第216話 誤算
火曜日は更新出来ず申し訳ありませんでした。
ユートが考案し、王立魔導研究所の連中が製造した地雷は、戦場を再び緊迫感と退屈さに溢れた空間に引き戻した。
ローランド王国軍はエーデルシュタイン伯爵領軍を罠にかけようとしてまんまとやられた形になって以来、積極的な行動をやめ、かなり慎重な行動を取るようになっていた。
いかに数に優るとはいえ、歩兵丸々二個大隊を失ったのは決して軽い損害ではない、というのは衆目の一致するところだ。
「で、暇なのよね」
エリアはそう言いながら、五人に二枚ずつのトランプを配る。
そのエリアを、すぐ左に座っているレオナがじっと見つめている。
「さあ、レオナからよ。『賭ける』? 『賭賭けない』?」
「もちろん『賭賭ける』ニャ」
レオナはそう言うと、銀貨を一枚、テーブルの上に突き出す。
「俺は『降りる』で」
「……俺は『掛け金を増額』だ」
アドリアンは獲物を狙う魔狼のように、睨めつけながら銀貨を二枚、やはりテーブルの上に突き出した。
じろり、とアドリアンがユートを見る。
次はエリアの左側に座るユートの番――
手持ちのカードをじっと見ながら、ちらり、とエリアの方を見て、エリアと目が合う。
「『増額に応じます』」
ユートの言葉に、アドリアンはにやりと笑い、エリアは満足げに頷いた。
「もちろん、あたしも『増額に応じるわ』よ」
「エリア、虚勢張るなよ」
「何言ってるのよ。あんたこそ無理に『掛け金を増額』したでしょ」
そのままもう一巡して、誰も『掛け金を増額』しないのを見て、エリアはカードを三枚、テーブルの上に広げる。
冒険者ポーカー、と呼ばれているそれは、ユートの知っているポーカーとは少しだけルールが違った。
カードを交換するわけではなく、今、目の前に広げられたオープンカードと、ユートの手元の二枚を合わせて役を作るのだ。
既に銀貨七枚、七千ディールが場に積まれている。
一回でどんどん『掛け金を増額』する者が出れば、あっという間に十万ディールに達することもある、危険なゲームだ。
実際、それで身を持ち崩している冒険者が多かった為、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドとなった時には、流石に恩賜の称号があるギルドでそんな冒険者ばかりだとまずいのではないか、と禁止の動きもあったくらいだった。
しかし、ギルドの拡大幹部会議でなぜか幹部の大半――アドリアンを筆頭に、ジミー、レイフ、エリアが反対した結果、流れている。
そのことを聞いた、アンドレスは大いに嘆いたというが、ノーザンブリア王国には賭博を取り締まる法はないこともあり、それ以上には何も言わなかった。
ユートとしては一度根付いた文化を変えるのは容易ではないし、せめて身を持ち崩さないように賭ける額を下げて欲しかったが、金貨を出す奴は品がない、銅貨を出す奴は金がない、と言われてもうそれ以上何も言う気を無くしていた。
そのうちにカジノでも経営すればもうかるのではないかと思ったが、さすがに貴族――しかもアナスタシア女王の夫たる貴族――がカジノ経営なんぞというやくざな商売に手を出すのもいかがなものかと思って、自分の内心に留めていた。
「レオナは?」
「『掛け金を増額』だニャ」
そう言いながら、レオナは不足分を合わせて銀貨を二枚、場に突き出す。
「『掛け金を増額』するぜ」
アドリアンが更に銀貨を一枚積み増し、どうよ、とばかりに周囲を威圧する。
ユートは手元の手札と、場に出されたオープンカードを検討する。
この後、オープンカードはまだ二枚出されるが、それを勘案してもそこまでいい役にはなりそうにない。
――うん、無理だ、と内心で呟くと、それを口に出す。
「『降ります』」
「あたしは受けて立つわ。『掛け金を増額』!」
エリアもまた、銀貨を一枚積み増す。
参加費を含めれば既に二万ディールだ。
ばちばちと視線がぶつかり合うような白熱した展開――
『掛け金を増額』の制限がない冒険者ポーカーだけに、あっという間に『掛け金を増額』合戦が始まり、あっという間に積み上がる銀貨が莫大な量となった。
エリアもアドリアンもレオナも一歩も引かないで銀貨を積み上げていっている。
「なあ、ユート。なんで引かへんのやろな」
