第022話 ある夜の、ちょっとした会談
翌日からの一週間のレビデム生活が始まった。
エレルにいた時とは違い、魔の森もなく、また何処に何があるかわからない状況が続いたので、ユートたちはパストーレ商会が用意してくれた宿で暇をもてあましていた。
「本当にやることがないわね……」
エリアが何度目になるかわからないため息を吐く。
「本当にな」
「ぶらぶらするのも限界よ」
「で、なんで俺の部屋にいるのか教えてくれないか?」
「そりゃあんた、暇だからに決まってるでしょ」
「いや、だから暇だという理由で来られても困るんだが……」
「ちょっと、なんか暇つぶしない? ニホンの話とか!?」
「ニホンの話といっても話をすることはほとんどないぞ」
「なんだ。つまんない」
そんなエリアの無茶ぶりを受けていた時、ノックの音が聞こえる。
「誰? アドリアン?」
「パストーレ商会総支配人エリックの秘書でございます」
「え!?」
「こちらはリーダーのユート様の部屋とお聞きしましたが……」
「あ、どうぞ」
エリアが答えたことでその秘書なる人物は戸惑ったようだが、ユートの返事で入ってくる。
前にパストーレの執務室で見かけた女性の秘書だ。
「えっと、その。失礼しました」
「いえいえ、こちらこそお寛ぎ中のところ失礼いたしました」
ユートはそう謝罪しながら、エリアがベッドで寝そべっている現状をこの人はどう受け止めているのか、と顔色を窺う。
しかしそこはさすがにパストーレ商会総支配人の秘書、顔色は一切変えずににこやかに返答した。
「それで……」
「我が主エリックが皆様を食事に招待したい、と申しております。明日の夜ですが、ご都合は如何でしょうか?」
「えっと、五人全員ですよね?」
「さようでございます」
「行くわ!」
ユートが予定を聞いてから、と言いかけた時、エリアが即答した。
「それはようございました。では明日の夕方、パストーレ商会の方へおいで下さい。歓迎致します」
秘書はそれだけ言うと、すぐに部屋を出て行った。
「ユート、エリックさんとご飯とか、ようやく面白そうなことになったわね」
「みんなが予定あったらどうするんだ?」
「風邪でもひいてもらえばいいじゃない! そんなことでエリックさんの話を聞けるチャンスを逃すのは馬鹿げてるわ」
「エリックさんと話をして何をするつもりなんだ? 俺は大方、専属の護衛の勧誘と読んでるんだが……」
「それならそれでいいじゃない。辞めれないわけじゃないんだから。それに何やるにしてもエリックさんとの関係を強化できるならそれにこしたことはないわ」
まあ最悪でも顔つなぎ、ということなのだろう。
そこら辺のエリアの営業的な考え方、逞しさは見習うべきものがあるとユートも思う。
(でも上手く護衛の話を調整しながら関係を強化するのは俺の仕事なんだが……)
これは冒険者ギルドのことを言い出した張本人である上、今のパーティのリーダーであるからしょうがない、と割り切ってはいるのだが、それでも実際にやるとなると少しばかり気後れがするのも事実だった。
「そいつはいいじゃないか」
夕食の前に部屋から出てきたアドリアンに、パストーレとの会食に誘われたことを話すと、エリアと同じような反応を示した。
「お前が言ってた、ギルドのことも話してみたらいいんじゃないか? あれほどの商会の総支配人なら貴族とのつながりもあるだろうし」
「それも考えたんですが、正直エリック総支配人ってどういう人かわかってないんですよね。デヴィットさんのことを悔やんでいるみたいで、半年くらい前に一度会った時にはエリアのことをよろしく、なんて頼まれましたが、どういう人なのかわかってないのに話していいものか」
「ああ、ギルドをパストーレ商会が中心になって、ってことか。そいつは心配すんな。そもそも冒険者、特に専属になっていない腕利き連中は商会や貴族から言われても言うこと聞きゃしねぇな」
冒険者としての経歴が長いアドリアンがそう言って笑う。
「どっちにしてもユートくんが西方直轄領でギルドをやろう、なんてなったらパストーレ商会抜きにはまず無理だし、遅かれ早かれ知られるとは思うわ」
「あそこってそんな大きい商会なんですか?」
「あんた、何言ってるのよ。レビデムとエレルの間の販路を単独で確保してる西方一の商会よ。というか、他に中小の商会が組んだ同職連合もあるけど、同職連合全体で見てもパストーレ商会となら大差ないんじゃないかしら。ていうか久々にあんたの常識の無さを感じたわ」
「しょうがないだろう」
「しょうがないけど、それでもびっくりよ!」
お互いにため息をつき合う。
「まあそういうわけだ。同職連合と冒険者ギルドが組むってのも悪かないんだが、まあこっちの伝手を考えても冒険者ギルドを始める時はパストーレと組むのが一番だろうな」
「さっきからギルドギルドって何の話をしてるニャ? まさか同職連合と組んでパストーレを追い落とそうとかいう相談かニャ? それならあちきが密告してたんまり謝礼頂くニャ」
どうやら夕食を食べに部屋から出てきたらしいレオナがいた。
