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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第228話 逐次回頭十二点

「夜間になったら灯火管制入りそうだわ」


 船尾の船室に戻っていたユートのところに、イエロ海兵隊長がやってきてそう告げた。


「灯火管制?」

「さっきイーデン提督のイラストリアスから通報艦を介して連絡が来てな。イラストリアスの見張員が水平線上にマストらしきものを発見したのが昼の警報らしい。その後は特設通報艦に監視を任せているが、艦隊を追跡しているのか、たまたま航路が一致しているのかはわかりづらいらしい」


 特設通報艦とは商会などが持つ帆船をノーザンブリア王国で借り上げ、乗組員もそのままに哨戒や連絡任務に使っている船だ。

 本来ならば近海の哨戒を担当するのだが、このような場合に敵に発見されても商船を偽装出来るようイーデン提督の命で数隻が艦隊に随伴していた。


「後方ですか?」

「ああ、後方だ」


 ユートはそれを聞かされると、船尾の窓からそれらしき船が見えないか、ちらりと目をやる。

 もちろん見えたとしてもマストだけ、しかも水平線上の話なのだから、まず見えるわけがなかった。

 しかし、そのどこかに敵が潜んでいるのではないか、とついつい目をこらして見てしまう。


「ユート卿、見えるわけないぞ」

「わかっていますけどね」

「あちきが見といてやるニャ。ユートよりも目はいいつもりだニャ」


 レオナがそう割って入って、イエロ海兵隊長に話を続けるように促す。


「それで、後方ってことは、相手は僕らに気付かないふりをして追い込んでいる可能性ある、ということですよね?」

「ああ、だから追尾しづらくなるように灯火管制だ。昼間ならともかく、暗い夜中だと灯火がなければまず追尾は出来ん。また、打鐘信号で逐次回頭を行う予定もある」


 灯火管制が敷かれると、普段はランプを使うことが許されている船室であってもランプの使用が禁止され、真っ暗闇となる。

 一部の、絶対に灯火が漏れない部屋は例外だが、それ以外、船は漆黒の闇に閉ざされることになる。

 そして、そんな状態の船を水平線上から追尾するなど不可能に近いわけで、回頭してしまえば追い込むつもりだったとしても敵艦はこちらを見失うだろう。


「ここも灯火は駄目なんですよね?」

「当たり前だ。船長室の船尾の窓は一番敵に見つかりやすいんだぞ」


 イエロ海兵隊長が呆れたように言う。


「というわけで、飯は薄暮のうちに食っておいてくれ、とのことだ。準備がよければ従兵に言って船室に運ばせるぞ」

「あ、じゃあ構わないんでお願いします」


 わかった、とだけ言うとイエロ海兵隊長が出ていった。


「厄介なことになったわね」


 エリアが短くそう言った。


「まあ灯火管制はあちきには関係ないニャ」

「そっちも厄介よね。それにしてもホント、夜目が利くってズルいわよね」


 はぁ、とエリアがため息をついた。




 夕食後、ユートはすぐに寝台に横になった。

 エリアとアナは一緒の寝台を、ゲルハルトとアドリアンは部下や冒険者たちと一緒に寝る、と船室を出て行った。


「もう、そろそろですか?」


 見回りにやってきたのか、イエロ海兵隊長が顔を出したのを見てユートが訊ねる。


「いや、半鐘で灯火管制は告げるそうだ」

「じゃあなんでここに?」

「手空きだからな。海兵のいない海兵隊長なんざ、雑用がてら艦長が怖がってる貴族様のお守りでもしてるさ」

「え、怖がられてるんですか!?」

「その年で一軍の司令官を務める英雄様、一代にして成り上がった伯爵様、しかも王位継承権第一位の婚約者付きで、ノーザンブリア屈指の金持ち。粗相でもしでかしたらどこの僻地の灯台守にされるんだ、とびびってるぜ――俺がぞんざいな口を利く度に胃が痛いらしいしな」


 ユートはどんな顔をしていいのかわからず、作り笑いを浮かべるしかなかった。


「まあわからないではないけどね。あたしだって今でこそあんたの縁で色んな貴族の人と会うけど、エレルで傭人(ゴーファー)してた頃とか、貴族の馬車を見たら隠れるようにしてたもん。何かしでかしたら大変なことになるかもしれないし」


 エリアが笑いながらわかるわかる、と言いたげに頷いていた。


「ところで聞きたいことがあるニャ。灯火管制中でも甲板に出るのはいいのかニャ?」

「ん? 構わないが出てどうする? というよりも真っ暗な艦内を通って出られるのか?」

「あちきらは夜目が利くから心配はいらないニャ。見張りでもしようかと思ってるだけニャ」

「別に構わんと思うが……」


 そこまで檣楼(マスト)も高くない上に、イラストリアスなどの護衛艦たちによって敵から遠ざけられる格好となっているインディファティカブルから見張ったところで果たしてどの程度の効果があるのかわからないだろう。


