第002話 魔の森の初めて出会うは
気がつくと、悠人は地面に放り出されていた。
「ここが、異世界か……」
悠人は辺りを見回しながらそう独り言ちた。
周囲でまず目に入るのが数メートル離れたところにある鬱蒼とした森。
明らかに入ってはいけないオーラを出している。
そして目の前にある道。
この道を歩いていけばどこかにたどり着けそうだ、と悠人は当たりを付けた。
「そういえば服もくれたんだな」
死んだ時に来ていたリクルートスーツではなく、だぼっとした布のシャツに同じくだぼっとした布のズボン。それに革のベストと革のロングブーツ。
全裸で放り出されても困るが、リクルートスーツでもそれはそれで困っただろうし、ちょうど良い。
さすがは審判神と世界神が持たせてくれた服装だ。
小型の革のリュックと、鞘に収まった剣らしきものも傍に置いてある。
剣を抜き放つと、鈍色に輝く刀身が露わになった。
反りが入っていて、鍔より手元側はともかく、刀身の形状としては日本刀に似ているようにも見える。
敢えてカテゴライズするなら片手半剣になるものなのかもしれない。
(片手半剣がそもそもあいのこの剣って意味だし、その片手半剣と日本刀のハイブリッドってなんて言うんだ?)
そんな益体もないことを考えながらリュックの中身を確認すると、着替えなのか布のシャツとズボンが数枚、そして下着と靴下が数組。
(中世のヨーロッパでは布が貴重だったから下着はなかったと聞くけど……)
こっちで下着すら穿けない生活を送らされる羽目にならないよう、二人の神が配慮してくれたのかもしれない。
それと、米に鮭の、何の変哲もない弁当。
昼飯になりそうなそれを見て、太陽の位置を確認すると中天より少し下。
(昼前か昼過ぎくらいか。まあそれもここの太陽が妙な動きをしないって前提で、だけどな)
悠人は前世では小説と名の付くものに目がなかった。
歴史小説、ノンフィクション、推理小説、ファンタジー、サイエンスフィクション、様々な物語を読んできている。
そしてその中にはライトノベルも入っており、こうした異世界にトリップする小説も数多く読んでいた。
それらでは太陽が西から昇ったり月が二つ三つあるのは当然であり、そうした例を考えれば地球の常識で今は昼前か昼過ぎ、と決めつけるのもどうかと思った。
あとはそうした荷物の一番上に入っていたのが革袋。
開けてみると金貨が十枚入っていた。
当座の生活資金、ということだろう。
「さて、ここからどうするか、だな」
剣を腰に帯びた悠人は、考えた。
審判神には刺激を求めていると言われたが、実際の悠人は慎重に考えて行動することの方が多い。
直前の会社説明会と一緒にあったグループワークでは、もっとやる気を見せて欲しいと言われたこともあるくらいに。
「まずは街に行く」
食糧は一食分の弁当しか無い。
節約すれば一日二日は食いつなげるかもしれないが、それだけだ。
故に食糧が手に入る街に行かなければならない。
街に着けば剣と魔法が使えるか試したりも出来るだろう。
いきなり魔物とやり合うのは出来れば避けたいところだった。
「そして武器防具を買いそろえて、冒険者ギルドに登録して、魔物退治しながら暮らすか」
人生設計と言うには余りにもお粗末だが、当座の行動方針は決まった。
当座の問題としては――
「どっちに行くべきなんだろうな」
そう。
目の前にある道を、どちらに進むのか、ということだった。
道があるということは少なくともその先には確実に人里があるのは間違いない。
問題はどちらが近いか、だ。
どちらに行こうか、と悠人が悩んでいた時だった。
ふと甲高い金属音がした。
「何だ?」
悠人が困惑の声を上げたが、続いて獣の咆吼と、そして女の悲鳴が聞こえた。
「誰かが襲われてるんだ!」
さっきまで剣や魔法の使い方を試して、などと考えていたが、危険が迫っていれば話は別だ。
悠人はそうした考えを振り払うと、悲鳴がした方に走り出した。
悲鳴の主は大きな狼に襲われて、左肩から真っ赤な血を血を流していた。
燃えるような紅の髪の毛をポニーテールに纏めた少女だ。
腰にベルトを入れて動きやすくした革のワンピースを着込み、左手には小型の盾、右手には一メートル弱の片手剣が握られている。
そして、そんな装備で彼女が対峙しているのはちょっとした牛くらいありそうな大きな狼だった。
「近寄っちゃダメ! 逃げて!」
少女は悠人に大声で怒鳴った。
その声を合図にしたように、狼が少女に襲いかかる。
「早く! 食い止めるくらいなら出来るから!」
悠人はその声を無視する。
逃げるつもりなら最初から助けになんか来ない。
少女を見捨てて逃げるのは、悠人にとってあり得ない選択肢だった。
(どうする……どうやって助ける……)
悠人がそうやって考えている間に、その少女は小型の盾をはじき飛ばされている。
(そうだ! 魔法だ!)