「何言ってるのよ!?」
「そんなわけないだろ!?」
「……そこまでむきになって否定するのが怪しいニャ」
「あのねぇ……」
「あー俺が言い出したことなんだけどな」
収拾を付けるためにユートが話し始めた。
「話すのかよ?」
「レオナなら大丈夫と思うし、何よりエリックさんのところで話すならその時に知られるだろ。まあというかレオナに知られても恐れることはない」
「なんか馬鹿にされてる気がするニャ……」
そう言いつつ、レオナはユートの話に耳を傾ける。
結局、冒険者ギルドを作ろうとしている話のあらましを話すことになった。
「それは面白そうニャ!」
レオナは単純なのか、世間知らずなのか、あっさりと目を輝かせる。
「まだまだ先の話だけどね!」
「それでもいいニャ! もし出来たらあちきも加盟するニャ!」
そう言いながら、パストーレとその話をすることも二つ返事で了解した。
「わざわざご足労頂いて恐縮だ」
大きな円卓に着いたパストーレは愛想良く、しかし内心を悟られないようにするためか笑顔だった。
そして、給仕たちが円卓に並べていく夕食は豪勢であり、如何に彼やパストーレ商会がユートたちに気をつかっているかがわかった。
「お招き頂きありがとうございます」
乾杯の後、ユートが代表してそう礼を言う。
「ユート君だったか。プラナスから聞いているが、優秀らしいな」
「いえいえ、まだまだ駆け出しの冒険者です」
その後は他愛ない会話が続いた。
ユートたちはパストーレ商会を、パストーレはユートたちを褒め合う寒々しい会話だった。
たっぷり二時間も大人の会話が続き、食後のティーが出された時、おもむろにパストーレが口を開いた。
「なあ、君たち。“良い”冒険者とは何だと思う?」
「そりゃ、腕の良い冒険者、でしょ!」
エリアが一番に答える。
この二時間の間にエリアはいつの間にか敬語を取っ払っていた。
会話の最中にあった敬語は使わなくていい、という言葉をそのまま受け取り、するりと相手の懐に飛び込んでいくのはエリアにしか出来ない芸当だ。
「違うな」
「強い冒険者?」
「どう違うかわからんが、違うな」
「あ、じゃあ頭の良い冒険者?」
「それも違う」
「判断力に優れた冒険者?」
「惜しいが、少し違う」
エリアが口ごもったのを見て、パストーレは六人を見回す。
「他は?」
そう言われてもアドリアンはお手上げ、と言わんばかりの肩をすくめているだけであり、セリルは難しい顔をしている。
そしてレオナは何も言わずに黙っていた。
「……信用、ですか?」
仲間の様子を窺い、ユートが仕方なしにそう聞く。
思いつく唯一の答えだ。
「ほぼ正解だな」
パストーレはそう答えた、
エリアが、それは自分が教えたことだ、と目配せで抗議している。
「腕と頭が良い冒険者は貴重だ。だが、いくら腕と頭が良くとも、安請け合いをして失敗するような冒険者は困る。私は、冒険者が仕事を果たしてくれると思って動いているのだから。例え新人だろうが、自分が請け負ったことを確実に成功させる冒険者が、私にとっては“良い”冒険者だ。そして、プラナスからはユート君が依頼を違えたことはない、と聞いている。だから君はいい冒険者なのだ」
「ありがとうございます」
ユートとしては礼を言うしかない。
「そして、これは商人も同じだ。良い商人とは、何よりも信用を重んじる。出来ないことは出来るとは言わない。そして、自分ができる限りのぎりぎりのところを行く。これが良い商人だ。つまり、良い冒険者とは、良い商売人と同質の人間だ。もっとも、優秀な商人に武技の才能があるか、優秀な冒険者に理財の才能があるか、というのは全く別の話だがね」
「はあ」
パストーレのよくわからない話が続く。
酔っているわけでもなさそうなパストーレの言葉の意図が掴めず、ユートは適当な相づちを打つしかない。
「うちの護衛、はこの王国の冒険者の最高峰だ。一番危険な西方直轄領で、一番重要な販路を守る護衛には、一番優秀な冒険者が欲しい。だから私の商会は、冒険者に最高の報酬と最高の待遇を約束している。だからこそ、うちの専属護衛になりたいと思う者は多い。しかし――」
そこでパストーレは短く言葉を切った。
「君たちは違った。専属の護衛ではなく、臨時雇いでいいと言う。今日だって普通ならばもっと自分たちを売り込むものなのに、そういうことをするでもない。臨時雇いでも専属でも、護衛の仕事には変化はないのだから、慎重さからくるものではない。となると、君たちは何かしたいことがあってのことと思う。プラナスからも、何か面白いことを企んでいるらしい、ということは聞いているしな」
それを話せ、とパストーレは暗に言っている。
ユートたちはプラナスに話した記憶はないが、狭いエレルで、恐らく一番情報を集めているプラナスの情報網に引っかかっていてもおかしくはない。
「私を信用して話して欲しいのだ。心配しなくとも、君たちのアイディアをかすめ取ったりはしない」
そう言うと、ユートの目をじっと見つめた。
