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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第225話 それぞれの矜恃

「まったく、ウェルズリー伯爵(レイ)の奴は恐ろしいことを考えやがる」


 撤退する第三軍を見送りながら、先代クリフォード侯爵はそう呟いた。


「まったくだな」


 隣に立つのは四十年来の友人にして、第三軍抽出部隊の指揮を任されたアーノルドだった。

 優れた騎兵指揮官であり、ノーザンブリア王国軍でも鳴り響いた軍人であったとはいえ、それは過去のこと。

 今はエーデルシュタイン伯爵家の宿老格とはいえ家人に過ぎず、それが一軍の指揮を任されるのは異例のことだった。


 もっとも、第三軍は大きく四つに分割されている。

 一つ目は先代クリフォード侯爵率いるクリフォード侯爵領軍であり、これは殿軍(しんがり)を担う。

 二つ目は先代カニンガム伯爵率いる東部貴族領軍及び西方軍主力であり、これは第一軍に続いて撤退が予定されている。

 三つ目はユート率いるエーデルシュタイン伯爵領軍からの選抜部隊であり、これはウェルズリー伯爵の作戦に従ってローランド王国王都ローランディアを狙う。

 そして四つ目がアーノルドが指揮する部隊であり、エーデルシュタイン伯爵領軍の大半と、西方軍の一部からなる部隊である。


 アーノルドが率いる部隊はエーデルシュタイン伯爵領軍が大半であることからエーデルシュタイン伯爵家の家人であるアーノルドが選ばれた、という側面もあったが、同時にその任務によって選ばれた、という側面もある。

 そう、アーノルドに任されたのは、もともとユートやウェルズリー伯爵が言っていた、兵站線遮断の任務だったのだ。

 その為には猟兵について知悉している人物でなければならず、同時にノーザンブリア王国軍の戦術も知っている人物でなければならない。

 そうなった時、ウェルズリー伯爵が選べる選択肢は極めて限られており、アーノルドが選ばれるのも当然のことだった。


「お互い、大変だな」

「貴様ほどではない」


 先代クリフォード侯爵は短くそう否定した。

 先代クリフォード侯爵が担う殿軍(しんがり)も決して楽な任務ではない。

 しかし、死守命令というわけでもなく、勝手知ったるクリフォード侯爵領で適当に戦って退ければ作戦は成功――土地勘を含めて考えれば、被害は出るだろうという予測はしていたが、先代クリフォード侯爵自身はそこまで決死の任務とは思っていない。

 一方アーノルドに任された任務は敵中で糧秣を現地調達しつつ、兵站線を遮断するという、決死の任務と言っても良いものだ。


「ははは、それを言うならばユート様の任務の方が、よっぽど決死――いや、必死に近い任務だろう」

「間違いなく、な」


 ウェルズリー伯爵の立てた作戦は、確かに理に適っている。

 ノーザンブリア王国がこのクリフォード侯爵領でその総力を挙げて防衛戦をやっている、ということは、ローランド王国もまたその総力を挙げて攻めてきている、ということだ。

 そう考えれば、確かに王都ローランディアは手薄であると想定出来る。

 そう、理には適っているのだ――


「ローランディアが手薄だろうから、海から乗り付けて占領してしまえ、というのは、な」

「想像外、非常識を通り越して常識外、言い様は無数にあるが……」

ウェルズリー伯爵(レイ)の奴のいいところでもある。しかし、だ……」


 戦術家としてのウェルズリー伯爵の最大の長所は常識に囚われない、一見すると奇抜だが理に適っている戦術だ。

 しかし、それは周囲の理解を得られるものであるとは限らない。

 理に適っているから常に正しいと言われるわけではないのは、王立士官学校の卒業席次で秀才型の先代クリフォード侯爵が首席であったことが物語っている。


「ユート卿だから死ぬかもしれないが、一発逆転の為にローランディアに乗り込んでこいって言われて頷いたが、普通はそうはいかんぞ」


 ウェルズリー伯爵の、最適解の為には無茶振りも辞さない姿勢は、その韜晦した姿勢と相まって中々に反発を招くものであるのだ。


「しかも、ゲルハルト卿にレオナ(レディ・レオンハルト)も、だろう。ことが失敗に終われば、大森林からの反発も相当なものになるだろう」

「ユート様が決死の任務に赴くのに、あの二人がおとなしく残るわけがないぞ」

「わかっている。だが、それは大森林には何の関係もない――言い訳とすら思ってくれない可能性が高いだろう」


 ノーザンブリア王国の為、餓狼族と妖虎族の族長の子がすりつぶされたとなれば、大森林の態度が硬化するのは先代クリフォード侯爵の言う通りだ。


ウェルズリー伯爵(レイ)ならばこう言うだろうな。“作戦が失敗すれば、その時点で王国は終わり――今回彼らを送っていてもいなくても同じことですよ”とな」

「なんだ、それは?」


 先代クリフォード侯爵の質問に、アーノルドは微笑で応えた。

 そう、あの時ウェルズリー伯爵はこう言っていた――『私は貴族としての名誉に賭けて告発するのですから、告発して通らなければ、その時点で私は貴族として終わり――今回嘘をついてもついてなくても同じことですよ』と。

