表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
203/247

第197話 ガルデヤ川の会戦・中編

 ユートの見ている前で、ゲルハルトのエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊は押し包まれてしまった。


「後詰めを出さないと!」


 ユートの声には余裕がない。


「アーノルドさん、騎兵を出しましょう!」

「待って、ユート。それだとどこ行ったかわからない旧タウンシェンド侯爵領軍が出てきたら、レオナの捜索大隊だけで対処しないといけなくなるのよ!」

「でも、ゲルハルトが……」

「ユート様、第二陣にアルトゥル(レオンハルト卿)がおられます。アルトゥル(レオンハルト卿)に押し出すように命じましょう」


 ユートとエリアの言い争いは井楼の下まで聞こえていたらしい。

 アーノルドが井楼に上ってきて、すぐにそう献策する。


「……そうですね。アルトゥルさんならどうにかしてくれると思います」


 少し冷静さを失っていた、とユートは反省しながら、すぐにアルトゥルに向けて信号弾を放つように命じた。


「ユート、ゲルハルトなら大丈夫よ」


 アーノルドが下りていくと、ユートを安心させるようにぽん、と肩を叩いてくる。


「あのゲルハルトが包囲されただけでどうこうなるとは思えないわ」

「まあ、そうなんだけどな……」


 確かにゲルハルトは強い。

 先代クリフォード侯爵が騎兵を率いているならばともかく、猟兵を率いている現状では、ノーザンブリア王国軍きっての猛将と評しても笑う者はいないだろう。

 だが、不死身ではない。

 全周を包囲されて、矢を射かけられて、魔法を撃ちかけられれば、絶対に生きて還るとは言い切れないのだ。

 ゲルハルトが積極論を唱えていたことが思い出され、彼は現状を楽観視し敵を侮っていたのではないか、そしてそんなゲルハルトを先陣に置くべきではなかったのでは、と自身の判断に対する後悔が胸の内にこみ上げていた。



 司令部から信号弾が打ち上げられるより前に、アルトゥルは動こうとしていた。

 だから、信号弾が打ち上がった時には即座に動き出した。


餓狼族(野良犬)どもを助け出すぞ!」


 アルトゥルはそんな蛮声を上げ、それに対する周囲の妖虎族立たの笑い声を聞きながら、アルトゥルは自慢の戦斧を振り回して士気を鼓舞する。


「駆けろ!」


 そう部下たちを怒鳴りつけると、先頭を切って駆け始めた。

 妖虎族たちのその動きを見て、慌ててリーヴィス大隊長、ブラックモア大隊長以下の歩兵たちが猟兵たちの後を追う。

 あうんの呼吸で動けるあたり、時間をかけて猟兵と協同する訓練をしてきた成果だろう。


 アルトゥルはさすがは獅子心王(ライオン・ハート)の異名を持つ、妖虎族の族長だった。

 ゲルハルトたちエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊を包囲しているローランド王国軍の騎兵に激突すると、その戦斧で騎兵を馬ごと叩きつぶす――そう、それは叩き斬るだとか、叩き落とすとかではなく、叩きつぶすとしかいえない戦い振りだった。