悠人は閃いた。
世界神がくれたはずの魔法を使えばいい。
だが――
「あれ、魔法ってどうやって使うんだ?」
場にそぐわない、間抜けな声が口から出る。
そう、魔法の才能はあの天使に付与してもらったはずなのだが、使い方がわからないのだ。
「ファイア!」
当てずっぽうに呪文を叫んだが、何も出ない。
(違うのか!)
「えっと、炎の精霊よ!」
今度は精霊に呼びかけるような呪文を唱えてみるが、やはり何も起きない。
「何で訳の分からない言葉叫んでるのよ! 早く逃げて!」
苛立った声が聞こえた。
(魔法は駄目だ!)
悠人はそう悟ると、剣を抜き放った。
剣術は中学や高校の体育でやった程度。
素人としか言いようがないし、世界神がくれた才能とやらもどこまで信用できるのかわからない。
しかし、今使えるのは剣しかなかった。
悠人は剣を構えると、でかい狼へ斬り掛かっていく。
だが、空振り。そして狼が逆襲してくる。
(ヤバい!)
そう思って盲滅法に剣を振り回す。
だが、全部空振り。
そして少女から悠人に狙いを変えた狼の体当たりを食らって吹っ飛ばされた。
その強靱な前足が胸にのしかかってくる。
爪が革のベストの表面を抉る。
(くそ! くそ!)
内心で罵声を浴びせながら、それでも必死に剣を振り回す。
「こらえて!」
叫び声が聞こえる。
(どうやってこらえるんだよ!)
胸を抑えられているから、叫びたくても叫べない。
そう思った瞬間、ふっと胸の圧力が軽くなった。
「あれ?」
「止めは刺したわ」
左肩から血を流しながら右手で血の滴る剣を握る少女がいた。
「あたしの名はエリアよ」
左腕の止血しながら少女はそう名乗った。
燃えるような赤い髪の毛にぱっちりとした目の美少女だ。
栗色の瞳は特徴的であり、同時の蠱惑的でもある。
目鼻立ちはくっきりとしていて、十人がいれば十人が振り返る美少女だった。
「ありがとう。あんたがこなかったらやられてたと思う」
そう言うと、エリアは剣から滴る血を拭って、鞘に収める。
そして、腰の裏に着けた小刀を引き抜くと、呆れるくらい大きい狼に取り付いた
彼女が狼の胸から腹にかけてを切り裂く。むっとするような血の臭いが立ち上がる。
「やっぱり魔狼ね。まさか魔の森の周縁部に出るなんて……」
そう言いながらエリアはソフトボール大の赤く輝く宝石をこちらに見せた。
「魔狼?」
「狼のような魔物。普通は魔の森の奥の方にしか出ないはずだけど、凶悪なことで有名な魔物よ。あんたの住んでいたところには出なかったの?」
エリアは一瞬不思議そうな顔をするが、すぐにやるべきことを思い出して魔狼の方に向き直った。
「まあいいわ。血の臭いに他の魔物がやって来ないうちに皮はいじゃうから周りを警戒してて」
そう言うが早いか、皮を剥ぎにかかった。
エリアが皮を剥いでいくその光景は、濃くなった血の臭いと相まってグロテスクの一言に尽きる。
(こういうの、得意じゃないはずなんだけど、大丈夫だな……)
前世ではホルモンも食べられなかったはずなのだが、不思議と嫌悪感はない。
天使と神様にもらった「解体」の才能なのか、と勝手に納得する。
そこまで考えた時、ふと思い出し、叫んでしまった。
「あ、魔法!」
「魔法!?」
皮を剥ぎにかかっていたエリアが大声に慌てて振り向く。
「いや、なんでもない……」
誤魔化す悠人に怪訝な顔を浮かべながら、エリアは再び作業を再開した。
小一時間もかけて狼の皮を剥ぎ終えた。
「お互いの取り分だけど、魔石はあんた、皮はあたしでいいかしら?」
皮剥ぎを終えたエリアがそう持ちかけてきた。
「魔石は俺?」
「助けてもらったからね。相場だと魔狼だから金貨一枚、十万ディールくらいにはなるんじゃない? 魔石は二十万ディールくらいかな。あんたが二十万ディール、あたしが十万ディールで妥当と思うけど?」
(ディールって通貨の単位か。一ディールってどのくらいの価値を持つんだ?)