「あちきも何もないとは思ってるニャ。でも念には念を入れといた方がいいと思うニャ。それにあちきが見張りに立てば、恐らく他の船の連中も見張りに立つニャ」


 レオナもユートの考えくらいお見通しだったらしい。

 ただ、レオナ一人の目ならばともかく、妖虎族が交代で見張りに立つとなれば、それなり以上の効果も発揮されるし、後ろから来ている敵艦ならばともかくそれ以外の敵艦を発見出来るかもしれない。


「頼む」


 なんにせよ、レオナが見張りに立ってくれれば安心だった。




 夜半、少し冷えているとはいえそこまで寒いわけでももないのに、ユートは寝苦しかった。

 まんじりともせず、何度も寝返りを打ち、少し寝入っては目が覚めて、を繰り返す。

 そういえば船酔いはいつの間にかどこかに消えてしまっていたが、それでも寝苦しかった。


「……何時だ?」


 何度目かの寝返りを打った後、ユートはむくりと半身を起こした。

 隣の寝台ですうすうと息を立てて眠るアナと、アナを抱きしめるようにして寝ているエリアの寝顔が、窓から差し込む月明かりにうっすらと見えた。

 窓にはめ込まれた高価なガラスから外を見ると、少し歪んだ風景の中にも、しっかりと後続の船が見える。


 艦隊は戦闘能力の低い、揚陸部隊の各艦が単縦陣二本を組み、その外側に両側一本ずつ、護衛の艦艇が単縦陣を組んでいるはずだった。

 もっとも、上空から見るのならばともかく、船の上から見ても素人のユートには相互の位置関係がよくわからないので、はずとしか言えないが。


 ただ、その窓から見える帆船は、月明かりに照らされた白い帆が大きく風をはらみ、船首が蹴立てる白波が光っているのが暗闇に慣れたユートの目にも見えて、幻想的なほど美しいことだけはわかった。


 その時、すうっとドアが開いた。

 思わず、手で剣を探し、エリアを起こそうとしたが、その前にその手を押えられる。


「ユート、あちきだニャ」

「……どうした?」

「とりあえず部屋を出るニャ」


 薄く見えるレオナの影が、ぐっすり寝入っているエリアとアナを気遣っているのがわかる。



「どうした?」


 船室のドアを閉めて、真っ暗となった廊下でユートがレオナに訊ねる。

 ユートにはレオナは見えないが、レオナからはユートが見えているらしく、ユートの右腕を掴むと、引っ張っていき始めた。


 上甲板まで出ると、また月明かりでレオナの姿が少しは見えるようになる。


「あっちの方に船らしき影、ニャ」

「え?」


 レオナが指差したのは右舷前方――艦隊は西進しているはずなので、北西くらいか、もう少し北よりの方角か。


「イエロさんには?」

「言ってないニャ。というかイエロはいないニャ」


 そういえば夜中――仕事がないイエロ海兵隊長が起きているわけがなかった。


「今は何時だ?」

「時計を見てないけど、だいたい午前二時か三時くらいと思うニャ」


 午前二時か三時――緯度もよくわからないし、この時期の日の出の時刻もよくわからないが、日の出まであと三時間か四時間、といったところだろうか。


「日が出てからでも間に合うか?」

「どうせ暗い中じゃイーデン提督(ロニー)とは連絡が取れないし、艦隊の針路は変更出来ないだろうから構わないニャ。それより妖虎族を叩き起こしてもいいかニャ? 全員で見張りたいニャ」

