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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第232話 アドリアンとイエロ

 正面から来る敵は西海艦隊臨時陸戦隊が戦列を組んで支えている間に、側面に回り込んで半包囲に持ち込む。

 それがアドリアンの描いた絵図だった。


 敵勢の総数はわからないが正面に出てきているのはおおよそ一個大隊一千ほどであり、総勢八百の西海艦隊臨時陸戦隊は数でこそやや劣るものの、そう簡単に崩されるほどの劣勢ではない。

 また、不期遭遇戦であったこともあり、敵もまた両翼を展開していたわけではなく、戦列を気にせず進める猟兵の機動力を活かして側面を狙うには条件が揃っていた。


 つまるところ、アドリアンの描いた絵図は決して軍事的に見て間違ったものではなかった。

 別にアドリアンは専門的な軍事教育を受けたわけではないが、このあたりは冒険者として命のやりとりをしてきたがゆえに刹那の判断力と、ウェルズリー伯爵、先代クリフォード侯爵、アーノルドを筆頭とする一流の軍人たちを間近で見てきた経験値の賜だろう。


 だが、この時は間が悪かった。


 西海艦隊臨時陸戦隊が山越えで疲弊していただとか、もともと西海艦隊臨時陸戦隊は戦列を組んだ訓練をしていなかっただとか、王都を目の前にしてノーザンブリア王国軍を発見したローランド兵たちは王都を守ろうと士気が高まっていたとか、様々な理由は考えられるだろう。

 しかし、最大の理由はそれではなかった。


 ただ、エーデルシュタイン挺身隊を背後から襲った敵が、強かった――


 あっという間に西海艦隊臨時陸戦隊は戦列の乱れを突かれて内ふところに入り込まれる。

 こうなると、普段から白兵の訓練をほとんどしていない水兵――斬り込みは海兵隊の仕事で、その海兵隊ははるかノーザンブリアの陸の上だ――たちには手の施しようがない。

 彼らはあくまで戦列を組んで槍衾を作ることでようやくまともな兵隊として使える程度なのだ。

 それを収拾するべき下士官たちもトップからして掌帆長であり、展帆、縮帆をさせれば職人芸を見せられただろうが、乱れた戦列を収拾するするような職人芸は持ち合わせていない。

 士官にあたる海尉たちもまたそれは同じだった。


 乱れた戦列、飛び交う無意味な怒号――


「しょうがねぇ!」


 アドリアンはここで側面に回り込むのを諦めた。

 いくら側面に回り込もうが正面が破られれば意味は無い――どころか退路を断たれ敵中に孤立する形となってしまう。

 それならば側面へ回り込むのを諦めて正面の掩護に回る方がいい。


 アドリアンの判断は間違っていなかった。

 だが、少し遅かった。


「おい、イエロ、大丈夫か?」

「おお、アドリアン殿か。なんとか、な」


 アドリアンが駆けつけた時には既に指揮官のイエロ海兵隊長も自ら剣を取って戦っていた。


「いくらなんでも崩れんの早すぎだろ」

「こっちは陸戦の経験値が薄いんだ」


 そんな言い合いをしながらも、似たもの同士なのかアドリアンもまた槍をひっさげ近づく敵兵に突っ込んでいく。

 指揮官のアドリアンが不自由な足も顧みず先頭に立って突っ込めば、エーデルシュタイン伯爵領軍猟兵大隊の面々もまた突撃するしかない。

 そして、当然水球(ウォーター・ボール)を中心とする魔法が飛び交うことになった。


 この寒い時期に水球(ウォーター・ボール)が飛び交うあたり、冒険者は良く言えば効率的な、悪く言えば性格の悪い連中が多いのだろう。

 いくらノーザンブリア王国に比べれば温暖であるとはいえ、真冬に水球(ウォーター・ボール)だ。

 前にユートやゲルハルトも山中で水球(ウォーター・ボール)を浴びて低体温症になりかけたが、この時のローランド王国軍も水球(ウォーター・ボール)の直撃を浴びなくとも水をかけられただけで見る見る動きが鈍っていく。


「よし、追い立てろ!」


 アドリアンがそう叫び、ようやく西海艦隊臨時陸戦隊が立ち直りつつあった時だった。


「騎兵だ!」

「騎兵が左翼に!」


 叫び声があがる。


「くそ、こっちを包囲しに来やがったか!」


 やろうとしていることをやられる形になった。

 恐らく敵の指揮官もまた、不期遭遇戦でエーデルシュタイン挺身隊がしっかりと布陣していないのを見て取り、騎兵による側面攻撃が有効と判断したのだろう。

 なぜこのタイミングか、まではわからなかったが、ともかくとして側面から騎兵による攻撃を受ければ、エーデルシュタイン伯爵領軍猟兵大隊はともかく西海艦隊臨時陸戦隊は士気が崩壊してしまいかねない。


