第205話 タウンジェント城攻囲戦・後編
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「アーノルドさん、よくラファイエット侯を討ちましたね」
城門から下りてユートがラファイエット侯を讃える。
周囲はまだゲルハルトたちが残敵掃討をしているし、アルトゥルはすぐに城門に上がって門外に取り残されているラファイエット勢目がけて盛んに魔法を放っていた。
まだ戦いは続いているとはいえ、城門付近は安全であり、ユートの言葉にアーノルドも笑顔で応える。
「いえ、挨拶しようとしていたところでちょうど攻撃が始まったので、油断しているラファイエット侯に一太刀浴びせられたのです。存外骨のない男でしてな」
そう笑うが、ユートが同じ立場だったとしても、馬上にいるラファイエット侯を一撃で仕留める自信はない。
普段は好々爺然としており、ユートたちの保護者のようなアーノルドだったが、その腕は衰えていないと感心するしかなかった。
「ユート様、ラファイエット侯の首を掲げてはいかがでしょうか?」
「え?」
「城外のラファイエット勢は恐らくラファイエット侯を救うために最後までこの東アストゥリアス城塞へと攻勢を仕掛けようとするでしょう。首を掲げれば……」
うーん、とユートは考える。
「それって死に物狂いで敵討ちを、とか考えませんかね?」
「それもありますが……」
「相手はノーザンブリア王国よりもより封建的です。その為、主君の殉じようと戦う可能性があります」
ふむ、とアーノルドもまた考える。
「むしろ、ラファイエット侯の首はタウンジェント城の方が有効な気がします」
ユートのフォローにアーノルドは頷くが、同時に困ったような顔となる。
「ではラファイエット勢はどうしましょうか? まあ追い散らしても良いのですが……」
「そんなの簡単じゃない。ちょっとアーノルドさん、その剣を取って」
「これはラファイエット侯の剣ですが……」
「高い剣なの? 戦利品として売りたいくらい?」
「いえ、戦利品とはいえ、貴族の持ち物ですから、売るわけには……」
戦場で得た相手の武器防具の類は、もちろん戦利品として扱われる。
そうした戦利品のうち、兵たちが持つ鎧兜については別に売り払おうが整備して使おうが自由なのだが、士官や貴族の持つ武器防具についてはそうして売り払うのはマナー違反とされている。
これは、近代的な軍が出来る以前の、貴族同士が戦っていた時代には、敗れた相手の武勇を讃え、その武器を遺品として返すことが騎士道に叶っていた、ということが源流らしい。
もちろん今のノーザンブリア王国は士官といえども平民出の従騎士も多く、そういう者たちは酒保で売っている安い量産品の剣やらを使っているのだが、それでも建前としては戦利品となれば返すべき、ということになっているらしい。
「じゃあ、返しちゃいましょう。あたしに任せといて」
エリアはそう笑って、城門の上に上がっていった。
眼下ではアルトゥルたちの土弾や、どこからか持ち出した弓にやられながらも、ラファイエット勢の残部が必死に東アストゥリアス城塞を攻め立てていた。
残されている兵は四千ほどであり、ラファイエット勢の大半を占めているが、指揮官であったラファイエット侯不在という状況にあり、統制は取れていないから全く怖くはない。
そもそも、東アストゥリアス城塞はたかだか四千の兵で攻撃してどうこうなるような城塞でもないのだ。
「ラファイエット家の家臣たち、よく聞きなさい!」
エリアが城門上から大声で呼びかける。
その声に応じてラファイエット勢が動きを止めたのを見て、アルトゥルも攻撃を止めさせ、戦場はざわめきこそあるものの、随分と静かになる。
「この東アストゥリアス城塞はノーザンブリア王国第三軍司令官エーデルシュタイン伯爵が占領した」
ラファイエット勢の将兵にとっては状況こそわかったものの、何を今さら、だろう。
既にここが恐らくノーザンブリア王国軍の手に落ちていることは、ラファイエット侯が閉じ込められた時点で明らかなのだ。
最初は旧タウンシェンド侯爵家の有力家臣であるアンダーソンが裏切ったのかと思っていたが、それがエーデルシュタイン伯爵であろうとも彼らには何の関係もない。
「そして、これを返します。誰か、石橋の上へ」