 四十年前の懐かしい記憶だった。


「まあ、賽は投げられたのだ。それに最も付き合いの長い我々が信じてやらねばウェルズリー伯爵(レイ)の立つ瀬があるまい。あとはウェルズリー伯爵(レイ)の悪運に頼るしかあるまい」


 アーノルドの言葉に、先代クリフォード侯爵は何かよくわからないまま、しかしそれもその通りだと頷くしかなかった。




イーデン提督(ロニーさん)、お久しぶりです」


 ティムサの街に入ったユートは、海賊ロニーことイーデン提督と久々に顔を合わせていた。

 もちろん、作戦会議などで顔を合わせてはいるのだが、話す機会は一度もなかったのだ。


「おう、久しぶりだな」

「今回はお世話になります」

「ははは、気にするんじゃねぇ。大変なのは俺たちよりもユート卿たちだろう」


 イーデン提督はそう豪快に笑って見せた。


「ああ、西海艦隊のうち、中小艦艇の乗組員については貴様らを揚陸した後、船を捨てて陸戦要員として上陸することになったからな」


 いきなりの爆弾だった。


「どういうことですか?」

「イエロの奴が言ってきたんだ。どうせ帰投したところでユート卿らが敗れれば艦隊は使い道もなくなってしまう。それならば主力艦艇はともかく、中小、旧式の艦艇の乗組員は全員陸戦隊として陽動を担おう、とな」


 イーデン提督の言うイエロとはかつて共に戦った、フォーミタブル号の海兵隊長エドゥアルド・イエロだ。

 ユートもイエロ海兵隊長は勇敢にして沈着な指揮官であり、語るに足るだけの人物とは思っていたが、まさかそんな突飛なことを思いつくとは思いもしなかった。


「なに、この第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)が始まって以来、海軍は何も出来ておらん。ここらで一発やっておかんとな」


 確かに戦いの大半は陸戦であり、海軍はほとんど仕事らしい仕事をしていない。

 西内海や東海洋を経由した攻撃を受けていない、というのはノーザンブリア海軍がしっかりローランド海軍を抑え込んでいる証拠だったが、積極的な作戦は初めてとなる。

 もちろん、このあたりは陸戦で押されていることから根拠地を前進させられていないという事情によるもので、海軍の無能ゆえではないが、そうであるからこそ海軍はようやく認められた積極的な作戦に士気が上がっているのだろう。


「でも、いいんですか? 中小の艦艇を使い捨てにするって大ごとと思うんですが……」

「やむを得んだろうな。本来ならば海兵隊だけを揚陸する(あげる)というところなのだが、今回のような揚陸任務ならば、わざわざ陽動の海兵隊を乗せるくらいならその分もエーデルシュタイン伯爵領軍を乗せろという話になるしな。それに艦艇も自沈させるわけではないから戦いに勝てば回収出来るだろう」

「負ければ?」

「回収しようがするまいが、ローランド王国の艦艇になるだろうよ」


 結局はウェルズリー伯爵でなくともそこに行き着くらしかった。


「本気、なんですよね?」

「もちろんだ。イエロが指揮を執るだろうがな」


 勝ったとしても陽動に動くイエロ海兵隊長以下の乗組員たちは無事である保証もなければ、置き捨てた艦艇が無事である保証もない。

 そして、それらの損失は全てイーデン提督の責任となって降りかかるだろう。

 必要だったとはいえ、多数の艦艇と長年の訓練を必要とする熟練の乗組員をあたら陸戦で失った責任は、あの王立士官学校生徒会の“事件”以来四十年かけてようやく回復したイーデン提督の立場を失わせるものになる可能性もあるものだ。


「……ありがとうございます」


 ユートはなんと言っていいかわからず、しかしイエロ海兵隊長の出した案を承認してくれたイーデン提督に、そう礼を言うことしか出来なかった。


「何を言う。決死の任務をやる貴様にしてやれるのはこのくらいだ。海賊ロニーの名に賭けて、必ず送り届けてやる。だから、頼むぞ」


 それだけ言うと、イーデン提督は黙りこくった。




「いよいよ、ですね」


 ウェルズリー伯爵は天幕の中でそう独り言ちた。

 既にウェルズリー伯爵は第一軍とともにクリフォード城周辺の防衛ラインまで下がっている。

 第一軍全軍が撤退を完了したわけではないが、ウェルズリー伯爵の体調は再び悪化しており、行軍に付き合うより、天幕で休養した方がいい、という軍医の判断で第一軍の第一陣と共に防衛ラインまで下がったのだ。

