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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第202話 戦いの爪痕と、そして戦いへ

 目の前で火に掛けられている大きな釜から、オーツ麦の匂いの混じった湯気が立ち上り、ちゃんと食事を摂っているはずのユートですら食欲が刺激される。

 まして、ずっと食事に事欠いていたらしい、ソロイの市民たちは、そのオーツ麦の粥をもらえるのは今か今かと待ち構えていた。


 この炊き出しをやるにあたっては補給廠を管轄するヘルマン・エイムズ補給廠長はいい顔をしなかった。

 彼が管理する物資はあくまで軍人のためのものであり、市民にばらまいた挙げ句にいざという時に物資が足りなくなったら洒落にならない。

 すんなり補給出来るならば構わないのだが、南部全体が前タウンシェンド侯爵の叛乱によって兵を動員され続けた結果、麦の収穫高も悲惨な数字になりそうな予想がされている状況だと、現地で買い付けるわけにもいかず、延々と王都から運んでこなければならない。

 そして、それは何かあればすぐに滞りがちになるものなのだから、手持ちのオーツ麦一粒でも戦場では同量のダイヤモンドより貴重なものだ。


 ただ、それでもユートの強い意向で押し切ったが、お陰で軍の物資は大きく目減りしている。


「ユート、やっぱり食糧なんかほとんどなかったみたいだわ」


 炊き出しを手伝いながら、そこら辺で話し込んでいたエリアが、ユートのところまで戻ってきてそう伝える。

 ユートもエリアもいつもの冒険者の格好であり、まさかソロイの市民たちもこの冒険者の格好をした二人組がエーデルシュタイン伯爵とその婚約者である正騎士とは思ってもいないだろう。

 どこかの庶民か、この炊き出しの食糧を輸送するために雇われた冒険者パーティとでも思っているだろうし、だからこそ忌憚のない現状をエリアは聞き出せたのだろう。


「いちおうソロイの街の近くにも麦畑はあったみたいだけど、ほとんどは輸入に頼ってたわ。買う方が安上がりだったみたい」

「それが戦争になって、流通が悪化したら……」

「そう、どこからも麦は入ってこないし、そもそもシーランド侯爵(ブルーノさん)が言ってたように貨幣がめちゃくちゃじゃ買うことも出来ないわ」

「なるほどね」


 ユートは腕組みをして考える。


「一度司令部に戻りましょう。ゲルハルトとレオナもいるはずだし」


 その場でユートが考え始めるが、こんなところで軍政の政策について話し始めたら二人の身分が知られてしまうかもしれない、とエリアはそう促した。




「一番にやらなあかんのは通貨をどないかすることやろな」


 事情を聞いたゲルハルトはすぐにそう言った。

 ゲルハルトにしろレオナにしろ、将来族長になるための教育を受けていることから、こと統治に関してはユートよりも見識は深く広いことが多い。


「通貨さえちゃんとしたら、あとはオレらが安定させるだけで、勝手に商人が必要な物資運んできよるやろ」

「でも、それには長い時間がかかるんじゃない?」

「それはしょうがないニャ。すぐにどうにかできるほど、あちきらは神様じゃないニャ」


 そこまで言った後、レオナがにやりと笑う。


「でも、これは考えようによっては儲ける絶好機ニャ。あちきらには護衛(ガード)がいるし、パストーレ商会に言ったら多数の商隊を組めるニャ。パストーレ商会も西部だけの商会から南部にも影響力を与えられる商会に生まれ変わるチャンスだニャ」

「ちょっと、レオナ。困ってる人がたくさんいるのに、儲ける算段はちょっと酷くない?」

「何を言ってるニャ。パストーレ商会なら暴利をむさぼらないことはわかってるニャ。というより、護衛(ガード)の派遣を通じてあちきらでコントロール出来るニャ。でも普段よりは高い価格で売れるなら、パストーレ商会も儲かる上に南部の領民も助かるニャ。ついでにあきちらギルドも儲けられて万々歳だニャ」


 レオナは悪い顔をしていたが、それは露悪趣味というか偽悪的というか、少なくとも本心から出たものでないことはユートにもわかる。


「軍務省なり内務省なりが金出すんにも限界があるやろ。レオナの言うとおり、ちゃんと儲かる商売って広めた方が結果的に南部の復興は早なると思うで」

「あと、ノーザンブリア貨幣がちゃんと食糧と取引出来るとわかったら、ノーザンブリア貨幣が間違いのない貨幣として落ち着くニャ」


 二人の言葉にユートも頷き、すぐにパストーレ商会代表支配人であるエリック・パストーレに書状を送るとともに、アドリアンにも南部に出す商隊用の護衛(ガード)を編成して欲しい旨の書状を送ることにした。