高いのか、安いのかすらわからない。
「別に等分でもいいぞ。止め刺したのはそっちだし」
「そんなわけにいかないでしょ。じゃあこれ、渡しとく」
乾いた血がこびりついている、赤い魔石を悠人に押しつけるエリア。
悠人もそれ以上言うことはなく、素直に受け取ることにする。
「ところであんたはどこの人? あたしはエレルの街に住んでるけど、レビデムの街との伝書使をよく頼まれるからここら辺をうろうろしてるような人はほとんど知ってるのよね」
「……」
「街では見ない顔だし、服装もレビデムとエレルの間を行き来するには軽装だし」
そう言いながら、値踏みでもするかのようにじろりと悠人を睨めつけた。
さて、なんと誤魔化そうか、と頭をフル回転させる悠人。
だが、悠人にはいい言い訳は思いつかない。
沈黙が流れた。
「何か訳ありみたいね。名前は? そのくらい言えるでしょ?」
黙りこくっている悠人を見てエリアが再び口を開く。
その目はかなり疑わしい奴だな、と言わんばかりだ。
「あ、ああ。青柳悠人だ」
「ん? ユート、あんたもしかして貴族なの?」
審判神たちと同じく、悠人の発音が微妙に違う気もするがそれよりもエリアが素っ頓狂なことを言い出した。
「いや、違うぞ?」
「姓を名乗れるのは貴族か許された豪商だけなのに、どういうこと?」
(ヤバい、どんどん深みにはまっていく……)
「色々と胡散臭い奴ね。まあいいわ。助けてくれた以上、あたしはこれ以上追及はしない。でもあんた、街に入る時は気をつけないと駄目よ」
そう言われて、悠人は再び頭をフル回転させ始めた。
(現代日本にいきなり転生させられたら戸籍も学歴もないから詰み、だったな。こっちではそうじゃないだけ有り難いけど、言い訳は考えておかないと……)
「で、あんたはどっちに行くの?」
(さっき言われたレビデムとエレルの二つの街、ということだよな……とりあえず世間知らずで、ここらへんのことも詳しくない奴、という設定で話せばいいんだよな……)
そう思いながら、似たような日本の出来事を思い出していく。
「すまん、ここら辺のことがわからないんだ。俺は元々ニホン、という島で暮らしていてな。島の外とは付き合いのない島だったせいで今自分がどこにいるのかもよくわかっていない」
「は? じゃあどうやってここに来たの?」
「急に何かにぶつかったような気がして、気付いたらこの先にいたんだ」
話してみれば立て板に水で、誤魔化す話がうまく出てきた。
わからないことはそれ以上追及されないし、下手にぼろを出さなくて済む。
そして、何よりも突拍子もない嘘をつくより、嘘の中に真実を混ぜ込んでおくのがベストだ。
この辺りは面接に備えて勉強したことが妙な形で役に立ったな、と悠人は心の中でつぶやいた。
「ふうん。まあ追及はしないって言ったし何でもいいわ。ここはノーザンブリア王国西方直轄領――ノーザンブリア王家が直接統治している領地ね。レビデムはそこの直轄領総督府がある街で、あたしが今から帰るエレルは西方開拓の拠点になっている街。どっちも活気があっていい街よ」
エリアはそう教えてくれた。
「ノーザンブリア王国?」
「そこから!?」
「ニホンでははるか西に大陸がある、と言われていたが、そこの国かな?」
「東海洋にそんな島があるって聞いたことないわね」
(よし、その東海洋に浮かぶ島国、ということにしよう)
悪知恵は回る。
「国の自称は日出づる国、だったから、どこかと比較して東とは思ってたんだと思うぞ」
「太陽が昇る国、か。面白い名前ね」
そこまで話をした後、エリアははっと気付く。