エリアはそう言いながらラファイエット侯の愛剣を掲げる。
遠目にははっきりとはわからないものの、煌びやかな装飾が太陽の光を反射してきらきらと光っているのはわかっただろう。
すぐに身分のありそうな、馬上の騎士が石橋の上に歩を進める。
「待て、エリア。持っていく気じゃないだろうな」
「投げ落としたらあの人怪我するか、剣が壊れるわよ」
「でも、お前が人質に取られるかもしれないんだぞ。戦場に出てる女で身分がありそうなのっていえば、エリアくらいしかいない」
ユートに止められて、それもそうね、と思案したところで、アルトゥルが剣を寄越せとジェスチャーした。
「儂ならばあの程度の騎士一人、ひねり潰せるわ」
確かにアルトゥルならば、騎士の二、三人が襲いかかってきても叩きつぶすだろう。
それにもし不測の事態があっても体型に似合わず身軽なアルトゥルなら、はしごなしでもどうにか上がってきそうだった。
「すいません、お願いします」
「なんの」
アルトゥルは剣を受け取ると、はしごを下ろさせて、剣を騎士に渡してくる。
「その剣が何かわかるわよね。確かに返したわよ――ああ、あと城壁から三百メートル以内に接近したら攻撃するから」
エリアはそれだけ言うと、きびすを返した。
ユートもエリアに続いて城門から下りる。
背中に、先ほどの騎士の声が聞こえた。
「なんで何も言わなかったんだ?」
「これであいつら、迷うわよ。ラファイエット侯は討たれたのか、それとも捕虜なのかってね。捕虜なら、自分たちが攻めたらラファイエット侯が殺されるかもしれないし、と考えると、仇を討とうっていう無意味な攻撃は絶対止めるわ。元々合理的に考えたら、攻める意味なんかないもの」
「いや、別に捕虜にしていると言っちゃってもよかっただろ?」
「それじゃ戦後に捕虜交換で返さないといけないじゃない。捕虜を殺すってさすがにまずいでしょ?」
「まあ褒められたことではありませんな。もちろん、叛乱を煽動した、などの罪状をでっち上げることはできますが」
どうよ、とどや顔をするエリアだったが、今回ばかりはエリアの策略が当たっているとしか言えない。
「さあ、これで片付いたわ。ああ、アルトゥルさんには、外の連中には何も答えなくていいって言っといて」
「近づいてこないはず――ああ、軍使か」
軍使ならば近づいたら攻撃する、というエリアの宣言の外だろうと判断するのが一般的だ。
「まあ、どうせすぐに引き上げますな。戦場の空気に酔っているならばともかく、そうでないならばここで攻めることも無意味さはすぐにわかるものです。そうして無意味な戦いに赴かせられるのは、主君だけであり、今のラファイエット勢にはそれはいません」
果たしてアーノルドがそう纏めた通り、何度か軍使が派遣されたものの、アルトゥルが黙殺をもって応えると、一週間ほどで何の成果も挙げられぬまま、ラファイエット勢は引き上げるという選択肢を選んだようだった。
その頃にはすでに東アストゥリアス城塞を守る部隊も到着しており、ユートたちは一切の交渉に応じなくて良い、と防衛指揮官となったメルバーン子爵に言い含めてタウンジェント城への攻城陣地へ戻ることになったのだった。
タウンジェント城の攻城陣地は、ユートが出た時から見れば随分と立派なものとなっていた。
まずタウンジェント城を囲う二重の柵に加えて、各所に大隊単位での宿営地が配されている。
また、法兵陣地は突破口となりそうな城門前に、適切な距離を取って配されており、対法迫射撃が行われたとしても、法兵は比較的安全に対法迫戦を戦えるだろう。
また、宿営地の配置も適切であり、よっぽど見張りを怠らない限り、旧タウンシェンド侯爵領軍が打って出てきても宿営地から出た大隊によって拘束され、あとは四方八方から駆けつけた援軍に叩きのめされる未来しか見えない。
「よく短期間でここまで出来ましたね」
ユートは素直にシーランド侯爵の働きに感嘆する。
「恥ずかしい話ですが、西方軍が駆けつけるまでの北方軍が少数で北上しようとする旧タウンシェンド侯爵領軍を押しとどめていましたから、陣地構築だけはお手の物になっているのです」
ああ、そういえば、とユートも思い出す。
「今度はその旧タウンシェンド侯爵領軍を追い詰めての陣地構築ですからね。兵の士気も高く、見事にやり遂げてくれました」
