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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第024話 脱出、そして逃走

「ユート! 起きて!」


 夜半、ユートは叩き起こされた。

 起こしているのはエリアだ。


「どうした!?」


 間違いなく野営の見張りで何か起きたのだろう。

 前半の見張りはエリアとセリルだった。

 五人となってから、一人は見張りに参加しないことになっており、この晩はユートが一晩眠る予定だった。


「山の方から、獣か魔物の吠え声が聞こえてくるわ!」


 開拓に向かない山の方とは、放置されている魔の森の方と同義だ。


「セリルは?」

「セリーちゃんは万が一を考えて隊商の方を起こしに行ってるわ!」

「よし、アドリアンとレオナを起こしてくれ。俺はすぐにマシューさんところに行ってくる」


 ユートは剣を引っつかむと腰に下げるのももどかしく飛び出していった。



 馬車の外に出てみれば、近くで野営していた避難民たちも続々と異常事態に気付いて起きてきていた。

 マシューもセリルが起こす前に事態に気付いて起きていたらしく、馬車から出てきており、ユートを見つけると駆け寄ってきた。


「ユート君、どうしたらよいのだ!?」

「最悪を考えると、今すぐ出発の準備をしましょう」

「わ、わかった」


 マシューは慌てて馬車の方へ戻っていく。

 恐らく隊商の面々を起こして移動の用意を調えさせるのだろう。


 ユートは油断なく、山の方を警戒しながら、周囲を確認した。


(マズいな)


 そう思ったのは、周囲の避難民たちが明らかに恐慌を来しそうな気配を見せていたからだ。

 勿論、その気持ちはユートにも重々わかる。

 ユートたちのように、自分の力で血路を切り開けるならともかく、ここにいる避難民の大多数はそうした腕を持っていない一般の農民。

 自分で自分の身を守ることが絶望的ならば、いつ逃げようか、どうやって逃げようかと考えるのは当然のことだ。


(逃げるために馬車や馬をを奪おう、としてきたら戦わないといけないんだが……)


 今の段階では避難民たちは同情すべき相手だが、恐慌状態に陥って逃げるために馬車や馬を狙ってくれば倒すべき敵に変わる。

 勿論、避難民たちにとってユートたちは一対一では絶対敵わない冒険者たちであり、しかもその馬車は西方第一のパストーレ商会のものだ。

 だから普段ならば襲うことなど考えもしないだろうが、恐慌状態に陥った群集心理ではどうなるかわからない。

 もし、馬車が襲われるならば、その時自分たちはどうするべきなのか、と考えると気が重くなった。


「どんな様子だ?」


 アドリアンが抜き身の槍をひっさげて馬車から出てきた。

 いつも通り、ちゃんと墨で反射を抑えているあたり、ベテランの冒険者の貫禄が滲んでいる。


「魔物に関してはなんとも、といった感じです。ただ……」


 そう言いながら視線で避難民を指す。

 アドリアンもユートが何を言いたいのかわかったようだが、すぐに任しとけ、と言わんばかりに笑みを浮かべた。


「おい、お前ら! 早く逃げろ! 危険だぞ! 俺たちは戦いながら馬車で逃げられるが、お前らはそうじゃないだろ! 手遅れにならんうちに逃げるんだ!」


 アドリアンはいきなり喉も張り裂けんばかりの大声でそう叫ぶ。

 その声に、ざわめいていた避難民たちはしん、と静まりかえり、山の方から聞こえる吠え声だけが響いた。


「ア、アドリアン……」


 ユートはアドリアンの言葉に、何を考えているつもりだ、と言わんばかりの視線を向ける。

 そんなことを言って、避難民たちが馬車を襲い始めたらどうするのだ。


「なんだ!? 俺は嘘を言っているか?」

「いや、そうじゃないけど……」


 そのユートの言葉がきっかけになったように、避難民たちは一人逃げ始め、二人逃げ始めして、次々と逃げ始めた。


「まあこんなもんだ!」


 アドリアンは胸を張る。


「ああいう奴らはどうしていいかわからんから混乱しながらここに留まってたんだ。逃げた方がいいって言われりゃ、すぐに逃げ始めるさ。一度逃げ始めたら、後は絶対に安全と思えるまで、他を襲ったりしようとも思えんだろうよ」