「おい、魔法だ!」


 アドリアンの命令一下、火球(ファイア・ボール)水球(ウォーター・ボール)が次々と放たれる。

 火球(ファイア・ボール)を混ぜているのは馬は火を怖がると判断した冒険者がいたからだろう。

 それらは狙いを過たず騎兵を直撃し、叩き落としていく。


 しかし、距離が短すぎた。

 騎兵の梯団は崩れながらも西海艦隊臨時陸戦隊の戦列に突撃し、西海艦隊臨時陸戦隊は阿鼻叫喚の地獄となった。

 それを見た、後列の水兵たちは怖じ気づき、一人、二人と後ずさりを始める。

 いわゆる裏崩れ、といううやつだ。


「おい、留まれ!」

「何をやっている! 下がるな!」


 下士官たちが声を嗄らすが、顔を青くしたままの下士官たちに言われても効果は薄い。

 そこにいるのは甲板で怒鳴り散らす老練な掌帆長ではなく、陸戦の素人なのだ。


 ずるずると西海艦隊臨時陸戦隊が崩れる中、ローランド王国軍はエーデルシュタイン伯爵領軍猟兵大隊に襲いかかる。


「ここでこらえろ!」


 このアドリアンの率いる部隊は、この第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)で最も多くの武勲を挙げている部隊だった。

 戦う理由があり、戦いの中で実証された部隊――それゆえに、旺盛な士気のもと、寡兵であっても踏みとどまり、そして、彼らのうち、放てる者は魔法を放ち、少しでも敵を押しとどめようとする――


 一方のローランド王国軍からすれば、中央を見事に崩したにもかかわらず、なおも果敢に抵抗し、あまつさえ魔法すら放ってくる部隊がいる。

 その行き着く答えは一つだった――


「やはり、エーデルシュタイン伯爵の手の者か!」


 そんな声が響き渡る。

 声の主は敵将らしき男だ。


「まあ、バレるわな」


 アドリアンもまた別に隠そうとしていたわけでもない。

 ただ、ローランド王国軍の中で一番有名なエーデルシュタイン伯爵領軍ということがわかったのだから、恐らく何をしようとしているかもあたりはつけられただろう。

 ノーザンブリア王国軍一の精鋭が、まさかローランド王国の王都の近所を散歩しているなど、誰も考えない。


「まあ、バレようがバレまいがやることは一つだしな」


 アドリアンはそう開き直っていた。


 だが、敵は違っていた。


「エーデルシュタイン伯爵の手の者がここにおるのだ! 王都に夜襲ぞ! 引き潮だ!」


 大声で叫ぶ敵将――違い剣の戦旗を掲げるその敵将は、西海艦隊臨時陸戦隊もエーデルシュタイン伯爵領軍猟兵大隊も無視してすぐに兵をまとめ始める。


「おっと、ユートを追いかける気か!? そうはさせねぇぞ」


 アドリアンもまた、その敵将の考えが手に取るようにわかった。

 アドリアンに任された仕事は、王城を落とさんとするユートの背中を守ること――つまり、追いすがろうとする敵のい排除だ。

 もちろん劣勢下となった以上、全ての敵を排除出来るとは思っていないが、一人でも多くをここで食い止めたい。


「おい、お前ら! 俺についてこい!」


 アドリアンは手近な冒険者たちを纏めると、即座に動いた。

 まずは西海艦隊臨時陸戦隊を迂回してローランディアの城壁へと向かおうとする騎兵たちの側面から魔法を放つように指示する。

 冒険者たちも状況はわかっているらしく、命中した時の見た目が派手な土弾(アース・バレット)で人馬を狙い撃ちにしてみせる。


 命中と同時に、馬が、人が、血しぶきにまみれ、行き足を失った人馬とぶつかって落馬する者までが出る。

 だが、それらローランド騎兵は、戦友が目の前で肉塊となっていく姿にすら怖じ気づかない精鋭であり、この状況下で優先順位を即座に考えられる冷静さを持っていた。

 おおよそ一個中隊がアドリアンたちの方へと転回してくる。

 槍を持っている者もいるとはいえ、エーデルシュタイン伯爵領軍猟兵大隊は正規軍のように戦列を組んでの戦闘訓練は受けていない。

 これがゲルハルトたちエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊ならば、狼筅(ろうせん)を振るって突撃には突撃で応じただろう。

 彼ら餓狼族には騎兵を真正面から受け止めてびくともしないだけの膂力がある。


 だが、アドリアンたちは徒人(ただびと)であり、まさか騎兵に対して突撃で応じるわけにもいかない。


「おい、魔法で先頭から打ち倒していけ」


 常識ったアドリアンの指示に従って土弾(アース・バレット)火球(ファイア・ボール)が放たれ、騎兵が打ち倒される。

 それだけ見ればきちんと戦果は挙がった――だが、常識に従った、というのは相手も予想出来る、ということだ。

 ましてエーデルシュタイン伯爵領軍であることも見抜いているのだから、得意とする至近からの法撃によって突撃を破砕する戦術があるのも、そのローランド騎兵たちも当然予想していた。