シーランド侯爵は誇ることはなかったが、ユートにはさすが、としか思えなかった。
「それでユート殿、攻勢発起はいつにしますか? 兵たちが逸って仕方が無いのです」
一番辛酸をなめてきた兵たちだからしょうがない、と思いながらも、エーデルシュタイン伯爵領軍の疲労も考慮しなければならない。
「そうですね……明日一日はエーデルシュタイン伯爵領軍の休養に充てたいのですが……」
「では明後日、でしょうか?」
「ええ、それと援将ラファイエット侯の首だけは荼毘に付さずに運んできています。冒険者の中から水魔法を使える連中を集めて冷やしているので腐ってもいません」
この方法は、トーマス王の崩御時に、近衛装甲騎兵たちがやっていたのを思い出してやったのだ。
そうでもしないと、この炎天下でラファイエット侯の首はあっという間に腐敗してしまう。
「では、その首を送りつけて攻城戦に入るのですか?」
「ええ、援軍が来ないとわかれば兵の士気も落ちるでしょう。城内にはローランド王国軍の生き残りもいるでしょうから、ラファイエット侯であることはわかると思いますし、偽首ではないと判別できると思います」
「なるほど。歯ごたえのない攻城戦になるかもしれませんね」
シーランド侯爵はそう言ったが、窮鼠猫を噛むという言葉もある。
油断は大敵だった。
エーデルシュタイン伯爵領軍が休養した後、第三軍が攻城戦を開始したのは八月六日のことだった。
軍使となったのは先代クリフォード侯爵であり、休戦旗である白旗を背に翻しながら大声で城門前に立つ。
「前クリフォード侯爵ジャスティン、同じ南部貴族であった誼を持って、城内の方々に申し上げる」
有名な先代クリフォード侯爵の言葉に、一言一句を聞き漏らさないようにか、城兵たちは沈黙を持って応える。
「既に本城は我が軍の重包囲下にあり、解囲が望めぬことは明らかである。また援軍であったローランド王国軍は既に壊滅した。このまま後詰めも得られぬことは必定――もはや諸君の武運は尽きた。神妙に縛に就け!」
先代クリフォード侯爵の声が響き渡る。
「先代クリフォード侯爵、そのような虚言を弄しても、我らの結束は崩れぬ」
前タウンシェンド侯爵だった。
「そうか、前タウンシェンド侯爵。ならばこの首を置いていく故、ローランド王国諸君はせめて供養をしてやるがいい」
先代クリフォード侯爵はそう言いながら片手に持ってきたラファイエット侯の首を掲げ、そして馬を下りて地面に置く。
再び馬に飛び乗ると、そのまま馬首を巡らせて自陣へと戻ってきた。
今度は同じく白旗を掲げたローランド王国軍らしい男がはしごで城門から下り、ラファイエット侯の首を回収していく。
一瞬だけ、どよめきが起きたような気がした。
「攻めろ! なんとしても落とせ!」
各級指揮官の怒号が響き、兵たちが動き始めた。
いよいよ総掛かりにした攻城戦の始まりだ。
景気づけのようにユートたちの頭上を数多くの魔法が、その軌跡で新奇な芸術のような模様を描きつつ、タウンジェント城目がけて飛んでいく。
土弾が城壁や城門にいくつも叩きつけられ、破片が飛び散っていく。
火球が城壁の上に命中して、火だるまになった兵が水濠に落ちるのが見える。
弓兵が放つ矢は火矢ばかりであり、その燃えた煙が尾を引きながらタウンジェント城に殺到し、、城壁の上の可燃物が燃え上がる。
そうした援護の下、歩兵たちが水濠に浮き橋を架け、用意された土嚢を放り込んで突撃路を確保し、あるいは石橋目がけて破城槌を突っ込ませて城門を破壊しようと試みている。
だが、敵もそのまま素直にはやらせてくれない。矢が雨あられと降り注ぎ、更に数少ない法兵も魔法を放ってくる。
土嚢を担いだ兵たちは次々と倒れ伏し、いくつもの破城槌や浮き橋が火球で炎上した。
「大丈夫かな?」
「ええ、敵は動揺しています」
ユートは攻める兵、そして自分たちの策の両方を心配していたが、アーノルドは心配いらない、と太鼓判を押した。
確かにアーノルドの言うとおり、妙に反撃がまばらとなっている箇所がいくつかある。
そこを守っている指揮官が先ほどの先代クリフォード侯爵の言葉に動揺しているのか、それとももともと士気が高くない兵なのかまではわからないが、最前線の小隊長と、それを補佐する下士官たちはそうした反撃の少ない箇所を見逃すわけがない。