 群集心理という奴か、とユートは感心する。

 そして、吠え声の方を見る。


「こいつは絶対来るぞ。魔物がここに来た時、俺たちには逃がしてやることも出来ない」


 剽軽なアドリアンらしからぬ、厳しい表情だった。



 マシューたちの逃げる準備はまだ整わない。

 夜半に眠っていたところを叩き起こされて機嫌の悪い上、吠え声に怯える馬をなだめすかすのに時間が取られているのだのだ。


「まだですか!?」

「もう少しです!」


 催促するユートと、馬にハーネスをかけようとしているマシューの間のやりとりも殺気立ってくる。

 そうこうしているうちに、山から下りてきた魔物たちがちらほらとこちらに向かってくるのが見える。

 まだ数匹から多くても数十匹だが、その後ろから聞こえる吠え声を考えると、そんなもので済むとは思えない。


「クソ、こいつはぎりぎりだぞ。ともかく出発さえしちまえば動きようもあるが……」


 アドリアンも焦れてくる。

 既にアドリアンとエリアが前に立ち、そしてその後ろにユートとレオナ、最後尾にセリルという態勢は整えている。


「村に逃げ込めるか?」

「無理ね。さっきから門を開けるつもりもないみたいよ」


 門扉を固く閉ざし、物見櫓に人を上らせて警戒しているのを、セリルが冷たい視線で一瞥する。

 下手に避難民を入れてしまえば混乱するから彼らのやり方はしょうがないということはわかっていても、自分たちが締め出される側になってそれを甘受できるほど人間が出来ているわけではない。



「いけます!」


 もうダメか、と思った時、ようやくマシューからの声が上がった。


「よし、出発! 僕たちは最後尾に付きます。マシューさんは先頭で逃げて下さい!」


 そう叫ぶとユートたちは最後尾となった馬車に乗り込む。

 車輪をきしませて、マシューの馬車を先頭に次々と馬車が出発していく。


「ユート! 後ろを見て!」


 エリアの声が響く。

 思わず振り返ると、山から現れた魔物たちが、一斉にこちらに向かうところだった。

 魔物たちの集団は冬の黎明の薄明かりの中で、真っ黒な大津波に見えた。

 その津波は次々と野営地になっていた原野を、秋まき小麦のまかれた小麦畑を飲み込んでいく。


「なんだよ、これ……」


 今まで見たことのない数の魔物に、アドリアンが呆然とそう呟く。


「アドリアンさん! どいてください!」


 ユートはそんなアドリアンを押しのけると、動く幌馬車の荷台の最後方に立つ。


火球(ファイア・ボール)!」


 ユートの放った火球(ファイア・ボール)は、黒い大津波の最前列より少し後ろに着弾して、何か黒いものを巻き上げた。

 それが魔物なのか、何なのかわからなかったが、黒い大津波は何事もなかったかのようにスピードを緩めず、ユートたちが先ほどまでいた、野営地を飲み込んでいく。


「これ、村も大丈夫なのかしら……」


 エリアは心配そうに、遠ざかる村の、低い石垣を見る。


「あっちはあっちでどうにかするだろ! 俺たちは自分の身を守るので精一杯だ」


 アドリアンは憎々しげにそう言った。



 マシューが逃げるのに選んだのは最も大きい主街道だった。

 二百人くらいはいた避難民たちは主街道以外に逃れた者も多かったらしく、ユートたちが懸念していたような馬車が避難民の為に逃げられなくなる、ということは起きなかった。

 息が上がって今にも倒れそうになっている避難民たちを隊商は追い越してレビデムへと逃げる。


(あの人たちはどうなるんだ……逃げられるといいんだが……)