 だから、通常よりも梯団の間隔を開き、また襲歩(ギャロップ)ではなく駈歩(キャンター)程度に速度を落として、仮に先頭の騎兵が倒れてもそれに巻き込まれて落馬しないように気を遣っていた。


「ちっ、あんな対応があるのかよ」


 アドリアンは舌打ちをしてもう一斉射、魔法を浴びせたところで迂回するローランド軍への妨害を止めさせる。

 どうせこれ以上続けたところで妨害にはならないし、その為に冒険者を真っ向から騎兵と戦わせる危険を冒す必要が見えなかったからだ。

 敵の騎兵もまたアドリアンが兵を纏めたことで役割を果たしたと判断したのか、それとも餓狼族だろうが徒人(ただびと)だろうが、冒険者ならば騎兵に突撃で応じるかもしれないと警戒しているのか、限定的な突撃で切り上げていった。


「どうにか助かったな」


 ローランド騎兵の突撃が限定的なものでおわったことにアドリアンは安堵しつつ、辺りを見回す。


 その場に残ったのは、アドリアンたちを食い止めるためのローランド軍の一部、潰乱状態に陥った西海艦隊臨時陸戦隊、数的劣勢にありながらも魔法の直接掩護を得て有利に戦いを進めるエーデルシュタイン伯爵領軍猟兵大隊だった。


「まあせめてこいつらは討ち果たさんとな」


 アドリアンの言葉に、周囲にいた冒険者たちも頷く。

 そうしている間にもローランド軍は次々と倒れていく。

 戦場では、一度劣勢になればあとは加速度的に死傷者が増えていく。

 それを嫌ったのか、敵兵はばらばらになり始め、そして軍としての統制を失っていく。


「ここらでいいだろう」


 アドリアンはそう言って完全に潰走を始めた敵に対して、矛を収めさせる。

 一方で潰乱した西海艦隊臨時陸戦隊はイエロ海兵隊長らが必死に督戦して立て直しているが、まだ時間はかかりそうだった。


 ユートを追わねばとアドリアンは思いながらも、同時にこの現われたローランド軍のことを考える。

 このローランド軍が現われたのは、偶然なのか、それともあの山村から食糧を“買い上げた”ことで足がついたのか――


 前者ならば直接的に妨害されているだけで何の問題もない。

 いや、妨害されている時点で問題なのだが、エーデルシュタイン伯爵領軍はそれをはねのけて油断している王城を落とせるくらいの力はあるとアドリアンも冒険者も信じている。

 しかし、後者ならば押っ取り刀でまだまだローランド軍が駆けつけてくる可能性もある。


 アドリアンは無意識に懐をまさぐって、銀のシガーケースを取り出す。

 葉巻(シガー)を一本抜き取り、そして火をつける。

 鉄臭い臭いが充満した空気の中を、ふわり、と紫煙が舞い上がった。


 さて、どうするべきか――


 仮に他のローランド軍が駆けつけるならば、誰かがそれを排除しなければならない。

 今それが出来るのはアドリアンや冒険者たち――厳密にいえば西海艦隊臨時陸戦隊もだが、アドリアンの評価は下方修正されており、余り戦力としては考えていなかった――だけだ。

 これだけの冒険者で、果たして新手がきた時、防ぎきれるの、とアドリアンの思考は巡る。


「余裕だな」


 葉巻(シガー)を一本丸々吸いきる時間が過ぎていたようだった。

 いつの間にか西海艦隊臨時陸戦隊を立て直したらしく、イエロ海兵隊長が側に寄っていていた。


「すまんな」


 短く詫びる言葉は何を意味するのか、アドリアンにもわかった。


「しょうがねぇ。慣れんことをしても上手くいかんもんだろう」

「次は上手くやってみせる。冒険者の戦い方からも学んだぞ」


 イエロ海兵隊長がそう言うと、アドリアンも頷いた。


「ここは俺たちが守ろう。ノーザンブリア海軍の名に賭けて」


 イエロ海兵隊長もまた誰かがここを守らなければならないことには気付いている。

 そもそも、王立士官学校でちゃんと戦術理論を学んでいるイエロ海兵隊長の方がそうした知識は豊富であるし、考えも回るのだから、気付いていて当然だ。

 だからこそ、西海艦隊臨時陸戦隊が守るからアドリアンにはユートを追え、と言ってくれているのだ。

 そして、残る自分の身に危険があることもまた理解している。


「俺たちは陛下と国の軍だ。ここで身を捨てるのは、俺たちでなければならん」


 イエロ海兵隊長の言葉に、アドリアンは瞑目して頷くと、葉巻(シガー)を一本差し出した。


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