そうした箇所に集中的に土嚢が放り込まれ、、矢の雨を盾を片手に防ぎながら城壁に取り付きはしごをかけてよじ登ろうと試みる。
あっという間にはしごがかけられ、兵が上がっていくのがユートのところからも見えた。
それでも何度かは逆襲されて、城壁下に叩き落とされる。
だが、何度目かのそれは成功した。
城壁の上にいわゆる橋頭堡のような安全地帯が出来てしまえば、数に劣る城側には出来ることは少ない。
逆撃しようと予備隊を投入しているようであるし、それによって叩き返される箇所もあるが、全周包囲しての攻城戦、しかも圧倒的多数による攻城戦――予備隊の数が足りるわけもない。
そこここで城壁の上に第三軍の兵が満ちあふれるようになり、そして、城門の上までが戦場となった。
あとは数の暴力が振るわれ、夕刻までに第三軍は城門を確保することに成功する。
「これで敵はどうしようもありませんな」
先代クリフォード侯爵が満足げに言った。
「まだ、城内の建物を生かして市街戦をやる可能性は……」
「あるだろうが、あとは時間の問題だ。そもそも数が劣るのだから、もうどうしようもないはずだ」
「そうかしら?」
そんな先代クリフォード侯爵の言葉に、エリアが疑問を挟んだ。
「ユートを討てば可能性はゼロではなくなるわ。ちょうど、私たちがポロロッカの時にやったのと逆ね」
あの時、エレルの街は市壁を盾に危うい防衛戦を演じていたが、ユートたちが黄金獅子を討ったことで形勢逆転した。
今もユートが討たれれば、大混乱に陥るだろうし、その混乱を突かれればなんとも言えない。
「夜はレオナに警戒を頼もう。あと出来るのは夜襲くらいだろ」
そして、ユートの言葉通り、夜半になって騒々しい音が響き渡った。
怒号と蛮声――つまりは敵襲。
「予想通り、敵襲よ!」
エリアが嬉々として司令官私室となっている天幕へやってくる。
無意味な市街戦をやられるくらいならば、夜襲で一網打尽に出来る方がいい、と心底思っているらしい。
「戦況は?」
ユートも夜襲への備えで、胸甲を着けたまま眠っていたこともあり、すぐに司令部天幕へと駆けつける。
「敵が城門奪還のために夜襲を仕掛けたようです。エーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊――レオナ殿が反撃しております」
大丈夫だ、とほっとする。
ここは敵の本城――旧タウンシェンド侯爵領軍に地の利はあるが、レオナたちは夜目も効くし、奇襲さえ受けていなければ、後はどうにでもなる。
「念のため、司令部近辺はアルトゥル殿に警戒してもらっており、更に抜けて来れないよう、ゲルハルト殿に城門正面を固めてもらっています」
アーノルドの対応は事前の想定通り、完璧だった。
しばらくして、火の手が上がった。
それと同時に、少しばかり喧騒が大きくなり、ゲルハルトたちが動くのが見えた。
どうやら一部が城門の奪還に固執せず、城外へと打って出たらしい。
目指すのはエーデルシュタイン伯爵の首、ということなのだろうがその前にゲルハルトが阻止している。
「ユート!」
レオナが駆け戻ってくる。
「あの火は? 敵が付けたのか?」
「領主館が炎上してるニャ。あいつらが火を放ったニャ」
レオナの言葉にユートは目を見開いた。
「これで、終わりかな?」
「恐らく、前タウンシェンド侯爵は敵わぬとみて自害したのでは……」
アーノルドはそう推測したが、先代クリフォード侯爵が首を傾げる。
「クリフォード城もそうだが、恐らく抜け穴がある。もしかしたら、な」
先代クリフォード侯爵の言葉にユートはまさか、と思い、先代クリフォード侯爵も自分の不吉な言葉を打ち消すように言葉を続ける。
「まあ可能性は低いだろう。逃げたところでどこにも行き場はないだろうし、それならば城と運命をともにせず逃げた挙げ句に捕縛されるのは家の恥だ。家臣団が許すまい」
そう言いながら先代クリフォード侯爵が笑い、そしてみんなも笑い始める。
その間にゲルハルトたちエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊は、城門から打って出たは敵の残党をほぼ討ち果たしていた。
 




