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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
236/247

第230話 アーノルドの戦い

本日2話更新です。

1話目を見逃した方はそちらからご覧下さい。

 既に激戦となっていた。


「夜襲を仕掛けられなかったのは幸運、ということでしょうか」


 ウェルズリー伯爵の呟き通り、ローランド王国軍は夜襲ではなく、白昼堂々の攻撃を選んでいる。

 先代クリフォード侯爵が行方不明となった状況を考えれば、白昼の攻撃で疲弊させての夜襲も選択肢には入っているのだろうが、いきなり夜襲ではなかったのは幸いだった。


「しかし、もう地雷もありませんし、果たして食い止められるのか……」


 カニンガム副官が心配そうに言う。

 管制地雷は材料となる神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)も手持ち分を使い切っており、先代クリフォード侯爵が持っていった分が最後だった。

 陣地にしてもティムサ川の陣地に比べればこのクリフォード城近郊の陣地の完成度は低い上、部隊の数もエーデルシュタイン伯爵領軍とクリフォード侯爵領軍を筆頭に、大きく減っている。

 戦線正面が狭まったことで相手の攻勢箇所を限定出来てはいるが、それでも予備兵力にはかなり強い不安があった。


「まずは近衛装甲騎兵、そして先代カニンガム伯爵の第三軍に期待しましょう」


 ウェルズリー伯爵はそう言ったが、その顔にはいつもの余裕はなかった。



「諸君、いよいよ我々が待ち望んでいたいくさだ。隊伍を組み、旌旗堂々と押し出す、いくさだ」


 敵を前に下アーネスト前宮内卿はそう近衛装甲騎兵を鼓舞する。

 王室の盾と謳われ、長い間臣民に王国の武として畏敬の念を持って見られていた近衛装甲騎兵は全員が法兵であり、全員が士官である。

 まさにエリートと言うかしかない部隊ではあるが、ただプライドが高いだけのエリート部隊ではない。

 全員が王立士官学校を優秀な成績で卒業しており、品行方正さと優秀さを兼ね備えている、真の意味でのエリート部隊だ。

 エーデルシュタイン伯爵領軍が編み出した猟兵戦術の前に、ここまで華々しい戦場での出番はなかったが、事ここに及んで迎えた出番に士気は上がっていた。


「我らはここに醜の御楯として、必ずや怨敵を食い止めねばならない! 我らが負ければ、王室に未来はない! 必ずや、守り抜くぞ!」


 アーネスト前宮内卿の言葉に、そこここから蛮声が上がった。

 近衛装甲騎兵はアーネスト前宮内卿の号令一下、陣地に拠らず突撃に対して突撃を以て応じる。

 あっという間に敵味方の距離は縮まり、暴力と暴力が衝突する――


 乱戦となるか、と思ったその刹那、近衛装甲騎兵から一斉に火球(ファイア・ボール)水球(ウォーター・ボール)土弾(アース・バレット)が放たれる。

 まさかの至近距離からの法撃を受けたローランド王国軍の歩兵たちは恐怖を感じる間もなく、死という災厄に見舞われる。


「押せ! 押せ!」


 叫び声のような命令とともに、近衛兵たちが押し出していく。

 近衛装甲騎兵は強力だが、それでも寡兵で戦える部隊ではない。

 近衛装甲騎兵を助ける歩兵あってのものであり、そして近衛装甲騎兵に守られた歩兵を叩くのは中々に難しいとされていた。


 この時、ローランド王国軍は引いて法兵で叩くのではなく、そのまま歩兵を押し出して対抗しようとした。

 広く臣民から才能あるものを集めているノーザンブリア王国と、貴族だけしか士官にはなれないローランド王国の社会制度に違いは、こと法兵戦力に関してはノーザンブリア王国有利に働いていた。

 この為、法兵で対抗するよりも数の暴力で押し切ろう、とローランド王国軍の指揮官は考えたようだった。


 あっという間にお互いの隊伍がぶつかり合い、乱戦になるが、この戦場は近衛兵の戦場だった。

 敵味方が混淆する中で、近衛装甲騎兵は必要な味方に対して必要な魔法を放ち、掩護していく。

 数で言えば、この時戦場にあったのは三千ほどの近衛兵に過ぎず、一万を超えるローランド王国軍は、攻城三倍の原則からいっても、陣地線突破には十分過ぎる数がいるはずだった。