「わかった。艦長に言ってくる」


 ユートはそれだけ言うと、船尾楼甲板へと向かう。


「艦長はいますか?」


 船尾楼甲板を上がったところにいた衛兵に尋ねると、一瞬訝しげな顔をしたが、すぐにユートとわかったらしく慌てて艦長を呼びに行く。


「エ、エーデルシュタイン伯爵閣下! このような夜更けに何事でしょうか?」


 可哀想なくらい、縮こまった艦長がやってきてユートにへこへことお辞儀をする。


「レオナが敵艦らしきものを見たというので……」

「え、レオナ(レディ・レオンハルト)が!?」

「ええ、そうです」

「如何しましょう!?」


 それを決めるのが艦長の仕事のはずだが、この艦長はユートに気を遣いすぎてしまっているらしい。


「いえ、基本的にはそちらにお任せしますけど、夜目の利く妖虎族を起こして上甲板に上げてもいいですかね?」

「え、あ、は、はい、もちろん!」

主檣(メインマスト)に上がっても大丈夫ですか?」

「すぐに掌帆長には伝えておきましょう!」


 すぐに従兵を呼ぶと、伝令として主檣(メインマスト)に走らせてくれたらしかった。




「起きたらいなくてびっくりしたわよ、ユート」


 エリアが起きてきてそう言った。

 レオナが主檣(メインマスト)に登って既に数時間弱、黎明前とはいえ、空は白み始めているが、それはあくまでインディファティカブルの後ろ側――東側のみ。

 レオナが何かを見た、という北西の方角はまだ夜のとばりが下りていて、ユートの眼には何も見えない。


「ユート卿……」


 少し前にやってきた若い士官らしき者――海尉心得と名乗った彼がユートにおずおずと声を掛ける。

 どうやらユートが起きてきたのを持て余した艦長に叩き起こされ、ユート付を命じられたらしい。

 それはイエロ海兵隊長の役割では、と思ったが、仕事のない海兵隊長はぐっすり眠っているのだろう。


「レオナがあっちの方に敵艦らしきものを見たらしい」

「北西ですか……」


 エリアも海尉心得も顔に緊張を走らせる。


「艦長には?」

「言いました。まあ日の出までは連絡しようがするまいが何も出来ないだろうし放置してますが」

「日の出と同時に通報艦を使って伝令を出すのではないかと……」


 海尉心得はあいまいにそう言った。

 上官である艦長が何をするかは責任を持てないが、艦長のユートへの遠慮っぷりを考えれば、エーデルシュタイン伯爵領軍のレオナの報告を無碍にするとは思えないのだろう。




 空が明るくなると同時に、レオナは主檣(メインマスト)から下りてきた。


「どうだった?」

「見つからないニャ。ただ、掌帆長は同航していないんじゃないかと言ってたニャ」


 同航していない――つまり、すれ違っている形になっているならば相対位置は大きく変わるから、レオナが西北西を重点的に見張っていても見つからない可能性はある。


「……レオナ(レディ・レオンハルト)が西北西に敵影を見たのはいつぐらいでしょうか?」


 またもおずおずと海尉心得が声を掛ける。


「たぶん三時間か四時間くらい前ニャ」

「今は風向きはおおよそ東から八ノットの風で吹いています。おおよそ三十海里移動したことになりますから、相手が夜間で停泊中だったとしても相対位置は六十キロほど移動しています。北西方向水平線上――おおよそ六十キロの位置であった場合、方位角十五度付近――おおよそ北北東にいる可能性があります」


 流石は海軍軍人なのだろうか。

 推定される敵の位置をすぐに出してくれた。


「停泊中、というのは?」

「本艦隊は急いでいますが、本来ならば艦隊は夜間は航行しないものです。危険が伴いますので」

「なるほど。まして敵艦が待ち伏せしていたなら」

「間違いなく停泊しているでしょう」


 過不足なくユートに必要な情報を伝えてくれるこの海尉心得は優秀な軍人だ、ということがよくわかった。

 その時、不意に半鐘の音が聞こえてきた。


「警報!?」

「合戦準備!」


 海尉心得が打鐘信号を解信してユートに伝える前に胴間声が響き渡った。

 あの頼りなさげだった艦長の声だ――同時に同じようにインディファティカブルの半鐘が鳴り響き、艦内の全乗組員に急を告げる。


「ユート卿!」


 イエロ海兵隊長が飛び出してきた。

 ゲルハルトもアドリアンも、冒険者たちも、だ。


「海尉心得、持ち場は?」

「エーデルシュタイン伯爵閣下のお世話を仰せつかっています」

「わかった」


 イエロ海兵隊長は海尉心得にそう確認すると、すぐにインディファティカブルの右舷を行く旗艦イラストリアスの方を凝視した。


「敵艦……見ゆ!」


 旗旒信号が上がっているのを、イエロ海兵隊長が読み上げていく。


「右舷後方! 敵艦見ゆ! 方位〇―二―〇! その数、少なくとも四十!」


 頭上の主檣(メインマスト)から見張員の声が降ってきた。


「主隊は……前進せよ」


 イエロ海兵隊長の読み上げが続く。


「逐次左回頭十二点……我に続け」


 イーデン提督が護衛隊に命令を下したらしい。

 十二点回頭は恐らく反転命令だろう。


「十二点回頭は百三十五度の回頭です」


 海尉心得がすぐにユートにそう告げてくれる。

 イーデン提督の命令が百三十五度の回頭ということは、右舷後方への回頭ということになり、北東へ針路を取ることになる。

 敵は北北東に近いところから来ているので、ちょうど進路を塞ぐ形だが、同時にそれは風上に近いところを敵に抑えられての戦いとなり、苦戦は免れないだろう。

 しかし、それでも逃げるのではなく敢えて反航戦を挑もうというのは、出来るだけユートたち主隊に犠牲を出さず、逃そうということだろう。


「ねえ、ユート、いくら新鋭の一等フリゲート艦でも、たった四隻よね? 他の雑多な船を合わせても、勝てるの?」


 エリアが心配そうにそう言う。

 護衛隊は全てで十六隻。

 イラストリアス級一等フリゲート艦の他は、新鋭の二等フリゲート艦など新鋭艦で構成されているとはいる上、他艦の法兵も無理矢理乗せているので重火力ではある。

 とはいえ、三倍に上らんとする敵艦隊を打ち破れるほどではないことくらいはユートにもわかっていた。


 それでも反転を選んだのだから、イーデン提督は覚悟してのことなのだろう。

 たとえ護衛隊が壊滅しようとも、ユートたちだけは必ず無事に送り届ける、と覚悟してのことなのだろう。


「ちっ」


 次の旗旒信号を見て、イエロ海兵隊長が舌打ちをした。


「貴艦の航海の安全を祈る…………以上です」


 喧噪に満ちあふれた甲板上を、海尉心得の声が、静かに響いた。


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