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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第234話 突撃あるのみ

「ユート、敵や! 気をつけぇや!」


 ゲルハルトの叫び声が聞こえた。

 その声から数瞬置いて、両脇からぱらぱらと矢が空を飛ぶ。

 大通りに沿って立ち並ぶ建物は、いつしか商店から長い塀を連ねた貴族の屋敷に変わっており、そして、その塀の上に弓兵が現れていた。


 先頭にほど近いところを行くユートにも矢が降り注ぐが、ゲルハルトとレオナがその大半をたたき落としてくれる。


「待ち伏せだ!」

「敵だ!」


 そんな獣人たちの声が飛び交う。

 既に王城を目の前――大通りの終点近くで、不意打ちを食らった形となった。

 エーデルシュタイン伯爵領軍の本領とは本来ならばその機動力を生かした強襲、奇襲の類であり、不意打ちとは予想外にもほどがあった。


「下がれ!」


 だが、ユートはすぐにそう命じた。

 不意を突かれたならば下がって態勢を整えるのは当然のこと。

 それは仮に周囲の敵部隊が集まるまでの時間と戦っている王城急襲作戦であっても同じことだった。


 冷静なまでのユートの判断に、一瞬は狼狽えた餓狼族も妖虎族もすぐに立ち直り、ゲルハルトやレオナ、アルトゥルの指揮に従い、するすると一街区も後退する。

 一方で不意を突いたはずのローランド王国軍は、混乱するか、無理矢理突破するか、そのどちらかと思い込んでいたようだ。

 それがユートの想定外に冷静な判断に、果たしてどうしていいものか決めかねているようだった。


「ゲルハルト、被害は?」

「浅手が数人、死人はゼロや」


 ゲルハルトは事も無げに応えた。

 ユートの判断が素早かったとはいえ、不意を突いて矢を射かけられたのに軽傷者数名とは、先頭を駆けていた餓狼族の面々は相手からすれば鬼神か悪魔か、と思えたことだろう。


「死人が出んかったんは良かったんやけどな。あそこで待ち構えられるとなかなか難しいで」


 ゲルハルトの言葉にユートも思案顔となる。

 そして、短く言葉を発した。


「レオナ、連戦で申し訳ないけど、捜索大隊で塀の上の弓兵を頼む」

「水くさいこと言いっこなしニャ」


 レオナはそれだけ言うと、サムアップとともににやりと笑った。


「ゲルハルト、危険だが、突撃大隊は捜索大隊の制圧の動きに合わせて前進してくれ」

「ええけど、妖虎族(山猫)どもの囮になったらええんか?」

「違う。弓兵で側面を叩いた後は、正面から押し出すのが定石だ」


 ウェルズリー伯爵から教えてもらった奇襲の定石の一つだ。

 まさか自分たちがやられる側に回るとは思ってもみなかったが、相手の手がわかっていれば対処のしようはいくらでもある。


「わかったで。つまり、突撃には突撃で応じろってことやろ?」

「危険だが、頼む」

「おもろい任務や。任しとき」


 ゲルハルトもまた、サムアップして笑顔を見せた。



 戦いは、まずゲルハルトら突撃大隊――選抜されているので、その数は大隊というのはおこがましいくらいの少数だが――の前進で始まった。

 もちろん、両側面を弓兵に叩かれるのは覚悟の上であり、そしてそれはローランド王国軍もわかっている。

 緊張のまま時間が過ぎ、弓兵の射程に入るのと、突撃大隊がようやく撃てる角度となって、土弾(アース・バレット)の魔法を放つのがほぼ同時だった。

 そして、反射神経は餓狼族の方が数段上――よって、一斉射の土弾(アース・バレット)で次々と両側の塀の上に並んだ弓兵が撃ち倒されることとなった。


 しかし、同時に数は弓兵の方が上――よって、土弾(アース・バレット)を放った後の突撃大隊には矢が降り注ぐはずだった。

 ローランド王国軍の指揮官はその時、勝利を確信していただろう。

 本来ならば弓と魔法の撃ち合いは射程の短い弓の方が不利ではあるが、市街戦の特性から懐に入ることが出来たのだから。


 だが、もちろん彼らは見落としていた。

 不意を突くのが得意な者たちがいるのを。

 結果、残された弓兵たちは次々と捜索大隊――こちらもやはり増強中隊という方が適切な実情――に制圧されていく羽目になった。


 法兵と弓兵の戦いであっても、内懐に飛び込めば弓兵には勝機はある。

 そして、才能と長年の習熟が必要な法兵に比べれば、弓兵の方がよほど安価に運用することが出来る兵種である。

 ならば、弓を中心において、数で押すという戦術もあって良さそうなものだが、そういう戦術が存在しないのは、弓兵もまた内懐に飛び込まれて白兵戦となれば脆い兵種であるからだ。