「あとは軍票やトリスタン貨幣、ローランド貨幣をどう処理するか、よね?」

「一番いいのは公式ルートで取り替えてしまうことニャ」

「無視は?」

「この大惨事でも生き延びている南部の商会が殲滅されるニャ。ますます流通が混乱するけど、それでもいいかニャ?」

「駄目ね……」

「ある程度の損を負わせるのは構わないけど、そこら辺の見極めが必要ニャ」


 ユートはさすがにそんな綱渡りのような経済政策はどうにもならない、と匙を投げたくなる。


「内務省送りだなぁ……」

「サマセット伯爵に頑張ってもらうしかないわね」


 第三軍にしても大量の正貨を持ち歩いているわけではない。

 もちろん自分たちの物資購入に必要な資金は持ち歩いているが、それにしても必要な分だけであり、もしそれ以上に必要になればノーザンブリア王国の信用を活かした信用取引で処理している。

 だからいますぐ旧タウンシェンド侯爵領をはじめとする各貴族領が必要なだけの正貨を供給することは出来ない。


「軍票の発行をしてもいいんじゃない?」


 軍票とは占領地において軍の信用を元にして発行するものだが、使い方によっては旧タウンシェンド侯爵領軍のようにただの借用書も同様――つまるところ、受け手は貸倒のリスクを負うことになる。

 ユートたち第三軍はそれをやるつもりはないし、前タウンシェンド侯爵に比べればノーザンブリア王国の信用は確実に高いが、旧タウンシェンド侯爵領軍の軍票の処理が終わっていない状況で更に軍票を流通させるのはどうだろうか、と思う。


「どうだろう? 信用されるのか、と、軍票の処理をどうするのかって話があるしな」

「まあそれはそうね。本当に前タウンシェンド侯爵(トリスタン)は余計なことしかしないわね」

「叛乱軍が王国の為に働いていたらそれこそ驚きだ」


 ユートに皮肉っぽい言葉にエリアも笑った。




 ソロイで様々な課題が見えたし、鎮定した貴族領の占領政策もまたユートの重要な職務ではあるが、それ以上に重要なのは、もちろん逃げた前タウンシェンド侯爵以下の旧タウンシェンド侯爵領軍の鎮圧だ。


 炊き出しを含めた様々な占領政策を実行している間も、第三軍は別に止まっていたわけではない。

 西方驃騎兵第二大隊、中央驃騎兵第五大隊、そしてエーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊は各小隊に分かれて敵を探し求めていた。

 同時に、敵がいない街を見つけては、南部貴族領軍を送り込んで占領していく。


「これで旧タウンシェンド侯爵領の北半分は占領下に入ったニャ」


 地図を見ながらレオナがそう言った。

 彼女のエーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊はあちこちで敗残兵の部隊を発見しては殲滅し、または降伏させてエーデルシュタイン伯爵領の北半分の鎮圧に大いに貢献していた。

 もちろん西方驃騎兵第二大隊、中央驃騎兵第五大隊も頑張っているのだが、やはり小隊規模の戦闘能力で言えばエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊が抜きんでていた。


