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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第236話 仇敵にして好敵手

すいません、昨日更新を忘れておりました…

明日、2回更新にさせて頂きますので、よろしくお願いいたします。

 ルーテル伯マクシムという名を持つ口ひげに白髪のロマンスグレーの男――

 ユートはその名を何回耳にしただろうか。

 特にレオナは何度となく渡り合っている相手だった。


 レオナとルーテル伯が最初に会ったのは、クリフォード城の戦いの時だったと思う。

 友軍の進軍路を確保するために夜襲を仕掛けたユートたちに対して、初見でありながら最も適切な対応をし、レオナを追い詰めた男だった。


 次に出会ったのは、クリフォード城の戦いにおいて、本営に森林突破の強襲を仕掛けたレオナに対して、防戦の指揮を執り、ピエール王太子を守り切ったとユートは聞いている。

 この時は先代クリフォード侯爵やアドリアンたち、南方植民地で敗れた者たちがアストゥリアス山脈を越えて戻ってきたのがたまたま絶妙の包囲となり、レオナが雪辱を果たしたと言える。


 三度目はユートたちが直接戦ったわけではないが、ノーザンブリア王国軍に対する夜襲部隊を用いた夜襲だった。

 これは王位継承戦争、そして第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)において、各部隊が散開しての猟兵戦術を以て勝ち抜いてきたエーデルシュタイン伯爵領軍のお株を奪うものであった。

 そして、まだまだ戦列を中心とした密集戦術が主流となっているノーザンブリア王国軍を考えると、ルーテル伯はエーデルシュタイン伯爵領軍の戦術を、驚異的な速度で吸収したと言えるだろう。


 つまるところ、ルーテル伯という男は、エーデルシュタイン伯爵領軍の仇敵であり、好敵手であった。



 また、ノーザンブリア王国にとってはこの第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)を起こした恐らく張本人であり、にっくき敵でもある。

 そして、ローランド王国にとっては王国の双璧と謳われる武人であり、特に双璧ももう一方であるラファイエット候がユートたちに討ち取られてからは、恐らくローランド王国の第一の重臣だろう。



 そう、問題はたった一つだった。

 なぜいるのか、というのがユートの最大の疑問である。

 恐らくこのルーテル伯はずっとローランド王国のピエール王太子の副将として、ローランド王国全軍の指揮を執っていたはず。

 少なくともユートたちにもたらされた少し前の情報ではそうなっていた。

 にも関わらず、ここにいる、というのはまさかユートたちの行動が漏れていたのか、という疑問が湧いてくる。


「なぜ、お前がここにいる?」


 ユートは十歩ほどの距離を取っているルーテル伯を油断なく見張りながら低い声でそう問いかけた。

 素直に答えるとは思わなかったが、それでも聞かざるを得なかった。

 そして、ユート自身も自覚していたが、その声音は王家の危機に駆けつける忠臣と、いないはずの忠臣に阻まれたことを悔しがる悪役のようだった。


「貴様に言うことではない――と言いたいところだが、教えてやろう。此度のいくさにつき、陛下より軍状報告を求められたが故にたまたま戻っておったのだ。その間に王太子殿下は大手柄を立てられたようだな」