「恐ろしい人だな……アルトゥル(レオンハルト卿)は……」


 ブラックモア大隊長はそう呟いた。

 歩兵と騎兵が殴り合いをやるなど、大体の場合には歩兵が負けるものなのに、アルトゥルの無茶苦茶っぷりには呆れるしかない。

 ブラックモア大隊長の指揮下の西方軽歩兵第三大隊に至っては妖虎族の戦い振りに、若干引いている雰囲気すらあった。


「イアン! 何をしている!」


 先任大隊長であり、西方軽歩兵第一大隊を率いるリーヴィス大隊長がぼんやり眺めているブラックモア大隊長を目敏く見つけて怒鳴った。


「早くゲルハルト(ルドルフ卿)を救援するのだ!」


 その声に我に返って、西方軽歩兵第三大隊を叱咤して突撃に移らせる。

 アルトゥルたち妖虎族大隊に二個の歩兵大隊が加わって、あっという間に乱戦となった。



「アルトゥルさんはどうにかしてくれそうね」


 エリアは井楼の上で黙ったまま戦場を見つめ続けるユートにそう言った。


「ああ、だといいんだが……」

「今のうちにシーランド侯爵(ブルーノさん)の第三陣も前に出した方がいいんじゃないかしら? もし次になにかあった時や、戦場を迂回する部隊が出てきたら困るわよ」

「そうだな」


 ユートはすぐに伝令を出す。

 信号弾は予め定められた合図を出すのには便利だが、細々とした指揮を執るにはやはり伝令頼みとなってしまうのはしょうがない。


「ユート様、シーランド侯爵(ブルーノ)には前進してガルデヤ川の渡河点を抑えるように命じました」


 再び井楼の上にアーノルドが上がってきて、そう伝える。


「ガルデヤ川に他に渡河点はありませんよね?」

「ええ、リーガン大隊長(ロビン)リオ・イーデン大隊長(リオ)が報告した限りでは、この近辺には渡河点はありません。そうですな……十キロほど川上にいけばあるようですが」


 十キロも川上だと、二十キロ以上の機動を強いられることになる。

 少なくとも目の前の敵が長駆機動してユートの司令部を衝くとは思えなかった。


「ならば大丈夫ですかね?」

「ああ――司令部とシーランド侯爵(ブルーノ)の第三陣が空いていることを気にされているのですか? 恐らく大丈夫でしょう。行方不明の旧タウンシェンド侯爵領軍が迂回攻撃を仕掛けてきたとしても、シーランド侯爵(ブルーノ)らを呼び戻す時間はあるはずです」


 ユートの心配事をアーノルドは優しく言い聞かせるようにそう告げた。


「いえ、大丈夫とは思ってるんですが、どうも落ち着かなくて」

「珍しいですね。ユート様がそんな落ち着かない態度を見せるとは……」


 驚いた、と言わんばかりのアーノルドの諧謔味あふれる表情に、ユートとエリアも思わず笑う。


「まあ立場が偉くなったし、偉そうに言った分、間違って負けるわけにはいかないし、苦戦するわけにもいかないと気負ってるのかもしれませんね」

「ああ、先ほどの指揮官集合の時の話ですか。大丈夫ですよ。あの程度は軍司令官としては穏便な部類です。もっと上から命じる者も多くいますし、大隊長連中にしても中隊長以下には詳しく説明しない者も多いのです」

「だいたいあんたはここまで第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)で数多くの手柄を立ててきた指揮官でしょ。多少偉そうに振る舞おうが、ちょっと苦戦しようが、面と向かって文句言える奴なんかいないわよ」


 エリアがアーノルドの尻馬に乗ってそう笑う。


「その通りだな」


 いつの間にか、先代クリフォード侯爵までが井楼の上に上がってきて話に加わる。

 アーノルドが上に上がってしまって、下で一人無聊を託っていたらしい。


「だいたい貴様に逆らおうと思ったら、陛下とエーデルシュタイン伯爵家の関係があるせいで、相当苦しいことになるぞ。ウェルズリー伯爵(レイ)みたいな七卿クラスならともかく、俺やシーランド侯爵(ブルーノ)あたりでは貴様に逆らったところで陛下の不興を買いかねん」

「いや、別にそこまで全力で逆らわなくとも……」

「全力で逆らうことがなければ大した問題ではない。多少陰口をたたかれるくらいは諦めろ。というか、一冒険者が伯爵にまで成り上がっている時点であちこちで陰口なんぞたたかれているわ」