「引けないんだろ。あそこまで積んだ銀貨が惜しくて」
ユートの言葉に、ゲルハルトは苦笑いをしていた。
「損切りいうんが一番大事やと思うねんけどな」
ゲルハルトがいっぱしの商人のような口を利いた時だった。
「ユート様!」
不意に後ろから声が響いた。
「アーノルドさん――どうしました!?」
ただならぬアーノルドの様子に、ユートは驚いて返事をする。
『掛け金を増額』合戦をやっていた三人は、お互いに様子をうかがうようにそれを止めて、アーノルドの方を向き直る。
「敵が……ローランド王国軍が装甲騎兵を投入してきました!」
装甲騎兵――ノーザンブリア王国軍では、近衛軍しか持たない兵種であり、魔銀と神銀製の板金鎧で身を固めた人と、同じく魔銀と神銀製の馬鎧で身を固めた軍馬で編成された兵種だ。
全員が魔法使いであり、神銀の装甲で魔法を弾き返し、硬い神銀と柔らかい魔銀の複合装甲で物理的な攻撃にも滅法強い。
もちろん装甲騎兵にも弱点はある。
そもそも過大な装甲に耐えるだけの人馬を鍛えること――特に馬は選び抜いた軍馬がすぐにつぶれる――や、そもそも神銀や魔銀の高価さから高くつく維持費などもそうだが、戦場で見た場合の弱点はその装甲の重量ゆえに機動力が著しく低いのが最大のものとなる。
その鈍重さゆえに、ユートはアリス女王から近衛装甲騎兵中隊を預けられたにもかかわらず、ずっと別行動を取っていたが、それは弱いからではなく、あまりにもユートの率いる猟兵と性質が違いすぎていたからであり、正面切っての戦いならば抜群の破壊力を見せることはわかっていた。
今、行われているのは正面切っての戦いであり、これまで装甲騎兵を持つのは優れた魔道具技術のあるノーザンブリア王国だけのはずところに、ローランド王国が装甲騎兵を投入してきた、という事実は、戦局を大きく変えかねなかった。
「どんな様子ですか!?」
「おう、ユート卿か」
ユートが最前線まで進出すると、既に先代クリフォード侯爵が先に来ていた。
確かにここは南方貴族領軍の受け持つ戦線なのだから、先代クリフォード侯爵がいてもなんらおかしくはないのだが、最前線にいるのは彼もまた敵に装甲兵が現われた、という事実を重く見ているということだろう。
「装甲騎兵ではないな」
先代クリフォード侯爵の言葉にユートはほっとしたが、相変わらず彼の顔は硬い。
どうしたのか、と訊ねようとしたが、先代クリフォード侯爵が口を開く方が先だった。
「あれは装甲兵だ」
「装甲兵……ですか?」
「ああ、装甲兵だ。神銀と魔銀の板金鎧で身を固めているが、馬は連れておらん」
「つまり……」
「鈍重だが、厄介な相手だな」
ノーザンブリア王国近衛軍が装甲兵ではなく、装甲騎兵である理由はたった一つ。
ただでさえ重い板金鎧であるのに、金と比重がほぼ等しい神銀と魔銀で作られているのだから、ただ人が装備しても動けなくなるだけなのだ。
そこで、やはり装甲をつけた馬に乗せて最低限の機動性を確保しているのだが、ローランド王国はそうした編制とせず、歩兵として戦場に投入したらしい。
「ノーザンブリアよりも軽い板金鎧なんですかね?」
「どうだろうな……」
先代クリフォード侯爵はそう言いながら、値踏みするように鋭い目つきでローランド王国の装甲兵を睨みつけた。
「……動きは、遅いな」
「ええ、そうですね」
ノーザンブリア王国の近衛装甲騎兵も、口さがない下士官や古参兵たちからは、あいつらは騎兵のくせに牛に乗っている、とその鈍重さを嗤われている。
しかし、それでもどうにか歩兵には追従できるだけの機動力は持っているのだが、ローランド王国の装甲兵はそれ以下、まるでかたつむりかなめくじかのような鈍重さだった。
「やはり、我が方と変わらん板金鎧だな」
「ノーザンブリアの魔道具技術は高いですしね」
「まあ王宮魔術師中心のローランドには負けんだろうな」
先代クリフォード侯爵の言葉にユートも頷く。
ノーザンブリアは王国改革以来、平民だろうが努力次第で王立士官学校に入って士官になる道が開けている。
これは優秀な士官の育成という意味でも重要だったが、当然ながら法兵や魔法使いの育成という意味でも重要な意味を持っている。
旧態依然としたローランド王国では、未だ魔法使いは王宮魔術師が中心であり、魔道具の製作技術も秘儀として代々彼らの間で受け継がれている。