 本来ならば弓兵の懐に飛び込むのは騎兵の役割だったが、この時のレオナたちは俊敏さをもってそれに勝るとも劣らない働きを見せた。

 弓兵たちはなす術もなく、斬り倒され、突き落とされ、あっという間に数を減らしていく。


「ゲルハルト、敵が来たぞ!」


 先頭にほど近いところで戦いの行方を見守っていたユートがゲルハルトにそう叫ぶ。

 どうやら混乱したエーデルシュタイン挺身隊を叩く手はずだったローランド王国の逆襲隊が弓兵の危機を見てか、それとも手薄となったエーデルシュタイン挺身隊の中央を突破できると踏んでか、突撃に移っている。


「大丈夫や!」


 ゲルハルトはそう叫び返すと、余裕の素振りで狼筅(ろうせん)を構える腕に力を入れる。

 頑健な長身で狼筅(ろうせん)を構えるその姿は、威風堂々という言葉を体現したものだった。


雷神(トール)だ!」

雷神(トール)ゲルハルトが来たぞ!」


 敵陣からそんな悲鳴としかいえない声が上がる。

 それは突撃中の部隊という闘争心をむき出しにした部隊とはいささかミスマッチ、というよりも明らかに合わない声色だった。


妖虎族(山猫)どもに負けんなや!」


 ゲルハルトが大声で吠え、そして狼筅(ろうせん)で数人を突き倒す。

 その声一つで、さらに恐慌が広がったようだ。


「儂らも餓狼族(野良犬)どもに遅れをとってはならんぞ!」


 今度は塀の上から飛び降りたアルトゥルが大木槌で指示しているのか、鼓舞しているのか、それともまだ塀の上にいる怯懦な味方を威嚇しているのか、ともかくぶんぶんと振り回しながら獅子吼する。

 こちらはゲルハルトほどローランド王国軍の間では名は通っていなかったが、またも巨躯の――しかも未知の獣人が現れた、とさらにローランド王国軍の士気は崩れる。


 アルトゥルは獅子心王(ライオン・ハート)の異名が轟かなかったことがお気に召さなかったらしく、手近な敵兵数人を大木槌で粉砕――文字通り頭を粉砕したところで、とうとう敵兵の士気は限界に達したようだった。


「崩れたで! 追い撃ちや!」


 ゲルハルトが叫ぶ。

 このまま混淆して王城に押し入れば被害も少ない。

 そのゲルハルトの考えはエーデルシュタイン挺身隊全員に伝わっていた。


 一方でローランド王国軍は為す術もないようだった。

 ここで出てくるとなれば恐らく近衛のはずなのだが、ここまで頼りない近衛もあるまい、とユートはいささか不審に思う。


「もろいな」

「そうね。罠かしら?」


 エリアもまた敵の崩れっぷり――もっと言えば士気の低さに違和感を覚えているらしかった。

 ノーザンブリア王国では近衛軍は王家の剣にして盾として、最も装備が充実し、最も士気が高い精鋭部隊なのだが、ここにいる敵はそのような部隊には見えない。

 しかし、それすらも罠ではないか、と思ってしまうのだ。


「ノーザンブリアとは違って、近衛はそこまで強くない、とか?」


 エリアがそんな推論を述べるが、ユートは少なくともそうした話をウェルズリー伯爵、アーノルドを筆頭とする正規軍の幹部からも、先代クリフォード侯爵ら南部諸貴族からも聞いたことはなかった。

 ルーテル伯の軍勢よりは弱いかもしれなかったが、少なくともノーザンブリア王国軍を相手にあれだけの戦術的、戦略的優勢を築いているローランド王国軍の近衛が弱いというのは少し考えにくかった。


