ)で二人の戦いを見ていた。

 そう、かつてノーザンブリア王国と戦い、餓狼族も妖虎族も大森林に追い詰められていった。

 これほどの戦士や、これほどではないにしろエーデルシュタイン伯爵領軍の主力を為す餓狼族と妖虎族がいたにも関わらず、だ。


「徒党を組んだ軍勢の怖さは、あちきらが一番よく知っているニャ。たとえ一個大隊でも、一騎当千の強者を絡め取るには十分なのは、あちきらが一番よく知ってるニャ」


 レオナの言葉にユートもエリアも無言となった。

 実際、レオナの言う通り、ルーテル伯の軍勢はルーテル伯の指揮の下、ゲルハルトとアルトゥルを遠巻きにし始めていた。

 絡め取る、というのとは少し違うが、弓でも用いて遠距離からやってしまえばいいだろう、というのだろう。


「それならば、わたしたちが絡め取られないようにすればいいのです」


 アナだった。


「わたしたちには魔法があるのです」

「わかってるニャ」


 我が意得たり、とレオナが頷く。


火炎旋風(ファイア・ストーム)でいいか?」

「ユート、頼むニャ!」

「レオナ、あたしも突っ込むわ!」

「もちろんだニャ。ユートの火炎旋風(ファイア・ストーム)を合図に突撃だニャ!」


 レオナの周囲にはレオナの手勢とも言うべき妖虎族数十人と、恐らくゲルハルトがユートの警護の為に残してくれた餓狼族数十人がいるだけだった。

 合計で百にも足らない軍勢だが、これでもアルトゥルとゲルハルトが率いる兵と同じくらいなのだ。


土弾(アース・バレット)、撃てるか?」

「いけます!」


 餓狼族の若者が威勢良く返事するのが聞こえた。


「よし、放てっ!」


 ユートの号令一下、妖虎族と餓狼族たちが一斉に土弾(アース・バレット)を放つ。

 それは狙いを過たず、ゲルハルトとアルトゥルを遠巻きにする兵たちのまっただ中へと命中した。


「こいつら、魔法を使うぞ!?」

「弓で戦えるのか!?」


 そう距離が離れていないせいで、ルーテル伯の兵たちの混乱振りが伝わってくる。


「慌てるな!」


 ルーテル伯もまた歴戦の指揮官、そうした兵の動揺を見て一喝しているのまでが聞こえる。


「我々が乗馬突撃出来んように、この距離では魔法も怖くはない。弓で叩けばよい!」


 道理である。

 百メートルと離れていない距離ならば、弓でも十分に戦える距離だ。

 そのルーテル伯の言葉で敵兵たちは我に返ったようだった。

 ゲルハルトとアルトゥルを遠巻きにしようとしていた兵たちが、すぐに鏃をユートたちに向けた。

 騎兵であるにもかかわらず弓が使える兵がいるのか、それとも弓を放った経験のある兵を組織しているのか、あるいはもとから騎兵と弓兵の混成なのかユートにはわからなかったが、ルーテル伯の兵たちは手慣れた手つきで弓を引き絞り、矢を放つ。


風盾(ウィンド・シールド)!」


 ユートは思わず叫んでいた。

 石神を信仰する餓狼族や妖虎族には風魔法の使い手はほとんどいない――というよりも土魔法以外の使い手はほぼいないといってよい。

 結果、矢いくさに最も効果を発揮する風盾(ウィンド・シールド)を使えるのはユートくらいだった。


 ユートが出来るだけの魔力をつぎ込んで展開した風盾(ウィンド・シールド)は降り注ぐ矢の大半を防いだが、それでも流れ矢に当たる者が数人出てしまった。

 ちっ、と舌打ちを一つ挟んだところでレオナの声が響く。


「ユート、火炎旋風(ファイア・ストーム)を頼むニャ!」


 見るとどうやらユートたちだけでなくゲルハルトやアルトゥルたち目がけても矢は降り注いだらしい。

 アルトゥルもゲルハルトも、そしてその配下の兵たちも風盾(ウィンド・シールド)を使える者はいなかった為、まともに矢を食らったのがわかった。

 幸いゲルハルトはその狼筅(ろうせん)で降り注ぐ矢を打ち落とすという相変わらず人間離れした芸当をやってのけたらしいし、大半の妖虎族たちは身の軽さを生かして躱したようだったが、それでも決して損害は小さくはなかった。


火炎旋風(ファイア・ストーム)!」


 最初は火球(ファイア・ボール)を唱えようとして火炎放射(ファイア・スロー)になってしまったことから生み出されたこの魔法は、いつの間にかユートの代名詞となりつつあった。