「あとは南半分、というよりも鍵になるのは、今は東部貴族領軍が見張っている丘陵地帯側、タウンジェント城、そしてローランド王国との連絡路である東アストゥリアスよね」

「そうですな。特に東アストゥリアスだけは早めに抑えたいですな」


 エリアの言葉にアーノルドが頷く。

 今こそ優勢とはいえ、前タウンシェンド侯爵が滅ぶのは看過できない、とローランド王国が考えるならば、追加の援軍を送り込んでくる可能性はある。

 西アストゥリアスを破って、王国南西部に侵入しつつあるとはいえ、そちらの戦況はウェルズリー伯爵任せであり、もしかしたら既に排除に成功しているかもしれない。

 その場合、天険であるアストゥリアス山地より北側にローランド王国が持っている策源地は、唯一東アストゥリアスとなるのだから、必死になって防衛する可能性もあった。


「タウンジェント城まで多少危険が伴っても一直線に迫って、籠城に追い込んだ後にそのまま一部部隊は南下を続けて、東アストゥリアスを落としきるのが一番ですかね?」

「それが成功すればいいのですが……問題は東アストゥリアスに向かった部隊と増援に来たローランド王国軍がかち合った場合ですな」


 攻撃における軍の運用は包囲が最上であるのと同じように、最低の運用もある。

 それは兵力の逐次投入、そして不用意な分割だ。

 軍というものは数の暴力で相手を叩きつぶす――集中させることで何よりも威力を発揮するのであり、逐次投入や不用意な分割はそれとは正反対となるからだ。

 例えば一万の軍が、五千ずつに分割された結果、八千の敵と戦って負けるなどという戦例は、戦史上、枚挙にいとまがない。


 今、アーノルドが指摘し、ユートが悩むのもそこだった。

 タウンジェント城を囲む部隊と、東アストゥリアスを落とす部隊に分けるべきかは悩むところだった。


「ユート、オレらがやったるわ。多少数の多い援軍が来てもせいぜい一万とかやろ。オレの大隊と妖虎族(山猫)たち合わせたら、そのくらいは戦えん相手やない」


 ゲルハルトは意気軒昂に言い切る。


「まあ餓狼族(野良犬)とあちきらを合わせればどうにかなるニャ。残りの部隊でも、タウンジェント城に籠る連中には遅れはとらないと思うニャ」


 レオナもゲルハルトに賛成し、場の空気としてはそのまま餓狼族と妖虎族の部隊を分離する方針となる。


「まあ、タウンジェント城にたどり着いてから詳細は決めるけど、行けると思ったらその博打は打つべき、かな」

「よっしゃ、準備しとくわ」


 ユートのまとめにゲルハルトがやる気に満ちた笑みを浮かべた。




 第三軍がソロイを発したのは、それから一週間後のことだった。

 少し遅くなったのは西方驃騎兵第二大隊、中央驃騎兵第五大隊、エーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊といった各地の鎮定に向かわせていた機動力のある部隊を休養させていたからであり、それに変わって南部貴族領軍はメルバーン子爵領軍のみとなっていた。


「なんでメルバーン子爵領軍だけ残したの?」

シーランド侯爵(ブルーノさん)曰く、メルバーン子爵領軍はそれなりに練度も高いし、戦える部隊だからな」

「ふーん、まあ戦力があるならそれでいいわ」


 エリアは納得したのかしていないのかよくわからない反応だったが、ともかくとして編成が確定したのでよしとする。

 まずエーデルシュタイン伯爵領軍が五千、西方軍が三千、それに北方軍が五千、メルバーン子爵領軍一千に、いつの間にかシーランド侯爵が呼び寄せたらしいシーランド侯爵領軍三千が加わって、合計で一万七千となる。

 このほかにサマセット伯爵領軍を基幹とする東部貴族領軍六千が丘陵地帯で旧タウンシェンド侯爵領軍と睨み合っているはずだったし、その他南部貴族領軍三千ほどが占領した前タウンシェンド侯爵領の各地に散っている。


「二万弱でタウンジェント城を落としながら、東アストゥリアスを占領しないといけないのね」

「まあ、旧タウンシェンド侯爵領軍も相当打ち減らされてるはずだからな」

「その通りだ」


 ユートの言葉に、先代クリフォード侯爵も乗っかる。


「もともと、旧タウンシェンド侯爵領軍は我がクリフォード侯爵家と同じく、戦時動員で一万弱を動員出来るはずだ。しかし、それが限界――そして、これまでの戦いで打ち減らされた分に加えて、丘陵地帯においている部隊を考えれば、タウンジェント城に籠るのはせいぜい二千だろう」

「それは、南部貴族領軍やローランド王国軍も含めて?」

「別だ。しかし、南部貴族領軍はざっと計算してももう千かそこらの数しかおらんだろう。ローランド王国軍は総数が把握できていないが……ただ、今みたいな危機的な状況ならばともかく、最初の段階で自領の軍勢よりも多いローランド王国軍を招き入れるとは思えん」

「他国の軍が多数領内にいる、ということは、いつ占領されるかわからない、ということですからな」


 アーノルドの補足にユートも頷いた。

 ユートからすれば、得体のしれない冒険者がたくさんギルド内にいるようなものだろう。


「籠城するのは私の目算ならば最大でも五千だ。場合によっては旧タウンシェンド侯爵領軍と言えども一部が逃亡している可能性はあるな」


 先代クリフォード侯爵の冷静な分析を聞きながら、ユートはソロイの城門を出た。


 王国史に残る、タウンシェンド侯爵の叛乱の最終章が幕を開けようとしていた。


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