「罠、というわけでもないわよね?」


 王城を――つまりは国王を囮にした罠、というのは流石に危険すぎて躊躇するだろう。


「罠じゃないと思う――少なくとも可能性はそこまで高くはない」


 そうしている間にもゲルハルトは上手く混淆し、王城の中へと押し入っていく。


「ユート、ちょっと怖いけど考えててもらちがあかないわね。あたしたちも続くわよ」


 エリアは考えることをやめてそう言った。

 まだ敵兵が王城の外に取り残されているとはいえ、エーデルシュタイン挺身隊の数を考えれば外に置き捨てたとしてもなぶり殺しにされるわけではない。

 それを考えるならば多少無理をしてでも王城の門――つまり王都の内門を閉めてしまう方が正しいと言えた。

 今にもそうされれば、ユートたちの方が寡兵なのだからなぶり殺しにされかねないので、罠の可能性があっても騎虎の勢いでゲルハルトたちが王城に突入する以上、ユートもまた突入するしかなかった。


「エリア、罠であっても蹴破ればいいだけだ。 ――突撃だ!」


 ユートもまた王城に突入していった。




 王城に突入したゲルハルトたちは、相変わらずの一方的な戦いを続けている。

 いや、もはや戦いですらないかもしれない。

 逃げ腰になっている敵兵を複数の餓狼族や妖虎族の若者が囲んで止めを刺しているだけだったり、背中を見せて逃げる敵兵を一撃で屠っているだけなのだから。


「これ、やっぱり近衛よね?」

「間違いないニャ。服装はアーノルドから聞いていたのと同じだニャ」

「よね……」


 レオナは捜索という任務上、敵兵の服装についてはアーノルドからある程度聞いているらしかった。

 レオナが確信を持って頷くのを見て、エリアもユートもますます困惑していたが、それでも目の前に敵がいる以上、倒すしかない。


「おい、ユート、はよ攻めな王様が逃げてまうで!」


 ゲルハルトが冗談っぽくそんなことを言った。

 余裕のあることだ、とユートも笑ったところで、アナが渋い顔をしているのに気付く。


「どうした? アナ?」

「ユート、ここは王城なのです」


 知っている――と返しそうになったが、アナのことだから意味のあることを言おうとしているのだろうと次の言葉を待つ。


「ノーザンブリアの王城には、王族しか知らない抜け穴があるのです」


 それをいわれてユートもまたはたと気付いた。


「もし、王族が危ない、となれば、近衛はその抜け穴から王を落とします。ノーザンブリア王国で一番守らねばならないのは国王であり、そして王太子、王太女といった王位の継承者です。これは王国ならばどこの国でも同じと思うのです」


 ましてや、ノーザンブリア王国よりも保守的と言われるローランド王国ならばますます国王の価値というものは大きいだろう。


 アナの言葉にユートもまた苦い顔になった。

 抜け穴についてはユートも考えていなかったわけではないが、現状との

 今回の状況を相手の立場になって考えると、ローランド王国軍にとってはノーザンブリア王国軍の最精鋭と認識しているはずである餓狼族と妖虎族が突入してきているのだ。

 ノーザンブリア王国に置き換えて考えれば、ルーテル伯の黒ずくめの夜襲部隊か、未だに正体がはっきりしない猛獣部隊が王都シャンヘルに突入してきたようなものだ。

 もしそこにリンスター宮内卿や、アーネスト前宮内卿がいれば何よりもアリス女王の安全を考えて王城から落としただろう。

 ローランド王国にしても同じような発想をする者がいて全くおかしくないし、むしろその方が自然にすら思える。


「もしかして、ここにいる近衛軍は囮か?」

「もう王様は逃げてしもうたってことか?」

「可能性はある」


 ユートの言葉に、ゲルハルトは渋い顔をする。

 ここにいる近衛軍はエーデルシュタイン挺身隊の相手をするだけのただの時間稼ぎ要員か、またはローランド国王の脱出劇に連れて行ってもらえなかった、余り信頼されていない連中かもしれない。

 それならばこの無抵抗ぶりも理解出来る。


「ともかく、邪魔な連中を排除せなあかんな」

「あちきは抜け穴の類がないか探してくるニャ」

「レオナ、それもだけどもしかしたら王族はどこかに隠れている可能性もあるわ」

「わかってるニャ」


 レオナは頷き、そして動き始める。

 抜け穴の類を探すとなると、もともと隠密の任務も得意とするレオナたち妖虎族の独壇場だろう。

 既に部隊の体を為していないローランド王国軍をゲルハルトたちも効率よく排除していっているだろうし、これで駄目ならばどうしようもない。


「ユート、不安なの?」

「まさか」


 ユートは笑った。

 不安がないと言えば嘘になるが、それを吐露したところで状況はなにも改善しないのはわかっていた。


「ここまで来れたんだ。間違いなく勝てるさ」


 そう笑ってみせた。


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