「無駄話してる場合じゃないわ。今日中にエレルにたどり着くなら、余り長話は出来ないし、魔狼の死骸の傍に長居したら他の魔物に襲われるかもしれない。あんたもエレルでいい?」
「ああ、わからないし、任せる」
エリアはそう言うと、まだ血で濡れている毛皮を無理矢理丸め、縄でくくった。
「次の水場で血は洗い流すわ。これだけでも魔物に襲われる可能性上がるし」
そう言いながら、エリアは歩き始めた。
歩き始めて少ししてから、エリアが後ろに続く悠人を振り返った。
「ユート、あんた剣は習ってたの?」
「少しだけ、な。日本では男はみんな、十代のうちに勉強と一緒に少しだけ剣を学ぶんだ」
「ふーん、ニホンって随分と恵まれたところみたいね。もしかして実戦初めて?」
本当は実戦どころか、中学と高校の体育で剣道をやっただけだ。
それを見抜かれたのか、と冷や汗が脇腹を流れる。
「……ああ、そうだな」
「なるほどねー。だからあんな駆け引き下手なんだ」
「悪かったな」
「別に悪くはないでしょ。経験積めばいいだけなんだから。あんた、たぶんセンスあるわよ。斬りかかり方、倒されてからの牽制の仕方は上手かったし」
適当に振り回しただけの剣の使い方を褒められて、悠人は微妙な表情となる。
「まあ練習したらいいわ。あんたの国だったらどうかは知らないけど、ここは剣がないと生きていけない世界よ」
「さっきみたいなのがうようよいるのか?」
「さすがに魔狼は魔の森の奥の生き物だからそうそう出会うことはないけど、魔鼬や魔蛇なんかはよく見かけるわね」
「そうか……」
「だから剣の練習は絶対しなさい。あたしも父さんに言われてずっとやってるんだから」
言われなくとも悠人は練習する気は十分だった。
この世界で生きていく為には必要、というのもそうだったが、さっきのような目に遭うのはもう沢山だった。
悠人は決意を新たに、エレルの街へ向かって歩き続けた。
エレルの街に着いた時にはすでに日は傾いていた。
途中で弁当を使っているが、それでも悠人は腹も減っていたし、半日以上歩きづめで疲れ切っていた。
エレルの街は頑丈そうな石造りの市壁で囲まれており、中は窺えないようになっている。
城塞都市、という奴だ。
周囲には空濠があり、橋こそ跳ね橋ではないものの、かなり堅固な構造だと悠人の目には映った。
これは魔物への備えなのか、それともこういう形式がノーザンブリア王国では一般的なのか、判断はつかなかったが。
「君はエレルの街の住人ではないな?」
城門のところで詰め所から出てきた警備兵に呼び止められる。
「ああ、そうだが……」
ライトノベルでは街に入るのに通行料や入城料のようなものを取られることは多い。
悠人もそれがわかっているので、金貨の入った袋を取り出そうとした。
「なるほど。ではとりあえず仮の滞在許可証を渡そう。今日中に宿を決め、この詰め所まで報告に来てくれれば正式な滞在許可証を渡す。もし今日中に出て行くならば仮の滞在許可証のままで構わんが、仮の滞在許可証のまま明日の日の出を過ぎれば不法滞在ということで処罰される。注意してくれ」
どうやら金はいらないらしい。
「それでは荷物を出してくれるか?」
荷物といっても悠人が持っているのは剣と金貨の袋だけだ。
「剣と金貨だけか。関税対象はないな」
それだけ言うと、警備兵は頷いた。
都市ごとに別の都市国家、と考えれば関税なんかはあって当然だろうし、滞在許可もパスポートみたいなもの、と考えればあって当然だろう。
(この分だとギルドに入るのも簡単な手続きじゃなくて、もっと色々と面倒だったりするんじゃないか?)