 勝ち誇った顔でそう告げるルーテル伯――

 さっき愛剣ごと吹っ飛ばされたエリアが立ち上がり、ルーテル伯に立ち向かう様子を見せても、それを阻止すらしないその姿には余裕すら感じられた。


 ルーテル伯が言いたいことはユートにもわかった。

 ユートたちが力戦奮闘した結果、ローランド国王は戦況を憂いてピエール王太子のお守り役であり、事実上の指揮官であるルーテル伯を召還して状況報告をさせた。

 その間にピエール王太子は適切な戦闘指揮を行ってノーザンブリア王国軍を再びクリフォード城まで押し込むことに成功し、その評価を高めることになった。

 そして同時に、王都ローランディア強襲を企てたエーデルシュタイン伯爵領軍の前に、ルーテル伯が立ちはだかることになった、ということなのだろう。

 まさに禍福はあざなえる縄がごとし。


「だからどうしたニャ?」


 一番因縁の深いレオナがそう鎧通しを抜き放って剣呑な声を出す。


「お前はここで死ぬニャ。そしてローランド王国の王族も皆殺しニャ」

「そうはさせぬ」


 ルーテル伯は油断なく剣を構えながら、厳しい声で告げた。


土弾(アース・バレット)!」


 不意に声が響いた。

 ちょうど目がくらんだお陰てユートたちの背後に隠れる形になっていたゲルハルトが土弾(アース・バレット)を放ったのだ。

 ルーテル伯に土弾(アース・バレット)が飛ぶのが見え、同時にルーテル伯は大身の剣を振るって、その土弾(アース・バレット)をたたき落とすのが見えた。


「なっ!?」


 だが、次に響いたのはルーテル伯のくぐもったうめき声だった。

 ゲルハルトはまるで土弾(アース・バレット)がたたき落とされることも想定したかのように、十数歩の距離を一気に詰めて狼筅(ろうせん)の一撃をお見舞いしたのだ。

 それはいつものように鋭い突きではなく、薙ぐような一撃であり、餓狼族一の膂力と餓狼族一の体格に任せたその一撃は、さしものルーテル伯も受け止めきれずにはじき飛ばされたようだった。


 ルーテル伯が壁に激突し、ダメージを受けるか、と思いきや、そのまま壁を突き抜ける。

 どうやらこの陋屋は予想以上に老朽化していたらしかった。


「出るぞ!」


 百もいない兵たちは、ユートの号令一下、陋屋から次々と飛び出していった。




 陋屋の外は広々とした平野だった。

 この平野はローランディアの城壁の外、太陽の位置とローランディアの城壁から考えると、恐らくローランディアの西側にあたるのだろう。

 ローランディアの市中ではなく、城壁の外とは意外と言えば意外だったが、よく考えればこの隠し通路を使うときはローランディア陥落の時であるかもしれないのだ。

 そんな状況で王族が占領された王都の中に逃れたところで、ほどなく敵軍に狩り出されてしまうのは目に見えている。

 だから城壁の外、しかも仮想敵国であるノーザンブリア王国はローランディアから見て北東なのだから、西側に隠し通路の出口を設けるのは理にかなっている、とユートは思った。