 しかし、近衛装甲騎兵の支援を受けた近衛兵たちはその数的劣勢をあっさりと覆してみせ、逆にローランド王国軍を追い落として戦果拡大する余裕すら見せた。


「ふむ、流石は近衛装甲騎兵ですね」


 ウェルズリー伯爵はそう感心してみせる。

 機動力にこそ不利があるものの、近接支援をやってのける近衛装甲騎兵の実力の高さはしっかり証明された格好だった。


「問題は夜ですが」


 カニンガム副官がそう言う。


 そう、もうすぐ日が暮れようとしていた。

 日が暮れれば、憂鬱な夜がやってくる。

 少し前までは、夜は寝るものと相場が決まっていたが、いつの間にか戦場となった夜だった。


「ともかくかがり火を陣前に焚かせましょう。燃料の無駄遣いですし、こちらの位置も暴露する上、倒されれば同じことですがないよりはマシです」

「わかりました。すぐに手配します」

「それと、近衛装甲騎兵には夜襲を仕掛けられれば空に向かって間断なく火球(ファイア・ボール)を打ち上げるよう命令しておいて下さい」

火球(ファイア・ボール)を?」

「暗闇で戦うのに、火球(ファイア・ボール)の明かりを使うのは有効と、と聞きました」

「なるほど。しかし魔力がもったいないような気も……」

「そこら辺はアーネスト前宮内卿(ケヴィン卿)に任せましょう。一応、魔力の温存も命令しておいて下さい。あ、出来れば書面で。あとはアーネスト前宮内卿(ケヴィン卿)のことですから上手くやってくれるでしょう」


 アーネスト前宮内卿は一本気で堅物、融通の利かない人物だが、有能で命令に忠実な男でもある。

 間断なく火球(ファイア・ボール)を打ち上げながら、魔力を温存しろという命令であってもアーネスト前宮内卿ならばどうにかしてくれるだろう、とウェルズリー伯爵は信じていた。



 そして、夜を迎え、暗くなってもウェルズリー伯爵もカニンガム副官も、そしてその他の将兵たちもまんじりともせず、夜が更けていくのを待っていた。


「どうも苦手、ですね」


 ウェルズリー伯爵は副官が入れてくれた、熱い紅茶をすすりながらそう笑う。

 カニンガム副官もまた同じように紅茶をすすっている。

 さっき、少しだけブランデーを垂らしているのが見えたが、暖を取る為の知恵だろう。

 酔いつぶれるほどブランデーを入れるならばともかく、一口ていどならばウェルズリー伯爵も何も言うつもりはない。

 もっとも、ウェルズリー伯爵は入れるつもりはなかった。

 酒と寒さは病魔に冒された身体には堪えるだろうし、今倒れるわけにはいかない。


「待つのが、ですか?」

「ええ、痛感しましたよ。私は総軍司令官や軍務卿の器ではない――軍司令官が一番適任だった、とね」

「ご冗談を」

「いえいえ、やはり軍司令官をやっていた頃が一番楽しかった。今ほど兵が駒のようではなく、大隊長や中隊長ほど自由度がないわけでもない。総軍司令官、軍務卿なぞ、軍人を志した者の行き着くべきところではないですね」


 そう言いながらウェルズリー伯爵は楽しそうに笑った。


「さて、カニンガム副官(チェスター君)、君やユート君はどうなるんでしょうか」

「え?」

「気付いていますよね? この時期に、総軍筆頭副官として出征した経験が、どういう意味を持つのか――ああ、もちろん勝った後の話ですが」


 ウェルズリー伯爵は面白そうにカニンガム副官の顔を見る。


「つまり、今後私やエーデルシュタイン伯爵閣下が、軍の高官となっていく、ということですか?」

「ええ、ユート君は言うに及びません。勝てば救国の英雄、負けても悲運の英雄でしょう。そして君だって、勝てばその若さで総軍を切り回したノーザンブリア王国きっての軍務官僚と認識されますし、あと十年もすればカニンガム伯爵でしょう。君やユート君にとって出世レース(つまらないレース)も、人によっては何者にも代えがたいレースでしょう」

「気をつけろ、と」

「ええ、そうです。私は作戦部長から北方軍に左遷された後、王位継承戦争で戻りました。ですから、何事もなかった。しかし、君もユート君も王道を行くでしょうから、足を引っ張ろうとする者も多くいるでしょうね」

「心しておきます」


 ウェルズリー伯爵がまた愉快そうに笑った時、急を告げる声が聞こえた。


「来ましたか」


 ウェルズリー伯爵は短く呟くと、表情を引き締め直した。




「さて、これで輜重段列を潰すのも三つ目、か」


 アストゥリアス山脈を越えたアーノルドたちは、既にローランド王国軍の兵站線を脅かし続けていた。

 アーノルド支隊は総勢で一千人にも満たない一団だったが、アーノルドの的確な指揮と冒険者たちの常識外れな戦いぶりで、ローランド王国軍の裏をかき、輜重段列を次々と潰していた。