 ユートに事実を突きつけながら、先代クリフォード侯爵は笑う。


「まあ、そうなんですがね……」


 話がずれた、とユートは思いながら、それでもこのままで大丈夫か、という不安は消えなかった。



 命令通り、ガルデヤ川のほとりまで前進したシーランド侯爵だったが、対岸の激戦を見ながら、命じられた通りに渡河点を抑えていた。


「渡河して攻めるべき、ですかね?」


 独り言ちるようにシーランド侯爵が言ったが、すぐ後ろに控えている四十がらみの老巧の指揮官然とした男が首を横に振った。

 彼はシーランド侯爵領軍派遣大隊長を務めているアーロン・フレッチャーであり、シーランド侯爵家の武官の筆頭格の男だ。

 シーランド侯爵家譜代の従騎士の家に生まれたフレッチャー大隊長は、かつては王立士官学校で学んだこともあり、シーランド侯爵の少し後輩にあたるが、四十で軍を去って従騎士家を継いでいる。

 その為、早くに軍を去ったシーランド侯爵よりも軍人経験は豊富であり、軍司令官として復帰して以後は知恵袋となっている男だ。


「エーデルシュタイン伯爵閣下のお考えは、恐らく機動力に富む部隊――例えば旧タウンシェンド侯爵領軍などに渡河点を通じて逆襲され、司令部と渡河した先陣、第二陣が分断されるのを防ぐことです。それならば我々は安易に乱戦に加わらず、ここで待機すべきです」

「なるほどね。ユート卿らしからぬ慎重さ、だね」


 シーランド侯爵の中ではユートは果断すぎるくらい果断な司令官であった。

 軍司令官の立場でありながら、まるで大隊長のように先頭に立って突撃することもあるし、少数の部隊を別働隊として直接指揮することもある。

 そういう点ではシーランド侯爵の同期生であるロナルド提督に近いものを感じていたが、今回に限って言えば、妙に慎重さが目についていた。


「この戦いで勝利を収めれば、あとは旧タウンシェンド侯爵領を鎮定するのは時間の問題です。ですから慎重になられているのでしょう」


 フレッチャー大隊長の言葉にシーランド侯爵は苦笑いしながら頷いた。


「まあ、そうなのかもね」

「三年にわたる戦いの影響は、私よりも閣下の方がご存知かと」


 シーランド侯爵領ともいえば東部貴族の中でも大領である。

 その大領を治めているシーランド侯爵は、軍人である前に政治家であり、だからこそ今回の第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)におけるマイナスもしっかりとわかっているだろう、というのだ。


「知ってるさ。どれだけ国庫に大きな影響を与えているか……」

「貴族領の方も大変なのでしょう。うちの文官連中も相当苦しんでいましたよ」

「まだうちの家はいいけどね。代々そこまで贅沢してこなかったから貯蓄が十分にあるし、大領だから信用もあれば余裕もある。でも、中小の貴族は……」


 シーランド侯爵は戦陣にあっても決裁が必要な書類を持ち込まれている。

 だからシーランド侯爵領の財政状態も概ね把握していたし、その内容を見る限り、シーランド侯爵家は関して言えば、第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)による財政の悪化はどうにか耐えうるものだった。