ユートも目をそらさずにパストーレの目を見つめ返す。
「……なんでエリック総支配人は、そんな僕たちのやりたいことを聞きたいのでしょうか?」
しばらく沈黙が続いた後、ユートはそう口火を切った。
元々話すつもりだったことなのだが、パストーレが自分から聞いてきたことに違和感を覚えたのだ。
「恐らく君たちは何かの商売をしようとしているだろう。どんなものなのかは想像もつかないが、私の商会も儲けるチャンスがあるのではないか、と思っているのが大きな理由だな。もう一つは、単にプラナスが優秀と評している冒険者が、どんな商売を思いつくのか、という興味があるのもある。そうしたものを総合して、私の勘が関わるべき、と言っているのだ」
再び沈黙。
それなりに筋が通っているパストーレの言葉だが、ユートは何か隠しているような、そんな違和感を拭えないのだ。
「ユート、話したらどうだ?」
ユートとパストーレの睨み合いに近い沈黙に、アドリアンが口を挟んだ。
「俺はずっと西方で冒険者をやっているが、パストーレ商会の悪い噂は余り聞かん。だからそれなりに信用していいと思う。それに来る前にも言ったが、西方で何かやるなら、パストーレ商会は敵に回すのではなく味方にしておくべき相手だ」
「……そうですね」
ユートは自分の直感を抑え込んで頷くと、ゆっくりとギルドについて話し始めた。
「……なるほど、面白い考え方だ。少なくとも根っからの商人には思いつかん。少しばかり気宇壮大な部分もあるかも知れんがな」
ユートの話を聞くと、パストーレはそう評した。
「個人的に良いと思うのは、今までも依頼していた依頼者以外に、新しい依頼者を見つけようとしていることだな。与えられた環境ではなく、自分で環境を作ろうとしていることは評価できる。ただ、問題はここが西方直轄領、ということだな。許可を得る、となると領主である貴族ではなく、西方総督府、ひいては王家の許可を取らんといかん」
「まあ最初は冒険者を集めた互助的な組合や同職連合のような形から始めるのも一つかな、とは考えています」
「それもいいが、総督府に話をつけて早い内に大きな組織にするのが一つとは思うぞ。仮に互助組織を作ったとしても、真似する者も出るだろうし、そうなると肝心の依頼者も冒険者も一つの組織にいけばよい、という利便性の部分が損なわれる」
「それはそうですが……」
確かにいくつもの冒険者ギルドが乱立する状態になれば確実に依頼者や新人冒険者が混乱するし、最悪の場合には足の引っ張り合いから冒険者ギルド全てが信用できないものと扱われかねない。
「資金の調達、そして信用の獲得、一朝一夕にはいかない、といったところか」
「そうですね」
「ちなみに、何故私に融資なり出資なりを求めない? 西方直轄領では総督府を除けば一番の金持ちだぞ」
「おいおい、俺たちが一緒にやってこうってのは、専属護衛をやらないような冒険者ですぜ? パストーレ商会から出資された紐付きじゃ人が集まらんでしょう」
「それもありますし、何よりもお金を一部ならともかく、ほぼ全額を出してもらったら逆らえなくなります。それに、これまでほとんど話したことのない人に金を貸してくれ、と言えるほど面の皮は厚くないですよ」
「ふむ、誠実といえば誠実だが、少々商売っ気が足りんような気もするな。まあいい。君たちがギルドを始めるならば、出資はともかく支援程度はさせてもらうことになると思うよ。儲け話になりそうだからな」
「例えばどういうところで儲けるつもりなんですか?」
「ははは、あくどいことはしないさ。ただ、例えば冒険者が大勢集まる場所が出来るならば、薬草や武器防具の類は一気に売れるだろう。これまでよりも売れるならば、販売態勢、輸送の隊商の編成、生産態勢だって考えないといかん。西方商人の同職連合に先んじてそうした準備が出来れば大儲けのチャンスだよ。うちの製品は質も安定しているから、一度売れれば信用を築くのは容易いことだ」
そう言うパストーレの頭の中では既に生産態勢を整備する算段を付けているのだろう。
まだギルドも出来ていないのにご苦労なことだな、とユートは内心で笑った。
「まあ一寸先は闇とも言う。ともかく、しばらくはうちで護衛をやってくれるんだろう?」
「ええ、そのつもりです」
「ならばよろしく頼むよ。手前味噌だが、うちの商会で護衛をやっていたという経験は将来に活きる」
「活かせるように頑張ります」
そのあたりでお開きとなった。
「今日は有り難う御座いました」
「いや、こっちこそおもしろい話が聞けたよ。ところで、もし君のアイディアが全くの役立たずだったらどうしていたと思う?」
「……護衛としても雇わずそのまま終わり、ですか?」
「まさか。こう見えても私は口八丁なんだよ。騙くらかしてでも君にそのアイディアを諦めさせて、うちの専属護衛にしてたさ」
パストーレはそう言ってにやりと笑って見せた。
それは、そんなことをしなかった自分を信用しろという意味なのか、それとも他の意味があるのか、人生経験が浅いユートには判断が付かなかった。