 そして、それよりも重要なのは、陋屋の周囲には既にルーテル伯指揮下と思われる兵たちが展開していたことだった。


 先ほど陋屋からたたき出されたルーテル伯は既に部下の兵に助け起こされている。

 埃を一つ、二つと払うその姿は、殴り飛ばされたダメージなど見えず、むしろ相変わらず余裕に満ちているように見えた。


 それもそのはず――


「騎兵ばかりね」

「数は六百ってところか」


 エリアとユートは短くそう言葉を交わす。


 既に全周は騎兵に包囲されていた。

 六百の騎兵ともなれば、欠編成の一個大隊に相当する。

 ユートの率いているのは、せいぜい欠編成の一個中隊――そこに魔法や獣人たちの屈強さを織り込んでも、数的な劣勢は明らかだった。


「ちなみに、エリアの怪我は?」

「大きな怪我はないわ。武器も剣が欠けたくらい。ユートは?」

「こっちも大丈夫。胸甲(キュイラス)は買い直しだろうけどな」


 お互いにルーテル伯には一撃ずつもらっている。

 だが、大きな問題はない、と確認し合う。


 顔を見合わせて笑う。


「問題は、あたしたちより圧倒的に多い騎兵を相手にしないといけないことよね」


 距離はまさに指呼の距離――それ故に騎兵突撃を警戒しなくても良いのは目下の幸い。

 しかし、向こうもそれはわかっているらしく、既に下馬をしている。

 抜き放たれたサーベルが太陽の光を反射して煌めき、あたかも地獄にあるという剣の山もかくあらんといった光景が展開されている。


「下馬戦闘、か――」


 ユートにとって最も鮮烈な、騎兵による下馬戦闘といえば、ポロロッカの時の西方驃騎兵第二大隊だろう。

 当時、大隊長を務めていたアーノルドは全滅しても構わないから、窮地に陥っても脇目を振らず目的を達成しろと諭してくれたことを思い出す。

 歩兵として魔物の群れに突撃し、そしてほぼ確実に死ぬことに、何の怯みも見せなかった騎兵たちの背中を思い出す。


 あの時の、頼もしかった戦友たちと、目の前の騎兵は何の違いもないだろう。

 そんな騎兵相手に、もしこの距離で乱戦に持ち込まれれば、その数の暴力に抗しうるのか、ユートにはわからなかった。


「そういえば、エリアの剣……」


 エリアが欠けたと言っていた剣は、エリアの愛剣――つまり、エリアの亡き父デヴィットの形見の剣だ。

 エリアがそれを何よりも大事にしていたことをユートはよく知っている。


 ユートの、気遣うような、それでいながら何に気遣えばいいのかわからない言葉に、エリアは無言のまま剣を愛おしそうに撫でた。



「ユート」


 レオナが視線だけでどこかを指す。

 ユートもまたそのその厳しい視線の先にあるものを見た。


 当然だが、敵兵だ――

 そこの一団だけは乗馬したままであり、一際馬格の大きな馬に、煌びやかな緋色のマントを着けた初老の男がまたがっている。


「あれは……」

「多分、アレが国王じゃないかニャ?」


 やはり、そうか。

 写真も何もないのだから、どんな人相なのかユートにはわからない。

 しかし、緋色のマントといい、周囲の者の気の遣いようといい、恐らくあれが国王なのだろう、と思わせるだけの雰囲気はあった。


「影武者やないな」


 ゲルハルトはすぐにそう断じた。


「そうね」


 エリアもそう応じる。

 どうやら形見の剣が欠けたからと気落ちをしているわけではない、と感じて安心した。


 ユートもまた、ゲルハルトとエリアの見立てに賛成だった。

 もし影武者を務めるような者がいるならば、こんなところではなく王城で影武者を務めさせていただろう。

 その結果、ユートたちに短時間で見破られたとしても、その影武者が稼ぎ出す時間は間違いなく国王を逃すのに有益だったはずだ。


 つまりは、そこにいるのはローランド王国の国王だと考えていいだろう。

 いや、そうでないかもしれないが、他に何か手がかりがあるわけでもないならば、まずは目の前のルーテル伯とその()()を討つしかない。


「あいつらが乗馬してるのは、もし負けたら逃げるつもりなのかしら」

「それならとっとと逃げりゃいいのにニャ」

「そうもいかんのやろ。少数の強襲で王城を落とされた上に、ルーテル伯が救援にきても、ルーテル伯を戦わせて逃げたとか外聞悪すぎるやん」


 もちろん王城がほぼ無抵抗で落とされた時点で、十分に権威は落ちているのだろう。

 しかし、ユートたちに王城を落とされたのは、あくまで油断によるもの。

 将兵を糾合して国王自ら“賊”を討ったならば、油断したという部分はともかくとして国王の勇武については実戦で証明されるわけで、それは王城失陥というマイナスを幾分かでも和らげてくれるものになるだろう。


「政治、ね」

「ああ、政治だな」


 戦術的に見れば、国王の玉体というものは何よりも重要なのであり、こんなところで匹夫の勇を見せるべきではない。

 しかし、その匹夫の勇を見せなければ国王が国王たることが出来なくなるという理由で目の前にいるのだ。


「それがこっちの唯一のつけ込めるところで、あとは向こう有利ね」


 エリアの端的な評価が全てだった。


「そういうことだな。あの国王を討つか捕らえるか――出来れば捕らえた方がいいか――まあそうしたらチェックメイト、そうなければ……」

「ノーザンブリア王国は終わりニャ」

「まあ終わりは言い過ぎにしても、相当苦しくなるわね」


 ローランド国王を捕らえて、それによって講和を為す。

 アリス女王は現状を見れば納得するだろうし、納得出来なければ聖ピーター伯爵がどうにか説得してくれるだろう。

 宰相ハントリー伯爵以下の七卿たちも、今の王国の金庫が空っぽになりつつある現状、そして何よりもクリフォード城付近まで押し込まれている状況を考えればアストゥリアス地峡という歴史的国境線で講和するくらいで手を打つと確信出来る。


 一方で、ここでローランド国王を逃してしまえば、恐らく講和の機会は訪れない。

 もちろん、ローランド王国の王都ローランディアがノーザンブリア王国軍に襲われたという事実は遠征中のローランド王国軍を動揺させるだろうが、せいぜいクリフォード城の攻囲を諦め、西アストゥリアスまで引き上げるだけ。

 西アストゥリアスまで戦線を押し上げられたとしても、もういい加減ノーザンブリア王国の国力は尽きる。

 ただでさえ王位継承戦争の傷も癒えていなければ、南部の二大貴族領である旧タウンシェンド侯爵領とクリフォード侯爵領は度重なる戦火でボロボロなのだ。


 どこまで粘れるかはノーザンブリア貴族と、臣民たちの愛国心にのみかかるが、“オールドリッチ組織”のような諜報機関を組織していたローランド王国だから、どこから人心を惑わせる謀略を繰り出してくるかわからない。

 つまるところ、ここでローランド国王を逃せば、明るい未来などない、ということだ。




 じりじり、と時間が過ぎる。

 命がすり減らされていくような、そんな錯覚に囚われるほどの時間の過ぎ方だ。



 仁王立ちとなったルーテル伯が再び大剣を抜き放ち、そしてそれを振り下ろす。



 それが、合図だった。


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