エリア相手には上手く誤魔化せたとはいえ、悠人はこの世界の人間ではない。
だからこそ身元を証明するものがないのだが、そんな状態でギルドに登録できるのか。
そんな悠人の内心も知らず、警備兵は何やら木の板らしき物を用意している。
「よし、名前をここに書いてくれ。文字は書けるか?」
「あ、代わりに書こうか?」
エリアがそう言ってくれたので、悠人は遠慮無く任せた。
いくら文字を知っているはずだとは言え、もし書いたのが日本語で間違っていたら怪しまれる、と思ったのだ。
エリアが書いたのを警備兵は見るとそれを書き写して判を押す。
「これが仮滞在証だ。いいか、今日中だからな」
悠人はそう言って渡された革の仮滞在証を見る。
名はユートになっている。読めるし、書けそうだ、と一安心する。
「では入りたまえ」
警備兵はそう言って通用門を開けてくれた。
「あれ、エリアは?」
門を潜りながらエリアは何も書いていないことに気付いて悠人は聞いてみる。
「あたしはここの住民だから住民証でいいのよ。ところでもう日が落ちるから、今日魔石と毛皮を売りに行くのは明日にするわ」
「そうだな」
そう言いながら悠人は街並みを眺めた。
家々は石造りが多いのかと思ったが、筋交いの入った木造の家が大半を占めていた。
筋交いの間を漆喰で固められたらしい家々の壁は黄色からクリーム色、そしてほぼ白色まで様々で、赤い屋根の家が多いこともあって意外とカラフルだった。
道は大通りこそ石畳だが、恐らく裏路地を一本入れば舗装されていない土の道なのだろう。
あれほどカラフルでもないし近代化もされていないとはいえ、中学の頃に家族旅行で行った、フランスのアルザスをどこか彷彿とさせる光景だった。
(そういえば親父や母さんは泣いてるかな……)
ふとそんなことを思い出し、そしてそれを努力して引っ込める。
日本はもう戻れない場所であり、それを思い出してもしょうがないのだ、と自分に言い聞かせた。
「――ちょっと、ユート、聞いてるの?」
街並みに見とれながら同時に色々と考えている悠人の横で、エリアが大声を上げていた。
「どうした?」
「どうしたじゃないわよ。あんたどうせ泊まるところないんでしょ?」
「ああ、ないな。どこか宿屋とかはないか?」
「あるにはあるけど、そんな数はないしこの時間だと一杯かも。うちに泊まる?」
「いいのか? もしかしたら金目の物盗んでいく悪人かもしれないぞ?」
「大丈夫よ。あたしには人を見る眼はあるし」
そう言ってエリアは屈託無く笑った。
エリアの家は城門からほど近いところにある、小じんまりとした二階建ての一軒家だった。
黄色い壁に、黒っぽい角材が筋交いとして入っている、この街ではよくある外見だ。
「お母さん、ただいま!」
中に入ると、エリアの母親が出迎えてくれた。
エリアによく似ている、目鼻立ちのくっきりとした美人だ。
「こっちはユート。魔狼に襲われたところを助けてくれたの」
「魔狼!? ちょっと、怪我してるじゃない! 大丈夫だったの!?」
「うん、大丈夫。いきなり魔狼に襲われたんだもん……」
「お母さんはエリアが仕事を受ける度に心配しているんだから、もっと気をつけて欲しいわ」
「……ごめんなさい」
そんなやりとりをした後、エリアの母親は悠人の方を向き直った。
「初めまして、ユートくん。エリアの母のマリアです。エリアを助けてくれてありがとう。あんなお転婆でも、私にとっては大事な一人娘なの」
「あ、お母さん、ユートはエレルの住人じゃないし、今日泊めたげて!」
母親が丁寧に礼を言ったせいか少し顔を赤くしてエリアがそう頼む。
「いいわよ。それじゃ晩御飯作るからエリアも手伝いなさい」
「あ、ごめん! あたしはユートの正式な滞在許可証もらいに行くのについていく! 書状の受け渡しもしなくちゃいけないし!」
そう言うが早いか、エリアは悠人の腕をつかんで家から飛び出した。
「とりあえず城門に行くわよ」
家から飛び出したエリアは笑顔でそう言った。
「……料理、出来ないのか?」
「なんでそうなるのよ!」
「いや、料理から逃げてたし」
「バッカじゃないの! そんなわけないじゃない!」
エリアはそれだけ言うとすたすたと城門に向かった。
城門での手続きは簡単だった。
仮の滞在許可証を渡して、宿となるエリアの家の住所をエリアが書くと、羊皮紙で作られた滞在許可証を発行してもらえた。
「城門から出る際には返してもらうからな。また宿が変わった時もここに報告に来るように」
それを言われただけで発行手数料すら取られなかった。
「ではこれで君も晴れて正式なこの街の滞在者だ。ユート君、ようこそ、エレルの街へ」
門衛はそう言って悠人に敬礼し、ようやく笑顔を見せた。
(晴れてこの街の滞在者、というよりは晴れてこの世界の住人、か。冒険者としてちゃんと生きていかないとな)
たかが正式の滞在許可証をもらっただけなのだが、悠人、いやユートにとって、それはこの世界でその存在が認められた、ということのように感じられた。