 しかし、同時に持ち込まれた書類の中には近隣の中小貴族からの借財の申し込みもあり、それを見る限り、中小貴族は相当追い込まれていると判断出来る。


「早く終わって欲しいものですね」


 目の前の戦場を見ながら、シーランド侯爵が祈るように言った時、戦場が動いた。


「ローランド騎兵どもが渡河点を目指しております! その数おおよそ二個大隊!」


 最前線からの伝令がそう告げたのを聞いて、シーランド侯爵は身構える。


「我々が前進したのに気付いていないのか?」

「敵司令部では見えていないのでしょう」


 フレッチャー大隊長の言葉にシーランド侯爵は頷く。

 ノーザンブリア王国軍の司令部は小高い丘の上にあるが、どうやら叛乱軍の司令部はそうではないらしい。

 それならば、目の前の激戦の向こう側、渡河点がどうなっているかなどわからないのかもしれない。


「迎撃するぞ!」

「もちろんです」


 フレッチャー大隊長は薄く笑うと、てきぱきと指示を飛ばし始めた。



シーランド侯爵(ブルーノ)さんたちに騎兵が仕掛けたな」

シーランド侯爵(ブルーノ)ならばあんな騎兵すぐに叩き返すだろう」

先代クリフォード侯爵(ジャスト)、そうも言えんぞ。あれはローランド騎兵だ。騎兵が消耗しているシーランド兵団には苦しい相手かもしれん」

「なんと不甲斐ない。俺が一個騎兵大隊でも率いていればすぐに叩き返してやるのに」


 先代クリフォード侯爵はそう嘯いたが、アーノルドも笑っているだけだ。

 アーノルドと先代クリフォード侯爵は王国軍における最良の騎兵指揮官と言われたこともある二人だ。

 目の前にいるローランド騎兵の練度の低さをお見通しだった。


「まあ手伝いいくさだからな。主力はウェルズリー伯爵(レイ)の方に振り向けたのだろう」


 アーノルドが先代クリフォード侯爵の言葉を肯定する。

 確かにこの王国南東部を巡った争いに出てきているローラン王国軍は先年、クリフォード侯爵領を巡って戦ったローランド王国軍とは打って変わった弱体ぶりだ。

 恐らくノーザンブリア王国軍主力と激突する南西部にローランド王国軍も主力を差し向けているのだろう。


「猛獣使いが出なくて何よりだ」


 先代クリフォード侯爵は苦い記憶を思い出しながら、吐き捨てるようにそう言った。




 第三陣のシーランド兵団もまた、乱戦になりつつあった。

 突撃してきたのは二個騎兵大隊だったが、それらは驃騎兵ではなく重騎兵であった。

 そもそも旧第二軍――すなわち北方軍の騎兵は定数でわずかに二個大隊、それが長く続く戦争で打ち減らされて、今や増強一個大隊になっていた。

 しかも相手は練度が低いとはいえ、北方騎兵たちも衛戍区から補充を受けた新兵が混じっている状況、その状況で一個驃騎兵大隊が、二個重騎兵大隊を留めろ、というのは無理だったのだ。


 結果、シーランド兵団は歩兵たちが槍衾を作って殴り合う羽目になった。

 幸いだったのは、北方軍直属法兵中隊は健在であり、法兵による遠距離攻撃で重騎兵の突撃衝力を殺し、そこを槍衾でどうにか戦う、という状況を作れたこと、そして西方軍とは違い、北方軍は未だその陣容に戦列歩兵を加えていたことだった。

 結果、重騎兵ともみ合いになり、多大な犠牲を払いながらも、どうにか押し返すことが出来たのだ。


「これは、苦しい展開だな」

「何、このくらいの戦いは十分ありますよ」


 シーランド侯爵とフレッチャー大隊長はそんな言葉を交わしていたが、一度下がって体勢を整えている重騎兵たちが再度突撃を敢行すれば、また苦しい戦いになるだろう。


「川を盾に出来て幸いですな」

「ああ、ユート卿の作戦勝ちだ。下手に渡河している最中や、渡河した直後を重騎兵に襲われていたらどうなったかと思う」


 シーランド侯爵はユートの慎重さに救われた、とほっとしながら、川の過半まで渡ろうとしている重騎兵を睨みつけた。



 そうしたシーランド兵団の苦戦を見て、ユートは予備隊投入を決意した。


「二個驃騎兵大隊を投入すれば挽回できますかね?」

「いくら重騎兵とはいえ、西方騎兵ならば必ず押し返せるでしょう」


 アーノルドにとって、西方驃騎兵第二大隊はただの隷下部隊ではない。

 かつて自分が率いた騎兵であり、精強さに定評のある南方騎兵に勝るとも劣らないと自負する練度の部隊だ。

 指揮官のリーガン大隊長も勇猛をもって鳴る騎兵指揮官であり、彼らと中央驃騎兵第五大隊を投入すれば必ず押し返せると確信していた。


「わかりました。では、予備隊の騎兵を投入しましょう」


 ユートの命令を伝えるべく、すぐに伝令が走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