 追い越す度にユートはそう思った。

 最初は馬車に乗せてやろうと思ったが、全速で走る馬車に走りながら引き揚げる方法もなく、止めて乗せるなど共倒れになるだけ、と諦めるしかなかった。


 とはいえ、馬で逃げるならばともかく、馬車と魔物では魔物たちの方が速い。


「止めて下さい! 食い止めます!」


 このままでは追いつかれるとみたユートは馬車が止めるのももどかしく飛び降りる。


「アドリアン、エリア、前を頼む!」

「わかった」


 アドリアンは大盾を構えて迎え撃つ態勢を整える。


魔犬(ダーク・ドッグ)が混じってるのかよ……」


 魔物の群れの猟犬とも言うべき魔犬(ダーク・ドッグ)が十数匹、更に魔狐(ダーク・フォックス)が同数混じっている。

 本来ならば、魔物は別種で群れを作らない。

 だが、そんなことに気を取られている暇も無かった。


「三十匹とか洒落にならんぞ! エリア、無理に攻撃しようとするな。攻撃はユートたちの魔法に任せて俺たちは引きつけるぞ!」


 アドリアンが顔を引きつらせているのが後ろからもよくわかった。

 それでも的確な指示を出すあたり、ベテランだ。


「レオナは二人のすぐ後ろで抜けそうな奴を叩いてくれ。無理はするなよ!」


 ユートは掩護しようにも短剣ではやりづらいだろうレオナにそう指示を出すと魔法を行使する。


火球(ファイア・ボール)!」

火球(ファイア・ボール)!」


 ユート、そしてセリルと二人が火球(ファイア・ボール)を叩き込む。

 魔物の群れも三十匹がひしめき合っているせいか、躱しきれずに二頭が火だるまになる。

 だが、先頭の魔犬(ダーク・ドッグ)火球(ファイア・ボール)を見ても全く躊躇せずにエリアに躍りかかった。


「負けるもんですか!」


 エリアは力負けしないよう盾に目一杯力を籠め、躍りかかってきた魔犬(ダーク・ドッグ)を弾き返した。

 だが、その隙を突いて脇からもう一匹、魔狐(ダーク・フォックス)が襲いかかる。


「危ないニャ!」


 レオナの鋭い突きが魔狐(ダーク・フォックス)の眼を貫く。

 その魔狐(ダーク・フォックス)はびくびくと痙攣して倒れた。


「助かったわ! というか一撃じゃない!」

「これがあちきの戦い方ニャ!」


 動く魔物の目を突くなど相当困難なはずなのに、それをやって一撃で葬り去る自分の剣技にレオナは胸を張った。


火球(ファイア・ボール)!」

火球(ファイア・ボール)!」


 ユートとセリルの魔法が着実に魔物を屠っていくが、それでも一度に数匹だ。

 しかも徐々に魔物たちが慣れたせいか、外すことが多くなっていく。


「おい、そろそろいいぞ! というか逃げんと追いつけなくなる!」


 十匹以上を倒したところでアドリアンがそう言った。

 魔物の群れはなぜかユートたちから離れて下がっていくのが見える。

 それを確認して馬車に飛び乗った。


「どのくらい先行してますかね?」

「戦ってたのはせいぜい十分くらいだろ。せいぜい二、三キロじゃないか?」


 荷物を満載した馬車では全力と言ってもそこまでスピードは出ない。

 人が走ってるのより少し速い程度なので、三キロほど間は開いている程度、とアドリアンは読んだらしい。


「どのくらいで追いつけます?」

「この馬車の荷物だと、全力で二十分から三十分くらいかと」

「それまで襲われないでくれよ……」


 御者の言葉に、ユートはそう祈るように呟いた。



 追いつくまではやはり御者の言うように三十分ほどかかった。

 追いついたところでマシューは馬車を止める。


「どうしました?」

「馬に水をやらないと潰れます」


 野営地を出発して二時間以上、ほぼ全力で駆けてきていたのだ。

 一度休ませないと保たないのだろう。


「もし魔物が来たらその時点で出発して下さい」

「ああ」


 幸いなことに休憩中に追いつかれる、ということはなかった。

 とはいえ、魔物たちは正確にユートたちを追跡してくる。


「クソ、まだ来やがった」


 アドリアンが毒づく。


「まあここまでどうにかなっているし、よしとしましょう」


 逃げ始めて既に二時間以上が経っていることを考えると、森の近くを通る街道はあと二時間くらい、レビデムまで逃げ込むのにそこから更に一から二時間くらい。

 既に三分の一は過ぎて危機的な場面はまだないと考えれば決して悲観的ではない、とユートは自分にも言い聞かせる。




「そろそろ一度下りて戦わないとまずいだろうな」

「ですね。次の開けたあたりで下りましょう」


 ユートの指示に従って御者が馬車を止める。

 そして、五人は同じく飛び出していく。


「また魔犬(ダーク・ドッグ)かよ」


 アドリアンがうんざりしたように叫んだ。

 なぜ魔犬(ダーク・ドッグ)の群ればかり追いかけてくるのかわからないが、幸いにして、今度も危機的な状況を迎えることなく十分弱で追い払うことに成功する。

 今度は十分強でマシューたちに追いつく。


「これってマシューさんたちの馬が疲労してるってことかな?」

「多分そうでしょう。ずいぶんと脚が落ちています」


 御者がそう答える。

 ユートたちの馬車の馬は積み荷が軽い上に戦っている間に休めることからそこまで疲労は溜まっていないのだろうが、駆けっぱなしのマシューたちの馬はそうではないのだろう。


「まずいな……」


 ユートはそう呟いた。


 しかし、疲れているのは魔物も一緒なのか、猟犬のごとくユートたちを追いかけていた魔犬(ダーク・ドッグ)もスピードを落としてきている。


「どうにか助かりそうだな」


 アドリアンがほっとした様子で言う。

 ユートが思わず馬車を見渡すと、エリアもアドリアンも疲れ切ってへたり込んでいた。

 あまり寝ずに戦い続け、ずっと追われている環境は、全員の体力を極限まで奪っていた。


 そして、その結果、思考力も大きく損なわれていた。


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