「アーノルドのおやっさん、黄昏れるのはいいんですが指示下さいや。いつも通り焼き払ったらいいんですかね? なんか小麦粉が足りないって言ってませんでしたっけ?」

「ああ、そうだな。小麦粉は行動を阻害しない程度に持っていこう」


 レイフの言葉にアーノルドは頷くと、冒険者たちは小麦粉やらを小分けにして持っていく。

 一人が背嚢に大量に背負い込むかわりに、他の者がその荷物係をサポートする一団もいるのは、恐らくパーティとして行動しているのだろう。


 もちろん必要以上に物資を持つことは禁止している。

 あくまでアーノルド支隊は戦いに来ているのであって、掠奪に来ているわけでもなければ、山賊団でもないからだ。

 幾人かの手癖の悪い冒険者は戦死した者の懐から金品を抜き取っていたが、アーノルドも流石にそこまでうるさいことは言わなかった。

 ここにいる冒険者の大多数は、報酬は出ているとはいえ、その額は決して傭兵(マーセナリー)としての割りに合うものではないことを知っているからだ。


「――報いねばならん、な」

「アーノルドのおやっさん、そいつは違いますぜ」


 独り言を聞きつけたレイフが小声で反論する。


「俺たちは別に王国の為に戦っているわけありませんよ。ユートが作ってくれた、冒険者ギルドの未来の為に戦ってるんです」

「それは――」


 エーデルシュタイン伯爵家の家臣としては恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドに対する忠誠心、というものは有り難いものだ。

 しかし、同時にノーザンブリア王国ではなく、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドやエーデルシュタイン伯爵家に捧げられた忠節、というものは冒険者の力を考えれば空恐ろしい気分にもなる。

 本来ならばエーデルシュタイン伯爵家の“所領の民”である恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの冒険者たちはエーデルシュタイン伯爵家への忠節あって然るべきなのもわかる。

 しかし、それでもこの第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)における冒険者たちの力は恐るべきものであり、そこからの忠誠をひとえにユートとエーデルシュタイン伯爵家に捧げられているならば、将来的に考えれば恐ろしい結果になりかねない、と危惧していた。


「まあ、そんなことよりも次の一手だな――」


 そこまで考えたところで、アーノルドは考えるのをやめた。

 戦いに勝たねば未来はない――その未来が如何に血塗られた未来であったとしても、アーノルドはエーデルシュタイン伯爵家の家臣として戦うつもりだった。


「何がそんなことなのかわかりませんがね、どうも敵が来てるみたいですぜ」


 レイフの言葉に、アーノルドは身を引き締めた。




「少ないな」


 敵情を見ながらアーノルドはそう呟く。

 実際、敵兵は騎兵主体とはいえ一千ほどであり、数で言えばアーノルド支隊と大差はない。


「こちらの規模も何もわかってないんじゃないですかい?」

「それであっても普通はもっと大軍を送り込むはずだが……」

「単なる山賊が出たと思っているとか」


 レイフの言うこともあり得ない話ではない。

 アストゥリアス山脈を越えて大規模部隊を送り込めない、というのが戦術的な常識であり、まさか一個大隊規模の部隊が山越えをして南方植民地で兵站線遮断をやるとは思わないのかもしれない。

 だからといって今さら南方植民地にノーザンブリア王国軍の残党がいたとも考えにくいので、長引く第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)の影響で流民となったものたちが山賊を始めた、と考えてもそこまでおかしくはない。


「まあ実際問題、山賊みたいなもんですしね」


 レイフの言葉に周りの冒険者たちも笑う。

 彼らは護衛(ガード)狩人(ハンター)を中心にやっていた冒険者たちであり、山賊のやり口もよく知っている。

 そして、その山賊のやり口を真似して兵站線遮断をやっているわけで、確かにアーノルド支隊の行動は、王権からくる正当な行為であるという一点を除けば山賊と変わらなかった。

 もっとも、その一点こそが犯罪者と英雄を分ける重要な部分なのだが。



「出来るだけ魔法は少なめでやれるか?」

「ええ、出来やすけど、なんでですかい?」

「猟兵がいると思われたら厄介だ」

「あー山賊と誤解してくれてるならそのまま誤解しといてほしいわけですね。でも、さすがに騎兵相手に魔法なしはきついと思いますよ?」

「わかった」


 アーノルドはそう言うと、じっと迫り来る騎兵を見つめた。

 襲歩(ギャロップ)に歩みを速め、突撃の梯団を作ったところで魔法で徹底的に叩く。

 そして、後は乱戦だ。


 果たして、相手が山賊と油断していたのかローランド王国軍はあっさりとアーノルドの策にはまった。

 降り注ぐ魔法の前に混乱する騎兵梯団――そこをあっという間に冒険者たちが屠っていく。

 そう、それは戦闘というより屠殺に近かった。


 わずか二時間ばかりの戦闘でローランド王国軍は壊滅、アーノルドたちは拠点としている山中の廃村へと引き上げることが出来た。


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