その王宮魔術師になれるのは貴族だけであり、貴族で魔法使いなど数えるほどしかいないのだから、王宮魔術師になれる者は少なく、当然ながら競争もなく革新的な技術を発明することもほとんどない。
しかし、ノーザンブリア王国ではそんなことはない。
平民だろうが王立士官学校法兵士官課程に進めば士官になれるし、そうなればウォルターズ小隊長のように王立魔導研究所で勤務することもあり得る話だ。
何よりも、士官となれば従騎士という一代限りとはいえ貴族であり、功績を挙げれば正騎士に叙任されて子に相続できる貴族となることも不可能ではない。
つまり、ノーザンブリア王国王立魔導研究所は、ローランド王国の王級魔術師などとは比べものにならないくらい人数が多く、立身出世を夢見て士気も高く、競争も激しいという環境であり、魔道具技術でノーザンブリア王国がローランド王国に負ける気はしていなかった。
「じゃあなぜ……」
「神銀を惜しんだんじゃないか?」
アドリアンが身も蓋もない感想を述べた。
「まさか……」
「いや、神銀鉱山は南方植民地からノーザンブリア南部にかけてが一番鉱脈が多い。第二次南方戦争で敗れた後、彼らは神銀の調達に苦しんでいたようであるし、その可能性もあるだろう」
先代クリフォード侯爵はそう冷静に述べているが、視線は片時として敵の装甲兵から外していない。
その装甲兵はようやく地雷原にさしかかりつつあった。
敵の装甲兵の数はせいぜい一個大隊――また地雷原にやられるのに突っ込むとは……と思いながら、ユートも、エーデルシュタイン伯爵家の面々も、そして先代クリフォード侯爵も見守っていた。
程なく、爆発音が響いた。
言うまでもなく、地雷が爆発したのだ。
だが、爆煙が晴れた時、見えたのはユートたちの想像とは違ったものだった。
「む? 全く堪えた様子が見えんぞ?」
先代クリフォード侯爵がそう訝しげに呟く。
「ああ、そうか! 神銀の鎧じゃ、あの程度の鉄片でどうにかなるわけがない!」
「どういうことだ!?」
「神銀は魔法を通しません!」
「そんなことは知っている!」
苛立ってか、思わずユートの胸ぐらを掴みながら先代クリフォード侯爵が怒鳴る。
本来ならばユートが上官なのだが、普段は謹厳といってもいい先代クリフォード侯爵のその不調法に誰も何も言わない。
地雷原をあっさり抜かれそうな事態に動揺しているのがわかるし、何よりもそんな無駄な時間を使いたくないのだ。
「その魔法は、魔道具の魔導回路から生み出されたものも含まれます。実際、レオナの魔石銃も銃身や弾丸は神銀製にせざるを得なかったのもそのせいですし。そして、地雷は爆発の――火炎爆轟の威力を抜けば、火炎爆轟で爆散した鉄片が広範囲に散らばる程度です」
「……神銀の装甲を、火炎爆轟で飛ばした程度の鉄片では抜けん、ということか」
「そういうことです」
むう、と先代クリフォード侯爵は唸る。
ユートはどうしたものか、と悩んだ。
目の前の敵装甲兵は自ら地雷原を踏みつぶして歩いている。
人が踏みつぶして対人地雷を処理して回るなど、本来ならば非人道的と散々叩かれることになったはずの方法だったが、神銀の鎧で完全に防げるのであれば、十分有効な地雷処理の方法だろう。
しかも、何よりもの問題は地雷原のまっただ中に敵がいる、ということだった。
これでは、撃退する部隊を出そうにも、その部隊が地雷にやられてしまう。
地雷原が、地雷処理をする敵装甲兵の盾となっている形なのだ。
「ユート、危ない!」
エリアの声が響いた。
と、同時に、火球がこちら目がけて飛んでくるのが見える。
「敵装甲兵! 法撃開始!」
どうやら爆煙の死角になっていたらしく、ようやく火球を確認した味方の見張員が叫ぶ。
「くそ、反撃は……」
先代クリフォード侯爵があたりを見渡して、何かないかと考えているようだった。
「アーノルドさん! アーネスト前宮内卿に使者を。敵装甲兵が地雷原に侵入中、装甲騎兵の出撃を乞う!」
装甲騎兵ならば同じように戦えるはず。
ユートはそれに一縷の望みを託し、そして迫る敵装甲兵を見つめた。
それは既に川の過半を超えており、いかに鈍重とはいえ、近衛装甲騎兵が駆けつけるまでに陣地に侵入されそうだった。