 ノーザンブリア王国でもローランド王国でも火炎旋風(ファイア・ストーム)はおろか火炎放射(ファイア・スロー)すら使う者はいないらしい。

 軍制式魔法の概念があるノーザンブリア王国軍で使われていないのはわからないでもなかったが、そうしたものがなく相も変わらず宮廷魔術師たちが跋扈しているローランド王国でも使われていないのは少し意外だったが、ともかくそうらしい。


 そして、ユートがそれを唱えた時、同時にルーテル伯の軍勢もまた二の矢を放った。

 果たしてルーテル伯はユートが火炎旋風(ファイア・ストーム)を使ってくることを読んでいたのか、はたまた偶然なのかはわからなかったが、タイミングとしては最悪のタイミングだった。

 火炎旋風(ファイア・ストーム)を行使している以上、ユートは風盾(ウィンド・シールド)を使うことは出来ない。

 もちろん向こうも火炎旋風(ファイア・ストーム)を止める術はないのだから、お互い様といえばお互い様なのだが、数的劣勢下にあるエーデルシュタイン伯爵領軍の立場からすれば、お互い様は敗北だ。


風盾(ウィンド・シールド)なのです!」


 不意にすぐ後ろから声が響いた。


「アナ!」

「わたしも純エルフ(エーデルシュタイン)の名を継ぐ者なのです」


 確かにアナは純エルフ(ハイエルフ)の血を引いており、そのお陰かユートと同じく四属性魔法を全て使いこなせるだけの才能は持っている。

 しかし、だからといっていきなり戦場で魔法を使えるわけではない。

 魔法を使うには何よりも無意識の集中が必要であり、敵の矢が自分に向かってきている状況で平常心を保ってそんな集中をするには相当な慣れが必要だった。

 たとえばユートが王立魔導研究所で聞いた話でも、王立士官学校法兵課程を卒業したノーザンブリア王国軍の法兵士官が実戦部隊を離れる最大の要因は戦闘法兵として必要な過酷な状況下での集中が出来ない、ということだった。


「アナ、大丈夫か!?」


 集中しきれず風盾(ウィンド・シールド)が乱れるだけならばいい。

 もちろん被害は出るだろうが、それは風盾(ウィンド・シールド)を行使していなかったのと同じことだ。

 しかし、過剰な魔力をつぎ込みすぎて大嵐を起こしてしまえば味方を巻き込こんでしまいかねないし、魔力の限界を無視した魔法の行使をしたらアナの命すら危うくなるかもしれない。


「大丈夫なのです!」


 元気にそう答えるアナに、ユートはそれ以上何も言えなかった。

 さすがに火炎旋風(ファイア・ストーム)を使いながら風盾(ウィンド・シールド)で全部防ぐような真似は難しい以上、アナの風盾(ウィンド・シールド)がなければ戦うことすらままならないのだ。


「無理するな!」


 そう言うしかなかった。

 そして、ユートは火炎旋風(ファイア・ストーム)で敵兵をなめ回す。

 ルーテル伯の軍勢が次々と炎に巻かれて倒れ、そしてゲルハルトとアルトゥルの率いる軍勢がやはり矢を受けて一人、また一人と倒れていく。

 どちらの方が我慢強いか、人の命をベットしての勝負となる。


 ユートは火炎旋風(ファイア・ストーム)を止めないし、ルーテル伯の軍勢もまた矢を射る手を止めない。

 時間がかかればかかるだけ、アナが保つのか、と不安になる。


「アナ……」

「大丈夫……なのです……!」


 アナはそう言いながら風盾(ウィンド・シールド)の行使をやめない。

 その間にもユートの火炎旋風(ファイア・ストーム)が敵兵を呑み込んでいくのが見える。


 もう少し、もう少しだ。

 ユートは内心でそう思う。

 弓兵を片付けてしまいさえすれば、ゲルハルトやアルトゥルも戦いやすくなるし、全軍を挙げて突撃する、引いて魔法で叩くという戦術の自由度が確保出来る。


 あとふた息、と思った時、ぱたり、とユートのすぐ側に矢が落ちた。


「え?」


 アナが倒れたのか、と思って後ろを振り返るが、アナは必死になって風盾(ウィンド・シールド)を行使しているのが見える。


「しっかりしなさい。流れ矢よ!」


 慌てそうになるユートをエリアの声がなだめてくれる。

 慌てて火炎旋風(ファイア・ストーム)を、と思ったところで、敵の弓兵はとうとう火炎旋風(ファイア・ストーム)の圧力に耐えかねたのか崩れるのが見えた。


「突撃ニャ!」


 疲れ切ったアナをエリアが抱き上げている側でレオナが叫んだ。




 その声を皮切りに、とうとうエーデルシュタイン伯爵領軍全軍が突撃を始めた。

 そして、ルーテル伯の軍勢もまた、それに応じた。


 エーデルシュタイン伯爵領軍とルーテル伯の軍勢全てが混沌の坩堝へと叩き込まれた。


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