 ウェルズリー伯爵としてもやや不本意ではあったが、今後の指揮を執ることを考えると、休養して英気を養うしかない、と半ば諦めて軍医に従っていた。


「持ちこたえられますか?」


 カニンガム副官がウェルズリー伯爵の独り言に反応する。


「さあ、どうでしょう。物事に絶対はありませんから」


 相変わらずの人を食ったような答え――だが、カニンガム副官はそれ以上何も言わなかった。

 ウェルズリー伯爵の眼は強い決意を湛えており、いい加減な気持ちで言っているのではないことがわかっていたからだ。


「ただ、一つだけ絶対なことはあります」


 それは、と口を開きかけるカニンガム副官を眼で制してウェルズリー伯爵が言葉を続けた。


「我々が持ちこたえて、そしてユート君が成功しなければ、ノーザンブリア王国はおしまい、ということです」


 そして、最後に虚無的に微笑む。


「全く、決死的な――そして英雄的な働きに全てを託さなければならないとは、戦術家も何もあったもんじゃないですね」


 ウェルズリー伯爵は、青白い顔にいつまでも乾いた笑いを浮かべていた。




「では、いよいよだ。先代クリフォード侯爵(ジャスト)、私も行ってくる」


 本来ならば、こういう時、アーノルドは馬上の人だった。

 馬の上で生まれた、と豪語する馬商人の息子は、馬術の盛んな南方の生まれである先代クリフォード侯爵ですら勝てないほどの馬術の腕前であり、馬を知る王国最良の騎兵指揮官と謳われた男だった。

 しかし、今日はそうではない。

 猟兵戦術――特に敵中で兵站線を遮断しようという遊撃戦ともなれば、馬は使えない。

 馬がいるだけで秣が必要になり、被発見率が上がり、とろくなことにならないからだ。

 冒険者も護衛(ガード)をやるならばともかく、狩人(ハンター)をやるのに馬を使う者はいないし、護衛(ガード)が守っている盗賊連中でも馬を使う者などいない。


 だから、アーノルドは徒歩(かち)だった。


「貴様が、徒歩(かち)とはな」


 先代クリフォード侯爵は万感の思いを込めてアーノルドを見送る。


「ははは、そういえば決戦はいつもそうだな。ポロロッカの時も、徒歩(かち)だった。縁起がよい」

「そういうことにしておこう」


 その時もまた、陽動のための決死の任務であり、アーノルドの引きの悪さに先代クリフォード侯爵はそれ以上の言葉を続けられなかった。


先代クリフォード侯爵(ジャスト)、死ぬなよ」

「貴様が言うな、アーノルド(サイラス)

「何をいう。殿軍(しんがり)も十二分に危険な任務だ。全軍を引き受けて、クリフォード侯爵領軍のみなのだろう?」

「それでもエーデルシュタイン伯爵領軍の残部を率いて敵中で遊撃戦をやろうというよりはよっぽど安全だ」

「大差ないさ」


 少しばかりのくだらない、しかし貴重な言い合いの後、二人は抱擁を交わした。




「ユート、いよいよね」


 ユートに割り当てられたのは旧式のフリゲート艦インディファティカブル号であり、その船室でエリアがいつになく緊張した面持ちをしていた。


「ああ」


 ユートもまた、緊張感のある言葉を返す。


「おいおい、ユート。どうしたんだ?」


 アドリアンがおどけるように言った。


「いや、だって、緊張しません?」

「死にそうになるなんざ、冒険者やっててもそれなりにあるこったろ?」

「そりゃそうですけど……」


 一介の冒険者と違ってその双肩にかかっているものが大きいのだ、と言いたげな顔をしたユートに、ふと声がかけられる。


「ユート、その重さに耐えられてこそ貴族なのですよ」


 可愛らしげな声、だった。


「え?」

「なんでアナがいるのよ!?」


 アナだった。


「どうせ負ければ、王族に逃げ場などないのです」

「そりゃそうかもしれないけど」


 そう言いながら、エリアはちらりとユートの方を見た。


「アナ……」

「――それに」


 ユートが何か言い出そうとするのをアナが制した。


「ユートが往くのです。私が往かない理由がないのです」


 きっぱりとした言葉だった。


 その言葉から、しばらくの沈黙が流れる。

 ユートは言葉を失い、アドリアンは自分の出る幕ではないと黙りこくった。

 張本人のアナは、じっとユートの眼を見つめるだけだった。


「…………ユート、まだアナが下船する時間くらいはあるわよ」


 沈黙を破ったのはエリアだった。

 だが、そのエリアの言葉にも、ユートは何も返さなかった。

 ただ、ユートを見つめる、そのアナの瞳を、見ていた。


「わかった」


 その言葉に、アナはにこり、と微笑んだ。


「アナがそう決めたなら、一緒に往こう」

「ちょっと、ユート……」


 エリアはそう言いながら、もう一度ユートとアナの顔を見て、しょうがないわね、と言いたげに笑った。


「そうね、一世一代の大博打だもんね。いいわ。みんなで往きましょう」


 そのエリアの笑いに、ユートもまたつられて笑い出した。

 どこかにあった、重たい気分はいつの間にか霧散していた。


 それは、出撃五分前のことだった。


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